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ボーダレスな音楽体験を牽引するアート集団、英国ドレイク・ミュージックが初来日! 前編

朝倉奈緒

東京2020に向けて、地方自治体も様々な取り組みを行っている。今回ご紹介をする川崎市では、誰もが暮らしやすいまちづくりに向けて『かわさきパラムーブメント』と題し、様々な取り組みを行っている。本記事では「障がいのある人の音楽表現を支えるテクノロジーの可能性」についてトークセッションが開催された様子をレポート。 25年にわたり音楽家、デザイナー、プログラマー、テクノロジストなど多数の人をつなぎ、音楽×障がい×テクノロジーの分野を牽引してきた英国のアート集団『ドレイク・ミュージック』から、代表のケレン・メイア氏、アソシエイト・ナショナル・マネージャー(アーティスティック・デベロップメント)のダレル・ビートン氏が来日、アソシエイト・ナショナル・マネージャー(リサーチ&デベロップメント)のガウェン・ヒュイット氏がスカイプ参加し、「障がいのある人の音楽表現を支えるテクノロジーの可能性」について熱くディスカッションを交わした。

音楽を奏でることで、
誰もがパーソナリティの発展が可能になる

© British Council

『ドレイク・ミュージック(以下DM)』とは、障がいのあるプロの音楽家の演奏活動を可能にするウェアラブルデバイスや、障がいのある子供たちも簡単に音楽を奏でられるようなタブレットなど、障がいのあるなしにかかわらず、あらゆる人が音楽に親しむことができるアクセシブルな楽器の開発を手掛ける英国のアート集団。 今回、障がいのある人が生き生きと暮らす上での障壁となっている、人の意識や社会環境のバリアを取り除くこと、新しい技術でこれからの課題に立ち向かう「かわさきパラムーブメント」を展開する神奈川県川崎市が、東京2020で英オリンピック代表チームによる事前キャンプ地として決定したこともあり、英国の公的な国際文化交流機関ブリティッシュ・カウンシルと連携して英国で先進的に活動を続けているDMを招聘。デザインを障がいのある人たちとのパートナーシップをもとに作っていくという彼らの活動に、どのようなパワーがあるか、アクセシブルな音楽作りとはどういったものか、それらをどう再定義し、再考しているのか。来日した2名によって、存分に語られることになった。

ケレン:みなさんこんにちは。本日はみなさんとご一緒することができて、大変うれしく思っております。今回、みなさまにお迎えいただいたことに感謝申し上げます。DMは設立が1993年、今年で25年目となりますが、来日するのは初めてです。

DMは音楽とテクノロジー、また、障がいのリーダーです。私たちはイノベーターであり、キュレーターであり、教育者でもあり、そして提唱者として活動しています。あらゆる世代の障がいのある方たちと音楽を奏でるために、新しい、そして優れたテクノロジーを使っています。

私たちは、誰もが音楽を奏でることができ、未知なるクリエイティビティ──つまり創造的な心があると、情熱をもって信じています。そしてこの信念こそが、私たちDMが行う活動全ての中核となり、障がいのある方たちが音楽を奏でることができるよう環境を提供し、ツールやテクノロジー、楽器を作ってサポートしています。

私たちの活動で一番重要だと思っていること、それは障がいのある方が5歳の幼児、25歳の成人、はたまた60歳を超えるシニアでも、音楽を奏でる中で、ご自身でコントロールし、創造的な選択、決断、判断ができるようにするということ、そして音楽を奏でることにより、ますますパーソナリティの発展を可能にするということです。

私たちは新しいテクノロジーやアイデアを活用しながら、あらゆる人が音楽を奏でることができるように門戸を開いています。そしてハードウェア、ソフトウェア、既存のものを作り変えたりあるいは新しいものを作ることで、楽器やツール、テクノロジーをみなさんに提供しています。これは様々な人とコラボレーションすることで実現しています。

DMでは障がいのある人も、ない人もチームのメンバーとなっており、共に障壁をなくしていくために努力をしあい、過去25年の活動の中で1万回もの機会を多くの人たちに提供している実績がある。

では具体的な活動に、どんなものがあるのだろうか?

ジョン・ケリー自身が生み出した
アクセシブルな楽器「ケリー・キャスター」
 

ケレン:DMの活動は主に「ラーニングとパティシペーション」、「トレーニングとコンサルティング」、「研究開発」、「アートとコラボレーション」の4つの領域から形成されており、それら全ての領域が相互に関わりあった形で活動をしています。「ラーニングとパティシペーション」は学校であったり、そのほかの教育の中でプログラムを提供し、あらゆる世代の方たちへ機会を提供しています。また、障がい者の方たちが住む住居型施設やデイケアセンターへもプログラムを提供しています。「トレーニングとコンサルティング」は、DMが行っている活動について様々な個人の方たち、あるいは団体のみなさんに共有しております。いかに音楽作りをインクルーシブにしていくかということ、そしてその中でどうテクノロジーを使うかについて、より多くの方たちが、こういった活動に従事することができるようにしています。

ダレル:私が担当している「アートとコラボレーション」の中では障がいのあるミュージシャンの方たちが芸術的な才能をより発揮することができるようにする活動を行っております。また、そういった音楽家の方たちに新しい作品を作ってもらう委託の事業や、彼らが生演奏できるような枠組も提供しています。本日のトピックはテクノロジーと、我々の研究開発の領域だと思いますので、ここからはガウェンに引き継ぎます。

ガウェン:例えばギターのような従来からの楽器がありますが、技術を使うことであらゆる楽器をよりアクセシブルにして多くの人が使うことができるようにする、という活動をしています。5~6年前になりますが、楽器メーカーやテクノロジストの方たちと、どうすればよりよいアクセシブルな楽器を作ることができるか方法を模索し、たくさんの課題を検討して、多くの声をそこに取り込んでいきました。このような活動はイギリスでは非常に大きな成功を納めており、活動をすることで新しい楽器のデザインを作り出すことにもつながりましたし、アクセシブルな音楽作りとは何か、ということを考え直すきっかけにもなりました。そして、活動の中で最も大きな成功が、『ケリー・キャスター」という楽器です。

開発段階のケリー・キャスター © Emile Holba

ケリー・キャスターは仲間のジョン・ケリー氏が、当初から一緒に取り組んでくれたものです。このプログラムを行う前、ケリー氏はあるツールを使って自分でもアクセシブルな形でギターが弾けるように工夫をされていましたが、このプログラムに参加されてから、色々なテクノロジーに触れる機会がありまして、楽器をデザインする様々な新しい方法があることにも気づきました。そこでiPadだけでなく、物理的な楽器の要素も兼ね備えた、自分が使える楽器を作れないかと考えるようになりました。例えば物理的なギターという楽器と、ソフトウェアの組み合わせを実現するために、私たちはハッカソンを行いました。実験的な取り組みとしてだったわけですが、そこで様々なコンセプトをテストしていた結果、私自身も、仲間も、ケリー氏自身の期待をも上回るものになりました。

テスト段階では、電気線とテープがペタペタと貼り付けられたような、手作り感溢れるプロトタイプでしたが、プロの楽器メーカーの方、チームのメンバー、テクノロジストが取り組んだことで、今では素晴らしい楽器が完成したのです。この楽器はケリー氏ご自身がデザインし、そして自らがアクセシブルな楽器を制作することを実現するために、コミュニティにいたあらゆる人が協力した結果となります。

このようにジョン・ケリー氏のビジョンを支え、それを実現するためにDMは活動をしてきたわけだが、そのプロセスを通じて彼らは「アクセシブルな楽器とは何か?」という考え方が大きく変わった。障がいのある音楽家たちとテクノロジストが一緒に協業して活動することで、こういった優れた創造的なソリューションを生み出し、いかに「社会モデル」が実現されているか。障がいとなるような障壁を外せば、あらゆる人が自分たちの潜在能力を引き出すことができる、という好例である。

アクセシブルな伝統的楽器
「サウンドビーム」をアップデートしていく

ガウェン:私たちがこの活動をする中で使っている、「サウンドビーム」という楽器があります。これは超音波をビームで送り出すことで音を出しますが、古くから存在する、使いやすくて楽しめるアクセシブルな楽器のひとつです。完璧とはほど遠いのですが、非常に便利で汎用的です。問題のひとつは、ものすごく高価だということ。音楽家の方たちが個人的に購入するのに現実的な金額ではなく、多くの人に、また、学校や自宅でも気軽に使えるよう、同じような楽器をより安価でオープンソースのテクノロジーを使った形で実現できないか考えてきました。

そんな時、10ポンドで買える楽器を作るために1000ポンド出すと申し出てくれたサポーターの協力で作られた最新バージョンがこちらです。チップの中に当初プロトタイプで使っていたコーディングが埋め込まれています。そしてそれがダレルの持っているバージョンに繋がっていきました。

これで問題は解決したように見えるかもしれませんが、まだまだ課題は残っています。例えば、製造コスト。私たちは製造業者ではなく、このテクノロジーがオープンソースではないということもあり、10個ほどプロトタイプを重ねてこの形までは繋がってきましたが、DMは本当に小さな団体でして、これ以上進められていないのが現状です。

これから外に出していくということになれば、デザイン面で基本的な問題が残っていますが、オープンソースデザインのメリットは、一度作ったパネルやスクリーンを取り外してバラバラにして、ボタンやスクリーンなどをさらにアクセシブルな形に組み替えていくことができるので、この最新バージョンを作るときにはユーザーインターフェースも、より使いやすいようにするためにスイッチをプラグインしていくというような工夫も重ねています。

後編へつづく

ドレイク・ミュージック
すべての人に開かれ、誰もが参加できる音楽文化を理念に、障がいのある人に障がいのない人と同しじだけ、音楽活動に参加する機会、障がいの有無に関わらず音楽家として対等な関係で活躍することができる社会の実現に向け活動する英国のアート集団。音楽×障害×テクノロジーの分野の前衛として 20 年以上にわたり、多様な人が音楽に親しみ、音楽活動に関わる機会を生み出す補助テクノロジーを創出してきた。あらゆる人々に向けたアクセシブルな音楽サービスを提供するほか、音楽アクセスを向上するために音楽家や文化機関に向けたトレーニングプログラムなども実施。さらには、障がいのある音楽家のためにテクノロジーを駆使し、先進的でアクセシブルな新しい楽器の開発など、その活動は多岐に及ぶ。
http://www.drakemusic.org/

(text: 朝倉奈緒)

(photo: 増元幸司)

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プロダクト PRODUCT

お手軽で、お手頃。「Finch」が電動義手の常識を変える!【the innovator】前編

長谷川茂雄

レディメイド(既製品)で対向配置の3指構造。それが電動義手“Finch(フィンチ)”の大きな特徴だ。日本の義手ユーザーの85%以上が装飾義手を使用している現状を考えれば、その構造もヴィジュアルも、メインストリームと逆行していると言わざるを得ない。とはいえ、無駄をそぎ落としたスタイリッシュなフォルムには、不快感ではなく好印象を抱く人も少なくないはずだ。しかも軽量で使いやすく、日常生活で求められる動きや負荷にもオールマイティに対応できると聞けば、大きな可能性を感じる。この興味深いプロダクトを生み出したキーマンの一人、大阪工業大学の吉川雅博准教授を訪ねた。

ソフトを研究しても
それを乗せるハードがなかった

JR大阪駅から地下通路を10分ほど歩けば、地上に出ることなく大阪工業大学の梅田キャンパスに到着する。今年4月に完成したばかりの真新しいキャンパスは、地上21階建ての高層ビル。真横には梅田を象徴する巨大な観覧車がそびえ立つ都会の真ん中に、吉川雅博准教授の研究室はある。

吉川氏は、今でこそロボティクスや福祉工学分野で多彩な研究を行っているが、もともとは心理学、行動科学、IT企業のマーケティングといったまったく別の分野に身を置いていた。ロボティクス分野に携わってからも、ハードではなくソフトの研究をしていたと語る。

「最初は義手の専用ソフトみたいなものを研究していたんです。腕につけた筋電センサーを機械学習させてあげると筋電だけで7動作できるようになるとか、そういうことを追求していました。ただ、いくらソフトを研究したところで、それを乗せるハードがないことに気がついたんです。実際にハードの開発を始めたのは2010年ごろ。もう必要に駆られてという感じでした」

吉川氏は研究室の奥のデスクでプロダクト開発を行うことが多い。乱雑に置かれた工具を巧みに使いながら、職人のようにリペアやメンテナンスもこなす。

もっと軽くて安くて
簡単に着けられる義手はないものか

日本で圧倒的に使用されているのがこちらのような装飾義手。リアルな見た目は魅力的だが、機能はほぼない。

現在の日本では、上肢の欠損者は約8万人、前腕欠損者は約1万人と推定されている。前腕欠損者が作業に使用できる義手は、大きく分けると「能動フック」と「筋電義手」の2種。とはいえ、前者は作業性に優れるが、フックの形状が心理的負担になる、後者は自然な操作性があっても非常に高価という難点を持ち合わせているため普及には至らず、多くの人は把持機能のない装飾義手を使用している。Finchは、それらの多くの問題点をクリアした画期的な提案でもある。

「そもそもは、“オーバースペックで重い義手ではない、もっと軽くて安くて簡単に着けられるものはないかな”という(国立障害者リハビリテーション研究所の)河島(則天)さんとの何気ない会話からスタートしました。実は河島さんがカナダに行った時に、マジックハンドのような子ども用の玩具を見て、“これはいい”とインスピレーションが沸いたそうです。そんなアイデアから互いに煮詰めていって、人と接する部分に使うサポーター作りのノウハウのあるダイヤ工業さんにも間に入っていただきながら、試作していきました」

機能を足すのではなく
引き算で作ったのがFinch

Finchは、そんないい意味での“お手軽”な発想が何よりもユニークだ。簡単に装着できるのはもちろん、とにかく軽い。2011年に開発がスタートしてから約1年で3Dプリンターを導入し、その開発スピードはさらに加速した。最終的には、ほぼすべての工程を研究室で作り、メンテナンスもできる状態が整ったという。

「いまFinchは、我々の研究室でほぼ100%設計しています。さらに仕上げまで研究室でやっているのですが、それはかなり珍しいケースです。通常は、あるところまで研究室で作って、あとは業者に仕上げてもらいますが、Finchは仕上げは疎かメンテナンスまで研究室で行っています。そこまでやらないと、関わっていただく企業のコスト負担を軽減できないという理由もあります」

無駄を削ぎ落としたシャープなフォルムが印象的なFinch。ロボティクスの技術が活かされた対向3指構造は、これまでの義手のイメージを覆した。総重量330g、価格は15万円。

無駄を削ぎ落としたデザインは、見た目のシンプルさや美しさだけでなく、モノづくりにかかるコストを軽減している。それが買いやすい値段を生み、ユーザーの親近感へと繋がっている。便利でハイスペックな筋電義手にはない大きな魅力だ。

「何か機能を足すのではなく、どちらかといえば引き算で作ったのがFinchです。電動義手に必要な機能だけを残して、無駄を極力省いている。実は、企画段階から150万円の筋電義手の10分の1の値段にするという目標がありました。それを実現するためには、モーターもフィードバックのためのセンサーもたくさん使えませんが、試行錯誤を繰り返しながら少しずつハードルをクリアしていきました。ちなみに、表にネジが出ないように設計した見た目の格好良さもこだわりです(笑)」

後編へつづく

吉川雅博(よしかわ・まさひろ)
大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部システムデザイン工学科准教授。北海道大学文学部で認知神経科学を学び、卒業後はIT企業に入社。企画・マーケティングに従事した後、筑波大学に再入学。産業技術研究所の研究員を経て、奈良先端科学技術大学院大学ロボティクス研究室の助教に就任。2016年4月より現職。専門は福祉工学。国立障害者リハビリテーションセンター研究所の河島則天氏とFinchを企画立案したのは2011年。東京大学生産技術研究所の山中俊治氏も開発に加わり、同プロダクトは、2016年の1月にはダイヤ工業より正式に販売を開始。同年、超モノづくり部品大賞にて健康・バイオ・医療機器部品賞を受賞。

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 長谷川茂雄)

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