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自宅でも唾液1滴でがん検査! 私たちのライフスタイルを変えるバイオテクノロジー × AIの最前線

富山 英三郎

唾液1滴でがんのリスクを判定する「サリバチェッカー」が話題を集めている。がん細胞から分泌される代謝物と呼ばれる分子をチェックし、AIを駆使することでがんの種類(肺がん、乳がん、大腸がん、口腔がん、膵がん)までも絞り込んでいくというものだ。しかも、自宅に届く検査キットに唾液を採取して冷凍便で送り返すだけという簡便さ。近年注目されるバイオテクノロジー × AIの最前線は、私たちのライフスタイルを変える可能性を秘めている。株式会社サリバテックの代表取締役・砂村眞琴氏に話を訊いた。

研究の進化と技術革新が後押しする
セルフヘルスケア領域

東洋医学では病気になる前の状態を「未病」と位置づけ、古くから健康管理に対する意識がある。一方、西洋医学では発病してからの対処方法(治療)に重きが置かれてきた歴史を有している。しかし、近年は「セルフヘルスケア」の領域が欧米をはじめ世界的に注目されている。

背景には、バイオテクノロジーを始めとする技術革新により、生命がどのような構造で成り立っているのかが細かな点まで判明してきたことも大きい。その進化は急速で期待値も高い。

「21世紀のイノベーションは、生物学とテクノロジーが交わる場所から生まれるだろう。ぼくが息子の年頃にデジタル時代が始まったのと同じように、新しい時代がまさに始まろうとしている」
スティーブ・ジョブス

「いま自分が少年だったら間違いなく生物学をやっていた」
ビル・ゲイツ

遺伝子研究だけでは
見えなかったがん細胞の全貌

慶應大学発のベンチャーであるサリバテックの代表取締役・砂村眞琴氏は、消化器外科医として主に膵がんを専門としてきた。膵臓は肝臓と同じく「沈黙の臓器」と呼ばれ、がんが発見されたときにはすでに治りにくい状態となっていることが多い。ゆえに平均余命は半年以下といわれる。

「約15年前、当初私がイメージしていたのはコンピューター上にがん細胞を作り出すことでした。それができれば、さまざまながん細胞の性格がわかり、治療薬の効果が測れるだけでなく、治療薬の開発もできるだろうと。そこでまずは遺伝子研究をするわけですが、それだけではがん細胞を構築できないことがわかりました」

「がん化」は、何らかの原因でDNAが損傷することから生じる。それならば、遺伝子を研究すれば全貌が見えるかと思いきや、そう簡単な話ではなかったということだ。

ちなみに、コンピューターが0と1の組み合わせからできているように、生命はATGCという4文字(塩基)の組み合わせで成り立っている。そのなかの3文字の組み合わせからアミノ酸が生まれ、アミノ酸がつながるとタンパク質ができ、タンパク質によって身体の臓器が作られ、人間全体が作られていく。

また、アミノ酸がタンパク質になるために欠かせないのが、COVID-19のワクチンでも話題のメッセンジャーRNAという物質。DNAが「このタンパク質をつくりなさい」とメッセンジャーRNAに設計図を渡し、彼らがアミノ酸を運んでくっつけてタンパク質を作っていく。

「DNAとRNAによる一連の仕組みのなかで、どこの情報が狂うとがんが出やすいのかなど、いろいろなことがわかってきました。しかし、基本的な4文字(ATGC)情報が狂っていないがんというのも現実には起こるわけです。それはなぜだろう? という研究のなかで注目されるようになったのが“メタボローム(代謝物質)”です」

代謝物を見れば身体の中で
起きていることがわかる

DNAやRNAといった遺伝子の構造や働きだけでなく、そこからどんなものが生まれ、どんな動きをし、どのように細胞に損害を与えていくのかなど、身体の中にある分子(代謝物)を解析することで解明してく。代謝物を研究することは「メタボロミクス(動的な代謝反応の量的な解析)」という。

「遺伝子解析するためには針を刺して組織を採るので、患者さんの苦痛もあって何度もできないんです。しかし、代謝物の解析に組織は必要なく、血液や尿を採ればわかる。そんな折、サリバテックを一緒に起業することとなる杉本昌弘(取締役)が、UCLAの口腔外科の先生と唾液の研究をしていた。その代謝物を見ていたら、ここから面白いことがわかるのでは? と気づいたわけです」

分析にあたり活躍したのは、同社の研究拠点である慶應義塾大学先端生命科学研究所が所有する「キャピラリー電気泳動」だった。

「液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフォーといった分離器はどの研究室にもあります。でも、それだときれいに分離することができないんです。一方、キャピラリー電気泳動の性能は桁違い。血液、尿、唾液などで分析しましたが、もっともデータがきれいに出たのが唾液でした」

サリバテックの拠点である鶴岡市先端研究産業支援センター

サリバチェッカーでは代謝の解析後、AIを使った計算をかけてがんのリスクを検査する。

「がん細胞に関連する代謝物は10個弱あるのですが、それらを単体ではなくトータルで評価しようということでAIを導入しました。大腸がんと膵がんでは数式が違いますし、乳がんでも数式が違ってくる。同じような物質を見てはいますが、人工知能を使って計算することでだいたいの傾向がわかってくるわけです」

AIを組み合わせることで
疑われる臓器を絞り込む

AIによるリスク検査の元になるビッグデータには、膵がんを例にすると東京医大、慶應大学、東京女子医大、山梨大学、杏林大学など、さまざまな先生および患者さんの協力があって成り立っている。現在、サリバチェッカーで検査可能なのは肺がん、乳がん、大腸がん、口腔がん、膵がんの5種類。今後、胃がんや前立腺がんなども各種データが揃い次第、同じキットで 検査できるようになるという。

「がんであるかの最終判断は、画像診断ができて初めて成り立つわけです。がんの確率が高いよといっても、どこにあるのかを探すのはひと苦労。AIを組み込むことで、疑われる臓器をある程度絞り込むことができる。そこがサリバチェッカーの特徴のひとつです」

がんは早期発見するほど身体に優しい治療で済み、根治に至る可能性が高くなる。とくに胃がんや大腸がんであれば外科医の手に渡る前に、内視鏡を使い、粘膜を削り取るだけで終わってしまう。

「会社員であれば年一回の健康診断が義務付けられていますが、その扶養者は受けていないわけです。市町村の健康診断もありますが受診率は低い。そういう意味では健康診断がすべてをカバーできているわけではない。また、医療機関に行くのは意外にハードルが高いんですよ。そうなると、その手前にあるセルフヘルスケアが重要になると考えています」

早期発見が身体にも社会にも
優しい医療につながる

サリバチェッカーは、キットを注文して自宅で唾液を採取して冷凍便で送り返すだけ。医療機関に行くのは検査結果を聞きにいくときのみだ。現在、山形県鶴岡市のふるさと返礼品にも選ばれるなど、気軽なものとなっている。
費用は保険外診療なので3~4万円。結果はABCDの4段階評価で表され、CやDの場合は何らかの検査が推奨される。感度7割(真の陽性率)、特異度9割(真の陰性率)程度であり、従来型のがん検査と遜色はない。

「肺炎や糖尿病、心臓病などに関しても私たちの技術は応用可能で、そこを進めている最中です。現時点での目標はさまざまな病気の早期発見ですが、最終的にはAIを活用した予防医療を目指していければと思います」

セルフヘルスケアは数年前から関心が高まっていたが、新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックが起きたことでますます注目されている。日本は国民皆保険という充実した制度のおかげもあり、何かあってもすぐ病院に行けるゆえ、他国に比べて検診率が低いとも言われる。しかし、パンデミックや医療崩壊という事態を目の当たりにしたことで、セルフヘルスケアへの意識は高まるだろう。また、病気を早期発見することで身体への負担の少ない低侵襲医療が可能になり、医療費の負担も少なくなる。まさにいいことづくめだ。

そんな時代に、自宅で唾液を採取するだけでがん検査ができる、いずれはさまざまな病気の検査も可能になるサリバチェッカーの役割りは大きい。これがさらに普及すれば、病院の少ない田舎への移住もしやすくなるなど、私たちのライフスタイルを大きく変化させる力も持ち合わせている。

砂村眞琴(すなむら・まこと)
弘前大学医学部卒業後、東北大学消化器外科で主に膵がんの診療・研究に尽力。米国Pittsburgh大学癌研究所に文部省在外研究員として出張。英国Cancer Research UK研究員を兼任。2007年より大泉中央クリニックの院長に就任し地域医療に携わる。 東京医科大学八王子医療センター兼任教授、慶應義塾大学非常勤講師としてメタボローム研究を展開。 2013年に株式会社サリバテックを起業。がんの早期発見、早期治療をテーマに活躍している。

 

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(text: 富山 英三郎)

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遠征に持参する選手も!快眠でベストパフォーマンスを引き出す「エアウィーヴ」【2020東京を支える企業】

宮本 さおり

眠らない人間はいない。凡人でも睡眠不足が与える影響は大きいが、スポーツ選手にとってはなおさら。快眠はベストパフォーマンスができるか否かを大きく左右する要といっても過言ではありません。東京2020のオフィシャルパートナーとなった寝具メーカーのエアウィーヴは、“快眠”を通して選手を支えることを目指しています。

「エアウィーヴはまだ無名の発売当初よりアスリートの愛用者が多かったこともあり、オフィシャルパートナーとして手を挙げさせていただきました。世界のアスリートの皆さんをサポートし、ベストな状態で記録を出していただきたいです」と語るのはエアウィーヴ社で東京2020オリンピック・パラリンピック推進プロジェクトリーダーを務める田中紀美子さん。東京2020では寝具パートナーとして、全ての選手村のベッドルームにエアウィーヴ社の製品を提供する予定です。なぜ、アスリートに愛用者が多かったのか、秘密は製品の優れた構造にありました。

寝返りのうちやすさの秘密は中に使われているairfiber

「まずはスプリングのマットレスと比較してみましょう」と田中さん。ベッドのスプリングは構造上、上下の動きには応じるものの、あらゆる方向にかかる圧を分散させる力は弱いものがほとんどと言われます。同社の製品は独自開発のairfiberを使い、体重を面で支えてどの方向からの圧も分散させることに成功、それだけでなく、腰は固めで肩まわりは柔らかめなど、部分ごとの硬さの好みにまで応えられるようにしたのです。例えば水球の選手、睡眠環境診断士の資格を持つ同社の事業推進部部長・冨田力矢さんによれば、肩幅が広くガッチリとしている彼らには肩部分が柔らかく、腰部分が固めを好む選手が多いことが分かったそう。「寝心地の好みは人により本当に違います。その人に合った寝心地の提供にベストを尽くしていきたいです」(冨田さん)。

パラアスリートにとってもこの特性は魅力的なものでした。体圧が分散されるため、体の欠損部分に関係なく、体を横たえた時に全身をふわっと持ち上げられているような感覚で寝ることができるといわれます。

「当社の製品には、健常者、障がい者という区切りは存在しません。ある選手はその寝心地を“まるで宙に浮いているようだ”と評価してくれました。パラ選手は体のどの部分にサポートが必要かを視覚でとらえることができる場合がありますが、健常者でも腰痛や肩こりなど、目には見えない痛みと戦う人は多いはずです。人それぞれに体型、体格、体重や体圧も違います。どんな方にも最高の寝心地を提供できる製品だと自負しています」(田中さん)

会社の棚には選手らからの感謝のサインが並んでいます

快眠をもたらすこの寝心地は、airfiberの復元性の高さから生まれたものでした。「寝返りを打つ際に、圧がかかる方向は変わります。この時のマットレスの状態は体重が離れた面は凹み、徐々に元の状態に戻るのが一般的です。しかし、当社の製品は、体重移動をしたそばから繊維が元の形状に戻るため、まるで寝返りを押し出してもらうような感覚になります。」近年の研究では、力をかけずに寝返りをうてるかどうかが良質な眠りに大きく関係するということが分かってきました。同社が早稲田大学・内田直教授の協力で行った研究ではそれを裏付けるデータが出てきました。同社の製品で眠った場合、低反発マットレスと比べて少ない力で寝返りがうてるという結果が出たのです。

また、スポーツ分野の研究でもエアウィーヴが選手に与える影響について報告がされはじめています。アメリカのスタンフォード大学とIMGアカデミーで行った調査では、同じ選手でも就寝時にエアウィーヴを使った時と、他の寝具で寝た場合とではパフォーマンスに違いが出ることが分かりました。40メートルスプリント、ロングジャンプ、スタートドリルの全てにおいてエアウィーヴでの就寝後の方が良いパフォーマンスが出る結果となったのです。報告書によると、特に40メートルスプリントでは平均0.3秒の向上が見られたと言われています。

いつでもどこでも同じ寝心地を実現

もう一つ、トップアスリートがこの寝具を溺愛する理由がありました。それは、既存の寝具の上に敷くだけで、いつもと同じ寝心地が保てるという点です。海外遠征をはじめ、選手の宿泊先は会場により異なります。選手にとっては宿泊先の寝具が合うか合わないかは賭けに近いものがありました。慣れない寝具で安眠できず、寝不足の状態だったとしても翌朝になれば厳しい試合のフィールドに立たなければなりません。自宅と同じ寝心地を、場所を選ばず実現できるエアウィーヴは選手にとって画期的なアイテムとなったのです。

日本選手団の公式サポーターとして提供された寝具

遠征にも持参したい、そんなアスリートの要望で生まれたのが「エアウィーヴ ポータブル」。この製品の出現で、エアウィーヴを愛用する選手たちは世界中どこへ行っても同じ寝心地で快眠が保たれるようになったのです。この影響を大きく感じたのがトップアスリートを手掛けるトレーナーたち。コンディショニングの一環として、エアウィーヴ社の製品を勧める人が増えました。こうして口コミによりトップアスリートの間で広がった同社の製品は、前回のリオオリンピック・パラリンピックで日本代表選手団の公式サポーターに任命され、マットレスやピローなど600名分を提供することになったのです。

思わぬ壁が潜んでいた
パラアスリートを悩ませる寝室

パラアスリートにとっては寝室が障壁となることも少なくありません。ハプニングはリオオリンピック・パラリンピックで起りました。同行した田中さんのもとにあるパラアスリートから相談がありました。ホテルについてみると、ベッドの高さが高く、下肢障害のこの選手はベッドに上がれないというのです。田中さんは持参した予備用のエアウィーヴを提供、二枚重ねで床に敷いて寝る方法を提案しました。結局、ベッドの足が取り外せることが分かり、通常の状態でエアウィーヴをマットレスに敷く形がとれたものの、こうした状況がいつまた起きるとも限りません。

「選手は寝室を選べません。東京2020では全ての選手に快適な睡眠で最高のパフォーマンスを見せていただけるように寝具を軸にサポートさせていただきます」。(田中さん)競技の裏で文字通り選手を支える日本発の寝具メーカー、その快眠はアスリートにどのような影響を与えるのか、全ての選手がこの寝具で眠りにつく東京2020、オリンピックレコードが増えたとすれば、寝具がもたらす効果も益々注目されることでしょう。

“あったらいいな!” エアウィーヴの視点

車いすの座面について語る冨田さん

リオでは選手の要望でもう一つの製品が生まれていました。それが「エアウィーヴ 座クッション」。リオデジャネイロまでの移動時間は約30時間と長く、移動時の座わり心地に頭を悩ませる選手も少なくありませんでした。このクッションは座面と背中をサポート、マットレスパット同様に持ち運びができるため、バスや飛行機の椅子の上に乗せるだけで快適な座り心地を実現できたと好評でした。寝ることだけでなく、座ることにも目を向け始めた同社が「あったらいいな!」と感じているのは車いすの座り心地。骨組みにばかり目がいきがちの車いすですが、座面の研究はそれほど進んでいない様子。冨田さんは「車いすで出場するパラアスリートにとっては座り心地もパフォーマンスに影響するのではないか」と話します。座面は汗が溜まりやすい部分でもあるため、通気性も考えなければなりませんが、快適な座り心地の競技用車いす、実現すれば画期的な製品となりそうです。

(text: 宮本 さおり)

(photo: 壬生マリコ)

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