スポーツ SPORTS

“障がい”を商売に役立てる!車いす陸上選手、木下大輔のタブーを打ち破る挑戦 後編

下西 由紀子 | Yukiko Shimonishi

2020年の東京パラリンピック、陸上競技出場を目指す木下大輔選手。選手としての才能に磨きをかける一方で、2018年3月には仲間と共に応募した学生ビジネスプランコンテスト「キャンパスベンチャーグランプリ」(日刊工業新聞社主催)で、文部科学大臣賞受賞したアスリートとしては異色の経歴の持ち主だ。昨年春には大学を卒業、母校の宮崎大学で障がい学生支援室の特別助手として働きながら、トレーニングを重ねている。前編に引き続き、障がいをビジネスにすることのタブーを打ち破り、グランプリを受賞したアプリについてなどのお話をうかがった。

障がい者の分野に斬り込んだビジネスプランで
文部科学大臣賞を受賞

学生時代、文部科学省が行なうトビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラムに応募し、オーストラリアのニューカッスルに留学、リオパラリンピックのメダリストが在籍するチームに所属した木下選手はそこで大きな刺激を受けた。トップクラスのパラアスリートたちが、ビジネスの世界でも活躍していたのだ。彼らの根底に流れていたのは「アスリートというだけでは、社会的に認められない。プラスアルファのことをしなければ」という思いだったと話す。こうして競技以外の刺激も受けた留学を終えて帰国した木下選手の目に飛び込んだのが「第1回宮崎大学ビジネスプランコンテスト」の案内だった。

それからの行動は早かった。早速、起業に興味がありそうな1年生のグループに声をかけた。「ビジコン出る? 僕と組まん? 僕はアイデアは出るけど、ほかのことは苦手。文章を書くとか、それ以外のことも得意な仲間はおらん?」そうして5人のグループ「障がい者情報プラットフォーム TOBE(トゥービー)」を結成。メンバーの中には大学で開催した「トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラム」の報告会で、木下選手の話に心を打たれた学生もいた。

「絶対に障がい者の分野でプランを作りたかった」と木下選手。「障がい者×ビジネス」をタブー視する日本の風潮に風穴を開けたかった。5人で意見を戦わせながら最終的に練り上げたビジネスプランは、障がい者が飛行機を予約する際の手続きを簡略化するアプリの開発。予約のたびに、障がいの度合いなどを電話やFAXで連絡する作業をIT化しようというものだ。「障がい者にとっては、毎回の面倒な作業が一度の操作で済むという利便性があり、航空会社や旅行代理店などにとっては、アナログなデータを処理する手間やコストを省くことができるというメリットがある。また、搭乗手続きの簡略化は、障がい者の社会進出にもつながる」という主張は、高い評価を得た。18チームがエントリーした宮崎大学ではグランプリを獲得。九州大会でも53チームの中でグランプリを受賞。そしてキャンパスベンチャーグランプリでも711件のエントリーの中から、見事、文部科学大臣賞を受賞した。

メンバーの1人は言う。「プランを考える中で、障がい児の保護者から、『私たちは、お金を払ってでも解決してほしい課題をたくさん抱えている。でも障がいをビジネスに結びつけるのは良くないという健常者の意見があって、なかなか実現しない』という声を聴いたんです。このプランは当事者である大ちゃん(木下選手)がいなければ発表できなかった」

しかし、プランの導入については、企業がシステムを変更するのに多大な費用がかかるという理由から、実現には至らなかった。「TOBE」としての活動は終了したが、メンバーにとっては、それぞれ次なる活動のベースになっているという。

パラアスリートとしても
ビジネスの世界でも開拓者を目指す!

目下、木下選手の最大の目標は2020東京パラリンピックに出場し、メダルを獲ること。現在、スポンサーは、木下選手の出身地、都城の産婦人科一社のみ。しかも、大学を通じて基金という形で援助を受けているため、費用の使途には制約があり、思うように練習できていないのも事実だ。昨年は海外遠征にも行けなかったという。ビジコンの仲間がつぶやいた。「もっとスポンサーがついてくれたら、大ちゃんはメダルに向かって集中できるのに」木下選手は、今、100mでは日本では2位~3位の位置、世界では20位あたりにいるという。しかし、身体の状態から800mの方が合っているとの助言を受け、最近では800mの練習に集中している。「なんとしてでも、東京パラに出たい。そして実績を残せば、その後も宮崎のために役に立てるかなと」

一方、ビジネスのアイデアについては葛藤中。「障がい者のためと、あれこれ発想するけれど、よくよく考えたら、障がい者にとって必要なことは、健常者にとっても必要なこと。障がい者に対するひと工夫は絶対必要だけど、ひと工夫加えることで、健常者にとっては、より優しいサービスになる。結局、障がい者と健常者を分ける必要はないじゃんって」大学職員という今の立場では、代表として動くことはできない。「ビジコンでチームを組んでやっていく中で、人に対して興味を持つようになったんです。今は、僕の周りにいる、『こんなことをやりたいんだけどできない』という人たちの夢を応援して“併走”していけたらと思っています。僕は開拓者でありたい。アスリートとしても、ビジネスの世界でも。その両方がないと、僕が僕でなくなる気がするから。いつか宮崎から日本を、そして世界を変えていきたい」

前編はこちら

木下 大輔(Daisuke Kishita)(国立大学法人 宮崎大学 障がい学生支援室 特別助手)
陸上競技【T34(脳原性麻痺・車椅子)クラス】選手
1994年宮崎県都城市生まれ。先天性脳性まひによる両下肢不全で、生まれながらにして両足がほとんど動かない。内部障がいもあり、指定難病ヒルシュスプリング病のため、生まれてすぐ大腸のすべてと小腸の半分を摘出。中学2年生の時に、車椅子陸上を始め、宮崎県立高城高等学校時代は、宮崎県大会で100mの記録を残した。宮崎大学工学部時代は、3年時に中国で開催された国際大会で、100m、200mともに2位。大学4年時に文部科学省が展開する「トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラム」の制度を利用し、車いす陸上競技の研鑽のため2016年10月~2017年2月までオーストラリアに留学。帰国後の国際パラ認定大会では2位を獲得した。一方、大学の仲間とともに、学生起業家の登竜門である、学生ビジネスプランコンテストにエントリー。障がい者がスムーズに飛行機に搭乗できるアプリを開発し、全国大会で文部科学大臣賞を受賞した。大学を卒業後、宮崎大学で障がい学生支援室の特別助手を務めながら、2020東京パラリンピック、陸上競技800mでの出場を目指す。

(text: 下西 由紀子 | Yukiko Shimonishi)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

RECOMMEND あなたへのおすすめ

スポーツ SPORTS

桐生の次は俺だ!為末大はまだ、100m10秒を切る夢をあきらめていなかった

高橋亜矢子-TPDL

今年9月、桐生祥秀選手が9秒98の日本新記録を樹立。日本陸上界に未来へと続く扉が開かれた。一方、10秒の壁を突破するために、さまざまな活動の一端を担っているのが、スポーツ、教育、ビジネスの世界で活躍する元プロ陸上選手の為末大さん。日本人がコンスタントに9秒台をマークするには、どうしたらいいか。そしてこの先、スポーツとテクノロジーはどのように絡み合っていくのか。為末さんが館長を務める、新豊洲Brilliaランニングスタジアムで話を伺った。

人間の能力×テクノロジーで、10秒の壁を超える。

ついに、日本人初となる夢の9秒台が達成されましたね。そもそも、為末さんが、100m10秒切ることに注力するようになったきっかけは何ですか?

ある友人との会話のなかで、「誰でも100mを9秒で走れる靴があったらいいよね」という話題で盛り上がったことがありました。健常者が履く靴も、障がい者が履く義足も、より速く走るための基本となる技術は同じです。今いるスタジアムのとなりには、サイボーグという会社のラボがあり、トップアスリート向けの競技用義足を作っています。それを履いたパラリンピアンにも、いつか10秒を切ってほしいなと考えています。

−サイボーグでは、どのような役割を担っていますか?

ランニングオフィサーとして、義足作りのプロジェクトに関わっています。具体的には、義足を履いた選手が感じたことを開発にフィードバックしたり、自分の競技経験からアドバイスしたりする、そんな役割です。あとはサイボーグとは違いますが、陸上問わず、さまざまなスポーツの選手に走り方を教えています。走るということは、誰もが無意識にできてしまうがゆえに、洗練させていくことが難しいものです。走り方を極めていくことも、日本人が9秒台をコンスタントに出すことに関わってくるのかもしれません。

人間がより速く走るために、テクノロジーの力は欠かせないものですか?

テクノロジーのアプローチとして象徴的なのが、ナイキの『フリー』と『ショックス』という靴です。フリーの考え方は、裸足に近い感覚で走ることで、足そのものを鍛えるというもの。一方、ショックスは反発性に優れた機能をもち、パフォーマンスを高めるというもの。日常的に自分を鍛えるためのテクノロジーと、本番でパフォーマンスを上げるためのテクノロジー、この両面から人間の能力は広がりを見せるのではないかと考えます。人間の能力×テクノロジーで、10秒の壁を超える人が、今後続いていくと思います。

−為末さんが100m10秒の壁に挑む、その真意とは?

ちょっと話は逸れるかもしれませんが、人間の能力というものは単体では成立しないと、古くから言われています。視覚の補強でメガネはかけますし、時間感覚を知るために時計を身につけます。人間は外部のものがあるからゆえに、パフォーマンスできている部分があるのです。そういったなかで、僕の興味あることは「自分の範囲は、一体どこまでなのか」ということ。義足は自分の範囲内か、自分の本当の能力はどこまでか、公平・不公平とは何か。10秒切ることにたいした意味はないけれど、われわれの社会に大きな問いが投げかけられると思っています。

テクノロジーの進化とスポーツの未来。

−IoT、人工知能、遺伝子医療など、最先端のテクノロジーにより、スポーツの未来はどう変わってきますか?

いちばん大きいのは、データの取得・解析が容易になり、ビックデータが集まる環境が整うことです。例えば、すべての選手の靴の中にセンサーを付ければ、足の動きや圧力などさまざまな情報を得ることができ、成功の法則を見出すことができます。個人だけでなく、試合中のデータも取得できるようになり、選手がどう動いて、それにより何が起きたか、観客の感動までもがデータとして集まります。それらのデータをどう切り取り、扱うかが今後は重要なスキルになってくると思います。

−人工知能はどうですか? 

僕は素人なので、人工知能と呼べるものなのかわかりませんが、人工知能によるデータ解析から、傾向を生み出すことはできるようになると思います。例えば、すべてのピッチャーの投球、対戦相手との成績を記憶させて、キャッチャーが出す指示を人工知能が代わりにするとか。さらに、データ解析のうえにDNA検査が加わることで、このタイプにはこれが効くといった、薬のパーソナライズができるようになります。スポーツの世界では、これのサプリメント版と食事版が起きると思います。

−スポーツを観る側も、テクノロジーの恩恵を受けられますか?

チームとファンを繋げる「FanForward」という取り組みに参画していますが、そのなかで僕がずっと思っていたのは、選手の心拍とリンクするTシャツをファンが着たらおもしろいのではないかということ。スポーツにはいろいろな場面がありますが、ある瞬間の大興奮のためにすべてがあるように思います。わざわざスタジアムに足を運び観戦するのは、その大興奮を空間で共有するためです。その興奮を増幅したり、選手と同期したりするようなものは、今後出てくるのではないかと思います。

−テクノロジーの進化により、スポーツの世界でこんなことができたらおもしろいと思うことはありますか?

勝負強さの正体がわかるとおもしろいですよね。それはまばたきの回数なのか、食べているものなのか、勝負強さを表すものは何か、わかれば体得が可能です。自分の競技人生を振り返ってみると、あと一歩というところで焦って、勝利を逃したこともあるし、もう無理だと思ったときに、なぜか優勝できたこともあります。僕は「人間を理解する」ことをライフワークにしていますが、もっと人間の心を理解したいのです。

−人間の心ですか?

人間の幸せや満足は、心が決めています。スポーツが強いコンテンツなのは、人間の心をゆさぶるから。スポーツの語源は、ラテン語のデポルターレで、「気晴らし」とか「非日常にふれる」という意味です。歌を歌うとか詩を書くといった行為もデポルターレと言われています。なぜ、人間は自分を表現するのかといったら、自分の心の満足のためです。最終的に人間は心の奴隷で、テクノロジーが進化するほど、心が際立ち、われわれは心の赴くままに生きて行くのだなと思います。その心にアプローチできるようになったら、それはもうマトリックスの世界ですけれど(笑)。


もうちょっとだけ自由な社会のために。

−自分の能力の範囲というお話もありましたが、垣根のない社会のために、未来にどんなプロダクトがあったらいいと思いますか?

パラリンピアン選手にコーチングするなかで、どうすればうまく伝わるのだろうと思うことがあります。今は言語と録画した動画を見せて指導することが基本ですが、自分の感触を相手に伝えられるような、触覚を使った指導ができたらいいなと感じます。肌の感触は強いものですし、触覚がないという障害は比較的めずらしいと思うので。スポーツのコーチングだけでなく、ジャマイカの砂浜の感触とか、世界中に伝わったらおもしろいですよね。

−今、為末さんが注目している企業や人を教えてください。

僕も運営アドバイザーとして参画しているのですが、メタップス社の「タイムバンク」。時間を売買するサービスなのですが、それだけではなく、インフルエンサーやフリーランスなど個人を支援する企業への出資も行っています。僕は選手時代、いろいろな強化をしたくても、結果が出ないとお金が入ってこなかったので、借金をするしかありませんでした。借金をするにも信用してもらえず、このジレンマが常にありました。将来得られる収益を今にもってくるというような、時間をずらすものに興味があります。若い時にこそお金は必要で、そういうシステムが浸透したら、もっと多くの若者がチャレンジできる社会になるのではないかと思います。

(text: 高橋亜矢子-TPDL)

(photo: 長尾真志 | Masashi Nagao)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

PICK UP 注目記事

CATEGORY カテゴリー