テクノロジー TECHNOLOGY

モビリティが本当に必要なのは誰? パーソナライズ化の鍵は汎用性にある

富山英三郎

自動運転技術や各種最先端技術を駆使しながら、「よりラクチンに」「より便利に」移動できる未来がやってくる。しかし、それを本当に必要とするのはどんな人なのだろうか? ここでは、芝浦工業大学の伊東教授に話を伺いながら、「モビリティ」という概念が生まれた背景とともに、この技術によって解決すべき本質的な問題は何かを探っていく。

モビリティで移動はさらに便利になる

2018年1月、米国ラスベガスでおこなわれた『CES 2018』にて、トヨタ自動車の豊田章男社長が「モビリティ・カンパニーへと変革する」と宣言をおこなった。以来、広く一般にも注目されることとなった「モビリティ」なるワード。本来は「移動性」や「流動性」といった広義の英単語だが、いまや「未来の移動手段」といった意味合いで使われることが多い。

さらに、日本政府も「未来投資戦略2018」のなかで「MaaS(Mobility as a Service)」の推進を重点分野に掲げた。マース(MaaS)とは、鉄道やバスなどの公共交通機関、タクシー、カーシェア、サイクルシェアといった移動手段(マイカーを除く)を、シームレスに連携させていこうとする試みだ。スマホのアプリで出発地から目的地までを検索、そこで提案されたルートの予約から支払いまでも一元化していこうとしている。

「未来の移動」が変わろうとしている理由

「モビリティ」なるものがなぜ注目されるようになったのか? そこには、自動運転技術やEV自動車の進化がある。さらには、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、IoE(すべてがインターネットでつながること)といった、自動運転や各種連携をサポートする最先端技術が生まれたことも大きい。これにより、さらに「便利」な「未来の移動手段」を描くことが可能になったのだ。

「1996年、国土交通省が自動ブレーキ化を進めるプロジェクトをスタートしました。それ以前から大手メーカーは研究を進めていましたが、ここで日本企業が一斉に開発をスタートしたのです」

そう語るのは、芝浦工業大学 システム理工学部 機械制御システム学科 運転支援システム研究室の教授である伊東敏夫氏。伊東教授は、かつてダイハツ工業にて各種運転支援システムを開発してきた経歴をもつ。

芝浦工業大学 伊東敏夫教授

「ダイハツ時代は安全性の向上のため、ぶつからない車を作ることからスタートしました。自動ブレーキを完成させるためには、スロットルとブレーキ制御の技術が必要になります。さらには、センシングの技術も必要。すると、前走車に追従したり、車線に沿って走ったりと、自動運転への道が自然と開かれるようになるんです」

自動車の自動ブレーキは2010年頃から商品化がスタート。その後、自動運転機技術の向上とともに、工場の作業車やドローン、さらには家庭用掃除機に至るまで、あらゆるものを自動運転させる試みが生まれていった。

ラストワンマイル問題の
解決策
は見つかるのか

芝浦工業大学でも、「アーバン・エコ・モビリティ研究拠点の形成」という事業を2018年度よりスタート。都市を拠点とする同大学の強みを生かしながら、[都市の「交流」「物流」「環境」をエンジニアリング技術・人材により支える]という組織的なテーマを設けて研究を進めている。これは、2018年度の文部科学省市立大学研究ブランディング事業採択プロジェクトでもある。

では、都市の課題とは何か? 芝浦工業大学では、「交通渋滞」「ラストワンマイル問題」「コミュニティの喪失」「インフラの老朽化」「エネルギー負荷」「環境負荷」「高齢化」の7つを挙げている。それらを、同大学が得意とする「パワー・エレクトロニクス」「高機能性材料」「自動走行」「ロボット・ネットワーク」という4つの研究領域を駆使しながら、地域、産業界、自治体などと共に解決しようとしている。

伊東教授が率いる研究室は、「自動走行」が専門領域である。解決しようとしている都市の課題は「ラストワンマイル問題」。ラストワンマイルとは、最寄りのバス停から自宅まで、最寄り駅から病院までなど、近くの拠点から最終目的地までの区間を指す。それがなぜ「問題」なのかといえば、道が細かったり、道路が整備されていなかったり、建物内だったり、走行条件が複雑すぎて各種センシングが難しく、自動運転の実現が困難だからである。

「技術面での一番の問題はセンサーです。日々進化はしていますが、それでも数十年レベルでは人間の能力を超えることは不可能だと思います。道路に亀裂が走っていたり、崖から石が落ちてきたりなどには対応できません。そのため、周囲のインフラからサポートしてもらわないといけないわけです。つまり、自動車においては、しっかりと整備された高速道路でしか、今のところ自動運転が実現できないわけです」

首さえ振れば、上下左右360°近い環境を認識できる人間の能力はそれほどすごいのである。

本当に自動運転を求めているのは誰なのか?

「でも、自動運転を本当に必要としているのは、何らかの理由で運転ができない人ですよね? そういった方々の多くは、一般道や過疎の山道を使う人なわけです。しかし現状としては、必要としている人が少ない高速道路で、しかも高級車から導入されていく…。そこで、自動運転が一番必要な人の乗り物を考えたときに、まずは電動車いすが浮かびました。でも、そのサイズだと車体が小さすぎてバッテリーがもたない。そこで電動シニアカーに注目したわけです。どちらも法律的には歩行者扱いで免許がいらない。また、それを必要としている方々は経済的にも裕福ではないと思われるので、普及させるためには安価に自動化させる必要があるとも考えました」

伊東教授が現在進めているのは、自動運転に最低限必要な装備をボックス化して、どんなシニアカーにも「後付け」で装着できるというもの。シニアカーは幅が約60cmとコンパクトなのでビルや病院であれば部屋まで入ることができ、エレベーターにも乗ることができる。究極のラストワンマイル・モビリティなのだ。

どんなシニアカーにも後付けできるのが魅力。乗員の状況も検知するので、何か異常があれば家庭などと通信することも可能。今後は電波レーダーを歩行者に向けて照射し、非接触で心拍数を測定することで生き物かどうか、おかしな状況でないかを計測していきたいという。

「LiDARで対象物までの距離や位置、形状を検知しています。一度通った場所は覚えているので、GPSがなくても走行できます。あとは、360°の魚眼カメラで全周囲を見ています。センシングはこのふたつだけ。シニアカーはすべて手もとコントロールなので、フロントにモーターを集中させると人間の手のように制御できるんですよ」

ラストワンマイルにこそ
人間らしさがある

伊東教授の研究室は埼玉県の大宮キャンパスにあるが、実証実験は東京都の豊洲キャンパスでおこなっている。

「歩行者との共存がテーマですから、人通りの多い豊洲のほうが理想の環境に近い。また、近隣ビルの協力が得られたので、校舎をスタートして信号のある歩道を通り、ビルに入って校舎に戻るという実験をしています。問題は、人通りが多いと常にセンサーが働いて動けなくなってしまうということ。今後のテーマは、AI学習によって人の挙動を研究することです」

自動車でもなし得ていない、インフラを使わない単体での自動走行。さらに、人の往来が多いほど、安全のために停止し続けてしまうもどかしさ。ただでさえ難しいラストワンマイルのなかでも、歩道の走行は困難を極める。人間は日々、阿吽の呼吸を使いながら生活しているからだ。

一般的に「モビリティのパーソナライズ化」と言うと、身体特性や趣味趣向に合わせたハードウェアのカスタムに目が行きがちだ。しかし、それ以前に「自分の行きたい場所に行ける」という「パーソナルな欲求」を解決することが必要となる。小さな子どもが、なんでも自分ひとりでやりたがるように、自分ひとりで何かを成し遂げる達成感は幸福の原点にある。「ひとりで、会いたい人に会える」「ひとりで、行きたいところに行ける」。パーソナルなモビリティはそんな「純粋な思い」を叶えるものであることを忘れてはいけない。「未来の移動手段」は真のダイバーシティを実現することにある。

(text: 富山英三郎)

(photo: 増元幸司)

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医療に大きな変革をもたらす培養筋肉の研究は、もうここまで来た!

浅羽 晃

分野横断型の研究が進むロボットの世界。工学と化学、物理、医学などの研究が融合し、培養した筋肉がまるで人間の腕のような動きをするロボットを東京大学生産技術研究所の研究チームが発表した。チームを牽引してきた研究室のリーダー、竹内昌治教授は、この研究を「バイオハイブリッド」と呼ぶ。バイオハイブリッドな研究とは、いったいどのようなものなのか。

研究室メンバーのバックグラウンドは
機械工学、化学、物理、生物、医学など多彩

中央上部の白い部分が培養筋肉。オレンジ色の部分は3Dプリンタでつくった樹脂の骨。

生体特有の能力を人工物のなかに取り入れる試みは、科学の歴史のなかで、繰り返されてきた。しかし、現実には、人工物で生体の機能を完全に模倣することは不可能に近い。人工物を生体に取り入れるのではなく、生体と人工物とのハイブリッドをつくることで、生体の能力を「ものづくり」に活用しようとしているのが竹内教授率いる同研究所のチームだ。今年(2018年)5月、米科学誌に発表された論文。世界中の注目を集めることになったその内容は、人工的に培養した組織二つを樹脂製の骨格に付けることで、人間の指に似た動きができるロボットを開発、1週間動き続けることに成功したというものだった。

「私の研究室では、いろんな方向で研究しているのですが、メインとなっているのはバイオハイブリッドという考え方です。僕のバックグラウンドは機械工学ですが、研究室のメンバー、それぞれのバックグラウンドは、化学、物理、生物、医学など、多岐にわたっています」

入れ替わりながらも常時50~60名いるメンバーは、工学、生物学、化学、医学などのPh.D取得者、学生、メディアアーティスト、会社社長など、立場もさまざまだ。

生産技術研究所は異なる専門分野を持つ研究者の交流の場でもある。

「異分野の融合型研究をやっていくと、考え方自体がどんどん、どんどんハイブリッドになっていきます。たとえば現在、生体と機械のハイブリッドな研究を推し進めています。僕ら、ものづくり屋がまだ実現できていないのは、生体に見られるような特殊で、非常に魅力的な機能です。それは1分子レベルで物質を検出してしまう能力であったり、超効率的な物質生産能であったりします。自己複製や自己修復という能力も、生体特有のものです。そういう機能を人工物のなかに取り入れる試みは、長い歴史のなかでいろんな研究がなされてきました。しかし、まだ、完全には人工物で生体の機能をしっかりと模倣できているわけではありません。そうであるのなら、生体を1つの人工物と同じような感覚で用いることのできるパーツとして、人工物のなかに融合したバイオハイブリッドシステムとして提案していこうというのが、僕らのアプローチです」

これまでの具体的な成果としては、人の汗の匂いに反応する蚊の触角に含まれている嗅覚受容体を人工的に再構成し、人の匂いに反応するセンサーをつくることに成功した。開発が進めば、足場や視界の悪さから発見が遅れてしまうような災害地などでの救助活動にも役立つ。

筋芽細胞が筋繊維となり、
筋肉となるプロセスを人工的につくる

竹内教授は、ハイブリッドな発想が社会の諸問題を解決し、科学技術を進展させると考えている。

今年、米科学誌に論文を発表した培養筋肉も、生体を人工的につくるという点が共通する。

「筋肉は、直径が10ミクロンくらいの筋芽細胞が組み合わさって出来ています。筋芽細胞が集まると、細胞膜同士が融合して、きれいな繊維ができ、その繊維が束となって筋組織ができます。筋組織と神経がつながり、神経から信号が来ると筋肉が収縮するというのが我々の体の中で起きている筋肉が動くメカニズムです。普段、筋肉はお母さんのお腹のなかで細胞が分裂して出来上がってくるわけですが、僕らは組織工学的なアプローチで、体外で筋肉をつくっているのです」

筋芽細胞が筋繊維となり、筋肉となるプロセスを、人工的につくり出しているのだ。

「筋芽細胞を集めて、あるゼリー状の空間のなかに入れて、培養液を加えると、自ずと細胞は自己集積してきて、筋繊維が出来上がります。それを、とても細長い空間で行なうと、筋繊維がある一定の方向に配向し、そこに電気信号をかけると収縮するのです。その方法自体はこれまでもあるのですが、僕らは、まず細胞をゼリーのなかに閉じ込め固めた後、そのゼリーを型枠から取り出し、いろんなところに貼り付けるように改良しました。貼り付けた後に、その場で細胞が筋繊維に成長できる方法を考案したのです。」

ゼリーごと型枠から取り出せるようにしたことで、培養筋肉はパーツとして使えるようになったのだ。

「たとえば、3Dプリンタで骨格をつくり、この関節が動いてほしいなというところに筋肉を合わせて、電気刺激を与えると関節が動くようなシステムをつくりました。生体の組織のものづくりと、3Dプリンタでつくるものづくりを、うまく融合させたハイブリッドシステムを提案しているという状況です」

将来的には培養筋肉の大型化も可能だろうが、そのためのハードルはまだ高い。

「細胞なので、いつも養分を与えないといけません。筋肉を分厚くすると、培養液が内部まで行き渡らなくなるのです。人間の筋肉は太いのに栄養が行き渡るのは、筋肉のなかに血管が通っているからです。現状の培養筋肉は、あくまでもプロトタイプとしてつくっていて、生体組織と3Dプリンタでつくった人工物との融合、融合する際にどのようなものづくりが重要になってくるかという基礎的な研究のアウトプットとして出しています」

研究で培った技術は将来、
医薬品開発のモデルや培養肉に応用可能

現在は基礎的な研究の段階だが、培養筋肉には大きな展望もある。

「左右1対として、両側で同じようなテンションで引っ張る拮抗構造の培養筋肉は、1週間以上長持ちします。そうなると、使えるアプリケーションがあるのではないでしょうか。たとえば、医薬品開発のモデルとして使えるのではないかと考えています。筋肉をターゲットとした薬はたくさんあります。通常は人の細胞をとってきて、皿の上で、2次元で培養して、医薬品に対する収縮具合を見ます。ただし、2次元で収縮するのと、3次元で収縮するのとでは、全く違う応答を示すことも多々あります。力も違うし、細胞一つ一つが持っている能力も違うし、グルコースの消費量も違います。そうした違いがあるために、2次元では、薬がどういうふうに効いたかというのは、正しくはわからないのです」

3次元の培養筋肉なら、より人体の筋肉に近いモデルでデータを取ることができる。

「その発展形として、筋肉と神経とを結びつけることにより、ALSの患者さんの治療薬の開発モデルもできると考えています。通常、3次元の筋肉を研究するときは、ネズミなどの動物を使いますが、そこには2つの問題があります。動物実験をしていいのかという倫理的な問題と、ネズミとヒトは種が違うので、ネズミに効いてもヒトに効かないということはたくさんあるという問題です。ヒトの細胞を使って培養筋肉を作れば、ヒトの3次元の筋肉を模倣することになり、種の違いは起きません。将来は、動物実験を使わないような方向に進むのではないかと思っています」

ヒトの筋肉以外に応用すれば、次のような展望も開ける。

「牛の筋肉をつくることができれば、牛を殺さなくても牛肉ができます。オランダの研究者が世界で初めて培養肉をつくったのですが、環境負荷が少ない、細菌を一切含まないクリーンな環境でつくることができる、高蛋白・低脂肪のようなデザインをすることができるなど、メリットは多いのです。欧米では培養肉をつくるベンチャーも立ち上がっています。僕らも筋組織をつくり、筋繊維を配向させるという技術を持っているので、そちらの分野への応用もまじめに考えています」

さまざまな分野の研究者が集まる研究室だからこそ、培養筋肉について、さまざまな発想が生まれるのだろう。

「ある人は本気で医薬品を開発しようとしていて、ある人は筋肉がどのように発生してくるのかを基礎生物学としてしっかり調べようとしています。また、ある人はロボットに応用しようと試みています」

いずれにしても、東京大学生産技術研究所の竹内研究室に集う研究者たちは、楽しさを感じながら研究に打ち込んでいることだろう。

竹内昌治(Shoji Takeuchi)
1972年、東京都生まれ。東京大学工学部産業機械工学科卒業、同大大学院工学系研究科機械情報工学専攻博士課程修了。現・同大生産技術研究所 教授、総合バイオメディカルシステム国際研究センター センター長。研究室では「Think Hybrid」を合言葉にしている。「少子高齢化の問題、環境問題、安心安全の問題など、多くの問題があるときに、一つの専門分野だけでは解決できないことがあります。いろんな分野の人が集まって、いろんな発想をして、解決するのが自然な流れでしょう。それを一つの研究室でやっていこうというのが、私共のポリシーです」

(text: 浅羽 晃)

(photo: 増元幸司)

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