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点字への自動翻訳も可能!誰もが使える立体イメージプリンタ「Easy Tactix®︎」

今井明子

外国語表記と同じような感覚で、印刷物に点字が入れられたら、どんなに便利な世の中になるだろう。SINKA株式会社によって開発されたコンパクトな「EasyTactix®︎」なら、それが実現できるのだという。このプリンターの普及につとめる営業・マーケティング部長の高梨晴彦さんにお話を伺った。

プリンターだけでなく、紙もソフトも開発

驚くほどコンパクトでシンプルな見た目。そして、印刷するときの音はとても静か。確かにこれなら気軽な気持ちで使ってみたいと思ってしまう。それが、立体イメージプリンター「EasyTactix®︎」を最初に見た印象だ。

このプリンターによる印刷物は、点字だけでなく、写真や絵も立体的に表現できる。「EasyTactix®︎」が印刷できるのは凹凸だけだが、市販のインクジェットプリンターで文字や絵を印刷し、それから「EasyTactix®︎」で凹凸を印刷すれば、健常者も視覚障がい者も使える印刷物ができる。まさにボーダーレスなプリンターなのである。

このプリンターを開発したのは、SINKA株式会社。もともと、SINKAの技術者は、プリンター関連の企業に在籍しており、クレジットカードなどの凹凸を印刷する技術や、会社の社員証を印刷するためのコンパクトなプリンターの技術を持っていた。それらを何かに活かせないかと考え、コンパクトな立体イメージプリンターとして製品化したのが、「EasyTactix®︎」なのである。

あらたに開発したのはプリンター本体だけではない。プリンター専用の紙とソフトもだ。紙の開発にあたっては、10種類以上の紙を実際に視覚障がい者にさわってもらい、意見を聞きながら最適なものを選んだ。

「プリンター用の紙は凹凸を押してもへこまないこと、指で読み取りやすい凹凸の高さが印刷できることが第一条件ですが、指でさわったときに滑りやすいかどうかも大切だということが、視覚障がい者にさわってもらって初めてわかりました。すべりにくい材質だと、指がひっかかってしまって読みにくいのだそうです」(高梨さん)

そして、プリンター用のソフトは、健常者がワードやエクセルで作った文書を点字に翻訳してくれるというもの。このソフトのおかげで、点字を勉強していなくても、簡単に視覚障がい者向けの印刷物を作ることができる。このように、誰にとっても取り扱いが簡単なのも、このプリンターの魅力のひとつなのである。

「本来なら、プリンターだけ弊社で作って、紙やソフトの開発は外注するという方法もあると思います。しかし、あえてそれをやらずに弊社ですべて開発したのは、外注するとそれだけ発売が遅れてしまうからです。なるべく早く、必要な人に届けたいという思いがあり、弊社ですべて開発することにしたのです」(高梨さん)

発売開始から半年。国内外で約700台が、学校や自治体などに出荷された。盲学校からは「簡単に素早く教材を作れて時間が節約できる、しかも質のよい教材が作れる」という評価をもらっている。

しかし、普及するには課題がある。最も大きな課題がその価格だ。発売当初の販売価格は448,000円(税別)、専用用紙200枚セット12,000円(税別)だった。今年の6月からは、一般向けには本体298,000円(税別)、学校や障がい者手帳を持っている個人向けには、本体価格を180,000円(税別)で提供することにした。

価格は原価ギリギリ。開発費はペイできないという。それでも値下げしたのは、「早く必要とされる人に届けたい」という思いがあるからだ。

「このプリンターは盲学校から『買いたい』というご要望をたくさんいただきます。しかし、盲学校での購入は予算的に厳しく、先生個人が購入して教材を作成されているケースもあります」(高梨さん)

今後生産台数を増やし、さらに価格を下げるためには、学校以外にも活躍の場を広げる必要がある。盲学校の次に活躍の場として見込めそうなのが、自治体、公共施設、図書館などだ。自治体、図書館、その他公共施設では点字資料や点字本を出すために、もともと点字プリンターが普及している場所である。しかし、従来の点字プリンターは大型で音も大きいため、バックヤードで印刷しなければいけないのが難点だった。その点、コンパクトで音が静かな「EasyTactix®︎」なら、窓口で職員がちょっとした案内をプリントして渡すような使い方もできるかもしれない。

ほかにも、「EasyTactix®︎」の活躍の場はまだまだありそうだ。たとえば、レストランのメニューに簡単に点字を入れたり、駅の構内の案内図に点字を入れて、視覚障がい者に配ったりすることもできるだろう。

「現状では駅の構内図は案内板に点字が表示される形式ですが、視覚障がい者が案内板にたどり着くまでがひと苦労です。今はそういった方が駅に入ったら駅員が付き添う場合もありますが、点字入りの案内図(触知図)を渡せたら、視覚障害者の方はより安心して歩行できると聞いています」(高梨さん)

とにかく、多くの人に「EasyTactix®︎」を知ってもらいたい。今の高梨さんの仕事は、営業活動2割、普及/啓蒙活動8割。さまざまな展示会に参加し、数多くの人に触ってもらって、どんなことに使えそうかを考えてもらいたいと思っている。

「健常者が使っている印刷物に点字が入っている。健常者も視覚障がい者も意識なく同じように使えるドキュメントが当たり前のように世の中に存在している。そういう世界を目指して活動しています」(高梨さん)

普及に力を入れる一方で、よりよいものへのブラッシュアップも欠かせない。まずはプリンターのスピードアップは課題のひとつだ。

点字と文字が併記され、文字がソフトで点字に変換される。2020年の東京オリンピック・パラリンピックが追い風になり、「外国語入りのパンフレットに点字も入れたい」というデザイン会社からのリクエストも聞くという。まるで点字が外国語のように身近な存在になる。それが「EasyTactix®︎」の示す可能性なのだ。

(text: 今井明子)

(photo: 増元幸司)

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枕元に置くだけで、赤ちゃんが泣いている理由を判定!「クライアナライザー・オート」の秘密

富山英三郎

今年の1月にアメリカはラスベガスで開催された、世界最大級の電子機器展示会『CES 2020』。そこで初出品されたのが、枕元に置くだけで赤ちゃんが泣いている理由がわかるプロダクト『CryAnalyzer Auto(クライアナライザー・オート)』。開発したのは、「テクノロジーで子育てを変える」をミッションとする日本企業のファーストアセントだ。今回は、赤ちゃんの泣き声診断が生まれた背景と仕組みについて、同社のCEO(最高経営責任者)である服部伴之氏に話を訊いた。

子育てのリアルな悩みから
アプリ開発を着手

「最初から育児関連だけでいこうと思っていたわけではないんです。会社を立ち上げる少し前に、一人目の子どもが生まれまして、その時に育児って大変だなと実感をしたんです。特に妻は子どもができる前とはだいぶ変わりまして、かなりストレスを抱えているなと。当時は恥ずかしながら『産後うつ』という言葉も知らず、どうしたのかな? と思っていたんですが、いろいろと調べて『産後うつ』という言葉を知って、あーこれがそうなのかなと理解することができました」

子どものいる家庭では「あるある」のひとつだが、奥様が美容室などに行く間にミルクを頼まれ、「何ccあげればいい?」と聞くと、「そんなことも知らないの?」という反応をされる。数週間後、同じような状況で、また怒られるかなと思いながら改めてミルクの量を聞く。これに似たような状況が服部さんにもあったという。

「あるとき、妻が手書きでつけていた育児記録(日記)を見たんです。そこで、これよりも簡単にできるアプリがあるだろうと調べたんですが、当時はいいものがなかった。そのうちに、『一般的にこの年齢ならばもう○○ができるらしい、でもうちの子はまだできない』という会話も増えるようになって。心配している妻を安心させるため、正しい情報を調べようとしたんですけど、インターネットの検索では何が正しい情報なのかがわからない。そういうことが重なって、育児記録アプリを作ったんです。みんなの育児の実態がわかれば、正しい情報や新たな価値が生み出せると思ったわけです」

「赤ちゃんの生活リズムの見える化」を目的にしたアプリの制作。しかし、コンセプト段階においては、身近なママ友からの評判は悪かったという。

「『見える化できると便利でしょ?」という聞き方が悪く、『そういうのは男性脳的な発想で、私たちは求めてない。』という声が大半でした。ただ1名だけ、『女性にその発想は生まれないから、作って見てもらうしかないと思うよ』と言ってくれた方がいたんです。そこで、2013年にアプリ『パパっと育児』をリリースしてみました。結果は想像以上に『見える化』の部分が利用されていた。つまり、本当は求められていたわけです。その後は口コミ的に広がって、広告費を一切かけず現在までに60万ダウンロードされています」

アイコンをタップするだけで育児記録がつけられる

『パパっと育児』利用者のボリュームゾーンは0~2歳。主な機能は、全20種類のアイコンをタップするだけで、ミルクをあげた時間や排便の時間などが簡単に記録できるというもの。また、各記録をグラフや統計にして表示することができ、予防接種の推奨スケジュールなどもわかる。そのほか、各種便利機能を搭載した同アプリは、2014年に第8回キッズデザイン賞を受賞。2017年からは、国立成育医療研究センターと共に、子どもの成長、発達、生活習慣の実態解明を目指す研究もスタートした。

「2013年のリリース時点から、5年間はまずデータを溜めようと考えていました。ただ、集めたデータが価値を生み出せるのかを事前に検証しておく必要があるので、成育医療研究センターとの取り組みをスタートさせました。また、ビッグデータを用いた子どもの生活習慣と、成長や発達の関係にまつわるエビデンスって、世界的にほとんどないんです。そういう意味でも検証する価値がすごくある分野であることがわかりました」

見える化されると
男性の育児参加が進む

『パパっと育児』から得られるデータは、医療的な研究に使われるのみならず、「子育てをする親のストレスを下げる」という本来の目的にも役立つ。

「夜泣きアラートという機能が特徴的です。一般的に、ほかの子どもと比べて夜泣きが多いかどうかを比較することは非常に難しいです。でも、私たちには統計的なデータがあるので、『同じ週齢の子と比べて、お子さんの夜泣きの多さは上位何%ですよ』とお知らせすることができる。すると、上位10%と表示された家庭の約5割は、旦那さんと話し合うという結果が出ている。さらに、そのうちの約6割の旦那さんに行動変容がおこる。寝かしつけを手伝ってくれたり、夜中に起きてくれたりするようになるんです」

数字的な根拠を持って「うちの子は夜泣きが多い」というと、男性も納得して行動するというわけだ。このような機能を付けたのも、服部さんにとっては懺悔のような気持ちがあったという。

「一人目の子どものとき、夜泣きをしたら当然気づいて自分も起きるだろうと思っていたんです。でも、すぐに慣れて起きなくなるんですよ。『昨夜は夜泣きがすごかった』と、妻に言われて初めて知るという状況。でも、自分はスルーしていたんです。このアプリを開発してデータを見てみると、想像以上の頻度で皆さん夜中に起こされていることがわかった。これは大変だと改めて思ったんですよね。そこで、二人目のときは自分も頑張ろうと心を入れ替えたんですけど、その子はよく寝る子でした(笑)」

ここから、冒頭の『クライアナライザー・オート』につながる、「泣き声診断」機能が2018年に生まれるのである。

泣いている理由がわかれば
ストレスはさらに下がるはず

「『育児のときにストレスを感じるタイミングはいつですか?』という、ミルクメーカーさんがおこなった調査で、1位が『赤ちゃんが泣いているとき』だったんです。そこで、どうして泣いているかがわかれば、ストレスを取り除けるかもしれないと思って研究をスタートしました」

以来、「赤ちゃんの泣き声の録音」と「泣いた理由」をモニターユーザーから募集。約2年間で2万人のデータを収集した。

「泣いてすぐに理由を聞くと親の直感になってしまうため、ひと段落したタイミングで『先ほど泣いた理由はなんだと思いますか?』と答えてもらうような方法を取りました。そこから音声解析をしてアルゴリズムを組んでいったのです」

『パパっと育児』においては、アプリで『泣き声診断』を起動し、泣いている赤ちゃんに5秒間マイクをかざす。すると、「お腹が空いた」「眠たい」「不快」「怒っている」「遊んでほしい」の5つの分類の中から、可能性が高いと分析された分類と確率が表示される。現時点では生後0~6ヶ月くらいまでの赤ちゃんに最適化されたアルゴリズムとなっており、正解率は8割と高い。なお、これは本当に泣いた理由は赤ちゃんにしかわからないため、医療的なものという位置づけではなく、子どもの生活習慣を研究する会社が本気で作った、エンターテイメント的な位置付けとなっている。

「この『泣き声診断』を単体の機能として取り出し、多言語化して世界で使えるようにしたアプリが『クライアナライザー』です」

さらに、『クライアナライザー』をもとに、プロダクト化したものが『CES 2020』に出品した『クライアナライザー・オート』というわけだ。

泣き声診断をプロダクト化して
CES 2020に出展

「アプリだと能動的にかざさないと診断ができませんが、ハードウェアであれば枕元に置いておくだけで、泣く声を感知して録音をスタートします。そのため、夜泣きの発生頻度や、寝かしつけの際にどれくらい赤ちゃんがさわいだかなど、ご機嫌の変遷を分析することができます」

世界中から新しい電子機器や試作品が集まる『CES 2020』のなかでも、『クライアナライザー・オート』は大きな注目を集めた。

「欧米の方々を中心に興味を持ってもらえました。彼らは、『自分の子どもの頃は、親に別室で放置されて寝かされていた』と言うんです。その点、見守りカメラなどを使ってる自分たちは、子どもを大事にしているし、育児をアップデートしているというわけです。日本ではカメラで監視するのは育児の劣化と考える人も多い。もちろん、家の大きさが違うというのもありますが、欧米の方々はこういう機器を使うことに抵抗がないのは確かです」

現在は試作品の段階で、今後はデバイスと組み合わせたソリューションやサービスなども開始していくとか。

「発売は来年になるかなと思っています。コロナ禍もあり部品調達コストもあがっている状況なので、いま無理して作るよりも、よりバージョンアップした完成度の高いものを作っていこうと考えています」

■プロフィール/服部伴之(Tomoyuki Hatori)
1998年、東芝にてナノテクノロジーの研究者として従事。
2001年より、IT系ベンチャーのシステム責任者を数社歴任。企業向け情報共有サービス、懸賞メディア、マストバイキャンペーンのASPシステムなどの開発を行う。
2005年、エンターモーション(現インサイトコア)にて取締役CTOに就任。店舗集客をサポートするモバイルCMS「MobileApps」事業の立ち上げなどを行う。
2011年、tattvaの取締役に就任。ソーシャルサービス「i.ntere.st」の立ち上げを行う。
2012年、ファーストアセントを設立し代表取締役に就任。

画像提供:ファーストアセント

(text: 富山英三郎)

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