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ボーダレスな音楽体験を牽引するアート集団、英国ドレイク・ミュージックが初来日! 後編

朝倉奈緒

東京2020に向けて、地方自治体も様々な取り組みを行っている。今回ご紹介をする川崎市では、誰もが暮らしやすいまちづくりに向けて『かわさきパラムーブメント』と題し、様々な取り組みを行っている。本記事では「障がいのある人の音楽表現を支えるテクノロジーの可能性」についてトークセッションが開催された様子をレポート。 前編では、音楽×障がい×テクノロジーの分野を牽引してきた英国のアート集団『ドレイクミュージック』のプレゼンテーションをご紹介したが、後編では、楽器インタフェース研究者(産業技術大学院大学 助教/慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科附属メディアデザイン研究所 リサーチャー)の金箱淳一さん、楽器デザイナーの中西宣人さん、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 修士課程の畠山海人さんによる、国内での研究・開発者の活動が共有された。

「振動」を伝え合うことで一体感を得る

金箱:私は「楽器を通して人と人をつなげていく」研究をしています。こちらは、この活動の中で一番始めに作った『Mountain Guitar (マウンテンギター) 』という楽器です。

この楽器には弦がありません。光っている箇所を爪弾くように手を振り下ろすと音が鳴り、本体を傾けると音も傾き、本体を振ることでチョーキングやビブラートという奏法も可能です。コードチェンジを楽器の高さで行えます。

マウンテンギターは、どんな演奏方法をしても必ずかっこいい音が鳴ります。子どもが一番始めに触れる楽器を想像してデザインしました。これを手にすることで人前で楽器を弾くこと、音楽で表現することは楽しい、そんな気持ちを持ってほしいという思いから開発に至りました。

シンガポール、オーストリア、トルコなど、様々な国で展示し、様々な人に触れてもらうことで、非常に多くのフィードバックがあったという。そのなかで「この楽器、音はすごくかっこいいけれど、楽器を弾いている実感がない」というコメントにハッとさせられた、と金箱氏は話す。

金箱:楽器を弾く実感って、そもそもどこからくるのだろう?と、疑問が自分の中で沸き起こりました。そこで私が気づいたのは、楽器を演奏する「実感」には、振動がものすごく大きな影響を与えているのではないか、ということ。マウンテンギターは、内部に傾きのセンサ、明かりのセンサ、圧力センサなど、たくさんのセンサが入っています。そしてその情報がPCに送られて、PCのスピーカーから音が出ます。一方、アコースティックギターの内部には何も入っておらず、弦を爪弾いたときに本体自体が振動して、音が出るという仕組みになっています。マウンテンギターは弾いた時の振動フィードバックはありません。振動が演奏における自身の行為を認識する上で重要であるなら、自分が楽器を演奏したときの振動を他の人に伝えてあげると新しい演奏コミュニケーションに繋がるのではないかと思いました。そこで作ったのが『ビブラションカホン』です。「ビブラション」とはスペイン語で「バイブレーション」のことです。

これは、一人が楽器を叩いたときの音を振動に変換して別の人に伝える、つまり音だけでなく、お互いに振動を伝え合ってコミュニケートできる楽器です。叩くタイミングが合うと、振動が強くなり「リズムが合う」ことの楽しさを強調する機能もつけています。

修士研究のテーマが「一体感」だったのですが、一体感というのは、相手のことを意識しながら自分もそれに合わせたり、あえてそれを外したりする演奏コミュニケーションを指します。振動を伝えあったときと、そうでないときで一体感がどれだけ異なるか、30人程を対象に比較実験をしてみると、「振動を伝え合ったときの方が、そうでなかったときよりも相手を近くに感じる」というコメントを得ました。定量的な評価実験の結果からも、音だけでなく、お互いの演奏の「触り心地」を共有することによって、一緒に楽器を演奏している感覚がより強くなることが実証されました。

音楽を肌で感じることで、
新しい音の世界が現れる

重度の聴覚障がいをもった子どもが ビブラションカホンに触ったときに「あ、音が聞こえた!」と言ったんです。そんな体験もあり、音が聞こえるとはどういうことなのか、一度見直さなければいけない、と思い始めました。

みなさんもコンサートホールやライブハウスなどで音楽を体験されたことがあるかと思いますが、人間は、肌でも音を感じています。強い音圧でスピーカーが鳴ったときに、ビリビリと肌が音を感じます。そして会場には必ずプレイヤーがいて、音が鳴っている様子を目で見て知ることができます。つまり音楽とは、聴覚だけで受け取るエンターテイメントではなく、視覚や触覚、色々な感覚で楽しむ総合芸術である、と私はとらえています。このことから、普段音が聞こえにくい状況だったとしても、その音を視覚的な情報だったり、肌で感じる情報に変えることで、音楽鑑賞や楽器演奏の楽しめるアプローチができないかと考えたのです。

「音を見る」作品例をご紹介します。これを指にはめていただき、手を叩きます。そうすると、拍手のエネルギーで発電し、指先が光ります。この楽器は聴覚障がいの方と対話する中で、「音が見えたらおもしろい」とのコメントから生まれた楽器です。

実際にコンサートホールで使うと、人間は音楽のリズムに合わせながら手を叩く習性があるので、それを視覚に変換することで、音が聞こえにくい方でも、空間を漂っているリズムを目で見て知ることができるのです。

また、「楽器の音を利く」研究もしています。音をきくというと、一般的には「聞く(聴く)」を連想しますが、「利く」の意味は例えば利き酒。利き酒は味だけではなく、見た目、香りなど、五感を通して楽しむことを「利く」といいます。私が作ったものは「音を利く」楽器になります。

これは「タッチ・ザ・サウンド(=音に触る)・ピクニック」という作品で、みなさんが聞いている音の響きを物体の振動刺激に変換して、指先から振動によって音を感じることができる道具です。

これを美術館の音が鳴る作品をテーマとした企画展に展示して、来場した方に楽しんでいただきました。体験者は、イヤーマフをして音の振動に集中できるような環境を作ります。そして、音の鳴る作品を鑑賞するのに、作品の前で耳を傾けるのではなく、指先に意識を持っていき音を感じる体験をします。

印象的な出来事として、ワークショップの最後にイヤーマフを外した瞬間、「新しい音がした!」と言い出した子どもがいたんです。皆さんは普段「音をどこで感じますか?」と聞かれると「耳です」と答えがちですが、それは聴覚が優位になってしまうからであり、私たちは日常的に「肌」でも音を感じています。一度肌で音を感じるトレーニングをしたあとにイヤーマフを外すと、新しい音の世界が立ち現れてくるのです。

金箱淳一《タッチ・ザ・サウンド・ピクニック》2017年
撮影:木奥恵三
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

金箱氏が楽器づくりをするときに実践している考え方をご紹介したい。

You have your music. I have same.」=「あなたにはあなたの音楽がある。私もそうである。」

この言葉が示すのは、それぞれに合った楽器というのは、それぞれの楽しみ方を持っているということ。音楽にも多様性はあって、またそれと同じように楽器にも多様性があっていいという信念をもちながら、金箱氏は研究と制作を続けている。

技術や理論を飛び越え、
音楽表現を探索できる仕組みをつくる

次にプレゼンテーションを行ったのは、楽器デザイナーの中西宣人さん。「アクセシビリティと楽器」というテーマで話が進む。

中西:私は「誰もが音楽表現の探索を共有できるプラットフォーム」としての楽器ができないかなと思い、開発を始めました。

その考えに至ったのは、学生のころジャズやボサノヴァといったジャンルに多い、即興のセッションに魅力を感じて、サークルに参加していた経験に由来します。そこには重鎮の方々がたくさんいて、細かい形式が色々とあり、思ったより自由じゃないと感じてしまったんです。ルールや共通言語を指定されてしまうと、そこからあぶれてしまう人が出てきて、色々な人の表現を受け入れられなくなってしまう。そこで、技術や理論の壁がなければ、人はどんな音楽表現をすることができるのか、ということに興味を持つようになりました。

そのあと情報系の大学院に進み、プログラミングなども勉強していく中で、「音楽的に訓練されていない人であっても音楽を表現する能力をもっているのではないか」と述べられている文献を見つけ、技術や理論を飛び越えられる仕組みがあれば、音楽表現を探索できる仕組みがそのなかに生まれる、さらに音楽表現を共有できるプラットフォームができるのではと思いました。そこで着目したのが、様々なセンサです。

例えばピアノは鍵を押すと、内部で連動しているハンマーが弦を叩いて音が鳴る構造ですが、電子ピアノの場合、鍵を押すと中にボタンがあり、圧力を検出して音が出るという構造になっています。センサは電子楽器と大変密接な関わりを持っており、様々なセンサを楽器に用いることで多様な弾き方や表現が生まれるのではないかと考えました。

世の中には圧力を検出するもの、明るさを検出するもの、音響に使われているものなど様々なセンサがあります。それらをどんどん付け替えることで、その都度全く違う相好で演奏ができます。無線通信機能によって楽器がテンポや和音を合わせてくれるので、理論的な勉強が必要ありません。そういった小型の電子楽器を作り、次はもう少し多くの人が触れられるようなものをと、iPhoneの音楽アプリを開発しました。

中西氏はプレゼンテーションの最後に、こう締めくくった。

中西:万能なテクノロジーはありません。その都度開発していく必要があり、目的に合ったものなら最良の道具になるので、どんどん実践を積み重ねていき、共有していくことが重要だと考えています。

音楽×障がい×テクノロジーの分野の可能性を感じた、今回のトークセッション。最後に中西氏が締めくくった言葉のように、実践と共有の場が多くできることが、可能性の速度や精度を上げる鍵となっているように思った。

前編はこちら

金箱 淳一 (かねばこ じゅんいち)
1984年長野県 北佐久郡浅科村(現:佐久市)生まれの楽器インタフェース研究者 / Haptic Designer。博士(感性科学)。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)修了後、玩具会社の企画、女子美術大学助手、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科研究員を経て、産業技術大学院大学創造技術専攻助教、現在に至る。障がいの有無にかかわらず、共に音楽を楽しむための「共遊楽器(造語)」を研究している。
http://kanejun.com/

中西 宣人 (なかにし よしひと)
1987年生まれ。楽器デザイナー。博士(学際情報学)。日本大学芸術学部音楽学科情報音楽コースを卒業後、東京大学大学院学際情報学府に入学し、多様な奏法に対応する音楽インタフェースやデジタル楽器の開発と研究に従事。「The Cell Music Gear」、「B.O.M.B.」、「POWDER BOX」など開発したデジタル楽器が、 Asia Digital Art Award 優秀賞、 電子工作コンテスト優秀賞、Laval Virtual ReVolutionResidenceなどに選出されている。また、これらの楽器を用いた演奏活動を国内外で行っており、千代田芸術祭2014音部門 岸野雄一賞、Georgia Techs Margaret Guthman Musical Instrument Competition 2017 ファイナリストなど、入選歴がある。現在は、センサ開発企業や教育機関とのデジタル楽器の共同開発、開発した楽器を用いた演奏活動を国内外で行うなど、音と音楽を中心として多角的に活動している。日本大学 芸術学部 研究員/非常勤講師、東京工芸大学 芸術学部 非常勤講師。
http://yoshihito-nakanishi.com/

(text: 朝倉奈緒)

(photo: 増元幸司)

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大正8年創業。義肢装具の老舗が見つめる未来とは?【田沢製作所:未来創造メーカー】

中村竜也 -R.G.C

国内きっての義肢装具の老舗「株式会社 田沢製作所」。大正8年の創業以来、義肢装具を必要とする方たちの社会復帰を手助けすべく、豊富な経験と裏付けある技術をもとに、一切の妥協を許さない製品とサービスを提供し続けている。そして、この会社を支えるのは、兄・田澤泰弘氏と弟・田澤英二氏のお二人。兄弟である利点を活かし、それぞれが異なる役回りを担当することで、義肢装具業界や会社の繁栄に注力してきた。

兄弟だからできる、それぞれが持つ役割

左:田澤泰弘氏(兄) 右:田澤英二氏(弟)

田澤英二(以下、英二氏):私はアメリカに10年いて、向こうの大学を卒業してアメリカの資格を取りました。それから帰国し、厚生労働省から日本で義肢・装具の教育をしてほしいという依頼を受け、国立障害者リハビリテーションセンターを開設をしたりと、主に教育の仕事を社外で行い、社内では臨床を担当しています。

田澤泰弘(以下、泰弘氏):私は義肢業界に関するいくつかの団体の理事などをやってきたので、会社全体の流れや、対外的なこと、厚生労働省の情報などを担当しています。そういう意味では、前に出て動いてくれる弟を、責任という意味で後ろから支える役目でもあります。


義足の製作現場の様子。


気心知れた身内だからこそ成立する分業というスタイル。それぞれがひとつの目的に向かい強みを見出すことで、長きにわたり田沢製作所を牽引してきた。そんなお二人は、日本の義肢装具、義肢装具士について、海外との違いをどのように感じているのだろうか。

英二氏まず、欧米諸国と日本の大きな違いは支給体制だと思います。日本は昭和33年に健康保険ができ、身体障害者福祉法も昭和24年に成立したので、ようやくそれに該当する方たちが医療・福祉サービスが受けられるようになりました。そうすると国がお金を出してくれるようになるのです。それにより国は、国民の安全を守るために必要最小限となる線を引くんですね。それが資格です。

分かりやすく言うと、運転免許証って車に乗ってもいいという最低資格で、そこに上手い下手は関係ないですよね。いま言っている資格というのもそれと同じで、この人は必要最低限の国が定めた知識なり経験を持っている人だなということで義肢装具士の資格を与えるわけです。

そして、アメリカやイギリスなどの欧米は、いわゆる大学教育がベースにあります。ドイツの教育は、養成校の延長になっていまして、片方は理論と臨床を教える教育、もうひとつは製作から企業経営までといった実践的なことを教える教育内容になっています。

教育方針や支給体制の違いは、
義肢装具士の対応に差を生む?

英二氏差はないですけど、違いはあるかと思います。もっと根本的なことを言うと、医者が患者さんに接する態度を見ても、海外と日本では全く違いますしね。そこで日本の医療全体を見たときに感じるのは、必要最小限を守るやり方ということ。その考えがある以上、義肢装具士業界に枠の中からはみ出したスーパースターが出るかというと、それは難しい環境なのは間違いありません。

もうひとつは、日本で作った“A”という義足をアメリカで作ろうとしても、価格が3~5倍に跳ね上がってしまうんです。さらに最先端部品を国が許可する事などが必要で、最高で5年ほどの時差が生じてしまうこともあります。そういったサービス面にも大きな違いがありますね。アメリカは、国民全員が公費支給を受けられないという国なので、ポケットマネーからでも高い費用を負担するので、切断者の要求がすごく高いんです。逆に日本は公費支給が受けられるので、公費の範囲内で済まそうとする傾向が強いと言えます。

今までの話を伺っていて感じたのは、義肢装具を必要としている方には、まだまだ日本は住みづらいのかなという印象を受ける。それは国民性の問題なのか、それとも国の姿勢の問題なのか。国民に対する保健・医療・福祉の基礎は作られているが、ベストの物が一般的には支給されていない。

手作業だからこそ真価が問われる、
義肢装具の未来


すべてハンドメイドで丁寧に製作されている。

 

田沢製作所では、大部分の工程を手作業で行っている。ユーザーが求めるニーズに応えるために、義肢装具士たちの思いと熱意が惜しみなく注がれるのだ。そこで、義肢装具の今後の進化の過程は、一般の方に向けて発展していくのか、それともアスリートの方たちに向けて開発が進められていくのかが気になるところ。

英二氏:車に例えて話すと、ホンダが世界を獲ったのは、F1やオートバイで勝ち続けたことで、日本人を含めたみんながいいイメージを持ち、結果購買につながったわけですよね。義足の場合は必要最小限の中にいたのですが、アスリートの存在が出てきたことで、彼らが使っているプロダクトが持つテクノロジーが、一般人にも還元されるようになったんです。そこから普及につながっていくことを期待しています。

ここは言い方が大変難しいのですが、企業としては、先進国での医学の進歩により義肢装具の利用者人口が減ってきています。逆に増えているのは、発展途上国や、戦争をしている国。そこで日本の企業はどう生き残るのか、という壁にぶち当たりますよね。やはり商売をしている以上売り上げを伸ばしながら、技術の開発も同時にやらなければならないので、これからは難しい時代になっていくと感じています。



これから訪れる東京2020に向け
住みやすい日本を築くには、
どのような改善が国として必要なのか

英二氏:国の方から引っ張って行ってくれるという姿勢は正直感じられません。もちろん文句も言いたいですけど、それを変える力がないことには、現場ベースではどうしようもないですよね。向こうの国はこうですよってだけで終わってしまっては意味がないので。

泰弘氏障害者総合支援法という法律と、仕事中に手足を無くした人は労災となりますが、それ以外は前記の対象です。考え方として、日常生活に必要なものは国が支給。ですから車いすマラソンで使用する特殊な車いすは一切認められないですし、義肢装具の部品に関しても「そんな物が必要なの?」といったように感じることがあり、障害者のニーズをもう少し開いていただけたらと思うことがあります。

義足の外装などでも、元の足の色に近い色を普通に求めますよね。ですが、各都道府県にある決定権を持つセンターが、ファッションモデルのように魅せることが仕事なら認めてくれますが、他は難しいと言った感じで対応されてしまいます。

日常生活に必要な物は税金を使って支給していくので、制限がどうしても出てくるわけです。ここ15年くらいで変わってきたのが、どうしてもそういった物をとの希望があれば、国としては最低限の部分は認めてくれるようになりました。例えば、50万円のマラソン用車いすが欲しいのであれば、10万円までは認めますといった具合に、少しずつ変わってきているという良い部分も確かにあります。

会社設立から約100年。その長い歴史を守るために日々重ねてきた努力がある。だからこそ、現状の体制にも不満が生まれるし、変えようという意志のもと仕事を積み重ねてきたのだろう。最後に義肢装具士として絶対に譲れない仕事の信念を伺った。

英二氏一番は専門職として生きることです。裏付けのある知識を蓄えつつ、ユーザーとコミュニケーションをしっかり取るということを大切にしています。世界のどんな高いレベルの医療を持ってしてでも、足や手を残すことができなかったから障がい者になってしまうわけですよね。でも、彼らにとってはそこからが始まりなんです。だからこそ彼らの声をちゃんと「聞く」という作業をしっかりやっていきたいですね。

泰弘氏:私の方は、各種団体の責任がある立場に就かせていただいていたので、クオリティーの高い義肢装具を作ることはもちろんなのですが、さらに、義肢装具士の生活を保障できるだけの価格を、プロダクトに反映させるということにも目を向けていくことです。

20年かけて一足しか出来ていないという方もいるほど、妥協を許さない真剣勝負で義肢装具の開発を行っているおふたり。そして、そこには間違いなく、彼らの背中を見てきた有望な若手職人が育っているのも揺るがない事実。TEAM T・田沢製作所の未来には、進化の二文字がはっきりと見えている。

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 増元幸司)

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