テクノロジー TECHNOLOGY

「半分、青い。」に登場した、ピアノを弾くロボットハンドの生みの親とは?【the innovator】前編

飛田 恵美子

カシャカシャ、とロボットの指がピアノの鍵盤に触れ、「ふるさと」のメロディを優しく奏でる。NHK連続テレビ小説「半分、青い。」で5月に放送された、印象的な1シーンだ。このロボットの手を製作した東京都立産業技術高等専門学校医療福祉工学コースの深谷直樹准教授は、独自の“からくり”による機構を使った高性能ロボットハンドの研究開発を行っている。ロボットハンドの現在地と未来予想図を、深谷氏に伺った。

人間の手や指の構造を模倣、
さまざまな形状の物を掴めるように

深谷氏が開発したロボットハンドの特徴は、とても単純な制御だけで、さまざまな形状の物を掴むことができる点にある。従来のロボットハンドには、果物や工具のように一つひとつの形や重さがバラバラなものを持つことが難しいという課題があった。指の一本一本、関節の一つひとつにセンサーやモーターを組み込み制御する方法では、多数の電子部品を制御する複雑なプログラムが必要となる。その分操作やメンテナンスの難易度が高く、電力の大量消費や耐久性といった点からも産業利用には壁があったのだ。

この課題を解決しようと深谷氏が考えたのが、独自の“からくり”だった。“からくり”とは、電子制御に頼らず望ましい動作を実現する機械装置の構造的な仕掛けを指す。

「人間の手や指の微妙な構造を模倣した独自の“からくり”を開発しました。すべての関節が機械リンクで結合していて、物体に馴染み、自動的にバランスを取るというもので、協調リンク機構と名付けています。センサーは使わず、基本的には1個のモーターのみで5本の指を動かします。

具体的にどう動かすかというと、つまみを引くだけ。私たちは普段、物を掴むときに“まず親指の関節を30度曲げて……”なんて思いませんよね。それと同じで、直感的に引くだけで勝手に手前にある物に巻き付くという構造なんです」

これまで、業界ではロボットの指は人間が設計した通り、1ミリ単位で精密に動くものという先入観があったと深谷氏は話す。それによって制御が複雑になっていった。しかし、過程はどうあれ、最終的に物を掴むことができればいいはず。こう考えて仕組みをシンプルにしたことで開発に成功した。

「人差し指と中指だけで、薬指と小指はねじれないんです。物を持つときに親指と人差し指・中指を使うことが多いから、ここだけ進化したのでしょうね。いままで見てきた解剖学の文献には載っていなかった発見でした」

解剖学や人間工学といった分野も横断しながら、深谷氏は少しずつロボットハンドを人の手に近づけている。

“からくり”を応用した3種類のロボットハンド

本研究の枠組みは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業において、ダブル技研と共に行っている。3者は今年1月、“からくり”を応用したロボットハンドを3種類発表した。「F-hand」「New D-hand」「オリガミハンド」だ。

「F-hand」は、人間の手の構造や大きさを模倣した5本指のロボットハンド。前述した果物や工具のほか、ストローなどの細いもの、3kg程度の荷物も持つことができる。

用途として想定しているのは、農作物の収穫や食品工場での箱詰めなど。将来的には、インフラ関係の設備メンテナンス、建築現場での施工、災害現場など危険を伴う場所での作業、家事ロボットとしての食器洗いや掃除などを代替していくことを見込んでいるという。

「New D-hand」は、前述の“からくり”、協調リンク機構を持つ指を3本にすることで「F-hand」とは違った特徴を持たせた産業用ロボットハンド。より大きくて重い物を掴むことができるのが特徴だ。物流・製造業における搬送、組み立て、加工工程等に適していて、既にダブル技研を通じて自動車メーカーや研究所などで使用されている。

金属でできた上記2つのロボットハンドと違い、「オリガミハンド」はその名の通り一枚の紙でできたロボットハンドだ。レーザーカッターで切り出した紙を折り曲げてのり付けするだけの簡単な構造で、つまみを引くと指が曲がる。

鮭やコロッケなど傷つきやすいものを優しく掴める上、金属部品などの異物混入リスクがないため、弁当の具材詰めなどに向いている。縮小・拡大印刷するだけでさまざまなサイズになり、プラスチック段ボールに印刷し強度を増すことも可能。安価で使い捨てができるので、介護ロボや手術ロボなど衛生が求められる現場での活用も期待されている。

なお、「半分、青い。」に登場したピアノを弾くロボットハンドは、「F-hand」を応用し、見た目を昭和55年に開発されたロボットWABOT-2に似せて製作したもの。実際のWABOT-2は指先でタンタンタンと力強くピアノを弾くというが、番組制作スタッフからの「ヒロインの幼なじみが夢を見つけるシーンだから、ドラマチックにしたい」という要望を受け、ロボット的になりすぎないよう、柔らかく滑らかに演奏したという。F-handが人の手に近い構造を持っているからこそ可能になった演奏だ。

後編につづく

深谷 直樹
東京都立産業技術高等専門学校荒川キャンパスものづくり工学科医療福祉工学コース准教授。工学博士。ものづくりを中心とした医療福祉・ロボット関連の研究を行う。

(text: 飛田 恵美子)

(photo: 壬生マリコ)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

RECOMMEND あなたへのおすすめ

テクノロジー TECHNOLOGY

ロボットを着て動き回れる世界を夢見る、社会実装家・藤本弘道【the innovator】

富山 英三郎

物流と工場に特化したパワーアシストスーツを中心にした製品群で、いま熱い注目を集めている株式会社ATOUN。「ハイテクとローテクなど、私のイノベーションの興し方は常にギャップ」と語る藤本弘道社長は、自らを社会実装家と呼ぶ。最先端の機能を使いながら、セオリーから外れた価値と組み合わせることで面白い製品を作り上げていく。その創造力の源泉を辿った。

ロボットの世界には、大きく分けて3つのジャンルがある。制御により動く産業用ロボット、自分で考えて動く自立型ロボット、そして人間のパワーを増幅させるパワーアシストロボットだ。

パワーアシストロボットに関しては、戦争で負傷した兵士のためという側面もあり、アメリカ、フランス、イスラエルといった軍事研究が盛んな国々が強い。日本は無類のロボット好きという特殊な事情によって成長している稀有な例といえる。

ロボットに幻想を抱いていないんです

そんな中、「ロボットを着て、人間がもっと自由に動き回れる世界をつくる」をミッションとして誕生した株式会社ATOUN。社名の由来は「阿吽の呼吸」。人間を表す「A(阿)」と、ロボットを表す「UN(吽)」が調和する社会の実現を目指している。

なお、同社はより大きな力を発揮するものをパワードスーツ、人間が装着する力の弱いものをパワーアシストスーツ、よりウェアに近いものをパワードウェアと呼んでいる。

「人間とロボットによる2人羽織りみたいな製品を作りたいんですよね」

最新ロボットを作っているにも関わらず、二人羽織という極めてアナログ的な表現が出るのが、藤本社長の面白いところだ。

「私は今年で48歳のガンダム世代。もちろん幼少期に観ていましたが、すごい好きかと言われるとそうではない。だから、あまりロボットに幻想を抱いていないんです。それよりも、社会実装という側面に重きを置いています。私以外の社員は皆、ロボット好きで夢の世界に生きていますけどね(笑)」

藤本社長は、大学院卒業後にパナソニックへ入社しモータ社へ配属された。そこで、小型モータ用ブラシ材料や、磁石材料の開発を担当。つまりロボットは専門外なのだ。しかし、あるときパワードスーツを研究をしている教授の論文に出会い、気持ちに変化が訪れる。

夢と現実をベストミックスさせるのが社会実装家

「パワーアシストスーツに可能性を感じ、将来的に世の中の役に立つことを確信しました。社会に役立つのなら、いつか誰かがやらなくてはいけない。それなら自分でもいいのでは? と思うようになったんです。また、大学の研究室というのは要素研究がメインで事業化は得意ではない。社会実装の視点で自分が取り組めば、素早く事業化できるだろうとも思いました」

そこでパナソニックの社内ベンチャー制度に応募し、2003年にATOUN(旧アクティブリンク)を設立。ロボット研究者がリーダーとなっていることが多い業界だが、研究者出身ではあるものの、畑違いという点が他社との違いに現れている。

「ビジネスモデルを考える方が好きですね。技術には自信があるし、良いものをつくっているという自負もありますが、ものが良ければ売れるわけじゃない。良いか悪いかよりも買うか買わないかが大切だと思う」

この発言だけを切り取ると、金儲け第一主義に感じてしまうかもしれない。しかし、藤本社長が重点を置いているのはあくまでも社会実装。世の中で広く使われるロボットを目指すゆえの発言なのだ。

「夢を追求するのが理想家。夢を語らずに商売だけでお金を稼ぐのが現実主義者。夢と現実をベストミックスさせるのが社会実装家なんです」

ATOUNが世に放った最初のプロトタイプは、2004年に発表した人工筋肉を使ったパワーアシストスーツ。トラックのタイヤを持ったままスクワットすることができた。しかし、傍らには大きなエアコンプレッサーが必要で、自由に動き回ることができず実用性はなかった。

その後、同技術を使ったリハビリ支援スーツを発表。これは施術にあたるセラピストが使うのではなく、脳卒中の患者が装着する点が新しかった。患者が健常側の腕を動かすと、麻痺した側の腕が自動で動くというミラー効果を狙った仕組みだ。体を動かすことで、脳のネットワークをつなげるという。残念ながら製品化には至らなかったが、2006年には『TIME』誌のBEST INVENTIONSに選出される。

さらに、2008年には映画『エイリアン2』にインスパイアされた、重量物運搬用パワーアシスト装置「パワーローダー」を発表する。

「映画に出てくる作業機械に影響は受けましたけど、事前に建設会社に行って、作業現場での悩みなどをヒアリングしたんです。そこで、床から2mのところまで100kg程度のものを持ち上げたいという要望が出てきた」

事前にリアルな声を聞いたとはいえ、あくまでもコンセプトモデル。まずは夢のある近未来を見せることで、情報や技術、資金を集め、社会実装に向けた製品を開発していく。このサイクルは創業以来、変わることなく続けている。

「現在、技術の責任者をしている社員はこのNIOを見て、”人生の最後は、これを世の中に出すために存在している”と言って入社してきました。その後、この技術は清水建設と共同開発したパワーアシストアーム『ATOUN MODEL K』に落とし込まれ、製品化されています」

働き方改革の意識とパワーアシストスーツの関係性

現在注力しているのは、重い荷物の上げ下げに関して「腰」をサポートするパワードウェアだ。『MODEL A』、『MODEL As』という第一世代を経て、この7月に『MODEL Y』を発表したばかり。本体重量が4.5kgと従来品よりも40%削減され、価格は120万円前後から約半減となっている。ちなみに、Aシリーズは累計270台程度売れており、『MODEL Y』に至ってはすでに100台近いオーダーが入っているという。

「工場や物流の現場でも、働き方改革という意識が芽生えています。また、地方の工場では募集をかけても女性しか集まらない。人手不足の時代ですから、力仕事とはいえ彼女たちも大事な労働力。その人材を生かすことにも、弊社の製品なら貢献できます。それに、導入してもらえば、“働き方を意識しているいい会社だ”というイメージもつく。新聞などでクローズアップされて、人材が集まることも少なくないようなんです

工場によっておこなう仕事が違うため正確なデータは取れていないが、社内の実験では約20%の作業効率アップが見込めるという。しかし、その程度では費用対効果という意味では微妙なライン。そこに人材募集に有利という効果が加わることで、導入する工場は増えている。

「『MODEL Y』などは3箇所装着するだけですぐに動かすことができます。所要時間は約30秒。そういった点も魅力となっています。今後は腰をサポートするものだけでなく、腕や足などパーツごとに販売して、それらを自由に組み合わせることができればと考えています。全身版のスーツがあっても果たして買うかな? という疑問があるんですよ」

確かに、全身版のパワードウェアがいきなり登場するよりも、サポートして欲しい部位ごとの機器のほうが想像がしやすい。究極的には、ホームセンターで部位ごとのパワードウェアが並んでいる様子が想像される。なお、今後はよりコンシューマー向けに近い、歩行支援のためのパワードウェア『HIMICO』の発売も控えている。これは、歩行を10%程度サポートしてくれるというものだ。

「老化して体力が落ちると、歩くことが嫌になるんです。その状態を身体的フレイル(虚弱)と呼びます。すると意欲まで薄れて精神的フレイルになる。その負のスパイラルが寿命を縮める結果になってしまう」

人間は生物学的に130~150年生きられるといわれる。しかし、寝たきりになってしまうと寿命はいっきに短くなる。そのため、せめて上体だけでも起こそうという話に。その次は立たせる、さらには歩かせる。そうすることで寿命は延びていくのだ。つまり、老化よりも体の機能低下が寿命を左右するともいえる。

パワーバリアレス社会の実現を目指して

「生涯学習のようなことをする高齢者グループは意外に多いんです。しかし、ハイキングなどのレクリエーションを企画すると、途端に参加しない方が出てくる。不参加者の多くは、“私、迷惑かけるから” と、これがフレイルの始まり。そんなときにHIMICOがあれば、自信が生まれて行動範囲も広がるわけです」

最近は、パラスポーツの分野にも進出を始めている。しかも意外なカタチで。

「パラ・パワーリフティングの大会で、『MODEL As』を使いたいと問い合わせがあって驚きました。そんなことしていいの? って。よく聞いたら、大会では重りの交換が頻繁にあるみたいで、ボランティアの健常者が使うためだと。私は常々、ボランティアというはいかにアスリートの邪魔をしないかが重要だと思っているので、そういう使われ方には興味があります」

最後に、ATOUNが思い描く未来について語ってもらった。

「年齢や性別に関係なく、動ける、働ける社会を作りたい。力の面でのバリアのない、パワーバリアレス社会の実現を目指しています。そのためには、ロボットを着て動き回れる世界を作ろうと。最終的にはファッションになるところまで持っていきたいです。自分で好きなパーツを組み合わせて、色も含めてコーディネートしていく。インターフェイスは公開するので、作業に応じた便利なパーツを作るサードパーティも出てきて欲しい。そういう未来を考えています」

藤本弘道
株式会社ATOUN・代表取締役社長
1970年大阪府生まれ。大阪大学大学院工学研究科原子力工学科卒業後、松下電器産業(現パナソニック)入社。2003年、内ベンチャー制度を利用しアクティブリンク設立。2017年、社名をATOUNに変更。

(text: 富山 英三郎)

(photo: 壬生マリコ)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

PICK UP 注目記事

CATEGORY カテゴリー