対談 CONVERSATION

ちょこっと相談が気軽にできる! 産婦人科オンライン

HERO X 編集部

残念ながら格差が見られる医療機関の充実度。コロナ前、日本の医療を受けようと、はるばる海を越えて人間ドックにやってくる海外富裕層の姿も見られたが、医療機関の充実度格差は国内でもある。特に今、人手不足が叫ばれるのが産婦人科分野。妊娠中は何かと気がかりなことも多いが、近くに産婦人科がなければ気軽に受診することもできない。また、産婦人科は乳がんや子宮がんなど女性の病気に密接に関わるが、門を叩くには勇気もいる。そんな中、気軽に相談できる場をオンラインで提供するところが現れた。株式会社Kids Publicが提供するオンライン医療相談サービス「産婦人科オンライン」代表で産婦人科医の重見大介氏に話しを伺う。

自宅で相談できる産婦人科オンライン

杉原:コロナ禍でさらに利用メリットが上がったのではないかと感じるオンラインによる相談ですが、まずは、重見さんが代表を務める「産婦人科オンライン」は、どのようなものなのでしょうか。

重見:オンライン医療相談サービスをメインにして運営しています。大きく分けて3種類のサービスを展開していて、一つは、完全予約制で10分間、1対1で利用者さんのお話しを伺うサービスです。これは、オンライン上に外来の診察室があるイメージです。LINEを使ったオンライン面談もできますし、チャットの方がいいという場合は、チャットだけでの相談も受け付けていて、リアルタイムで相談ができるものです。

2つ目が予約不要のチャット相談で、質問をチャット画面に入力いただき、いただいた質問に対して24時間以内に専門家が返信(一問一答形式)をするというサービスです。3つ目は、ちょうどこの秋にローンチの予定なのですが、予約無しで、助産師さんへ日中にリアルタイムでチャット相談(サービス提供時間内なら会話数に制限なし)ができるものです。

杉原:僕も子どもがいますが、やっぱりはじめての子の時は、分からないことも多い。親にとっては自宅からすぐに専門家と繋がれるというのは、一つの安心材料になりますよね。

重見さんはどうしてこの「産婦人科オンライン」を立ち上げようと思ったのですか?

重見:Kids Publicの代表で小児科医の橋本が、「小児科オンライン」というサービスをすでに提供していました。私は産婦人科医として学びを深めていたところで、オンラインで社会と専門家を繋ぐ必要性を感じるようになり、Kids Publicにジョインする形で「産婦人科オンライン」を立ち上げました。

すぐ聞ける、会える専門家

杉原:オンライン相談が必要だという思いにいたったのは、どういうところからだったのでしょうか?

ゼロから産婦人科オンラインを立ち上げた重見大介代表

重見:はい、私は産婦人科医なのですが、公衆衛生を学びたいなと思い、一旦臨床を離れて大学院に進んだんです。その時に、普段、病院で見ている患者さんは本当に社会のごく一部でしかなくて、病院に行けずに悩んだり、困ったりしている人がもっと沢山いるのだと気が付いたのです。医師が病院で待っているというだけでは、そういう人達の声を聞き逃してしまう。病院と社会をつなぐ仕組みがないとダメなんじゃないかという思いにかられて、誰でも気軽に相談できる方法はないかと考えはじめたのがきっかけです。

杉原:それで、オンラインチャットなどを思いついた。

重見:そうなんです。妊産婦さんは20〜30代が多いので、95%以上がスマホを持っている。ならば、スマホで繋がることができる仕組みを作るのがいいのではないかと。

杉原:そんなことを考えていた時に、橋本さんの活動を知ったのですか?

重見:そうなんです。すでに立ち上げから1、2年経っていて、小児科と産婦人科で一緒にやったら出産から子育てまで切れ目なくケアできるなと。それに、(今あるシステムに)ジョインしてやる方が、社会実装が早いなと考えたんです。

杉原:サービスがリリースされた時は結構メディアにも取り上げられていましたよね。僕はそれを見ていた記憶があります。

重見:ありがとうございます。小児科オンラインは2017年度、産婦人科オンラインは2019年度のKIDS DESIGN AWARDをいただいたりしましたので、メディアにも取り上げていただきました。

ゼロから生み出した
「オンライン医療相談」の仕組み

杉原:サービスを立ち上げられた2016年の時は、ウェブ環境は整いつつあるとはいえ、医療とオンラインはまだまだ隔たりがあったというか、むしろ、隔たりを作っていたという印象があるのですが。

重見:はい。今もですが、確かに大変に感じるところはあります。一つは、個人情報の問題です。個人情報をどこまで扱うかという部分は非常に考えました。もう一つは、医療相談と診療の違いについてです。

杉原:利用者側からすると違いがあまり分からないのですが、何か法律的な問題などがあるのでしょうか?

VCからの資金調達をしないという姿勢に共感するHERO X編集長 杉原行里

重見:実は、オンライン医療相談とオンライン診療というのははっきり区別されているんです。これは、厚生労働省が指針として出しているもので、2018年に線引きの指針が公表されました。それまでははっきりとした指針がなく、従来の診療を行なっている医師の方からすると、オンラインにすると「相談」と「診療行為」の線引きが曖昧になるという懸念を持つ方もいました。それをいかに安全に、堅実に、エビデンスをしっかり出しながらやっていくというところを大事にしてサービスの開発を進めてきました。

杉原:「産婦人科オンライン」で行っていることは、医師のような専門家にお話しをうかがうのだけれども、「診療」ではないということでしょうか?

重見:そうですね。今はオンライン「相談」ということで、サービスを展開しています。

杉原:お話しを伺うに、VCとかがすぐに資金を出したくなるようなサービスだと思うのですが、資金調達はされたのですか?

重見:最初期に資金面以外でのサポートをいただいたことはあったのですが、大きな資金調達はしていませんね。

杉原:理由は何かあったのでしょうか?

重見:さきほど申し上げた、安全に堅実に開発を進めていくために、ちゃんとやりたいことをやりながら、ゆっくりと進めていきたいという思いがあったので。

杉原:それはすごくよく分かります。僕たちが関わる開発分野も似たようなことが言えるので。VCから資金を調達すると、開発速度は速くなりますが、同時に、やりたいことに制限がかかる部分もありますからね。

重見:そうなんです。なので、開発スピードとしてはゆっくりなのですが、その分、研究と平行していろいろとやってきたという経緯があります。

杉原:そして現在、すでに沢山の医療者が相談役として所属しているということですが、何人くらいいるのですか?

重見:小児科医、産婦人科医、助産師を合わせて190人くらいになっています。

杉原:絶対的に世界に必要な領域のことをされていると思うのですが、日本の場合、まだオンラインによる医療相談はそれほど認知されていませんよね。ところが、海外ではすでに普及し始めている。

重見:そうですね。中国やアメリカではすでに1日に数万件レベルのやりとりがされているとも言われています。逆にいうと、世界的にはそれくらいすでに流通しているものなので、ニーズとしてはあるはずだと思っています。ただ、日本の場合は医療機関にフリーアクセスできるというところが、海外との大きな違いだと思っています。

杉原:日本は健康保険制度が充実しているので、近くの医療機関を気軽に受診できますからね。

重見:そうなんです。患者側の費用負担も少ないので、近くに受診できる病院がある場合はオンラインを選ぶ必要がないですよね。病院が近くにないという方でも、アメリカや中国のように国土が広大というわけでもないので、車で行けば病院にたどり着ける人がほとんどですから。ですが、コロナ禍になり、少し状況が変わりました。2020年にオンライン医療相談が広がりはじめて、行政でもオンライン窓口を推進すべきだという流れになり、私たちも経済産業省から相談窓口の委託を受けました。

杉原:「産婦人科オンライン」の普及により、どんな問題が解決できるようになると思いますか?

重見:例えば10代の方などで、(病気や妊娠を)親御さんに知られたくないという理由から受診せずに症状が悪化するケースもあります。コロナになって多かったのは、妊娠したかもしれないという相談でした。あとは、私たちが特に注視しているのは妊産婦さんの産後うつです。コロナ禍で社会から孤立して、メンタルに打撃を受けている方が多くいます。産後うつをいかに減らすかということが直近の大きな課題です。そこでオンライン医療相談を妊娠中から産後まで受けた場合とそうでない場合の(メンタルの)比較をする検証(研究)をおこなったのですが、オンライン医療相談を受けた妊産婦さんの方が産後うつリスクを明確に減らせるという結果が得られました。オンライン医療相談の有効性をアピールできる材料になると思っています。

杉原:気軽に専門家に相談できる仕組みが妊産婦の心の健康もサポートするということで、ぜひ広がってほしいサービスだと感じました。今日はありがとうございました。

重見大介(しげみ・だいすけ)
株式会社Kids Public「産婦人科オンライン」代表。日本医科大学 卒業後、2010-2012年に日本赤十字社医療センターで初期臨床研修(産婦人科プログラム)、2012-2017年 日本医科大学付属病院 産婦人科学教室NICU(新生児集中治療室)、麻酔科を含め関連病院で産婦人科医として勤務。2018年3月 東京大学大学院公共健康医学専攻(SPH) 卒業。2022年3月 医学博士取得。現在、「産婦人科オンライン」は対法人(自治体や企業など)向けにサービス展開している。

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(text: HERO X 編集部)

(photo: 壬生マリコ)

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対談 CONVERSATION

シーディングポジションのデータから、想像を超えた次のイノベーションへ!「SS01」後編

長谷川茂雄

未来のためのロボット開発を行うfuRo(千葉工業大学・未来ロボット技術研究センター)と、編集長・杉原が代表を務めるRDSとの念願のコラボプロダクト「SS01」が発表となった。技術面の核になったのは、日本を代表するロボットクリエイターの一人、fuRo所長、古田貴之氏。前編では、「SS01」が生まれた背景やモノづくり哲学について盛り上がった杉原と古田氏の対談は、いま日本が直面している問題とその処方箋という大きなテーマへと話が進んだ。画期的な技術やサービスが、ワクワクする未来を作るために必要なものとは?

高齢化の著しい日本は
最高のモニター国家

古田「これからの日本社会の課題は、ベタなところで言えば、少子高齢化ですよね。でもみなさん問題の本質を勘違いしている部分があります。よく、医療、福祉、介護の充実が大切だと言われますが、本当の素敵な未来は、アクティブシニアっていわれる高齢者が主役でも成り立つような社会なんです。若者には負けないぞって言って高齢者が文化活動とか、経済活動を引っ張るような社会」

フューチャリスティックなデザインのSS01。シーティングデータを計測するシミュレーターという新たな発想がついに形になった。

杉原「確かにそうですね。世代に関係なく活躍できるような社会ですね」

古田「若者も高齢者も盛り上がって、コンヴィヴィアルな共生社会って素敵だと思うんです。65歳以上の高齢者は、老後のためや医療のために、お金を貯めていればいいということではないんです。そういう見方をしたときに、今回、杉原さんと作ったSS01のようなもので、ビッグデータを集めると、うまく活かせるところはいろいろと出てくる。そうすると世の中変わるはずなんですよ。だからデータを取ることは重要なんです」

杉原「僕もそう思います。日本はこれから最高のモニター国家になると思っていますよ。(これだけ高齢化する国は)日本が一番はじめですからね」

古田「ですよね、ピンチはチャンス! 北欧も(高齢者は)多いけど、先進国では日本が群を抜いて高齢化が進んでいる。だからこのピンチを突破できるインフラとかサービスなんかができれば、輸出大国になるはずでしょ」

古田氏は、日本の高齢化は、逆に大きなチャンスだと語る。

杉原「そのままパッケージとして他国に売れますからね。例えばユーザー各々がデータを提供する事で、収入やトークンを手に入れられるシステムの構築って面白いと思うんですよ。高齢者も住んでいるだけで、収益を上げられるような未来作りがしたいですね」

ハンディをマイナスと捉えずに
人間の想像を超えたものを目指す

古田「確かに、ビッグデータや生体データは重要ですね。実は、今年からfuRoは改めてドロイド研究所になると宣言しているんです。これから少子高齢化が進んで圧倒的に人が少なくなるから、4足や2足のロボットというのは絶対的に需要が高まるんです。でも、いまは、人ができないことをやるロボットがまだちゃんと出てきてない。そういったものをしっかり作ろうと」

杉原「人ができないことをやって不自由を無くしたり、人に選択肢を付与したりすることは、これまでもfuRoさんはやられてきましたし、他を圧倒していますよね。それを改めて新しいロボットで実現するということですね」

杉原が運転にチャレンジしているのは、古田氏が開発したライドロイドの一号機「カングーロ」。2018年に発表され、世界で絶賛されたこのプロダクトは、人への自動追従機能も搭載している。単なる移動手段ではなく、馬のようにパートナーにもなる。

古田「杉原さんが時速50kmで走る車いすを作るというのも、そういうことですよね。不自由をマイナスと捉えて、それを0に戻そうとするのではなくて、人を越えようとする。そこが重要。それが振り切るってことです」

杉原「ハンディがマイナスで、それを0に戻すという補完的な考え方は、もう終わっていますよね。例えば、おばあちゃんがすごく高くジャンプできたら、びっくりするし面白いと思うはずです(笑)。なんでそう思うかというと、“おばあちゃんはそんなことできない”と誰もが思い込んでいるから」

 古田「そういうことです。でも人類の歴史を振り返ると、最初は補完的なものだったのに、新たな価値が加わったケースはいくつもあります。服だって、もともとは体毛が少ないから体を守るだけのものだったのに、ファッションって概念が生まれたじゃないですか。眼鏡だって、今では単なる視力補正の道具ではなくなっている。そういう事実を忘れると、ワクワクするもの、ワクワクする社会を目指そうという気にならないんですよ」

杉原「僕は、(古田さんが作った)カングーロを見て、ワクワクしない人は正直話が合わないと思いますけどね(笑)」

古田「マイナスを0にする発想じゃダメってことですよ。斜め上、いやもっと圧倒的な到達点を目指さなければ、人を惹きつけることはできないんです」

杉原「そういうことですよね。今回のシミュレーターSS01で得られる情報をもとに、これからは、僕も自分たちが考える新しいモビリティやプロダクトを改めて作っていきたいんです。例えば座るポジショニングが変わるモビリティですかね」

古田「SS01は、計測してビッグデータ化した情報をもとに、最適化するわけですよね。そこから車いすや様々なモビリティを作るのはもちろんいいんですが、時間が経ってから、あれ?作ったときよりも筋力が弱ってきたぞ、とか、押す力が強くなってきたとか、生体の健康状態がセンシングできますよね」

杉原「そのとおりですね。自分は、すでに3漕ぎで左腕の力が弱まることがわかったんですが、それで体のバランスが変わってくるので、そういうところをチェックしていけば、腰痛とか体の負担とかがコントロールできるようになるんですよ」

古田「つまりSS01は、生体センシングそのものですよね」

正面から見ると流線型のフォルムが美しいSS01。

杉原「はい。次はそれをモビリティ化したもので、いろんな人に体感、体験してもらうという段階ですね」

古田「例えば、SS01の技術を使って、ゴルフスイング矯正システムなんかもできるかもしれないですね。あるいはモーターアクチュエーターを入れて、プロの人のショットを体験させるとか。いろいろできることはありそう」

技術のダウンサイジングが
新しいワクワク感を生む

杉原「そうなんです。このシミュレーターを有効活用して、選手にパラリンピックで金メダルを取ってもらうというのが、すべての目的ではないんです。高めた技術力が、そのあとどうやって転用されていくのか、どういうワクワクする未来に繋がっていくのか? そこが重要ですよね。感度の高い人たちは、もうそこを予測して見てると思います」

古田「アポロ計画みたいなものですね。ランドマークプロジェクトというのですが、月に行くことが主たる目的だったわけではなくて、あのワクワク感に加えて、あそこで生み出された数々のテクノロジーをダウンサイジングして、民生用にする。そして、いろんなプロダクトを作ることが目的だったわけです。

オリンピックに向けたモノづくりも、選手が勝つことだけではなく、そのワクワクを次にどう繋げていくか。大事なのはそこですね」

杉原「古田さんは、次に発売されるパナソニック製のロボット掃除機も手がけているんですよね。そこには、超カッティングエッジなカングーロの技術が、使われていると聞きました。言い方がちょっと悪いですが、超最先端の技術が、家庭のゴミを拾うためだけに使われるって、すごいことですよね(笑)。ダウンサイジングってそういうこと。日本人は転用とか、応用とか、それほど得意ではありませんが」

古田「応用って、本来難しい話をどうシンプルにするかっていう話なのにね。そういうことがわかっていれば、可能性はいくらでも広げられるし、そういう人が集まれば、イノベーションが生まれる。1+1を3にできるってことです」

前編はこちら

古田貴之(ふるた・たかゆき)
1968年、東京生まれ。工学博士、fuRo(千葉工業大学未来ロボット技術研究センター)所長。青山学院大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期課程中退後、同大学理工学部機械工学科助手を経て、2000年、博士(工学)取得。同年、国立研究開発法人科学技術振興機構で、ロボット開発のグループリーダーとしてヒューマーノイドロボットの開発に従事。2003年より現職。自動車技術とロボット技術を融合させた「ハルキゼニア01」、大型二足歩行ロボット「コア」、搭乗型変形ロボット「カングーロ」ほか、世界から注目を浴びる開発プロダクトは数知れず。著書に『不可能は、可能になる』(PHP出版)がある。

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 壬生マリコ)

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