福祉 WELFARE

Blanketが目指す選択肢のある介護

Yuka Shingai

世界に例をみない速度で進行している日本の高齢化社会。人口に占める65歳以上の割合が28%を超え、2036年には3人に1人が“高齢者”となる見込みだ。これまでHERO Xでは介護の現場を支えるプロダクトやソリューションを数々取り上げてきたが、現在、業界はどのような課題に直面しているのだろうか。介護が、自分を、他者を、世界を好きになっていくプロセスになるというバリューを掲げる。株式会社Blanketは介護・福祉事業所への人事・採用コンサルティングや介護従事者が集まるコミュニティ運営や研修を行っている。代表取締役を務める秋本可愛氏とHERO X編集長・杉原が、介護の今とこれからを語った。

介護職の人数は右肩上がり。
それでもなお続く人材不足

杉原:秋本さんはどのようなきっかけで介護に関心を持たれたのですか?

秋本:元々、介護にすごく興味があったわけではないんです。大学時代、起業サークルに在籍していたのですが、メンバーの一人が、認知症のおばあちゃんに自分のことを忘れられてしまう経験をしたんです。そんな悲しい想いをしていたメンバーの強い意志に乗っかるように活動していたというのが正直なところでした。当時、認知症予防のコミュニケーションツールを目的としたフリーペーパーを作っていたんですけど、もっと現場を知りたくて介護施設でアルバイトを始めたら、たくさん課題が見えてきて。

杉原:この業界ってすごく成長しているのに、どうして介護職に就きたい人が少ないのかなって考えていたのですが、そもそも僕たちも課題を正しく認識しているのかと疑問に感じていました。現場ではどのような課題に気付いたのですか?

秋本:おっしゃる通りです。2000年に介護保険が始まった当初、55万人だった介護士の人数は現在220万人くらいです。他の産業と比べても3,4倍で伸びている業界は珍しいのですが、それでもなお、需要に対して供給が追い付いていないのです。

杉原:仕事がきついとか、賃金が安いとか、世の中の報道ではネガティブなことが伝わりがちですよね。たとえば高齢者1人に対して何人介護士がいればよいのか、などを伝える必要があると思います。
また、ユーザー側の視点で、自分が要介護になったときにどのようなサービスならリマーカブルな評価を与えられるか、想像していない人がほとんどですよね。どのような老後を過ごしたいか考えないことには、現実と乖離していくんじゃないでしょうか。

秋本:そうですね、早めに準備しておけば選択肢があるし、差し迫った課題になるまで考えたくないものになっているのは1つの問題だと思います。私がアルバイトをしていた介護施設はつねに職員が不足していたし、入れ替わりもかなり激しかったです。でも介護職の離職率は年々改善されて、今は全産業平均とほぼ同等となりました。とはいえ、賃金や経営の問題、(利用者の)家族間の問題などの課題がたくさんあって、どれも大切な問題に見えたので全部解決したいと思ったんですよね。それで、想いと勢いだけで大学卒業と同時に今の会社を立ち上げました。

現在運営している「KAIGO LEADERS」というコミュニティには、介護職の方以外にも、私たちと同じように社会課題として捉えている人やビジネスとして参入を考えている人など多岐に渡るメンバーがいて、介護に向き合っています。

介護の目的は自立支援。
環境をデザインする

杉原:大学卒業と同時に介護で起業ってすごく稀有な存在ですよね。僕も自身のプロジェクトについて「身体を解析してその先に何があるの?」と言われてしまうことがあって、未来の面白さをどこまで理解してもらえるのかってすごく難しいなと実感するんです。秋本さんから見た「よい介護職」ってどんな人ですか?

秋本:定義は非常に難しいです。人によっても捉え方は違うでしょうしね。でも私がいろいろな事業所を知ってすごく反省したのは、介護職の仕事が入浴や食事の手伝いなど、「お世話」をしてあげることではないってことです。目的は自立支援であって、高齢者が地域の中でいかに活躍できる環境をデザインしていくかが、いま介護職に求められることだと教えられたのは大きな気づきでしたね。その事業所の方々は認知症を患っていても仕事をしていて、料理や家事もするし、地域の掃除を手伝ったりもする。介護が必要でも、役割を持って暮らせる環境を整えることができるのが、「よい介護職」の1つの条件になってきてるんじゃないかと感じます。

杉原:みんないずれ介護が必要になってくるのだから、循環型の社会にした方がよいですよね。たとえば学校の教室に高齢者の人をサブ担任みたいに配置すれば、トラブルやもめ事の抑止ができるかもしれないし、高齢者の方々も役割ができて、いきいきできると思うんです。

秋本:地域に出かけるサポートや、その人がやりたいことを一緒に作ることも仕事だと考えると、クリエイティビティが必要なんですよね。

KAIGO LEADERS

競争の激化が進むこれからは
“関わりしろ”の広さがカギ

杉原:KAIGO LEADERSではお互いに学んでいくと同時に、現場で実際にあったことをシェアするような場になっているんですか?

秋本:はい、オンラインコミュニティの「SPACE」では、それぞれの現場での実践の共有や結構ディープな相談を繰り広げられることもありますね。個人の問題って組織の問題であることも多いので、採用コンサルやブランディング、研修といった企業向けの事業「KAIGO HR」も手掛けています。

杉原:水が上流から下流に流れていくように企業が変化していかないと個人の問題も解決できないですもんね。介護の現場が日進月歩でよくなっていることや、課題を明確にしながら解決しようとしている人たちがいることを、メディアとしてもっと発信していく必要を感じます。秋本さんが、一昔前と比べてこれは良くなっているなって思うことは何がありますか?

秋本:今は認知症になっても、いかによりよく暮らしていくかという価値観が定着してきたので、サービスの質も向上していますし、競争が激化する中で、事業者も差別化を求められているなと思います。

杉原:以前HERO Xで対談させていただいた、元F1ドライバーで衆議院議員の山本左近さんが携わっているさわらびグループの介護食、SAWARABI HAPPY FOOD PROJECTはとても面白いなと思ったのですが、秋本さんが注目している事例があれば教えていただきたいです。

山本氏との対談はこちら▶今、必要なのは勇気とスピード感。元F1ドライバー山本左近の視点 前編

秋本:神戸市にある「はっぴーの家ろっけん」は画期的ですね。いわゆるサービス付き高齢者向け住宅ですが、1階のリビングルームが地域に開放されていて、子育て中のお母さんや外国人が利用するコミュニティスペースとしても機能しているんです。介護施設ってどうしても介護する側、される側と明確になってしまいますが、地域コミュニティを作る文脈でも、いかに“関わりしろ”を持てるかは重要だと思います。「生活」なのでいろいろな形があっていいんですよね。自分たち独自の価値観で経営している事業所も増えていますね。

KAIGO HR

1つの施設にこだわらなくてもいい。
選択肢があるのが理想の未来

杉原:境界線は曖昧でもいいのかもしれないですね。経営者という立場から、収益化についてはどう考えられますか? より人材が必要な業界ですし、給与をアップさせるためにはどうすればいいのでしょう?

秋本:どこの財源を使うか、という問題がありますね。40代になると介護保険料を払うことになりますが、この介護保険にも限界があるというのが目下の課題です。給与を上げていくには事業所が保険外で収益を上げていくことが必須になっていくと思います。

杉原:なるほど。見方を変えれば、課題があるということはそこからプロダクトやサービスが生まれることだから、ラッキーだとも考えられる。日本国内で実証できれば、プロトタイプとして世界中に展開することもできるでしょうし、難しい問題だからこそスポーツや音楽、アートのようなエンタメ的なフィルターを通すことで見え方も分散されていくんじゃないかなと思うんです。若い世代にしわ寄せがいかないような、面白い業界になっていけばいいですよね。僕たちが介護を受ける年齢になるころ、30年後くらいはどんな社会になっているのが理想的ですか?

秋本:試算だと2050年にはすでにピークを越えて、選択肢が溢れている頃だと思います。選択肢がたくさんあることは個人的にすごく大事だと感じていて、好きな施設を転々としてもいいと思うし、歩けないとか排泄が自分でできないという問題があっても、テクノロジーの力が解決してくれるとか、介護が必要だから申し訳ないってことを本人が感じなくて済む世界になっていたらいいなと思いますね。

杉原:ピークを過ぎるまでが山場だし、僕たちの世代は病気になってから病院に行くのではなく、準備やプランニングが必要になってきますよね。

秋本:そうですね。KAIGO LEADERSは全国各地にメンバー1万人を目指していて、身の回りから変化を起こせる人、想いを持って旗を立てられる人をそれぞれの地域にどんどん増やしていきたいんです。リードというとおこがましいですが、KAIGO HRも含めて、いい人材やいい組織を増やして、介護業界全体の底上げを図っていきたいですね。

秋本可愛(あきもと・かあい)
株式会社Blanket 代表取締役。
平成2年生まれ。大学生の時介護現場でのアルバイトを通し「人生のおわりは必ずしも幸せではない」現状に課題意識を抱き、2013年(株)Join for Kaigo(現、(株)Blanket)設立。「全ての人が希望を語れる社会」を目指し介護・福祉事業者に特化した採用・育成支援事業や人的課題を解決を目指す「KAIGO HR(https://kaigohr.com/)」を運営。日本最大級の介護に志を持つ若者コミュニティ「KAIGO LEADERS」発起人。2017年東京都福祉人材対策推進機構の専門部会委員就任。第11回ロハスデザイン大賞2016ヒト部門準大賞受賞。第10回若者力大賞受賞。Yahoo!ニュース公式コメンテーター。2021年よりNHK中央放送番組審議会委員に就任。

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(text: Yuka Shingai)

(photo: 増元幸司)

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福祉 WELFARE

あのトヨタ自動車を動かした、パラリンピアンの言葉とは?【2020東京を支える企業】

宮本さおり

「トヨタが自動運転の開発に本気になった」。そんな話がニュースサイトのあちこちで見られるようになっている。それまで自動運転には消極的な姿勢も見せていたトヨタ。変化の裏にはパラアスリートとの出会いも大きく関係していた。

日本語には車のことを「愛車」と呼ぶ表現があるが、「愛」という言葉がつく工業製品は車だけ、豊田章男社長自らがそう話していたトヨタ自動車。ハンドルがなくなるような完全なる自動運転は誰が乗っても同じとなり、トヨタの描く自動車からは離れるのではないかという思いが強くあった。そのトヨタが一転、自動運転を含むモビリティーの開発に積極姿勢を見せだしたのだ。自動車関連のジャーナリストの中には、あれほど自動運転車の開発に消極的な姿勢だったトヨタも、自動車産業の大きな転換期に危機感を募らせてついに開発に乗り出したなどと話すものもいる。しかし、ビジネスの舵を切ったそのワケはそれだけではない。

2015年に行なわれたIPCワールドワイド・パラリンピック・パートナー(Worldwide Paralympic Partner)契約の調印式、檀上の豊田社長のことばにもトヨタが秘めた思いはにじみ出た。「クレイヴァン会長は、『障がいのある方が、より社会に参加するためには、移動の自由が鍵を握る』と言われています。一方で、「今の社会では、移動が本当に大変だ」という声も伺っています。誰かが何かにチャレンジしたいと思っている時、もし、「移動」が障害になっているのであれば、私たちトヨタはその課題に正面から向き合いたい。「移動」がチャレンジするための障がいではなく、夢を叶えるための可能性になってほしい。これがトヨタの思いです。」

(画像:TOYOTA提供)

今年に入り、自動運転技術の先行開発に向け、トヨタはデンソー、アイシン精機と共同で新会社も設立、米国ミシガン州では、トヨタの子会社Toyota Research Institute, Inc. が自動運転開発用の施設の建設をはじめている。着々と開発の力を強めるトヨタ。6月、私たちの取材に応じてくれたトヨタ自動車 オリンピック・パラリンピック部 部長の伊藤正章氏は、東京で行われた調印式での出会いも「自動運転開発を加速させるきっかけのひとつになった」と話す。JPCにてパラ教育「I`m POSSIBLE日本版」の開発リーダーを務めるマセソン美季氏(旧姓 松江美季)の発言だ。マセソン氏は、大学1年生の時の交通事故がきっかけで車いす生活者となった元アイススレッジスピードレースの選手。現役時代には金メダル3個、銀メダル1個を獲得した人物だ。

「私の下半身の自由をうばったのは車ですが、自分の未来に光を与えてくれるのも自動車だと思った」。

マセソン氏の言葉は、自動車というものをトヨタが狭い意味の中でしかとらえていなかったのではないかという思考の変化へと誘うことになる。こう話してくれた伊藤氏から手渡された名刺には点字が施されていた。

「移動が人を制限するものであってはいけない」と語る、オリンピック・パラリンピック部 部長 伊藤正章氏

「トヨタはこれまで、必ずしも自動運転に積極的ではなかった面があります」伊藤氏は躊躇なくこう話しはじめた。「自動運転は誰が乗っても同じ運転、同じモノになってしまう。トヨタが考える自動車というのは、社長が常々言っているとおり「愛」がつく工業製品としての車(=愛車)でした。人が運転するからこその愛着が生まれる。自動運転はその理念とマッチしない」。ところが、マセソン選手をはじめとする多くのパラリンピアンとの出会いが、そんな気持ちを少しずつ変化へと導いた。冬季パラリンピックの常連、パラスキーヤーの森井大輝選手をはじめ、多くのパラ選手を従業員として迎え入れ、社内で多様な人材が活躍できる職場づくりにも注力しているトヨタ。彼らとの出会い、仕事を共にすることで「全ての人に移動の自由を」というスローガンは生まれてきた。

「多様性を受け入れる会社になりたいという思いが強くあります。その一歩として関わる取り組みが、パラリンピックだと考えています。自動運転の開発も「全ての人に移動の自由を」提供するために必要なことという認識に至りました。これまで抱いてきた「愛車」という考えを大切にしつつ、誰もが移動の自由を手に入れられるアイテムとして自動運転の開発にも力を入れるのだ」と話す。

「トヨタ自動車は三河の地で生まれ、創業以来ずっと三河を基盤としてやってきました。このため組織も同質的になりがち。同質的な中で育ってきましたが、それでは先はない。狭い視野にとどまらず、今後はもっと多様性を受け入れる会社となり、そうした社会にするための貢献をしなければという気持ちがあります。トヨタ個社だけでなく、グループとしてもそこは念頭に置きたいところです。また、社会との絆という面でもパラリンピックへのかかわりは重要だと考えています。安全や環境への影響を考えた時、車はこれまで、人間に必ずしも良いものだけを提供したとは言いきれない。会社として社員みんなで観戦、応援、支援することで、社会にもっと目を向け、社会のために汗をかき、安全で環境にやさしいモビリティーカンパニーへと変わるきっかけとしたいと思っています」(伊藤部長)。

パラリンピックに力をいれるもうひとつの理由には、世界の自動車業界をけん引してきたトヨタが、モビリティーカンパニーへ変革し、よりよいモビリティー社会の実現に貢献していこうという気概が見える。「人が動く移動の観点は変わってきています。純粋な車というモノづくりだけでなく、移動サービスという視点も必要です」人々の自動車への視線は“所有”に加え“シェア”への広がりも見られる。また、モビリティーの開発はITジャイアントをはじめとする異業種からの参入も目立ち、自動車業界の敵はもはや自動車メーカーだけという時代ではない。高齢化社会が進む世の中において、いくつになっても安全に乗れる乗り物として、今やモビリティーの開発は世界の一大関心事だ。

(画像:TOYOTA提供)

「従来の枠にとどまっていてはいけないでしょう。車づくりを変える、チャレンジしていく人を育てたい」という願いがあると伊藤氏。その意志の表れともいうべきサイトも立ち上がった。「START YOUR IMPOSSIBLE」。この記事のトップ動画も「START YOUR IMPOSSIBLE」のサイトに使われたものだ。サイトでは、「移動」がチャレンジするための障がいではなく、夢を叶えるための可能性になってほしいと、いくつかのコンセプトモビリティーを紹介、未来の乗り物を見せてくれている。

また、トヨタは2020東京オリンピック・パラリンピックを日本の技術を世界に紹介する「格好のチャンス」ととらえているのも事実。今年に入って発表された物販やライドシェアを視野に開発が進む箱型のEV車「イー・パレット(e-Palette)」も東京2020でのお披露目を目指している。

(text: 宮本さおり)

(photo: 河村香奈子)

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