対談 CONVERSATION

圧倒的なリアリティを手に入れた「CYBER WHEEL X」がもたらす未来予想図とは? 前編

長谷川茂雄

株式会社ワントゥーテンが、2017年に発表した車いす型VRレーサー「CYBER WHEEL(サイバーウィル)」。同プロダクトは、誰もが実際にハンドリムを操作し、ハイスピードでサイバー世界を駆け抜ける体験を可能にしたが、それはパラスポーツ普及の一翼を担っただけでなく、新たなエンタテインメントの在り方を示した。そして東京2020まで1年を切ったいま、そのアップデート版「CYBER WHEEL X(サイバーウィル エックス)」が発表された。開発のキーマンは、ワントゥーテンの代表、澤邊芳明氏と、ほかでもないHERO X編集長であり株式会社RDS代表を務める杉原だ。二人が見据えた一年後、そしてその先のワクワクするような未来とは?

よりリアルの部分が補強されて
ノンフィクションに踏み出した

澤邊「CYBER WHEELを発表して、もう2年が経つわけだけど、今回のチャレンジで、(CYBER WHEEL Xとなって)明らかにすごい進化をしたよね」

杉原「自分が澤邊さんに、“(CYBER WHEELを)アップデートしましょうか?”とメールしたら、二つ返事で“やろう!”と返してくれたのを覚えていますよ。あれは1年ぐらい前ですよね」

澤邊「そうだね。CYBER WHEELは、バージョンアップをしていきたいという意識はもちろんあったけど、あくまでパラリンピックに興味を持ってもらうためであって、どこまでいってもバーチャルの世界を体感するものだったのが、今回のRDSさんとの取り組みで、リアルの部分が補強されたというか、より現実に近づくことができましたね。自分たちだけではできないことが、実現できたという実感があります」

満を持して発表されたCYBER WHEEL X。プロモーションビジュアルから伝わってくるのは、近未来都市の風景とそれに調和する真新しいプロダクトの姿。これは、新たなモビリティ? 単なるゲーム? それとも……?

杉原「お互いに持っているもの、持っていないものがはっきりしていて、棲み分けができていたので、ある意味、プロジェクトを進めるのはラクでしたね」

澤邊「(CYBER WHEEL)Ver.1は、SFの世界だったんですよ。どこまでいってもフィクション。でも今回はノンフィクションというか、そちらに一歩踏み出した感じはしますよね。このXから得られる未来像みたいなものから逆算して、いまどうあるべきか? そんな議論ができるようなプロダクトになっている。Ver.1は2100年の仮想世界で、こんな未来がきたらいいよね、というようなものだったけど、Xは、もっと様々なことを考えるきっかけになる予感があります。あと、RDSさんは、実際にモビリティを作っておられるので、そこからの発想というのは、綺麗ですよね。機能美がある」

杉原「そう言っていただけると、すごい嬉しいです(笑)。僕らは、逆にデジタルに関する技術はまったく持っていないので、僕らのモノづくりとワントゥーテンの(デジタル)技術が、うまく融合することで、いい方向にまとまったなと思っています」

 負荷装置により対戦が可能になって
ゲーム性も格段に高まった

「RDSと互いの長所を活かすことで、予想をはるかに超えるクリエイティブができた」と語る澤邊氏。

澤邊「(RDSとワントゥーテンの棲み分けを)わかりやすく言えば、ハードウェアとソフトウェアということだよね。お互いのコンセプトも最初からブレずにあったから、結局揉めることもなかった(笑)」

杉原「そうですね。今回、僕がとても信頼しているロボットやモビリティーの研究開発を行なっている千葉工業大学のfuRoの皆さんに協力をお願いし、負荷装置などの共同開発を行いました。構造のなかに負荷装置を付けたことで、ハンドリムを漕ぐときに、仮想空間が登り坂だったら負荷を重くしたり、逆に下り坂だったら負荷をなくしたり。そこは僕たちも澤邊さんも重視したポイントのひとつですよね」

澤邊「そう。でも実は、Ver.1の段階から負荷は付けたかったんですよ。ただ、我々だけではできなかった。それはVer.1に足りないものだと、お互いが感じていたってことだよね」

杉原「体験会で自分がCYBER WHEELを体験したときも、負荷はやはり必要だと感じましたね。いろんな理由がありますが、負荷装置でフィジカル的な違いを調整できれば、仮想空間のなかでイコールコンディションの対戦ができるようになる。例えば、子供と大人も一緒に楽しめる」

杉原がCYBER WHEEL Xを手がける上で自らに課したミッションの一つが、「ゲーム性を高める」ということ。その目標は、十分達成できたという。

澤邊「それが可能になれば没入感も高まるから、大切な要素だよね。Ver.1は、400mをまっすぐ進むだけだったから、体験としては浅かったと思う部分はあります。それで、リアリティを追求しようと考えると、やっぱり負荷がないと、体感したときに(VRで見たものと感覚が)ズレてくる。自分が仮想空間で見てる水平面と体感がしっかり連動しないと、酔ってしまうしね」

杉原「そういう負荷装置によってリアリティが増すことで、Xは、ゲーム性が高まっていますよね。単純にX自体で遊ぶことが楽しめれば、結果として、このゲームは、なんだかパラスポーツの競技に似ているな、というような逆の見方をするユーザーも出てくるはずです」

澤邊「確かにそれはあるね。2017年にVer.1が出た段階では、CYBER WHEEL自体の認知度は低かったし、体験会などで、まずは楽しんで乗ってもらうことがミッションだったけど、もう次の段階に来ているから。実際にVer.1を発表したときも、“対戦はできないんですか?”とか、“パラリンピアンと一緒に走れないんですか?”というような意見は、結構あったしね」

パラリンピアンたちにとって
リアルなシミュレーターになる

サイバー世界でリアルな負荷を感じながら、誰しも対戦ができる。CYBER WHEEL Xは、VRレーサーの新たな扉を開いた。

杉原「それらを踏まえてXは、例えるならプレステのゲーム機本体のようなものになったといえますよね。これからソフトウェアとしては、何パターンも想定ができますし、実際の構想もいろいろと出てきています。そのなかで、パラリンピアンのシミュレーターに使うというトレーニングモードも魅力的。ゴースト機能を使って設定をすれば、世界ランカーとバーチャル世界で競い合うことができるというのは、今回進化した点です。それを実際に選手たちもトレーニングに取り入れられるのは大きい。コンディションに合わせて負荷をかけることもできますから」

澤邊「そういう意味では、Ver.1はパラスポーツの魅力を伝えるための健常者向けだったのが、Xは、健常者のみならず、障がい者にも焦点を向けていくことができる。例えば、リハビリ施設にXがあれば、スペースを取らずにロードレースをすることもできるわけだから」

杉原「そうですよね。さらにXに関しては、ホイールのついたシート部分とフロント部分が分けられるようになっていて、ロードレースだけじゃなくて、将来的には、バスケやテニス、ラグビーなんかも体験できるような構造を見据えていますよね。まさにゲーム機の本体というか、ソフトウェアが変わればいろんなゲームが可能になるという」

澤邊「東京2020は、史上最もイノベーティブな大会にすると言われているけど、パラ分野に関しては、まだまだその実像が見えていない感じがしています。CYBER WHEEL Xのようなものを出していくことは、(世界に対して)大きなメッセージになるし、その役割を担うことになると思うよね」

杉原「確かにパラスポーツの理解度を深めましょう、ダイバーシティでみんな一緒だよ、というようなメッセージや哲学は重要なことだと思いますが、どうもそれが直接的すぎるところもあると僕は感じています。それとはちょっと違った形で、自分たちは、エンタテインメント、テクノロジー、デザインといった分野でメッセージを発信していくことが役割ですね」

澤邊「実際に“共生社会”と言った時点で、共生する側とされる側というふうに分けないと概念が成立しない。実はその時点で線引きをしているという見方もできるわけだよね。CYBER WHEEL Xは、そうではない完全にフラットな目線でプロダクトとして成立させている。それが一番重要なことなんだよね」

後編へつづく

澤邊芳明(さわべ・よしあき)
1973年東京生まれ。京都工芸繊維大学卒業。1997年にワントゥーテンを創業。ロボットの言語エンジン開発やデジタルインスタレーションなどアートとテクノロジーを融合した数々の大型プロジェクトを手掛けている。2017年には、パラスポーツとテクノロジーを組み合わせたCYBER SPORTSプロジェクトを開始。車いす型VRレーサー「CYBER WHEEL(サイバーウィル)」、「CYBER BOCCIA(サイバーボッチャ)」を発表した。公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 アドバイザー、東京オリンピック・パラリンピック入賞メダルデザイン審査員、日本財団パラリンピックサポートセンター顧問、リオデジャネイロパラリンピック 閉会式フラッグハンドオーバーセレモニー コンセプトアドバイザー等。

CYBER WHEEL X
http://rds-pr.com/

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 壬生マリコ)

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対談 CONVERSATION

東京2020は、22世紀に向けた前哨戦!スポーツジャーナリスト上野直彦の視点 前編

宮本 さおり

あと1年、もはやこの「HERO X」の読者ならば、それが何を意味するかお分かりだろう。東京2020オリパラが迫っている。チケットの販売方法の情報が解禁となり、いよいよカウントダウンがはじまった。そんななか、パラの成功なくして東京2020の成功はないと言われるスポーツジャーナリスト 上野直彦さんに編集長がアタック、東京2020とその先の日本について、語り合った。

杉原:今日は上野さんと、東京2020を契機にスポーツというものを通じて、それがどのように伝わって、何が継承されていくのか、またどんな課題があるのかなどを一緒にお話しさせていただけたらなと考えています。パラリンピック選手(以下、パラ選手)が取り上げられる時、どういう経緯で受傷したのか、ハンデを負ったのかがまず枕詞としてあって、そこから話がはじまることが往々にしてありますが、それだと一方的なコミュニケーションになりがちで少しもったいないのではと。パラの場合、多くの競技でなにかしらのギアが使われます。つまり、ものづくりの手が入る。パラリンピックをF1に例えて言うなら、その技術が一般社会にも役立てられるのではと思っていました。また、それを一過性のものではなくて継続的に取り上げていきたいという想いで「HERO X」をスタートしました。僕はスポーツが持っている力ってすごいと思うんです。

上野:そうですね。私はBリーグの葦原一正さん(Bリーグ事務局長)と2015年のちょうどBリーグ開幕1年前に共通の知人を通して知り合いました。その葦原さんから教えて頂いたのですが、ラグビー日本代表の畠山健介さんのSNS発信がすごく面白くて、「世界を変えられるのは音楽とスポーツと宗教だと言っていた」という話を葦原さんがしていて、私もスポーツが世の中を変えるという考えに非常に賛同しています。自分のなかで一番大きかったのは2011年です。東日本大震災があった年ですが、数カ月後にドイツのワールドカップで、女子サッカー日本代表のなでしこジャパンが初優勝するっていう快挙を成し遂げました。今もまだ多くの方の心に傷を残しているんだろうと思いますが、傷ついていた日本に大きなパワーと勇気を与えてくれたと思います。W杯後、仕事をしながらラジオを聞いていたら、ラジオの中で仮設住宅に住む70歳ぐらいのおばあちゃんが、「なでしこジャパンが優勝したことについて印象に残っていることは?」との問いに、スタメンの選手全員の名前をフルネームで言ったんですよ。仮設住宅に暮らすおばあちゃんがですよ。そのとき、あの快挙がどれだけ人に影響を与えたんだろうって思ったんです。元気とか、生きる勇気とか。そのラジオを聴いたときに初めて、抽象的な概念とかではなくて、リアルに、“スポーツの力”というものを感じました。

杉原:僕、その動画をちょうど昨日YouTubeで観てました(笑)。

上野:そうなんですね(笑)。

杉原:頑張るぞ!っていうときには勇気が出るので必ずスポーツを観るんです。

大人が作る垣根

上野:私の好きな言葉のひとつに「チャンスは人の形をしてやってくる」というものがあって、人との出会いが全てですよね。そんななかでひとつ思い出す出会いは、川澄奈穂美という人でした。

杉原:なでしこジャパンの選手で、シアトルに行かれましたよね。

上野:はいそうです。今はニュージャージー州にあるスカイ・ブルーFCというチームでプレーしています。彼女のプレーを最初に見たのは彼女が大学4年の時で。彼女を見たときにテーピングで分かったんですよね。前十字靭帯の怪我のあとだなって。けれどその割に走力が凄い。走るんだけど接触プレーがないんですよ。インテリジェンスがいいと思いました。それで取材を進めていると、彼女の周りにおもしろい選手がいたんですね。「川澄奈穂美物語」っていう漫画があって、この時の取材がひとつの形になって出ているんですけど、第1話に佐藤愛香という選手が出てきます。実は彼女は聾唖者なんです。耳が聞こえないゴールキーパー。佐藤選手は川澄選手と小学校でずっとサッカーを一緒にやってきて、小6の時に日本一になるんですよ。その決勝戦でゴールキーパーとしてゴールを守ったのが佐藤選手です。最終的に私が興味を持ったのは彼女なんですね。耳の聞こえないサッカー選手たちがプレーする「デフリンピック」っていう競技で、聾唖者女子サッカーの日本代表があります。これが中村和彦さん監督の「アイコンタクト」っていう映画になっているんですけど、この佐藤愛香というサッカー選手の存在が、私のなかで初めてパラ競技に興味を持つきっかけになったんですよね。

杉原:そうなんですね! かなり前からパラ競技に興味がおありだったのですね。

上野:そうなんです。その時に私が思ったのは、子どもたちはみんな普通なんです。障がいがあろうがなかろうがみんな普通にプレーしているんですよ。それを知って、あ、楽しみながらみんなでプレーできちゃうんだなって。むしろ垣根を作ってしまっているのは大人たちなのかなと。

杉原:結局、大人が自分の中の概念からはみ出してしまうことが怖いというか、ハンディーキャップの有無に関わらず、子どもたちは単純にサッカーをやりたいだけなんですよね。

上野:その通りだと思います。

杉原:僕が初めてワールドカップを観たのは93年のドーハだったんですけど、当時小学生でしたが夜中にテレビで観ました。Jリーグが始まったのも小学生の頃で、Jリーグの創成期をみてきた中で、たった20年で今ではワールドカップで優勝を目指すぞっていうような雰囲気になってきていますよね。この成長はすごいなと思います。

“人”が呼び寄せたパラとのつながり

上野:私のなかではブラインドサッカーのオッチー(落合啓士選手)との出会いも大きかったです。ブラインドサッカーが広く一般に知られる前から彼の試合や練習を観させていただくなかで、とにかくみんなで落合選手を盛り上げたいよね、ブラインドサッカーをもっと知ってもらいたいよね、という思いが湧いてきたのです。

杉原:僕もきっかけは同じですね。チェアスキーの森井大輝選手と出会ったときに、この選手を“勝たせたい! ”と、強く思い、小さな飲み仲間のコミュニティーからもっとみんなに知ってほしいと思うようになって。ある意味承認欲求に近いでしょうか、“すごいんだぜっ”ていうのを知ってほしくて。だから、人に出会ってという部分は上野さんと同じですね。

上野:実はブラインドサッカーでいうと、ブラインドサッカー日本代表の高田敏志監督とも以前から繋がりがあり、彼が今後どのように日本のサッカーを伸ばしていきたいと考えているかを知って、これは来年きっと世界を驚かせるんではないかと楽しみにしているんです。やっぱりサッカーってトレーニングや練習が試合に反映されるわけじゃないですか。あれだけロジカルに考えて、背景にフィロソフィーがあって、新しいトレーニングをどんどん取り入れて、あとは指導者の熱ですよね。私はスポーツ=指導者の面が強いと思っているので、彼らをみていると、あのチームは来年世界を驚かせるなと思っています。

杉原:いいですね~。僕もブラインドサッカーをやったことがあるんですよ。

上野:どうでした?

杉原:まずボールがどこにあるのか分からないですよね(笑)。

上野:分からないですよね~(笑)。この辺で聞こえているなと思っても本当はこっち(逆方向)だったりね(笑)。

杉原:そうなんですよ。おもいっきり空振りしたりして。子どもたちと一緒にプレーしたんですけど、なぜか子どもたちのほうが上手いんですよね。子どもたちのほうが耳がいいんでしょうね。それとも純粋なのか・・・ボールに一直線で向かっていくんですよね。僕らは“疑い”があるから。なんかの罠なんじゃないかな、とかね(笑)。

上野:心の何かに比例しているのかな(笑)。

こうしてパラとの関わりを振り返ると、私が影響を受けたパラ選手は複数いて、その中の1人は競泳の成田真由美選手。彼女が本当に素晴らしい。以前ワールドフォーラムっていうイベントがあって、その時に対談の構成と司会をさせていただいて、そこでいろんなことを聞いたんですよ。彼女は、「私はワールドマスターなら健常者と一緒に戦える。そこで結果を出したい。健常者とセパレートされるのは嫌だ」と話してくれたのが印象的でした。

杉原:カテゴライズされるのが嫌だということですよね。

上野:そう。カテゴライズされたくない。だからマスターズが大好きですってね。その成田選手の話のなかで一番印象に残っているのは、成田選手が訪れた国の中で、日本も含めて一番環境が整っていたのは“オーストラリア”だって言ったんです。なんでですか?って聞くと、オーストラリアの空港に降りて大会会場やホテルに行くまでや、街の散策を楽しんだりして日本に帰ってくるまでの間に、自分が障がい者であるということを一度も感じなかった。すべてが自然に流れていると。

杉原:バリアフリー化が進んでいるということですよね。

上野:ハードもソフトも完全にバリアフリー化されていると。人間のマインドもね。それを一番実現できているのがオーストラリアだと聞いて、私にとってすごい衝撃でした。わたしはそんな風に日本を変えたいんです。

上野直彦
兵庫県生まれ。スポーツライター。女子サッカーの長期取材を続けている。またJリーグの育成年代の取材を行っている。『Number』『ZONE』『VOICE』などで執筆。イベントやテレビ・ラジオ番組にも出演。 現在週刊ビッグコミックスピリッツにて連載となった初のJクラブユースを描く漫画『アオアシ』では取材・原案協力を担当。NPO団体にて女子W杯日本招致活動に務めている。Twitterアカウントは @Nao_Ueno

(text: 宮本 さおり)

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