対談 CONVERSATION

“支える”ではなく“揺らす”!?佐野教授が辿り着いた世界初の歩行支援理論とは【the innovator】中編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

電気、モーターやバッテリーなどを一切使わず、振り子とバネの力だけで、歩く力をアシストする『ACSIVE(アクシブ)』。これは、名古屋工業大学の佐野明人教授が、15年以上にわたり研究・解明してきた「受動歩行」の理論を基に、同大学と株式会社今仙技術研究所が約4年の歳月をかけて共同研究・開発した世界初の“無動力歩行支援機”だ。2017年6月に発売された『aLQ(アルク)』も、無動力で歩行をアシストする歩行支援機だが、ACSIVE(アクシブ)のノウハウをベースにさらなる進化が加わったという。両者の違いとは?揺らす支援とは?その先の未来に描く世界とは?受動歩行ロボット研究の世界的権威、佐野教授とHERO X編集長の杉原行里(あんり)の対談をお届けする。

ACSIVE(アクシブ)とaLQ(アルク)のすみ分けとは

佐野:ACSIVE(アクシブ)とaLQ(アルク)は、いずれも、振り子とバネの力だけで、歩く力をアシストする無動力歩行支援機ですが、少しすみ分けをしています。製造背景についてお話すると、ACSIVE(アクシブ)が、義足や電動車いすなどの福祉用具の開発を手がける今仙技術研究所であるのに対し、aLQ(アルク)は、その親会社であり、自動車部品の製造を専門とする独立系メーカーの株式会社今仙電気製作所で行われています。

また、ACSIVE(アクシブ)は、脳卒中などで体の片側にまひが残る方、足の振り出しが困難な方など、基本的には、歩行に障害のある方をアシストするためのもの。対して、aLQ(アルク)は、ACSIVE(アクシブ)をさらに軽量化し、健康な方にも、より健康を目指す方にも、手軽に使えるように開発したものです。毎日のウォーキング、レジャーや旅行など、歩くことを楽しみたい方や、生活範囲を広げたい方の歩行をアシストするためのものです。装着感も、ACSIVE(アクシブ)は膝下にしっかりと、aLQ(アルク)は膝上に軽やかに留めるという違いを出しています。

杉原:ユーザーの方からはどんな反響がありますか?

佐野:ご高齢の方がaLQ(アルク)を使うと、「10年くらい前に戻った気がする」とおっしゃるケースもあります。その頃の歩き方を明確に覚えているわけではありませんが、「機械に作られた動きではなく、自然な感じで歩きやすくなった」という声を多くいただきます。

杉原:階段の昇り降りも、アシストできるのですか?

佐野:バネの力が継続してかかるようになっているので、下支えで脚をシュッと上げてくれます。手すりを引き上げないと上がらなかった脚が、わりとトントン上がるようになったという方もいますね。カーボンのフレームを、太ももから膝下まで沿わせてあるので、階段を下る時に起きる膝のふらつきは抑えられます。ただ、あくまで歩く力をアシストするためのものなので、膝や足首にかかる負担を直接的に軽減することはできないのですが、「膝の痛みが減った」と言われる方も中にはいらっしゃいます。

手軽なaLQ(アルク)に、予想外の反響!?

佐野:ACSIVE(アクシブ)の場合は、歩行に障害のある方が同伴者と来られるケースがほとんどです。普段の歩き方や病状など、時間をかけてお聞きした上で、試着を行っていきます。良ければ、購入されるという流れなのですが、aLQ(アルク)の方が価格的にも手頃ということもあって、購入される方の感覚が、ACSIVE(アクシブ)とはまた少し違うんですね。ふと立ち寄られた店で試着された方がそのまま付けて帰られたり、二台目を買うために再度問い合わされた方もいます。旦那さんなのか、親御さんなのか、どなたのためのものなのか分からないのですが、二台目を購入するケースは初めてだったので驚きました。

杉原:(スマートフォンを触りながら)対談中にすみません。今、僕aLQ(アルク)を買っちゃいました(笑)。先日、退院したばかりの叔父に贈りました。

佐野:ありがとうございます(笑)。

杉原:aLQ(アルク)をつけたまま、走れますか?

佐野:走っても、違和感はありませんが、走りをアシストするためには、また別の創意工夫が必要になってくるかと思います。少し関連することを言いますと、リオパラリンピックの100×4mリレーで銅メダルを獲得した陸上競技のある障がい者アスリートの方が、ACSIVE(アクシブ)を使ってくださっていました。走る前に、足さばきのイメージトレーニングとして使われていたようです。

ACSIVE(アクシブ)もaLQ(アルク)も、人が使うものなので、個々の体に起きてくる変化もその数だけあるでしょうし、私たちが当初、予想もしなかったような使い方も考えられるでしょう。こうした使い方も含めてデザインだと思うので、ユーザーの方々からいただく貴重な生の意見を精査して、今後の開発に活かしていきたいと思います。

後編へつづく

前編はこちら

佐野明人(さの・あきひと)
国立大学法人 名古屋工業大学
大学院工学研究科 電気・機械工学専攻 教授
1963年岐阜県生まれ。1987年岐阜大学大学院工学研究科修士課程修了。1992年博士(工学)(名古屋大学)。2002年スタンフォード大学客員研究員。受動歩行・走行、歩行支援、触覚・触感などの研究に従事。2009年「世界で最も長く歩いた受動歩行ロボット」でギネス世界記録認定。2014年9月、世界初の無動力歩行支援機『ACSIVE(アクシブ)』を実用化。2017年6月、ACSIVE(アクシブ)をベースに、健康づくりのために、誰もが手軽に使える無動力歩行アシストをコンセプトに開発した『aLQ(アルク)』を発表。2010・2011年度日本ロボット学会理事、2015・2016年度計測自動制御学会理事。日本機械学会フェロー、日本ロボット学会フェロー。

株式会社 今仙技術研究所(ACSIVE)
www.imasengiken.co.jp

株式会社 今仙電機製作所(aLQ)
www.imasen.co.jp/alq.html

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 壬生マリコ)

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椅子だって医療がつながる!野呂影勇教授が語る“人間工学の力”

HERO X 編集部

座る、立つ、歩く。人間の動きの一つ一つについて工学的なアプローチで研究する人間工学。近年、医療との結びつきが加速するこの領域は今後、私たちの生活にどのように繋がりだすのか。医療と人間工学を接続させた第一人者、早稲田大学名誉教授で株式会社エルゴシーティング代表の野呂影勇氏に「HERO X」編集長・杉原行里がお話をうかがった。

杉原:本日はよろしくお願いします。まずは、先生のこれまでの研究についてお話をうかがえますでしょうか。

野呂:医学と人間工学について。整形外科は、X線やMRIなどを使い身体を調べて、どこが悪いか、身体とくに筋骨格系に関する疾病を診断することには卓越しています。しかし、その疾病の発症の原因、それがどういう日常生活環境から出てきたのかということにはあまり関心がないことが多いです。医者はそういう教育を受けていないですから。僕の場合は、早稲田の理工の出身で、その後は慶應義塾大学に移り、研究を進めました。慶應は医学部を持っていますから、ここで、医学との出会いがありました。工学の我々が強いのはモノづくりで、医学と繋がるところがいろいろと出てくる。例えば、疾患原因が日常の座り方の悪さということもありえますよね。椅子に座ることは、お尻と関係があり、どういう筋肉や骨があって、お尻の外形があるかに深く関係しています。コンテンツを充実させることに人間工学は強い。一方、外形は外観の良さに関係して商品として真っ先に必要なのです。そこはいわゆるインダストリアルデザイナーの方が得意としているわけです。

杉原まさに僕ですね(笑)。

野呂:そうです。インダストリアルデザイナーと我々人間工学──やっていて気が付いたのですが、お互いに敵と味方のような関係ですね(笑)。しかし、インダストリアルデザイナーの人たちの方が飯を食うのに長けている。

杉原:ありがとうございます。

野呂:インダストリアルデザイナーの方たちは、出身がスモールオフィスの方が多く、自立してやっていらっしゃる。ところが、人間工学を研究している我々を大学が雇ってくれている、という体制ですから、飯は授業で(笑)。その違いは大きいです。

例えば、何かを開発するとします。製品は金額があって、モノにはそれ相応の金額がありますよね。枕なら枕なりの金額がある。車なら50万円は安いとなりますが、枕がもし50万円と言われたらどうですか。高すぎると感じるはずです。モノには生れてきた由来があって、相応の単価があります。この感覚が、大学人には弱い。マージンの中の5%をインダストリアルデザイナーがとってしまったら、我々工学はとるところがないわけです。形以外に、メーカーをこちらに向かせるためには何が必要か、となると「医学」かなと。とうことで、わたしは今に至り、医学を掛け合わせた人間工学の分野を推し進めている訳です。人間工学とインダストリアルデザイナーの勝負はそう簡単にはつかない、そう思っています(笑)。

杉原:僕は先生と発想が違って、5%を分けるのではなく、その価値を高め、10%、15%に増やし分けることを考えます。

野呂:それはお見事ですが、現実にはなかなか難しい。例えば、パラリンピックなんかで、国からお金がでているとかだとできるかもしれませんが。

杉原:RDSでは、ほとんどのプロジェクトは補助金を貰わずに、できる限り自己資金で進めてきました。開発のスピードを維持するために。

野呂:それはすばらしいですね。

医学と人間工学
なぜ結びついたのか

杉原:人間工学とは実際どんなもので、どうやって医療とつながるのでしょうか。

野呂:先日、北九州にある、サービス付き高齢者住宅を見学してきました。1階が共有施設で2階3階が住宅。階段やトイレの手すりなど、人間工学的に必要と考えられるものは全て備え付けられていました。今は人間工学が社会装置化している。人間工学とはなんぞやと30年くらい前に言われていたことはもう、その必要がないくらい浸透していると思いますよ。これからは、もっと踏み込んで、「人間工学が、新たに何をすべきなのか」が問われてくる。自分の場合は医学との関係を構築することでした。

産業医科大学で医学部の教授として8年勤務しました。医学部ですから、脳神経外科をはじめ、医学の領域について知識を得る場が、いろいろと揃っています。ある時、同僚(医学部の教授たち)から「お前は医学のことぜんぜん分からないじゃないか」と言われたことがありました。でも、逆もそうで、あちらは人間工学のことを知らない。

医者は、社会の機構として組み込まれており、整形なら整形のことだけ、耳鼻科なら耳鼻科のことだけに特化してやっていけます。その反面、専門外のことはあまり知らない。でも自分は医学部に籍を置いていた工学者としては、深くは知りませんが、脳神経も耳鼻科も整形も平等に知っているという強みがあります。こうした広範囲にまんべんなく知っているという状況は医者には少ない。ということで、工学の僕がやれば、医療×人間工学のアプローチとしてそれなりにやれることがあると思いました。

杉原:僕らは車いすをつくるのに、お尻の計測がすごく難しいと思っています。お尻は座るとつぶれてしまうので。あと、背骨との関係性も難しい。野呂先生はその座面を研究されているわけですが、どんなことをされているのでしょうか。

野呂計測とは何か。お尻がつぶれるは、臀部の筋肉に圧がかかっている状態です。

圧のかかり方が微小ですと快感に近い感覚ですが、強くなると痛みに代わります。お尻に均等な圧がかかればよいのですが、臀部形状が複雑なので難しいのです。

背骨との関係は、身体を支えることにあります。背骨には、中枢と末梢神経が走っているので、無理な支え方では強い痛みが生じます。 下半身の血流も圧により阻害されますので、むくみやしびれの原因となります。座るという一見簡単な動作ですが、生理的には複雑です。何でも計測可能な現代、しかし得られたデータの解釈に医療×人間工学の専門性が要求されます。

人間工学が支える在宅医療とは

杉原:人間工学と医療、私たちに身近なところでいうと、どのような方面でつながりが持たれるのでしょうか。

野呂:2018年は大変重要な年で、厚生労働省が指針を出し診療報酬を改訂、遠隔医療に世の中が向き始めています。すでに全国でいくつかの遠隔医療のサービス機関が立ち上がっています。入院から完治または終末まで病院で過ごすのではなく、一定の回復をしたら自宅で療養する方法へとシフトしはじめています。この段階、人間工学がすごく重要になります。例えば、院内では壁に手すりがついていて、転倒を防止するつくりになっています。ベッドも一定水準のものが備わっておりますが、個人宅は千差万別。ベッドか布団か。枕はどうかなど療養者の睡眠に影響します。厚労省のオンライン診療の指針にある診療支援の一つとしての人間工学的介入が望まれます。

杉原:なるほど。

野呂:遠隔医療の流れは早いと思います。人間工学との連携は今後、密接になっていくと思います。例えば、筑波大学大学院 人間総合科学研究科では「遠隔看護外来システム」のなかでその重要性を位置付けております。

杉原:先生のところでは医師のための椅子を作られていますよね。

野呂:この椅子(写真)は背あてに特徴があります。最近の手術は昔と違い、眼科など、細かな部分を扱う時には、手術する部分を立体映像化して4K大画面に映し出し、その画面を見ながら手術する(ヘッドアップモニターシステム)ことが増えました。細かい部分を扱う手術は、顕微鏡を覗きながらでも、モニター式となっても、変わらず執刀医は椅子を使います。普通の椅子は執刀中の前かがみの姿勢により背あてと背中の部分に空間が空くのですが、この椅子では超軟質の筒状の背あてを前進させて背中に接触させることで執刀に有害な身体の動きを安定化させます。

背中の緊張を和らげ円筒型背あてと座面の絶妙な傾斜で腰部も楽だと好評の眼科執刀医用椅子

手術中は足もとで器具を操作することもあるため、足が使いやすいように座面には少し傾斜がつけてあります。

杉原:利用者、眼科の執刀医師のニーズにあった椅子ということですね。

野呂医師とコラボすることは素晴らしいことですが、そのために配慮するべきこともあります。医療の対象は、患者です。倫理委員会等で病院では、がっちりとガードされております。それを乗り越えてコラボまでにこぎつけるだけの高い説得性と信頼性が工学側にも求められます。そのうえで、人間工学は今後、もっともっと医療の現場で、そして、人々の生活の中に、身近に存在するものになるでしょう。

早大理工 ピアノを弾くロボット(科学万博つくば’85 故加藤一郎教授による)の前で語り合う二人

野呂 影勇
1937年生まれ。早稲田大学名誉教授、エルゴシーティング CEO。業績は前半1982年から1999年までと後半2000年から現在(2018)までに大別。前半は国際学会への貢献、国際誌の編集。代表的な成果は、参加型人間工学の概念と方法論を提案し、1991年にTaylorFrancisから出版の英書「参加型人間工学」が国際的なベストセラー。後半2000年のローマ大学ラサピエンツァ招聘教授就任を境に、臨床医学×人間工学が主な研究に、加えて医師とのコラボで旅客機シート、呼吸枕、執刀医用椅子、運動具の開発を行った。20188月 人間工学の国際貢献に関してフェロー賞を受賞。

(text: HERO X 編集部)

(photo: 壬生マリコ)

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