対談 CONVERSATION

世の中から「待ってました!」と言われるプロダクト。「Ontenna」開発者・本多達也が届けたいもの 後編

宮本さおり

音を光と振動で伝えることに焦点を絞って開発された「Ontenna」。学生時代から開発を続け、現在は富士通株式会社に所属、Ontennaプロジェクトリーダーを務めている本多達也氏。プロダクトが完成したことで、新たな挑戦をはじめようとしていると言う。開発当初から親交のある編集長、杉原行里がそんな本多氏を直撃。新たな挑戦について話を聞いた。

杉原:紆余曲折を経て富士通に籍を置いてOntennaが発売されたと伺いましたが、一般の方もすでに手にすることができるとか。

本多:はい。Amazonでも販売されています。本体は25,000円、コントローラーは30,000円です。最初に行里さんに着目いただいた充電器、聾学校の先生たちからも簡単にできるようにしてほしいという意見があったのでこだわりました。1個の充電器で本体もコントローラーも充電できるようにしたんです。クリップ型のプロダクトと発信機をマグネット式かつ、1つの充電器でチャージできるもので特許も取っています。

杉原:これ、カッコイイし、よく考えられているなと思いました。

本多:ありがとうございます。クリップ式なので、髪の毛につける人もいます。いろいろなところにつけられるのですが、耳に直接付けるのがいいと言われる方もいて、使い方は人それぞれです。世界中の人にこの「Ontenna」を届けたいと思って、富士通に入社しました。
プロのデザイナーやエンジニアの方、聾者の方にも実際にプロジェクトに入ってもらったおかげでプロダクトを進化させることができました。最初はもっと大きいものだったのですが、企業に入ったことでブラッシュアップされて使いやすく、サイズも小さくすることができました。新しくコントローラーも作りまして、こちらは複数の「Ontenna」を同時に制御できる機械になっています。これがあることでダンスをするときや太鼓をたたくときに複数の生徒たちに同時にリズムを伝えることができます。
マグネット式の充電は聾学校の先生から「休み時間が短いのでなるべく簡単に充電できるようにしてほしい」と言われて、もともとmicro SDを抜き差しする必要がありましたが、置くだけで、さらにコントローラーと一緒に充電できるデザインを取り入れました。

杉原:なるほどね。

本多:全国に聾学校が118か所あるんですが、全国聾学校長会を通じて希望するところには「Ontenna」の体験版を無償で提供しています。

杉原:「Ontenna」が販売開始されたとき、ネットに「待ってました!」というコメントがすごくて、プロダクト冥利に尽きるなと。「待ってた!」と言われるプロダクトって、なかなかないんですよ。

本多:ありがとうございます。今、いろいろなエンターテインメントのほうでも使われ始めていて、まずはタップダンスの映像をお見せいたします。これはタップダンスのタップ音だけに反応するようにチューニングして使ってもらってます。

「Ontenna」だから実現できた
ボーダレスなエンターテイメント

本多:この時は聴覚障がい者の方もたくさんいらっしゃっていたのですが、健常者の方も同じくらい来てくださいました。振動や音を複数で制御できるプロダクトって他になくて、「Ontenna」を健聴者の方もつけると「臨場感が増した」とか、「光で一体感が生まれて面白い」と言ってくださいます。障がい者の方とデザインしたインターフェイスが僕たちにも使えるものだったっていうのがとても嬉しかったです。

杉原:実は僕らがRDSチームで開発しているものと全く同じことで、特定の人を助けたい、もしくは選択肢を拡張したいという思いがあるプロダクトって、ある1つのところに陥りやすくて、その人たちの少ないマスだけで勝負してしまうから、シュリンクしちゃう。「Ontenna」は “多くの人が使えるんだよ” “聾者の方たちにも楽しめるんだよ” っていう入り口にすれば、あらゆる人にとって一気に当たり前のコンテンツになっていく。単純にこれ見ても楽しそうだなーと思うし、プロダクトとしてももちろん、流行るのではないかな。

本多:RDSの松葉杖 (参考:http://hero-x.jp/article/2202/) もそうですけど、パッと見て何となくかっこいいとか、軽くて使いやすいとか、なおかつ僕らも使いたいと思うし、そういうのってすごく大事だなと思います。「Ontenna」プロジェクトをやっていて感じることは、スペシャリストというか耳が聞こえない分ほかの感覚が研ぎ澄まされている人たちと一緒にもの作りをするのって、面白いなと思っているんです。

杉原:2013年に東京2020の開催が決まった後、2016年くらいから様々な人が動いていたじゃない。プロダクトを開発していこうとした人たちの中で、販売に至っているチームって実は少なくて。

本多:面白い、その視点で見たことなかったです。へえーそうなんですね!

杉原:まだまだ開発途中の人たち、あきらめてしまった人たちがいるなかで、本多さんたちのチームは、しっかりと完成に至った。あきらめず完成させることで、やっと世の中に新たな価値を届けることができる最初のフェーズに立てるわけです。

本多:行里さんにそう言われるのはめちゃくちゃ嬉しいです!

杉原:ここからは、本多さんたちにしか見えない、売らなきゃいけない、より魅力を伝えなくてはならないフェーズに入っていくと思うのですが。

本多:そうなんですよ。最近よく思うのは、マインドセットを変えていかないといけないなと思っていて。今までは作りたいものを届けると言っていたのですが、ここからはどう継続して届けるか、より多くの人たちに届けられるかっていうのを考えないといけなくて、フラストレーションがあります。僕はデザイナーなのに…っていう。(笑)

杉原:僕もありました! よく言われるのは、「元、デザイナーじゃない?」っていうこと。それもあながち間違っていないんだけど、それを言われるたびに、日本って絵を描く人がデザイナーだっていうのが染みついているんだなと。僕たちはストーリーをデザインするコンダクター(指揮者)みたいな感覚だと思っています。コンダクターは、ありとあらゆる楽器の音だったりを感度高く見ていかないとオーケストラの演奏はできないじゃないですか。そうなると、めちゃ勉強しないといけない。そういう意味では、海外で言われているデザイナーに近づいた気がしますね。だから販売するってすごいと思いますよ。

本多:なるほど、指揮者か…確かに。マインドセットをどう切り替えるかっていうのはまさに悩んでいる最中で、これからまた売り上げのことも考えなければいけないなかで、じゃあどういう方向性で行こうかって、イラレとかフォトショもほとんど触ってないし、自分はもうデザイナーじゃないんじゃないかな、とか思っていたのですが、さっきの言葉を聞いて嬉しくなりました。

杉原:これからも応援しています!

前編はこちら

本多達也(ほんだ・たつや)
1990年 香川県生まれ。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置の研究を行う。2014年度未踏スーパークリエータ。第21回AMD Award 新人賞。2016年度グッドデザイン賞特別賞。Forbes 30 Under 30 Asia 2017。Design Intelligence Award 2017 Excellcence賞。Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019 特別賞。2019年度キッズデザイン賞 特別賞。2019年度グッドデザイン賞金賞。現在は、富士通株式会社にてOntennaプロジェクトリーダーを務めている。

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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【HERO X × JETRO】CESで話題沸騰! 針を刺さずに血糖値測定「クォンタムオペレーション」

富山英三郎

JETROが出展支援する、世界最大のテクノロジー見本市「CES」に参加した注目企業に本誌編集長・杉原行里が訪問。 テック系メディア「Engadget」(米国)によるアワードでファイナリストにも選ばれた、株式会社クォンタムオペレーション。同社は医療やヘルスケア領域でのIoTスタートアップであり、CESでは糖尿病患者の負担を軽減する「非侵襲血糖センサー」を発表。世界中から熱いメッセージが届いたという。代表取締役社長 加藤和麿氏に話を訊いた。

世界中の糖尿病患者から届いた切実な叫び

杉原:今年はオンライン開催となりましたが、CESに初出展されていかがでしたか?

加藤:おかげさまで多方面から反響をいただきまして、出展して本当に良かったです。さまざまな企業さんと出会えましたし、それ以上に糖尿病患者さんからの反響がすごくて。世界中の患者さんから、「今まさに針を刺しています」「自分は45年くらい針を刺しています」「とにかくなんとかしたいんだ」という声をいただきました。

杉原:インスリン注射ということですか。

加藤:インスリンもそうですし、血糖値測定の際にも針を刺す必要があるんです。それを40何年やっていると。

杉原:あれもまた痛いんですよね。

加藤:痛いです。子どもたち含め、皆さん毎日やっていらっしゃる。一型糖尿病の方などは、Google翻訳を使って頑張って日本語でメールをくださります。その声というのも、「すぐにでも貸して欲しい」「売って欲しい」というものでした。世界中から200通くらいいただきました。

杉原:それはすごい。改めてCESで発表された製品の説明をお願いできますか。

光センサーを使って血液中の
わずかなグルコースを測定

加藤:はい。リストバンド型の「非侵襲血糖センサー」になります。非侵襲というのは“身体に傷をつけない”という意味です。この機器には光センサーが搭載されていて、「グルコース(血糖値を見るための物質)」が吸光する特別な光を出しています。色というのは、物質が光を吸うことでその色として見えてくる。その原理を利用しているわけです。簡単に説明しますと、10個の光を出して8個返ってきたら、2個吸光されていることがわかる。つまり、グルコースが2あるということです。

難しいのは、グルコースは血液中に0.2%しかない。そのわずかなものが「吸光したか」をいかに突き止めるか。しかも、グルコースの波長は水やタンパク質、コレステロールと似ている。そのノイズを取り払うのがとても難しく、弊社独自のノウハウとなっているわけです。

杉原:御社の強みは光センサーとその解析でいらして、CESで出展されたものは「血糖測定」に特化した製品というわけですよね。それ以外にも光センサーを使えば、「心拍」やパルスオキシメーターのような「血中酸素飽和度」も測定できる。

加藤:そうです。さまざまに応用可能です。

杉原:このビジネスのスタートは、中学時代に「先天性腎動脈狭窄症」を患われたことがきっかけだとか。

加藤:はい。私は「血糖」ではなく、中学時代に1日3回「血圧」を測定していました。現在は完治していますが、当時は原因不明の病気でもあり本当に辛かったんです。

杉原:でも、そういった自身の体験が起点になっているからこそ、事業に対する視点がクリティカルですよね。

加藤:それはそうですね。糖尿病の方は毎日針を刺すわけですからもっと大変です。解決への使命感というのは、お金とか技術の問題ではないんです。次の世代のために、大人としてなんとかしないといけない。

杉原:10年、20年先の当たり前を作るのは、今しかないですからね。

加藤:そうなんです。

社会的使命としてIoTを
使った予防医療を志す

杉原:そもそも血糖測定が出発点だったのですか?

加藤:はい。もっといえば、ビジネスの根幹はIoTです。私は北海道夕張市の出身で、コロナ以前から医療崩壊が叫ばれていた地域です。夕張市が破綻したとき、すでに病院は171床から19床になっていました。しかも北海道なので隣町まで40分くらいかかるわけです。そうなると救急車では間に合わない。それならば、せめてIoTを使った予防医療ができないかと、それがきっかけです。

杉原:技術的な課題はどう解決したのでしょうか。

加藤:弊社のリードエンジニアである山岸が、ちょうど新事業を行うために新たな機会を探しているタイミングでした。IoTエンジニアだったこともあり、一緒にやりましょうという話になりまして。そんな中で糖尿病の患者さんに出会い、優先課題はここだよねという話になったんです。あとは、彼が立ち上げメンバーでもあった中国は深圳のXunlong Software社と業務提携できたのも大きい。そこは最先端です。

杉原:中国はとにかくスピードが違いますよね。

加藤:はい、さまざまな最新部材も揃いますし、バグもすべて取り出してくれる。試作機づくりも早いので、PCDAを高速で回すことで最先端に追いつけている状態です。でも、ようやくここまで来たという状況ではありますね。

杉原:すでに販売の目処はついているんですか?

加藤:まだです。これから提携している病院などと臨床に着手しようとしているところです。

杉原:実際にPoC(概念実証)が始まっていくと、トライ&エラーを重ねるわけですが、医療の世界は難しい側面がありますよね。かなり精度の高いデータを提供しない限りクレームが出やすい。その点に関しては、提携先とどういう話になっているのでしょうか。

加藤:現在、そこを詰めている状態です。考え方として2つあると思っていまして、まずは本格的な医療機器となると、非侵襲で血糖値を測定するセンサーは世界に1つもない。つまり、厚労省含め基準づくりから始めないといけないわけです。そうなると、非侵襲の場合はどのくらいの精度が必要なのか、という問題が出てきます。

針で血液を採取する際はISOで15%以内と決まっています。精度とは基準値との誤差で、どういう前提条件で、どういうことならば、どういう誤差まで許されるのか。また、それを証明するためにどういう臨床をすべきか、そこから決めていかなくてはいけない。

杉原:ISO規格を作る感じですね。

加藤:そうです。そこが大きなミッションとしてあるんです。一方で、医療機器ではなくヘルスケア製品としてアプローチすることもできる。現在、ヘルスケアの分野は雑品だらけでなんでもありなんです。

杉原:よくわかります。

高性能なヘルスケア製品という選択肢も

加藤:健康な人を対象とするヘルスケア製品であれば、だいたいの精度でいい。糖尿病患者さんからすれば、誤差が20あると深刻です。でも、健康な人が運動をコントロールしたり、体調管理の指標として見るなら、絶対値の誤差が20以上あっても問題はない。その点に関する法律がないんです。だから詐欺品に近いものまで紛れ込んでしまう。

杉原:ほんとその通りですよね。

加藤:医療機器としてはグレードが低いけれど、ヘルスケア製品としては高性能。そこもひとつのミッションとしてやっています。

杉原:そのジレンマは多くの人にわかって欲しいですよね。正しい廉価版というか。

加藤:そうですね。その通りだと思います。

杉原:現時点で、どのくらいの販売価格になると想定されていますか?

加藤:いろいろな課題はありますが、アップルウォッチくらいにはしたいと思っています。

杉原:安いっ!

加藤:そうでないと使ってくれないですよ。

杉原:確かに、メールもLINEもできないのに高いと思う人もいるでしょうね。自分事化している人には安く感じますけど。

加藤:針を刺す苦痛から逃れられるので、極端なことを言えば、糖尿病患者さんなら高額でも欲しいはずなんです。そういう声もあります。とはいえ、一般ユーザーのことを考えれば、ウェアラブルウォッチ市場のアッパー価格に近いレンジでないと勝負できないと思っています。

企業をやるうえで一番大切なものは「理念」

杉原:御社がやられていることは、血糖値のみならずいろいろな病気に対応していけるわけですよね?

加藤:最終的には「血液検査」を非侵襲でやりたいと思っています。

杉原:うわぁ、最高ですね。

加藤:365日健診と言いますか、常時健康データをモニタリングされている状況を作ることが第一だと考えています。今後は日本も、自分で自分の健康を守ることに意識的になるべきだと思っています。

心電波形や血圧、心拍のみならず、血中酸素飽和度なども測定できるウェアラブルウォッチ

杉原:冒頭でもお話されましたが、引き続き御社はIoTを通じて健康にまつわる諸問題を解決されていくわけですよね。そのための成長戦略はどうお考えですか? IPOをしていくなど。

加藤:そういう意味では、世の中にイグジットは2つしかなくて。M&AかIPOかという話だと思います。両方ともあくまでイグジットというものの手段であり、その手段に対し、こだわりを考える必要はないと思っています。大事にしているのは、せっかく作った健康に寄与するセンサーを広く使って欲しいということ。既存のウェアラブルウォッチに搭載されて広まるという観点で、ご縁があればM&Aがあってもよいと思いますし、IPOすることで認知度が上がって広まるならばそうします。先ほど言った通りあくまでも手段なので。

杉原:素晴らしいですね。M&AもIPOも本来はスタートのはず。

加藤:そうなんです。最近はゴールのように語られますが、あくまでもスタートだと考えています。企業をやるうえで一番大切なものは「理念」だと思うんです。お金儲けをしたいならば、今流行りの投資案件等をやったほうが手早く儲かりますよ(笑)。

杉原:おっしゃる通りです。ぜひ、今後も何かご一緒できたらと思います。今日はありがとうございました。

加藤和磨(かとう・かずま)
大阪大学医学系研究科卓越大学院プログラム招へい教員。株式会社インテックにて大手基幹システムPM従事。その後、一般財団法人日本政策学校にて共同代表。株式会社グリーン・シップにてCIOを歴任。NPO法人ゆうばり観光協会理事、夕張商工会議所2号議員も務める。

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(text: 富山英三郎)

(photo: 増元幸司)

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