コラム COLUMN

もう一度日本が世界から注目される日は来るのか?医療テックがもたらすもの

杉原行里

まもなく迎える2025問題。人口に占める高齢者率が30%となると言われる日本。医療テックの役割について考える。

膨れ上がる国民医療費20年で約2倍に

厚生労働省が公表したデータによると、国民医療費は44兆3895億円(令和元年度)。人口一人当たりで計算すると、年間で35万1800円ものお金が医療費として使われているという。厚生労働省が公表している下のグラフを見てみると、平成2年~22年度の20年間で国民医療費は約倍にまで膨れ上がっていることが分かる。日本では、2025年には人口に占める65歳以上の割合が30%になると言われているが、高齢者の増加はすでに徐々に始まっている。国民医療費はここ数年、右肩上がりに伸びている。限られた財政を有効に活用するためにも、健康寿命をいかに延ばすかということは、国としての喫緊の課題となっていることは間違いない。今後は、生活者である私たちが、「病院は、病気になったら行くところ」という認識から、「健康であるために行くところ」という考えへと改める必要もある。

アメリカで定着したゲノム解析による予防

健康寿命を延ばす要として考えられる予防医療。病気を早期に発見すれば、大がかりな治療となる手前で命を守ることができる上、かかる医療費も少なく済む。しかし、これには、定期的な検診が必要で、働き盛りの人にとっては時間を取るのが難しいという現実もある。必要だと分かっていても、時間が取れない……。このジレンマの解決策になるような医療テックの開発が進んでいる。検診で計るのは身体的データだ。数値の善し悪しで気をつけるべきことが見えてくる。身近な例でいけば、スマートウォッチだ。呼吸や心拍数といった身体データを日常生活の中で気軽に取ることができるようになり、予防医療に貢献している。

日本ではそれほど取り入れている人は多くはないが、アメリカでは、ゲノム解析による予防医療も盛んだ。多様な人種の人々が生活するアメリカで、自分のルーツを知ることが一時ブームとなったが、これもゲノム解析によるものだった。ゲノム解析はどのような病気にかかりやすいかをゲノムを使って予測することが可能だが、ブレークしたきっかけは、自身のルーツが分かるというエンターテインメント性だった。そのブームのおかげでデータが集まり、解析技術の向上に繋がっている。もう一つ、アメリカでこれだけゲノム解析が一般化した要因として、医療を巡る制度の違いがある。

アメリカの医療制度は日本とはかなり違う。日本では、国民は全員が必ず医療保険に入らなくてはいけないが、アメリカでは、保険加入が個人に委ねられているのだ。会社のベネフィットとして加入している人もいるが、加入している保険により、かかれる病院が限られていたりと、日本の医療保険とはかなり違う。保険に入っていたとしても、医療費が高額になるケースも多く、おまけに、調子が悪くても、飛び込みで病院に行けるシステムにもなっていない。だからこそ、予防医療に力を入れる人が多いのだ。予防医療の一貫として、自分の身体の傾向をゲノム解析によって知っておこうという流れも一般的となりつつある。

病気だけではない予防医療

予防医療と聞いて一般に思い浮かべるのは病気のリスクをいかに回避するかということだろう。日本人が一生のうちにがんと診断される割合は2人に1人と言われているが、5年生存率は上昇しており、今やがんは治る病気という認識も定着してきた。しかし、これも早期発見でなければ生存率は下がってしまう。特に年齢が若い場合、浸食の勢いも増すため、早期発見というのが鍵になる。定期的に検査を受けている人は、がんの初期段階で見つけられる可能性が高まるため、若い人ほど受けるべき検診とも言えるだろう。

また、予防医療はどこまでを“予防”と呼ぶかという視点もある。例えば、骨折などはどうだろうか。若いうちはピンとこない骨折リスクも高齢になるとその可能性は格段に上がる。厚生労働省「人口動態調査」や、東京消防庁「救急搬送データ」を元に出した消費者庁の分析では、高齢者の転倒、転落事故による死亡者数は、人口10万人当たりでは年齢が上がるにつれて増加、75歳以上になると5歳上がるごとにその数は倍増することが分かった。

また、高齢者の介護が必要となった主な原因の12.5%が、骨折や転倒がきっかけとなっている。骨折で入院が長引けば、寝たきりになるリスクも高まる。そうなると、医療費削減を目的にした場合、病気だけでなくケガも予防医療として考えることができるだろう。転倒を防ぐためのアイテムも、予防医療に貢献することになる。

アクティブシニアを増やす

ここまで、予防医療と医療費削減の関わりについて考えてきたのだが、健康増進の観点からも医療費削減は考えられる。企業の定年年齢の引き上げがニュースになっているが、元気なシニアを増やすことはもちろん、元気でなくなった人も社会参加できる仕組みができあがれば、アクティブシニアは増えるだろう。現在、パラアスリートなど身体的特徴を持つ人々を対象に開発が進む様々な技術は、高齢者の暮らしを豊かなものへ、そして、アクティブなものへと誘う可能性を秘めている。先に紹介したように、今は個人の身体データを簡単に計測できる時代に入った。

自身の身体データを研究のために用いてもらうことによりベネフィットやインセンティブが受けられるようになれば、加齢に伴い若い頃と同じような働き方ができなくなった高齢者の新たな収入源にできる。また、集まったデータを元に医療研究が進めば、次の世代のヘルスケアに貢献することもできる。アクティブに税金を納められる人口は、現役で働く世代だけとも限らなくなれば、1人の若者が支える高齢者の数も減るため、負担も減る。この流れを作るために、要となるのは言うまでもなく技術革新だ。世界一早く高齢化社会を迎える日本だからこそ、世界に向けて発信できる高齢化社会におけるモデルケースを考えるべきだろう。これが成功したとき、日本は再び世界から注目を浴びる国になるのではないか。今回の特集では、医療テックに注目し、予防医療の観点で医療テック企業や病院現場を取材する。

※参考
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_009/pdf/caution_009_180912_0002.pdf

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(text: 杉原行里)

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コラム COLUMN

小型・超小型モビリティが世界を 変える日は本当に近いのか?

HERO X 編集長 杉原行里

7月の改正道路交通法の施行を前に、小型・超小型モビリティ界隈の動きが活発化してきた。電動キックボードのシェアリングサービスで一定の認知度を得始めたLuupは、あと2年で国内のレンタル拠点を3倍の1万箇所に増やすという。都内では様々な種類のモビリティを見かける機会も増えており、近距離移動を変革するとの期待もかかるが一方で、すでに利用実証の始まっていたヨーロッパからは規制のニュースも飛び交っている。自動車産業で経済を牽引してきた日本、新しい移動手段である小型・超小型モビリティで再び世界に返り咲くことは可能なのだろうか。

フランスではレンタル終了へ。
どうなる?! 小型モビリティ

4月初旬、フランスの首都パリで行なわれた住民投票の結果について、世界のメディアが報じた。スマホアプリを使って気軽に利用することができる電動キックボードのレンタルにNOを唱える結果が出たからだ。日本でも街中でのレンタル利用が進む電動キックボード。超小型モビリティの代表格となっているが、フランス市民はなぜこれにNOを唱えたのか。

報道では、電動キックボード絡みの事故の発生件数が増加したことなどが上げられている。加えて、10分の利用料金が5ユーロ(報道当時約720円)と、レンタルサービスとしては価格が高く、ビジネスモデルとして持続性が薄いことも上げられた。

パリ市はレンタル業者との契約が切れる8月をもって市としてのレンタルサービス契約を打ち切り、市内から撤去すると発表、ただし、個人所有の電動キックボードについては引き続き利用ができるという。

電動キックボード業界を牽引し、パリのレンタルサービスに大きく参入していた一つがアメリカに本社を置くLime株式会社。同社のサービスは日本でも実証が始まっている。パリでのレンタル打ち切りについて、アメリカCNNニュースは投票者の約9割が禁止を支持したものの、投票率は有権者の7.46%に留まっていることも指摘している。世界で広がるマイクロモビリティ導入の動きがどうなるのか、注目の集まるニュースとなった。

だが、ニュースになるのは新規開発にとって悪いことではない。ここ数年でマイクロモビリティがそれだけ世界に浸透し、注目されている証拠でもある。小型・超小型モビリティの是非が本格的に問われる年となりはじめた。

注目の小型・超小型モビリティはコレ

ところで、この小型・超小型モビリティとはいったいなにを指しているのか。概念を広義で見るのか、狭義で見るのかによっても変わってくる。モビリティと聞くと、電動キックボードや小型のEVカーなどを思い浮かべる人がほとんどだろう。そこに、シニアカー、車いすを想像する人は少ないはずだ。だが考えてみて欲しい。移動を軸に考えるのなら、これらもれっきとしたモビリティと言えるのだ。

HERO Xでも度々取り上げている電動車いすのWHILLは、当初から近距離モビリティとして売り出していた。お年寄りやハンディのある人の乗り物というイメージの強かった電動車いすのイメージを払拭、羽田空港での自動操縦、自動運転の実証実験などを通して新たなモビリティというイメージを根付かせた。

近距離の移動など、暮らしに根付く移動として注目したいのはやはり、電動キックボードなどの超小型モビリティだ。現状では自転車以上、バス・電車以下というポジショニングだが、近距離移動の手軽な手段として東京では受け入れ始められている。パリの一件はあるものの、今年は日本では法改正も進むため、利用者増に期待がかかる。

2020年にモビリティ構想を打ち上げた三井不動産株式会社では、すでに電動キックボードレンタルサービスの優遇が受けられるマンションの建設を始めている。その一つが、2023年11月に入居開始予定で開発を進めるパークホームズ浜松町だ。1Kと1DKの全102邸を予定しており、居住者専用の電動キックボードシェアサービススペースを設けることが発表されている。電動キックボードを提供するのは株式会社Luup。同社は国内における電動キックボードレンタルを牽引する存在となっている。

こうしたマンションが定着すると、不動産価値が変わる可能性も出てくる。最寄り駅からの近さは徒歩やバスなどでの距離や時間が評価基準になってきた。だが、超小型モビリティによる移動が実現すれば、駅からちょっと離れた物件であってもモビリティを使えば移動時間が短縮される。つまり、物件の価値を上げてくれる可能性が出てくるのだ。

キックボード以外の気になるモビリティ

世界中で開発の進む小型・超小型モビリティ。様々なものが出てきているが、シェアリングサービスで利用するか、個人所有での使用となるかはモノによって分かれそうだ。レンタルか、所有かという視点を考慮しつつ、気になるモビリティを見てみよう。

キックボードと同じくらい目にする機会が増えてきたのが3輪のモビリティだ。三輪バイクやトライクと呼ばれるものたちは、転ばないバイクとして開発が進められている。

画像元:https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/lineup/niken/ ヤマハ発動機が作ったNIKENはマンガとのコラボも話題に。

見た目はバイクそっくりの三輪バイクはバイクのスポーティーさをそのままに、転ばない安全性を確保した。もう一つの注目はゴツさもカッコイイ乗り物トライク。三輪構造のモビリティで、法律上はバイクではなく自動車扱い。そのため、免許も普通自動車免許で運転できる。ただし、メーカにより一部オートマ限定免許では運転できないものもあるので注意したい。

このトライク、よく話題になるのは、ヘルメットがいらないということだ。法律上は普通自動車に分類されるため、ノーヘルで乗ることができる。これら三輪バイクやトライクは、シェアリングサービスというよりも、個人所有による乗車がメインになると思われる。トライクの場合、ある程度大きさもあるため、駐車できる場所の確保も必要になる。

トライクル CAN-AM SPYDER RT
画像元:https://can-am.brp.com/on-road/jp/ja/models/spyder-rt.html

三輪界隈でシェアリングが視野に入るのは東アジアで利用者が多いトゥクトゥク。三輪自動車の代表格で、トゥクトゥクはEV化も始まっている。

画像元:https://www.ev-land.jp/ev-tuktuk.php EV-TUK TUKは1回のフル充電で80キロ走れる。

カンボジアではタクシーのような使われ方をしているのだが、日本でも、観光用のシェアリングモビリティとしての活用に期待が持てそうだ。

日本が再び力を発揮できる道

2025年までに1500億ドルに到達する(Market Research Future)との予測も出ている小型モビリティ市場。どう使いたいかやTPOでチョイスできる時代へ進もうとしている兆しが見える。日本がこの市場で存在感を表すためには、試験場と化してモビリティーのあり方を積極的に検証していけるかにかかってくるだろう。

世界に先駆けて高齢化社会を迎える日本では、高齢者の移動手段の問題を数年前から検討している。すでに数々の実証実験も各地で行なわれる中、その成果をいかに世界にアピールできるかが分かれ道となるだろう。

もちろん、技術革新にもさらに力を入れる必要がある。自動車開発で世界を牽引してきた日本には、各メーカーが長い年月をかけて培ってきた技術と知見が蓄積されている。新しいモビリティの開発にもその知識は十分に役立つはずだ。モビリティは人の命を預かることになる。スタートアップ企業であっても、きちんとした試験を行ない、POCを初めとした実証実験をストイックに続けることは必要だ。

一方で、ものづくりに欠かせない資金調達も考えなくてはいけない。日本のユーザーのほとんどは、完成したものを購入するという購買活動が主流であった。投資は投資家がやるもので、開発に一般ユーザーが関わることとは分けられていた。ところが最近は、クラウドファンディング型の投資も多く見られる。つまり、開発に伴走しながら商品ができるのを待つという消費者が現れているのだ。伴走に対する意識の高いユーザーとのコミュニケーションをいかに上手くとれるかも、開発者たちに必要な要素となるだろう。

グローバル化がこれだけ進んだ現在は、国内だけでなく、海外からの支援者をどれだけ取り込めるかもカギとなる。海外のモノづくりの現場では、デポジットで資金調達することも多くある。デポジットとは、保証金のこと。日本では、テスラの購入に高額なデポジット必要だったことが話題となったが、海外では多くの分野でこのデポジット方式が採られている。

理由は、販売開始前に市場規模を予測することができるからだ。例えば、開発中の100万円の商品を購入する場合、だいたい10%ほどのデポジットを請求される。支払いを完了した人が予約客となる。初回ロットの数が読めるだけでなく、予約の段階で100台の注文が入った場合はすでに1億円規模の市場になることも予測が付くのだ。

もちろん、キャンセルも発生するが、仮に半数がキャンセルするとしても5000万円規模の市場が生まれる予測を出すことができるのだ。この市場の見える化により、投資家からの注目をさらに集めることもできる。現在もアメリカのある会社がEVトラックメーカーがデポジットをうまく活用して開発を進めている。

アメリカでEVトラック開発を手がけるBollinger Motorsが公表しているEVトラック
画像元:https://bollingermotors.com/b1-b2/

日本の文化としてはあまり根付いていないデポジット方式だが、世界を相手にする場合、デポジットは開発資金調達に有効な手段となる。こうしたテクニック的なことも必要だが、一番の要はやはり、開発するモノがいかにカッコイイかだろう。特にモビリティの場合、いくら性能面で優れていても、見た目が台無しでは売れない。見た目と性能の両立を叶えるモノができあがれば、もう一度、移動で世界を取る未来も見えてくることだろう。

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(text: HERO X 編集長 杉原行里)

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