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新年羅針盤 編集長杉原行里が選ぶ 2023年注目分野はコレだ

杉原行里

長引くコロナ禍にロシアのウクライナ侵攻と、2022年もいろいろなことが起きた。歴史的円安や燃料費の高騰など、予測していなかった事態は私たち庶民の日常にも影響を与えている。2023年はどんな年になっていくのか、未来を考える時、今立っている場所、現状認識は必ず必要な行為だ。新しい年のはじまりに今年注目すべき分野について考えた。

宇宙を制するものが世界を制する時代へ

コロナ禍で一番浸透したものの一つが通信ネットワーク。公立学校でもICT化が進み、全ての産業においてオンラインを介した動きが活発化した。5Gや6Gを制するものが今後はプラットフォームを作り世の中を牽引していくことは間違いない。そこで必ず必要なのが衛生だ。地球上の空間、設備ではなく宇宙空間に衛生を含めいかに設備を搭載できるかがプラットフォームを持つ上では重要になってくる。先進国の多くが宇宙に対する研究に力を入れている。一方で、違いが浮き彫りになってきたこともある。コロナに対する人々の対応は今や世界一律にはなっていない。

日本リサーチセンターが英国YouGov社と共同で行なった公共の場でのマスク着用率の調査では、14カ国の中で日本はトップの87%、最も低いデンマークの9%と比べると、差は歴然だ。他国を見てもイギリスも35%、アメリカ45%と、いずれも着用率が半数を割っている。もともと日本では、冬になると風邪やインフルエンザ予防のためにマスクをつける人が多くいた。一方、アメリカやイギリスは冬でもマスクをつけるという習慣がない。口元を隠す文化が欧米にはあまり見られない。だからこそか、屋外でのマスク着用の義務がはずれたことで、マスクを取る人が増えたのだろう。日本でもこの春には室内でもマスクを外せるようになりそうだが、厚労省が屋外では季節を問わず「マスクは原則不要」という知らせをいくら流しても、マスクを外す人はまばら、むしろ、していないと「落ち着かない」という人も出てきている。もちろん、持病などリスクを抱える人の場合は必要ということもある。だが、「気持ち的に」ということならば、マスクをつける本来の意味からはかけ離れてしまう。ところが、マスク着用者が多数だと、同調圧力が働き、つけていないほうが「違和感」を持ってしまう。春からの脱マスクの動きがどれだけ市民権を得ていくのかは、新しいことを受け入れる素地を見る指標にもなりそうだ。

みんなの足が変わる法改正

われわれが今年最も注目しているのが道路交通法の一部改正だ。多くのメディアで話題になったのが今年7月から電動キックボードを運転する際、16歳以上の人ならば免許不要で乗れるというニュース。だが、この改正はそれだけではない。車体の長さ190センチ、幅60センチ以下で、最高速度20キロ以下といった乗り物を「特定小型原電動機付自転車」と規定、電動キックボードに限らず、規定範囲内の乗り物ならばどれでもいいことになる。今は電動キックボードが主流だが、今後は他のタイプのモビリティが出てくる可能性は高い。特に注目したいのは中小企業やスタートアップの動きだ。免許無しで乗れる次世代の移動手段の開発の行方をHERO Xでは追ってみたい。

【国土交通省が公表した改正に関する資料】

(1)道路運送車両の保安基準及びその細目を定める告示の一部改正
●原動機付自転車のうち、電動機の定格出力が0.6kW 以下であって長さ190 ㎝、幅60 ㎝以下かつ最高速度20km/h 以下のものを特定原付とし、それ以外の原動機付自転車を一般原動機付自転車と定義する。
●道路運送車両の保安基準に「特定小型原動機付自転車の保安基準」を追加し、特定原付に適用される保安基準を定める。
(2)特定小型原動機付自転車の性能等確認制度に関する告示の制定
●国土交通省がその能力を審査し、公表した民間の機関・団体等が、特定原付のメーカー等からの申請に基づき、当該特定原付の基準適合性等を確認する。
●確認を受けた特定原付には、メーカー・確認機関の名称等を含む表示(シール)※2を目立つ位置に貼付するとともに、当該特定原付の情報を国土交通省ホームページ等で公開する。
(3)その他の関係告示等の一部改正等
●今般整備する特定原付の保安基準の適用時期を規定するほか、所要の改正を行う。

(出典:国土交通省 https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001579526.pdf

ロボットの躍進とデータ解析の価値上昇

ここ数年で急速に広がったのが、ロボットの存在だ。ロボットはアニメや映画にでてくるような、いかにも実態のあるものと、コンピュータの中に内蔵される目に見えないものとがあるが、目に見える側のロボットがより身近になってきた。あるテレビ番組でお笑い芸人が配膳ロボットを真似たコントを見て、ロボットの普及もここまで来たかと感じずにはいられなかった。調理ロボ、配膳ロボといった飲食関連のロボットや、コンビニエンスストアで活躍する陳列補充ロボットなど、さまざまなロボットが日常の中に存在するようになってきた。仮にこれがコロナ禍でなかったら、ここまでの浸透スピードにあっただろうか。もしかすると、もう少しネガティブな風潮が蔓延していたかもしれない。だが、このロボット化はするべき場とそうでない場が存在するように感じる。例えば、昔ながらの街中華の店の配膳がある日突然、配膳ロボに変わったとしたら、客足は遠のくかもしれない。

目に見えない部分の進展ではヘルステック分野が堅調だった。コロナ禍で開発の急がれた創薬分野の成長は急激なものだった。健康でいたいというのは誰もが願うことだが、自分が健康か不健康かの可視化を求める人は決してマジョリティではなかったと思う。ところが、コロナ禍により、健康の可視化が注目を浴び、人々が自分のヘルスケアに、より積極的に意識を向けるようになった。人々の身体データの蓄積が新たなヘルスケアテックの技術を生み出す。実際、RDSが開発した歩行解析ロボットや、車いすを開発する際に必要なデータを取れるbespoなどは、海外企業からの問い合わせも増えている。データというものの価値が今後は益々高まるだろう。

こうした期待は高まるものの、民意やデモクラシーとはなんと曖昧なものだとも思うのが正直なところだ。ニュースを見ても、最近は、未来の話しにいささか偏っているような気がしてならない。「将来的にはCO2を削減しないと」と言うが、今現在、どうなっているのかという話しが見えないままでは具体的に進めることは難しい。今年もHERO Xを続けていかなければいけない理由はここにある。垂れ流された情報をそのまま報じるメディア。オールドメディアを見る人の数は減り、SNSでニュースも検索、アルゴリズムによってその人が好みそうな情報しか与えられなくなる中で、HERO Xはあえてその流れに立ち向かいたいのだ。一過性に偏った角度の情報だけでなく、広域な視野を持てるメディアでありたい。今年もわれわれらしい方法で、取材と情報発信を続けていきたいと思っている。

(text: 杉原行里)

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新たなヒーローが生まれる場を創造したい【HERO X編集長インタビュー】

岸 由利子 | Yuriko Kishi

2017年6月23日、世界で一番、ボーダレスなスポーツメディア『HERO X(ヒーローエックス)』が、ついに公式オープンしました。このメディアのミッションは、「福祉×プロダクト×スポーツ」という3 つの柱を軸に、身体の欠損を補うものから、能力を拡張するものへと変わりつつあるプロダクトの進化と、それらが可能にする人間の限界への挑戦を、障がい者・健常者という枠を超えて、ボーダレスに追っていくこと。今回は、HERO Xの創立者であり、編集長を務める杉原行里(すぎはら・あんり)が、皆さまへのご挨拶を兼ねて、このメディアを立ち上げた意味や思い描く未来など、多面的なテーマについて、余すことなく語ったインタビューをお届けします。

スポーツがもたらす感動を通して、インタラクティブにコミュニケーションできるメディアを作りたかった

少年なら誰しも憧れる野球やサッカーはもちろんのこと、アイスホッケー、スキーやスノーボード、レーシングカートに至るまで、物心ついた頃から、多彩なスポーツ経験を持つ杉原編集長。スポーツ名鑑を暗記していたほどの“スポーツ大好き少年”でしたが、「どのスポーツにおいても、自分はプロになれるレベルではないと分かっていたので、スポーツ選手は皆、僕にとっての“超人”でした。今も昔も、圧倒的なリスペクトを持っています」。

HERO Xを立ち上げた一番の理由について、こう話します。「スポーツがもたらす感動って、純粋にすごいなと思うんです。例えば、昨年、イチロー選手がメジャー史上30人目の3000本安打を達成しましたが、あの金字塔を日本人として誇りに思わない人はきっといない。僕は、そう思うんですね。ゾワゾワするというか、言葉にならない熱いものが、胸に込み上げてくるというか。

パラリンピックをご覧になったことのある方はご存知かと思いますが、“チェアスキー”というパラ競技があります。“雪上のF1”と呼ばれるエクストリーム・スポーツです。近年は、森井大輝選手をはじめ、世界的な注目を浴びるヒーローが日本からも登場し、認知されるようになりましたが、その一方、日本全体として見れば、まだこの競技について知らない人の方が多いのが現状です。チェアスキーなどのスポーツに触れて、“すごい!面白い!”と自身が感じた感動を、他の人にも伝えていきたい。というより、伝えていくべきものじゃないかと思いました。

もしスポーツと“何か”を掛け合わせれば、スポーツという感動を通して、よりインタラクティブなコミュニケーションが可能になるかもしれない。そう考えた時、自分が大事にしてきた“デザイン”と“福祉”をスポーツと融合したら、面白いんじゃないかと。そのためには、メディアが必要だと考えました。昨年の12月ごろから立ち上げの準備を始めて、この度、HERO Xをオープンするに至りました」

スポーツに、「プロダクト」と「福祉」を融合した理由とは?

なぜ、「デザイン=プロダクト」と「福祉」をスポーツに掛け合わせたのか。その理由は、杉原編集長のルーツにあります。15歳の時、自らの意思でイギリスの全寮制高校に進学することを決意。卒業後は、同国ケント州のレイボーンズボーンカレッジに進み、プロダクトデザインを専攻。ところが、在学中の21歳の時、父親にステージ4の膵臓がんが見つかりました。

「学生の分際でしたが、デザインに携わる者として、父親が入院していた病院の色んなものが、目に付きました。病室のデザインもしかり、点滴を打ち続けなくてはならない患者さんにとって、“押す”という仕様しかない点滴台って、実は、体力的に辛いものなんじゃないか、院内の配色は、本当に患者さんにとって明るい気持ちになれるものなのか…など、さまざまな疑問が頭をよぎって。

大学に入学した当初は、工業デザインに傾倒していましたが、父の病気が分かってからは、おのずと視点が変わって、文献でも論文でも、ユニバーサルデザインや医療機器関係のものを読み漁るようになりましたね」

大学の卒業制作では、車いすや点滴台のデザインを発表。デザインするにあたって、1ヶ月間、車いすを借りて、自ら利用する生活を過ごしました。

「車いすに乗ったことがなくても、形としてカッコイイものは作れたかもしれませんが、やってみないと、当事者の気持ちは分からないなと思って。たった1ヶ月でも、“やるか、やらないか”とでは、やはり全然違ってきます。車いす生活は、想像した以上にハードでした。特に坂道なんて、ちょっと気を抜いたら、すぐに転がり落ちてしまいますし。

バスに乗る時やお店に入る時など、イギリスの人たちは皆、とても親切に助けてくださいました。本物の車いすユーザーではないので、心の中では、ごめんなさいと何度も呟きながら、その一方で、彼らにとって、車いすに乗った僕は、“足に不自由を抱えている青年”という部分だけが、クローズアップされることも、身をもって理解しました。

もし、レンタルした車いすが、もっとカッコいいデザインだったとしたら、助けてくださった方たちとの会話も、もっと弾んだかもしれません。“目に見えるもの”を変えていきたい。そう強く思い出したのは、この頃からでした」

父亡き後、RDS社のクリエイティブ・ディレクターに就任

杉原編集長は、HERO Xの運営の主軸を担うRDS社のクリエイティブ・ディレクターとしての顔も持っています。同社は、1984年創業の工業デザイン全般を手掛ける企業。創業者は、杉原編集長の父親です。

「父が亡くなった後の数年間、母親が経営にあたっていたのですが、2008年のリーマン・ショックの煽りをダイレクトに受けて、危機的な状況に陥ってしまったんですね。ロンドンの大学院に進む道もありましたが、家業を立て直すための一助になりたいと思い、その翌年に入社し、僕なりにできることから取り組んでいきました。

幸い、最先端の設備やレース、先行開発などで培った技術があったので、アイディアやデザインさえあれば、少ないコストで製造し、世に送り出すことができるーこれは、弊社の最大の強みではないかと思い、可能なかぎり、行動に移していきました。その後、試行錯誤しながらも、スタッフと手を取り合うことで、経営も徐々に上向きになっていき、おかげさまで、現在は、より強靭な状態を保持することができています」

杉原編集長がプロデュースを手掛けた世界最軽量の「ドライカーボン松葉杖」は、2013年度のグッドデザイン金賞を受賞。さらに近年は、森井大輝選手や夏目堅司選手をはじめ、2018年のピョンチャンパラリンピックでメダル獲得を期待される村岡桃佳選手のチェアスキーシートの開発にあたるほか、トップアスリート向け競技用義足「Xiborg Genesis(サイボーグ ジェネシス)」の開発を行う企業「Xiborg(サイボーグ)」の立ち上げなど、多岐に渡るプロジェクトに精力的に携わっています。

面白いかどうか、カッコイイかどうか
プロダクト開発の根っこにあるのは、ただそれだけ

2020 年に、東京オリンピック・パラリンピックの開催を控えた今、義手や義足をはじめ、車いすなどの福祉機器の進化はめざましく、パラスポーツの世界も、それに比例して大きく変わり始めています。

「アスリートの類まれなるメンタルの強さや優れたパフォーマンスが必要不可欠であることは、言うまでもありませんが、パラリンピックとは、つまるところ、身体と技術の融合だと思うんですね。どちらが欠けても成り立たない。逆に言えば、どちらもがちゃんと機能してこそ、成り立つ世界。となると、技術面において、僕たちが関われる領域って、無限大に広がるんです。

現に今も、来年のピョンチャンに向けて、そして、来たる東京2020に向けて、代表選手の方たちとマシンの開発にあたっています。誤解を恐れずにお伝えしたいのですが、RDS社は、企業の責務(CSR)としてパラリンピックを支援しているわけではありません。それは、僕個人も同じです。アスリートの方たちは、僕個人と会社にとってのパートナーであり、優秀なプレイヤーなのです。身体の極限と最新のテクノロジーの融合を競うパラリンピックという、F1のような最高峰の舞台で、世界と勝負したい。

そして、社会に向けて発信するプロダクトを作る上で、面白いかどうか。カッコイイかどうかーそこにこだわりを持つ者同士の歯車が、カチッとはまり合った。だから、一緒に開発しているという至極シンプルな考えに基づいたプロジェクトのひとつなのです」

HERO Xは、ヒーローたちが集まる場所
ヒーローが生まれる機会をどんどん作っていきたい

「HERO X(ヒーローエックス)は、未だ見ぬヒーローを発掘して光を照らす場であり、新たなヒーローを生み出す場でもある」と杉原編集長は言います。

「HERO Xは、アスリートの挑戦やプロダクト開発の裏側を他にはない切り口で掘り下げていくと共に、未だ見ぬヒーローを発掘して、その魅力を世に広め、ヒーローの連鎖を起こしていきます。ある時は、スポーツ選手かもしれないし、またある時は、プロダクトの開発に携わるメーカー、エンジニアやデザイナーかもしれません。今後、スポーツやサイボーグに特化したイベントの開催なども予定しています。そこでもまた、さまざまなヒーローが生まれてくると思います。今から楽しみでなりません」

「より多くの人と、新たな扉を開けてみたい」と語る杉原編集長と共に、幕を切って落とされたHERO Xの歴史。今後の展開に、乞うご期待ください。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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