対談 CONVERSATION

20代をともに過ごした2人が実現させた応援歌『ノンフィクション』

川瀬拓郎

人気のロックヴォーカルデュオ、Honey L Days(ハニー エル デイズ/通称ハニエル)のKYOHEIとHERO X編集長の杉原は、公私に渡って15年以上の友人関係にある。TOKYO2020を迎え、車いすレーサー伊藤智也選手への公式応援歌として起用されたのが、この度リリースされるハニエルの新曲『ノンフィクション』だ。2人の出会いから、この曲が生まれるまでの経緯を語っていただいた。

英国留学体験がきっかけとなり、
意気投合した学生時代

――15年以上の付き合いがあるというお二人ですが、どのように出会ったのでしょうか?

KYOHEI:お互い気が合いそうだからと、友人を介して出会ったのがきっかけでした。僕は大学で建築を学びながら音楽活動を行っていて、すでに今の相方(MITSUAKI)とは出会っていたのですが、ハニエルとしてはまだ活動していなかった頃です。当時から、行里はデザイナーと名乗っていて、その頃からことある度に、モビリティのデッサン画をよく見せられました。他の友達が大学生活を漫然と過ごしている中で、勉強とは別の目的意識を持った、数少ない同志のようなつながりを感じていました。

杉原:いまはデザイナーと言うよりは、コンダクター的な立場でデザインに関わっていますが、寝る時間を惜しむほど夢中になってデザインに取り組んでいたあの頃の気持ちが、現在の自分の役割に生かされていると、つくづく感じます。KYOHEIと会うと当時の様々な出来事を思い出しますね(笑)。当時僕はイギリスに留学していて、3ヶ月くらい日本に戻っているときに紹介してもらったのかな。その紹介してくれた友人というのも英国留学経験があり、KYOHEIも同じでした。現地で顔を合わせたことはないのですが、ちょうど同じ時期に留学していたこともあってか、意気投合したよね。

KYOHEI:当時の行里の印象は「変わった奴だなぁ」って……。だって、ナイロン製の宇宙服みたいな服を着て、ゴーグルを着けていたんだもん(笑)。

杉原:そんな時期があったねー(笑)。なんでそんな格好をしていたのか、今となってはもうわからないけど。あの頃はトンがってたからなぁ。その後も付き合いが続いて、ライブに足を運ぶようになっていました。KYOHEIの大きな転機となったのは、2010年に発表された『まなざし』という曲が、男子新体操を舞台にしたテレビドラマ『タンブリング』に使用されてブレイクしたことだよね。そのときは仲間内でも大盛り上がりでした。

活路を見出した応援歌という
スタイルと3.11後の活動

――新体操をテーマにしたTBS系ドラマの『タンブリング』ですね。ハニエルは常にスポーツとの接点がありますよね?

KYOHEI:デビューしてからしばらくは、「自分たちはコレだ!」っていう明確なスタイルがなくて、暗中模索していたのです。自分でもスポーツは好きでやっていたんですが、ルックス的にもスポーツとは離れているし……。そんなとき『タンブリング』の主題歌を担当することになって、初めてスポーツを意識したのです。そうして、応援歌のような歌詞とメロディーが生まれて、「よし自分たちのスタイルはコレだ!」と。30代を目前として、これが最後のチャンスだと自分に言い聞かせながら作曲に取り組んでいていました。特に最初からスポーツの応援歌を作ろうと意識したわけではないんですが、結果的に悩んでいた自分自身や、人生の岐路に立った仲間たちへ向けた歌にもなっていったのです。

杉原:その頃、ちょうど僕も同じく30歳手前で。自分自身の手であれこれ作ってみたり、がむしゃらに仕事に打ち込んでいました。夜中の4時まで作業をしては、まだ起きて仕事している仲間同士でSkypeを通じて励まし合うこともよくありました。切磋琢磨している同士が身近にいたから頑張れたし、目標に向かって必死に過ごしてきた20代があってこそ、現在に繋がっていると思えます。僕に取ってKYOHEIはその同志の1人なんです。20代は、コトは作れても場を作れなかった。30代になって場を作れるようになったら、いつかKYOHEIと一緒に何かやりたいね、という話をずっとしていたんです。その後自分のスタイルを確立したKYOHEIは、青森山田高校サッカー部の応援歌『がんばれ』や、柔道グランドスラムTOKYO 2010のテーマ曲『Believe』とか、次々とヒットを生み出していったね。

KYOHEI:『がんばれ』という曲は、活動がようやく軌道に乗ってきた矢先に起きた3.11の後に発表された曲でした。リリースの延期やイベントやライブ活動も一旦休止になるなど、とても他人の心配をしているような状況ではなかったのですが、東京でジッとしていても仕方がないと思っていました。そこで、毎月のように被災地まで自走で出向き、避難所や被災した学校でライブ活動をしていました。被災直後はまだ、がんばれと歌える状況ではなかったのですが、段階的に復興の道筋が見えてきたとき、この『がんばれ』という曲が被災したみなさんの心に寄り添っていったのかなと思っています。そのとき、人のために歌える喜びというのを実感しました。去年、青森山田高校サッカー部の黒田監督に気に入って頂き、応援歌として吹奏楽部や応援団が演奏してくれています。そのせいもあって、東北地方のtiktokユーザーの間で、最近この曲がバズっているそうで嬉しいですね。

杉原:ハニエルは歌詞が響くんですよね。でも、カラオケでは歌わないんです。だって、ハニエルの曲って、キーが高いから一曲歌うだけで疲弊してしまう(笑)。もっとキーを下げて作曲してよ。

KYOHEI:キーを下げる機能を使えばいいじゃん!(笑)。

――作曲方法はどんなパターンがあるのでしょうか?

KYOHEI:最初に歌詞が出来上がってから曲を付ける場合もありますし、曲が仕上がってから歌詞を付けていく場合もあります。それから、曲と歌詞が同時にできることもありますし、特に決めてはいません。

杉原:以前、僕もバッキングヴォーカルとして、レコーディングに参加したことがあるんですよ。KYOHEIに呼びだされた場所がなんとスタジオで、突然参加することになって驚きました(笑)。あの日は帰るタイミングを逃して、夜中までずっといたね(笑)。実はRDSの製品プロモーションビデオ用の楽曲をKYOHEIに依頼していたこともあり、裏ではコラボしていたのですが、表立って僕たちがコラボするのが、先日の記者発表で明かした伊藤選手への楽曲です。 “30代になったら一緒になにかやりたいね” 若かりし頃そう語り合っていた目標を今回、かたちにすることができました。

KYOHEI:東京都が主催するチーム・ビヨンドに参加していることもあって、今回のプロジェクトは自然な流れでした。今回の伊藤選手のプロジェクトには、前向きでいいオーラを持っている人間ばかりが集まっていることも作用しているのかも知れません。行里の紹介で伊藤選手にもお会いして、その人間的な魅力に惹かれました。『ノンフィクション』という曲名なのですが、伊藤さんにぴったりだと思います。

杉原:記者会見では伊藤さん、めっちゃテンション上がってたもん。泣きそうになっていたくらい。うちらが長い時間をかけて作ったマシンよりも、ハニエルの曲の方が嬉しかったみたいで、ひどいよなぁ〜(笑)。

伊藤選手がヒーローになるとき
心の中に流れるメロディーを


伊藤智也選手モデルのレーサー・WF01TRのPVでは、Honey L Days『ノンフィクション』が流れる。

――先日のドバイ大会では、伊藤選手の予言通り、100m/400m/1500m全ていい形で東京2020の出場が内定しました。いよいよ楽しみになってきましたね。

杉原:僕ら世代にとって東京2020は、直接的に携わることができる一生に一度の大イベント。この祭りに参加することを躊躇している人たちにも、一緒に楽しもうよと働きかけたいのです。僕はテクノロジーとデザインで関わり、KYOHEIは音楽、いろんな人がこのプロジェクトに携わっています。「チーム伊藤」は、皆、伊藤選手をヒーローにすべく最大限のできる力を持ち寄っていますが、伊藤選手が中心というわけではなく、このプロジェクトに参加しているみんなが集まって、点が繋がっていくイメージなんです。スポーツ、音楽、アートは多くの人に訴えかけることができる強力なツール。こうして、KYOHEIときちんと仕事ができるまで、10年以上の時間がかかったのですが、ようやく「チーム伊藤」として形になりました。映像やプロモーションなど、異なる立場の人間がそれぞれの能力を発揮して、チームをビルドアップしていったのですが、その最後に抜けていたピースである“音楽”が、ようやくここにハマったという感じですね。やっぱり音楽には、直感的に人を突き動かす力があるんです。

KYOHEI:勝負って、他人と競い合っているようで、実際は自分自身との闘いであると思うのです。個人競技だと、なおさらそう思うのです。結果として相手に負けたとしても、自分に勝てたと思えた時点で意味があると思うし、その過程こそが重要だと思うのです。そして、その結果が、必ず次につながるはずだから。僕が意識したのは、伊藤選手の力強い走りに合うリズムとコーラス。それから、作り手しか分からない想いよりも、観客のみなさんが自分の想いと重ね合わせられるような歌詞です。

杉原:陸上競技はすごくルールがシビアで、競技中は観客も手拍子してはいけないんです。でも、観客の皆さんの心の中でこの曲が鳴っていて、その躍動感が伊藤選手を後押しするようになればいいですね。そして、伊藤選手が本当のヒーローになってほしい。ヒーローとは、自分がなりたくてなれるものではなく、なるべくしてなるものだと思うのです。その裏に多くの人の協力と準備があって、その仕上げをきっちり決めてくれるのが本当のヒーローなのかな。

KYOHEI:伊藤選手を鼓舞するようなコーラスがこの曲のクライマックスなのですが、歌詞の最後に「また僕は始められるさ」というフレーズがあるんです。伊藤選手が競技に復活できたのは、そこに信じられる仲間がいたから。何度でもまた始められることを、伊藤選手が体現してくれたら最高ですね。まさにこのチーム伊藤のプロジェクトが、曲名通り『ノンフィクション』になる瞬間をこの目で見たいんです。

杉原:2020年、57歳のおじさんが見事に復活しただけでなく、TOKYO2020で優勝したら、多くの人の心を突き動かすはず。アスリート自身はもちろんですが、たった数日だけのために、これだけ多くの人間が伊藤選手を支えているというのは、改めてすごいことだと思えるのです。誰しも歳を取れば、身体は衰えてくる。でも、精神は老化しないはず。実際に、伊藤選手に接しているチームのみんながそのことを実感しているのです。ここまでたくさんの遠回りをしてきましたし、もっとこうすれば良かったということはありますが、チーム伊藤として
KYOHEIと仕事ができたことは、本当に感慨深いものがあります。

KYOHEI:選手に注目が集まるのは当然ですが、その周囲にたくさんの人が動いていて、それぞれの立場でこの大舞台の準備をしているのです。このプロジェクトに参加しているひとりひとりが手を繋ぎ、大きな力となれば、もっと大きな夢が見えるはず。たくさんの人にこの取り組みがあることを知って欲しいし、ひとりひとりの『ノンフィクション』が、2020で実現すれば最高ですね。

Honey L Days(ハニー エル デイズ) KYOHEI
1981年生まれ、神奈川県出身。学生時代からバンドを中心にライブ活動を行っていた KYOHEI (Vo,Gu) と、ゴスペルグループで活動を行っていた MITSUAKI (Vo) が、舞台出演をきっかけに出会い、Honey L Days を結成。2008年、avex trax よりメジャーデビュー。2010年にリリースした 4th シングル「まなざし」が、テレビドラマ『タンブリング』の主題歌に起用され、着うたが100万ダウンロードを記録。2014年には“壁ドン”ブームの火付け役となった、映画『 L♡DK 』の主題歌「君色デイズ」をリリースしスマッシュヒット。2018年、初となるベストアルバム「The Best Days」もリリース。待望のニューアルバム「ノンフィクション」は2020年1月20日に発売。

1月20日(月)にHoney L Days待望のアルバム
「ノンフィクション」のリリースが決定!
伊藤智也選手の応援歌になっている「ノンフィクション」をはじめ、映画『L♡DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ』の挿入歌となった「君が笑っていてくれるなら」、タイガー魔法瓶ショートフィルム「あなたと・・・〜 To Be With You 〜 」主題歌「あなたと」等、書き下ろしテーマソングの他、LIVEの定番曲や新曲、音源化を待ち望まれた様々な楽曲を収録。アルバムリリースに先駆けてアルバムの中から先行配信がスタート!また、アルバムリリースに伴い、1月よりワンマンライブツアーも決定!
—–
1月20日(月)初台Doors
1月25日(土)心斎橋JANUS
1月26日(日)新横浜LiT
—–
詳しくは公式HPSNSをチェック!

(text: 川瀬拓郎)

(photo: 壬生マリコ)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

RECOMMEND あなたへのおすすめ

対談 CONVERSATION

Laboro.AI 椎橋徹夫と語る AIが引き出す新しいバリュー データ統合ビジネスで見えてくる日本の未来

吉田直子

現在はAIの第三次ブームといわれている。機械のスペックが上がり、膨大なデータを処理できるようになったことで、いわゆるディープラーニングが可能になり、ビジネスの様々なシーンに活用されるようになった。しかし、AIが何を得意とし、実際にAIを使ってどんなことができるのかは一般にはあまり知られていない。AIを活用したオーダーメイド型のソリューション開発やコンサルティングを提供する株式会社 Laboro.AIのCEO・椎橋徹夫氏に、編集長・杉原行里がAIビジネスの可能性を聞く!

AIは人間の右脳的な働きを実現できる

杉原:僕はその分野にいるのでそう感じてはいないのですが、一般の方はAIを神格化している部分があると思います。そもそも“AIはなんでもできるのか?問題 ”というのがあると思うのですが、そのあたりを教えていただけますでしょうか?

椎橋:AI万能論に対してよく言うのは、まず「AIは基本的にはソフトウェアです」ということです。ただ、今までのソフトウェアやITシステムとは少し種類が違うことができるようになっています。今までのソフトウェアはロジカルな処理を正確に速くやることが得意でした。一方で直感的な処理が結構難しかったんです。

例えば、画像を見て、それが犬か、猫かを分類するみたいなことは、明文化できない直感的な処理が人間の脳の中で起こっています。そういう直感的な処理は今までのソフトウェアでは全くできませんでした。でも、AIはそれができるようになった。人間のように賢くて難しいことができるというより、人はわりと当たり前にやっているけれども、従来ならプログラムやルールに落とし込みきれなかった処理ができるようになったソフトウェアだと考えています。今までのソフトウェアが左脳的なものだったのに対して、AIは右脳的な処理ができるようになったと言ってもいいと思います。膨大なデータから自動的に特徴を見い出して、それに沿って具体的な認識や予測ができるようになりました。ですから、AIという言葉は「データに基づいた直感的な処理ができるソフトウェア」や、「認識や予測のアルゴリズム」という捉え方をするのが、現時点では実態に近い説明ではないでしょうか。

杉原:もともと、椎橋さんは東大の松尾研究室にも関わられていたということなので、その分野のエキスパートだと思うのですが、僕は、AIが介在することによって、今までバリューとしてとらえていなかった一連の行動や、価値を見出せていなかったデータを、価値あるものに置換できる未来を期待しているのですが。

椎橋:はい。まさにそうですね。

杉原:ヘルスケアの部門はそれが顕著だと思います。御社や椎橋さんの中で、今後こういう未来が来そうだという予測はありますか?

椎橋:はい。実はヘルスケア、メディカルの領域はひとつの重点領域として考えています。まさに、AIのイノベーションというのは、今までは価値に変換できなかった細かいデータを、AIというアルゴリズムを通して効率よく価値(バリュー)に変換できることです。でも、その中でまずみなさんがやるのは、とりあえず持っているデータの価値を引き出すためのAIを開発することなんです。

一方で20〜30年後を考えると、そういうタイプの取り組みの価値は、むしろ小さくなると考えています。より大きいのはA社、B社、C社、それぞれが持っている断片的なデータをきちんと組み合わせてAIのアルゴリズムを通すと、全員にとってかなり大きな価値を生み出すという流れです。今、我々は様々な領域でクライアントと1対1でAIのスキームを作っていますが、この先は複数のデータをつなげてAIに入れて価値を引き出すということも視野に入れていく必要性があるなと感じています。

杉原:具体的な例はありますか?

椎橋:はい、そうですね、例えば、今、健康診断のデータは保険組合が、病院の診断データは病院が、細かい精密検査のデータは検査会社がそれぞれ持っているような状態です。一方でそれらのデータを使って価値あることをやりたいのは、製薬会社や医療保険系の保険会社です。データを様々な人が断片的に持っていて、かつそのデータの価値を一番引き出せる人が、データを持ってないということが、すごくわかりやすく起こっているのが医療の領域です。この医療ビッグデータの活用が、ひとつの議論です。患者さんのデータを共有しあう構造の中で、アルゴリズムで処理されて適切に医療データが提供される形になると、リスクがあれば早めに手を打てて、健康なまま長く生きることが可能です。

近未来に予想されるAIの具体的な活用について話し合う編集長杉原(左)と椎橋代表(右)

杉原:僕もまったく同じことをずっと言っています。僕らはたぶん将来、病院というものが形を変えていくだろうと考えています。日々生活していく中で当たり前のようにデータがとられ、レコメンデーションがどんどんされていって、健康寿命が延びていくと。製薬・投薬もそうですが、まだパーソナライズされたものがないですよね。そこまでには越えなきゃいけない壁がたくさんあるとは思いますが。

椎橋:医療費も削減されるので、国レベルで考えるとデータの統合は絶対やったほうがいいのですが、難しいのは、一歩踏み出す、その一歩の踏み出しによってネガティブな印象を受ける可能性があることです。短期的にいかにインセンティブがある形で各プレイヤーがそこに踏み出していけるかというのを設計することが重要だと思います。

杉原:そうですね。僕らもよく言っているのは、結局ここで一番大事なのはコミュニケーションだということです。どういう未来がインセンティブをくれるのかというのを提示しない限りは、たぶんみんなはデータ共有に賛成してくれないですよね。

「冷蔵庫の中の最適解」を
AIが導き出す!?

杉原:今後、医療の業界以外には、どういう分野でより顕著にAIが活用されていくでしょうか。

椎橋:そうですね。キーワードになるのが、フィジカル×コンシューマのデータの領域だと思っています。要はインターネットを介したデジタルなデータの分野は、すでにネット系のプレイヤーが色々とやっています。一方で物理的なところと切り離せない領域、医療もそうですが、これはまだネット系のプレイヤーもほとんど手つかずです。

食の領域もそうですね。例えばレシピは、データがフィジカルなので、あまりきちんと整備されていない。ここが整備されていくと、新しい料理をAIが発明したり、その人の今食べたいものと料理のスキル、あとは冷蔵庫の中に何が入っているかを総合的に見て、作り方まで含めた献立の提案ができる世界も可能です。これをやろうとすると、一社だけではできない。栄養という観点でいうと、先ほどの医療にもつながっていきますし、食周りのデータにAIを活用するというのはあると思います。

杉原:確かに食もパーソナライゼーションされていくほど最適解みたいなものが出てきますよね。と同時に、要はフードロスの防止にもつながると思います。だいたい日本だと年間600万トンくらい捨てられていて、実は事業者と一般家庭は、ほぼ同じくらいの量を捨てているそうなんです。ということは、まず冷凍庫の中の最適解がまだ出ていないのではないかと。買い物に対してのレコメンデーションが出てくればロスを減らせるし、そういう世界も、悪くないなと思います。スーパーマーケットで先に買っておいてくれるとか。

椎橋:結局、ネットのデジタルな消費って消費者の消費活動でいうとかなり部分的ですよね。フィジカルな領域の消費データにきちんとアルゴリズムやAIが入っていけば、バリュー地点をさかのぼって、産業全体のデータをつなげて、より効率化していくということが絶対に起こってくると思います。

杉原:僕らはデータを提供したら、1人あたり年間で何百万円かもらえる世界がくるだろうと予想しています。65歳以上からは年金をもらわなくても、たぶんデータ提供者にお金がもらえるみたいな未来が来るんじゃないかと。

椎橋:これまでのインターネットを中心としたイノベーションは、GAFAやBATなどの米中のインターネットジャイアントがデータを全部抱え込む世界でした。それに対して、ヨーロッパのGDPR(EU一般データ保護規則)などの動きもそうですが、個々人が自分のデータを管理するという分散型の方向に行ったほうが健康的ですよね。それが成り立ちうるひとつの領域が医療です。だから医療を起点に、それぞれが自分のデータを管理して、それを適切な範囲で提供することで、誰かに対して価値を提供して対価を得る。そういう社会的な構造を日本のマーケットで世界に先駆けて作って、その形を海外に展開していくことができると、すごく面白いと思います。まさに医療かつ高齢者という部分では、日本は世界最先端の課題先進国ですし。

杉原:今後日本の新しい産業を支えていく上では根幹となっていく部分かなと僕も思っています。課題先進国というのはある意味ラッキーですよね。

テックビジネスで
必要なのは技術の俯瞰図

杉原:一方でAIの世界は進化が速いですよね。そうすると、ビジネス側も研究をおろそかにできないと思います。それについてはどう考えていますか?

椎橋:AIもそうですが、あらゆるイノベーションが起こっている時は、まず学術的な領域から論文などの形で新しい技術が発表され、新しい手法が科学的に確立され、それが実用可能な技術に落とし込まれ、さらに現場で使えるソリューションになっていくという、一連の流れがあります。その意味で、アカデミアの先端にきちんとキャッチアップながら、それをどう使えばどんな産業ビジネス的な価値につながるのかということを考えることが大事だと思います。

ただ、学術的に新しいことを生み出すことをスタートアップ企業がやらなきゃいけないかというと、必ずしもそうではないですよね。どちらかというと、全体像がきちんと見えていて、技術の俯瞰地図を持っているということが必要です。つまり、この技術を探ろうと思ったらこの研究者にあたればいいとか、この論文を見ればいいとかいう全体図ですね。医療に例えれば、各専門医をつなげられる総合医のような立場です。これからスタートアップを起こす時には、実現したいことに対して、全体的なマップを見て、「これを実現するためにはこの専門医とこの専門医とこの専門医に聞きに行くのが重要だ」とか、「これをつなげるのが重要だ」とか、そう考えられることが大事ですね。

杉原:あとは誰とコラボやアライアンスを組んでいくかというのが大事になりますよね。実現したい未来に対して、1人ではなかなかチャレンジできませんから。HERO Xも、ここがコミュニティの場になって、様々なものが生まれていけばいいなと思っています。

椎橋徹夫(しいはし・てつお)
米国州立テキサス大学理学部物理学/数学二重専攻卒。ボストンコンサルティンググループに入社後、東京オフィス、ワシントンDCオフィスにてデジタル・アナリティクス領域を専門に国内外の多数のプロジェクトに携わる。BCG社内のテクノロジーアドバンテージグループのコアメンバーとして、ビッグデータ活用チームの立上げをリード。のちに東京大学工学系研究科松尾豊研究室にて産学連携の取り組み、データサイエンス領域の教育、企業連携の取り組みに従事。2016年、株式会社Laboro.AI(https://laboro.ai/)を創業、代表取締役CEOに就任

関連記事を読む

(text: 吉田直子)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

PICK UP 注目記事

CATEGORY カテゴリー