医療 MEDICAL

患者が知らない医療広告の世界!あの広告はこんな理由でできていた

HERO X 編集部

「〇〇美容外科~」とひたすら病院名を連呼するCM。テレビやトレインチャンネルなどで見かける動画広告だが、なぜ、この病院はこんな広告にしているの?と、苦笑してしまうものもある。なぜ、病院の広告はどれも似たような仕上がりなのか。そこには患者の知らない事情があった。

平賀源内もビックリな医療広告コンプライアンス

日本初のコピーライターと言われる江戸時代きっての天才、平賀源内。彼が残した広告に、歯磨き粉を売るためのものがあったことをご存じだろうか。浄瑠璃の戯作者でもあった源内らしく、トザイトーザイと、戯作風の口上で始まるこのチラシ。現代のチラシと比べるとかなり長い。そしてその内容は、このままCMに使えそうな仕上がりだ。

平賀源内の書いた広告はまるで物語のようになっている。 『飛花落葉』より

平賀源内の書いた広告はまるで物語のようになっている。 『飛花落葉』より

これは「漱石香」(そうせきこう)という歯磨き粉を宣伝するために作られた文章だが、これがなかなか面白い。もちろん、文章の前には商品の宣伝もしっかりと書かれている。

「はこいり はみがき 漱石香 歯を白くし 口中あしき匂いを去る 二十袋分入 一箱代 七十二文 つめかえ 四十八文」

そして、次の一文が面白い。

「きくかきかぬかの程、私は夢中にて一向存じ申さず候えどもたかが歯を磨くが肝心にてそのほかの効能はきかずとも害にならず」

つまり、“効果があるかは分からないが、歯を磨くことが肝心で、ほかの効能はきかなくても害はないだろうと”と言っているのだ。江戸時代の人も、白い歯に憧れを抱き、口臭を気にしていたということも面白い。源内らしいユーモアあふれるこの広告は、コンプライアンスの厳しい現代でも通用するのか。

平賀源内の肖像画(慶應義塾大学三田所蔵『戯作者考補遺』より)

医療や薬事に関わる広告についてのコンプライアンスは、宣伝物の規制が厳しくなるのには理由がある。人間の健康に直接関わるものだからだ。間違いがあれば、多くの人に健康被害を与える可能性が出るため、誤解を招く広告を出さないというのが基本となった。これは、他の広告でも見られる事項だが、医療や薬事に関しては、他と比べてもかなり細かな広告規制が敷かれている。

例えば、医療広告では、他社と比較する広告を出してはいけない。また、人により効果に違いがある可能性のあるものを、断定的に語ることも禁止されている。
少し例を見てみよう。

「肝臓がんの治療では、日本有数の実績を有する病院です。」
「本グループは全国に展開し、最高の医療を広く国民に提供しております。」

上の二つの例では、「日本有数の実績」や、「最高の医療」という表現が比較広告と見なされてしまうため広告としてはアウト。また、いくつもの病院で臨床を経験してきたドクターの場合、現在勤める病院のホームページ上で全ての病院で行なってきた手術件数を合算して掲載することも認められていない。最近は「即日治療完了インプラント」などを謳う広告も見かけるが、実はこれもアウト。インプラント治療自体はインプラント後のケアも必要になるため、1日で全ての治療が終わるわけではないからだ。

このようにかなり細かく規定されている法律だが、平賀源内の広告はどうなのだろうか。まずこの広告は歯磨き粉の広告なので、関係する法律は薬機法になってくる。調べてみると、歯磨き粉はなんと、化粧品又は医薬部外品に分類される。化粧品の範囲は広範で、マニキュアや化粧水など、一般的に化粧品の文字から連想する商品はもちろん、シャンプーやリンス、石けんの類いも化粧品となっている。源内の広告でコンプラ的に怪しいのは

「歯を白くし 口中あしき匂いを去る」

の部分。薬機法の中で、化粧品は効能効果を謳える範囲が決まっており、その数56項目。その中に、この「歯を白くする」が含まれているため、使用はできそう。しかし、これには但し書きがあり、使用の際にブラッシングを行なうことが伴わなければならないという規定がある。源内の場合は後半で「歯を磨くが肝心」と明確に記載しているため、この条件もクリアする。一方で、後半の「口中あしき匂いを去る」はやや怪しい。口の臭いについて効能効果の表示が認められているのは歯磨き類だけだ。漱石香は歯磨き粉なのでセーフそうに見えるのだが、問題は表現の仕方だ。

認められているのは「口臭を防ぐ」という表現まで。つまり、「去る」というのは、口臭を取る、治すという意味合いが含まれるため、今のコンプライアンスでは引っかかる可能性がある。

病院名を連呼するCMが多いワケ

多くの縛りがある医療法や薬機法。実はここに、医療系広告が似通ったものになりがちになる理由がある。例えば、病院名を連呼するCMは、多くの医療法人が採用している。最近よく見かけるのは、派手な衣装に身を包み熱唱する大御所歌手の隣で、人気お笑いトリオの女性がタンバリンを叩いて踊るもの。一見、なんのCMか分からないのだが、歌う歌詞にはクリニックの名前が出てくる。軽快なリズムに乗って耳に入ったその単語はなかなか頭から離れない。言うまでもなくこのCMはクリニックを宣伝するためにつくられたものだ。コンプライアンスを考慮すると、なかなかいい線をいっている。なぜなら、このCMは、これ自体でクリニックの宣伝を完結させようというものではなく、名前を印象づけて、利用者に検索させるための導線として役割を果たしているからだ。

医療広告を取り締まる時に基準となるのが医療法。医療法に詳しい池田・染谷法律事務所の染谷隆明弁護士によると、医療法人が広告に出せる情報は、原則として、「病院の診療科名など、基本情報」程度だという。病院名を連呼する動画CMの病院は、こうした規制を意識し、病院名のみを繰り返し説明しているのだろう。

一 医師又は歯科医師である旨
二 診療科名
三 当該病院又は診療所の名称、電話番号および所在の場所を表示する事項並びに当該病院又は診療所の管理者の氏名

四 診療日もしくは診療時間又は予約による診療の実施の有無

五 法令の規定に基づき一定の医療を担うものとして指定を受けた病院もしくは診療所又は医師もしくは歯科医師である場合には、その旨

(以上は医療法より抜粋)

しかし、ややこしいことに、一部この規定から除外されるケースがある。それは、患者本人が望んで情報を求めた場合は、この限りでないというものだ。

医療に関する情報は、人々の健康を守るために必要な情報であるため、国民の健康維持を考える時、人々が必要だと思った時に手に入る状態にしておくことも大事になる。患者が自ら任意に医療情報を調べる場合には、医療機関は万人の役に立つ情報を自分の知見を生かして発信するのは認められているというわけだ。つまり、医療機関はホームページ上に専門領域に対する基礎知識として掲載することはできる。また、ドクター本人がブログとして発信することも認められているのだ。

だが、YouTube動画となると少し危ない。YouTubeの場合、視聴した動画に合わせて、お勧め動画が自動的に再生されてしまうことがある。ここに、ドクターが病気や治療法の解説をするものが入ってくると、利用者(患者)本人が望んで目にした情報ではなくなる可能性があるからだ。

医療法の番人を務めるのは各自治体の保健所。自分たちで動画を制作し、アップしたYouTube動画は広告ではないため、今のところ規制の対象になっていない。しかし、これだけ医療系YouTube動画が出回りはじめた以上、今後は規制の対象になる可能性がないとは言えない。新しいものができれば法律も新しく作られる。自由に書けた源内の時代と違い、法と広告のいたちごっこはしばらく続きそうだ。

参考
厚生労働省「医療広告規制におけるウェブサイトの事例解説書」
「医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針」

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(協力:池田・染谷法律事務所 染谷隆明弁護士)

(text: HERO X 編集部)

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胃酸で発電!?飲込みセンサの実用化を加速させる東北大学の発明とは

浅羽 晃

国民の健康寿命を延ばし、医療費を削減する。高齢化社会が加速する現代の日本において、それは差し迫った重要課題だ。健康寿命を延ばすためには、病気の予防や早期発見が求められることは言うまでもない。いずれにしても、大切なのは体の状態を正しく把握することであり、そのためには正確性の高い計測機器が必要となる。東北大学では、深部体温を正確に測ることのできる「飲込みセンサ」を研究開発している。プロジェクトチームの一員である吉田慎哉特任准教授にお話をうかがった。

胃酸発電で電力を発生・蓄えさせて
超ローパワーのシステムを動かす

病院で診療を受けるとき、それがどんな症状であろうと必ず行われるのが体温測定だ。体温は体の状態を知る際の、最も基本的な情報である。しかし、それほど重要な情報なのに、現行の多くの体温計は正確性が心もとない。腋下で測るタイプや舌下で測るタイプは、外気温や測り方などの影響によって、誤差が生じる可能性がある。比較的、正確性が高い直腸温を測るタイプは使い勝手の面で難がある。そうした諸々の問題を解決するのが飲込みセンサだ。直径8mm、厚さ5mmほどの錠剤型センサで、体内の温度を正確に測ることができる。

胃酸発電とコンデンサを組み合わせて、かつ、超ローパワーのシステムを構築したことにより、電池なしで作動するセンサを実現した。

開発中の飲込みセンサ。直径約8mm、厚さ約5mmと小さいため、錠剤と同じように飲み込むことができる。

「文部科学省と科学技術振興機構からご支援いただいている革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)において、本学のテーマのひとつとして研究開発しています。高齢化社会において、お年寄りがいつまでも健康で、働けるような社会の実現を目指すプロジェクトですが、私たちはさりげないセンシングで健康を増進させることができないかと考え、飲込みセンサに目をつけました」

アメリカやヨーロッパには、既に飲込みタイプの体温計が存在している。しかし、東北大学の飲込みセンサは、発想が根本的に違う。

「アメリカでは、宇宙飛行士用に飲込みタイプの体温計が開発されました。宇宙空間で体内時計が狂わないようにするために、体温を正確に測る必要があったのです。現在は、アスリートの試合中の疲労度の評価や、パフォーマンスの向上などに使用されております。しかし、これは体温計に埋め込んだ電池で作動するので危険であり、原則として医師の管理下で使用される必要があります。私たちは、たとえば家庭においても、一般的な体温計と同じように、個人が自由に使える安全な飲込みタイプの体温計を目指しました」

技術の核となっているのは電池に代わる電源である。飲込みセンサを作動させるのは、レモンの実に亜鉛板と銅板を差し込んで電力を発生させるレモン電池の応用となる、胃酸発電だ。

「胃酸発電で電力を発生させて、かつ、飲込みセンサに組み込んだセラミックスコンデンサに電力を蓄えます。このときに蓄えられる電力は、リチウム電池などに比べると桁違いに小さいですが、それでもきちんと作動する超ローパワーのシステムをつくりました」

コンデンサが必要なのは、胃には酸があるために発電できるが、腸内の環境では発電できないからである。

「現在は、コンデンサに電力を蓄える方法のほか、飲込みセンサに胃酸そのものを取り込んで腸に運び、腸内でも継続して発電する方法も、本学の電池の研究者とともに研究しています」

スマートフォンの技術革新によって
飲込みセンサも高機能にできた

飲込みセンサが体内に留まるのは約24時間だ。その間、磁場を使った通信によって逐次、体温を受信機に送り、便とともに排出される。この、逐次、データを送れるところにも、飲込みセンサの大きな意義がある。

「飲込みセンサは、外気温などに影響されない深部体温を正確に測ることに加え、体内時計を知ることも大きな役割としています。人間には約24時間周期の体内時計があり、そのリズムを環境に合わせて生活をすることが健康につながるのです。体内時計のリズムに合わせなければパフォーマンスは低下しますし、極端なケースでは時差ボケ状態のまま、日々生活することになります。そうなると糖尿病や心臓病など、さまざまな病気になるリスクが上がることがわかっており、健康寿命を縮めることにもなりかねないのです」

深部体温を正確に測れるということは、基礎体温の管理がやりやすくなるということでもある。

「不妊治療には役立つと考えています。また、本当の基礎体温を日々管理することで、さまざまな疾病を予防することにもつながるはずです」

飲込みタイプの画期的な体温計ではあっても、目標とするのは、従来の体温計と同じように、家庭で使ってもらえるようなものにすることだ。そこには乗り越えなくてはならない壁がある。

「安価にしなくてはいけません。毎日、1個ずつの使い捨てですから、1個100円程度に抑える必要があります。大量に安くつくれるようになって、本当の意味での実用化ということになるでしょう。幸いなことに、スマホなどのモバイルの発展に伴い、電子部品の小型化や高性能化、実装技術の高密度化は、近年著しく進歩しております。それらの進歩によって飲込みセンサを高機能にできたという面もあるのです。たとえば、データビジネスと組み合わせることで、1個100円にすることは十分に可能だと考えています」

もう1点、医療機器だけに認可というハードルもある。

「技術的には、本デバイスを実現できる目途は立っております。現在は、これをどうやって社会に実装していくかを検討しております。協業やインキュベートしていただける企業の探索や、大学発ベンチャーとしての起業可能性、踏まえなければならない法律の勉強など、直接的な研究以外のことにも取り組んでおります」

体内時計と深部体温を合わせると
最高のパフォーマンスが発揮できる

医療の現場からは早期の実用化を求める声も上がっているという。

「睡眠や疫学を専門としている医師や研究者から、“体内時計と疾病との関係に関する研究に役立てたいので、早く実現してほしい”と言われています。この相関関係が明らかになれば、医療の発展にもつながる可能性もあるのではないでしょうか」

飲込みセンサを必要としているのは、医療現場にとどまらない。むしろ、アスリートのほうが待望しているのではないだろうか。

「アスリートほど、自分の生体情報に気を配っている人はいないのではないでしょうか。海外のアスリートは、電池を使った飲込みタイプの体温計を、勝つために飲んでいます。深部体温を知ることは、それくらいパフォーマンスを発揮するために重要なのです。とくに、アメリカンフットボールの選手は飲んでいます。バテると深部体温が上がるので、そうしたら交代するというような使い方をしているようです」

飲込みセンサの認可が下りれば、日本でも多くのアスリートが使用することになるはずだ。

「長距離走の選手は、深部体温を下げた状態でスタートしたいでしょうし、ウエイトリフティングの選手は、パワーを出せるよう、適度に体温を上げて試合に望みたいと考えるでしょう。飲込みセンサを使って、体内時計や深部体温を勝負の時間に対して適切に制御できれば、最高のパフォーマンスを引き出すことが可能になるのです」

受験生にとっても光明となるかもしれない。

「たとえば、ある受験生が、いつも夜遅くまで勉強をしてきたことで、体のリズムが夜型となってしまっていたとします。これを、1日や2日で朝方にするのは無理です。いわば時差ボケ状態で試験を受ければ、当然、点数は下がるでしょう。勝負のときに照準を合わせて、体内時計を調整してベストの力を発揮するといった使い方もあるでしょう」

近年、LED照明などのブルーライトが体内時計に影響していると問題視する声が聞かれるようになった。ブルーライトが目に入ることによって、睡眠時間が短くなったり、良質な睡眠がとれなくなったりしているというのだ。今後は、自ら体内時計のリズムを整えることが重要になるのかもしれない。そのときは、飲込みセンサが注目を集めることになるだろう。

吉田慎哉(Shinya Yoshida)
1980年、埼玉県生まれ。工学博士。現在、東北大学大学院工学研究科・工学部ロボティクス専攻/特任准教授。東北大学機械電子工学科卒業。同大大学院工学研究科修了。「好奇心は強いほうで、自分自身が興味のあること、面白いと思うことを研究しています」。飲込みセンサのほか、距離画像センサとなる超音波デバイスを研究中。

(text: 浅羽 晃)

(photo: 壬生 マリコ)

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