医療 MEDICAL

日本から孤独死がなくなる!?MBTは、近未来の医療インフラか

浅羽 晃

自分が住む町は、どのような町であってほしいだろうか。世代やライフスタイルによって求めるものに違いはあっても、最大公約数的には「安心して暮らせる町」ということになるだろう。ところが、高齢化や核家族化が進み、また、地域のコミュニティもかつてほどの結びつきがなくなったいま、安心を手に入れるのは容易ではない。そんな時代にあって、奈良県立医科大学が中心となって進めているMBTは希望の光だ。同大MBT研究所の梅田智広教授にお話をうかがった。

人口医学的知見やノウハウと
最新のIT技術を組み合わせる

MBTリンク構成図(画像提供/梅田智広氏)
対象者のバイタルデータや、小型環境センサーが計測した環境データは、MBTリンクを通してMBT研究所に送られる。MBT研究所はデータを収集・評価し、対象者に的確なアドバイスを提供する。

MBTMedicine-Based Townの略で、奈良県立医科大学MBT研究所では「医学を基礎とするまちづくり」と表現している。大学医学部および病院の医学的知見やノウハウを産業や行政の分野に投入し、少子高齢社会においても、安心して、快適に暮らすことのできる町とすることを目的とした、産学官連携のプロジェクトだ。

「私は以前、東京にいたとき、小型の心拍センサーを用いて、高齢者の身体の状態を遠隔でチェックする研究をしていました。心拍センサーを用いるとなると、ふつうは入院ということになりますが、このやり方ならば、在宅でも本人ならびに家族が安心できるのです。奈良に来てからは、この研究を発展させて、地域でもっと広範な健康管理ができるような社会システムを構築しようと試みています」

医学的知見やノウハウと、IoTをはじめとするIT技術を組み合わせることによって、MBTは可能になる。言い換えるなら、最新のIT技術を使って、医学的にどんなことができるかという発想が、MBTの質を決定する。

「対象者にはバイタルサイン(血圧、体重、体温、心拍数などの測定項目)を計測または測定する端末を身につけてもらい、クラウドにつなげて管理します。私たちが進めているMBTの大きな特徴は地域に特化していることで、具体的には室内外環境情報の活用です。室外情報としては気象情報も活用します。一般的にはあまり注目されることはありませんが、気象が身体に与える影響は、場合によっては無視できないものになります。たとえば、気圧差によって頭痛が起きたり、血圧が上昇したり、膝が痛くなったり、喘息の方だと咳が出たりします。MBTでは、そういったことも加味して、地域の皆さんの体調を管理します」

身体の状態そのものをチェックするのみならず、環境についてもチェックすることで、より的確なサポートができるようになるのだ。気象は室外における環境だが、室内の生活環境についても各種データ(気温、湿度、照度、騒音、気圧、UV)は、小型環境センサーから随時、クラウドに集められる。

「バイタルサインは、部屋が暑いのか寒いのかといった室内の環境によっても大きく変化します。小型の環境センサーで得た室内のデータとバイタルサインを組み合わせることで、より精度の高い評価が可能になります」

入浴時には脱衣時の温度差を主な原因とする脳梗塞や意識障害などの事故が起きやすいことが知られているが、室内環境をチェックすることでこうした事故も防ぐことができるだろう。

MBTウォッチ(画像提供/梅田智広氏)
コミュニケーションツールのMBTウォッチには、さまざまな使い方がある。たとえば、見守りサービスならば、高齢者や作業する人を対象に、熱中症指標への対応や気象情報など地域情報をプッシュにてウォッチの画面に表示。ウォッチを装着することで、携帯を見ることなく、本人にとり有益な個別情報の獲得が可能となる。

ビジネスに乗り出すことで
MBTの質は高まり、進化は加速する

MBTを機能させるためには、コンピューティングの環境を整えることが重要になる。MBT研究所では、MBTのためのゲートウェイ「MBT Link」を自前で開発した。

「我々はゲートウェイやコンテンツなど、ハードもソフトも必要なものは自分たちでつくり、自治体などからの要望があれば、BtoBBtoCも含めて展開できるように、奈良県立医科大学初のベンチャーを設立することになりました(201806月)。理論でMBTを語るのではなく、入口から出口まで、本気で考えている姿を打ち出したいのです」

一般論だが、ビジネスから離れて大学が研究をすると、研究のための研究になるケースもある。ビジネスとしてプロジェクトを動かしたほうが、実用面での質が高まり、また、進化が加速するのは自明だ。

「論文だけ書いて満足してはいけないと思います。MBTを医大が単独で全部やるのは不可能です。そこでいろんな企業様に手伝っていただいていますので、我々の役割としては、論文は出すべきですが、会社にとっての時間と金、すなわち費用対効果も強く意識した取り組みにしてあげるべきだと思っています。企業が積極的に参加したくなる仕組みをつくることが大事です」

具体的な策として、MBT研究所は、市場、技術、製品がそれぞれ今後10年間でどのように変化していくかを予測し、ロードマップをつくった。ロードマップがあると、あくまでも見込みとはいえ、収益の予測を立てやすくなり、企業の窓口となる担当者は、社内での説得や調整がやりやすくなる。また、梅田教授は、仲介者としての大学の役割もあると考えている。

「コラボレーションを加速させたいのです。たとえば、A社とB社の間に入り、2社のコラボレーションを提案することがあります。企業同士だと、お互いに警戒するので、直接連絡することに対するハードルが高い。しかし、学者の立場だと、一度、お会いしてみてはどうですかと、気軽に言えるのです。自分がつなげてきた縁はたくさんあります。成果が出てくると関与する人も会社で動きやすくなるし、みんながよくなるはずです」

今井町風景(写真提供/橿原市)
MBTの実証が行われている奈良県橿原市今井町は伝統的建造物が多く、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。2017年、日本遺産に認定された。

今井町風景(写真提供/橿原市)

距離に伴うタイムラグがないので
過疎地でもMBT Linkによる健康管理は有効

ビジネスとして軌道に乗るということは、現時点では奈良県立医科大学から近い橿原市今井町での実証段階であり、2018年秋にサービス開始を予定しているMBTのサービスが全国各地に普及するということであり、そうなればハードの大量生産によるコストダウンも図れる。MBTのサービスが普及すると、どのような社会になるのだろうか。

「端末で集めた対象者の情報は、必要なときに、必要な人に、LINEで一斉送信されるようになっています。具体的には、バイタルサインに異変が起きたとき、たとえば、家族やホームドクターにリアルタイムで連絡が入るのです。本人が気を失って、SOSが発せないときでも、周囲の人は緊急事態の発生を知ることができます。生命の危機を回避できることもあるでしょうし、社会問題になっている孤独死も大幅に減らせるかもしれません。MBTパーソナルというこれらのサービスは、個々のデータをわかりやすくマップ上で表示することもできるので、子どもが端末を携帯していれば、早期に居場所を検出でき、犯罪から身を守ることにもつながります。時空間情報と健康情報を組み合わせたMBTのサービスによって、みんなが安心できて、安全に暮らせるようになるのです」

MBTは医大病院のような医療拠点がない地域でも機能するのだろうか。

「インターネットを用いるこれらMBTのサービスは、距離に伴う時間のラグがないので、過疎地でもデータによる体調管理は、現在のパッケージモデルと同様のことができます。サービスを地域に落とし込むことが必要ですが、地域の会社や行政に出口をつなぐことで、MBTは機能します」

MBTによるサービスが水道や電気と同じように、普及率の高いインフラになる日が来るのかもしれない。梅田教授自身は、未来にどんなものがあったらいいと考えているのだろうか。

「客観的に体調の変化を把握して、状態を教えてくれるセンサーです。僕は一卵性双生児で、兄とは見た目がそっくりなのに加え、部活も同じ野球部に所属していたように、中学までは生活様式もほぼいっしょでした。大人になると、兄は海外で生活し、僕は日本で研究者の道に進んだわけですが、いまは兄と雰囲気とか太り方とか、かなり違います。子どもの頃は、遺伝子の力は大きいと信じていましたが、実際は、人間は環境によって大きく変わるということを痛感しています。病気にしても同様で、とくに日本の方は、実際は病気ではないのに、本人がそう思い込むことにより、体調が悪くなっている方も少なくないと思われます。そのため、客観的に、地域情報も加味したうえで、体調の変化を判断してくれるセンサーがあれば、思い込みによる誤解などを防げていいですね」

梅田教授が現在、最も注目している対象も、客観性というキーワードでつながる。

「データを解析する人に興味があります。健康についてAIで客観的に解析しようとしている人が、データをどのように捉えるのか、どんなアウトプットが出てくるのか、精度はどの程度高いのか、など興味深いです」


梅田智広(Tomohiro Umeda
1974年、埼玉県生まれ。高校時代に亡くなった恩師との約束を果たすために恩師が勧めていた東京理科大学に進学し、生体材料研究に専念。大学では材料工学、大学院では生物、さらに院生時にはインペリアルカレッジ医学部へ研究留学、研究を深掘りした。人工骨、再生医療研究において、材料の作製から生物学的評価まですべて一人で行えるスキルを身につけ、社会還元を目指し民間企業へ就職。臨床で使われる数々の技術を開発するなど大きな成果を上げるが、事業の売却が決まったことで、東邦大学にて医学博士を、東京理科大学MOTにて技術経営修士を取得。東京大学特任助教として大学での研究に戻る。その後、東京理科大学総合機構客員准教授、奈良女子大学社会連携センター特任准教授等を経て2015年、奈良県立医科大学産学官連携推進センター研究教授、2016年、MBT研究所兼任。高齢社会の中で、誰もが使いたくなるような健康管理システムをつくることを目標としている。

(text: 浅羽 晃)

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医療 MEDICAL

患者が知らない医療広告の世界!あの広告はこんな理由でできていた

HERO X 編集部

「〇〇美容外科~」とひたすら病院名を連呼するCM。テレビやトレインチャンネルなどで見かける動画広告だが、なぜ、この病院はこんな広告にしているの?と、苦笑してしまうものもある。なぜ、病院の広告はどれも似たような仕上がりなのか。そこには患者の知らない事情があった。

平賀源内もビックリな医療広告コンプライアンス

日本初のコピーライターと言われる江戸時代きっての天才、平賀源内。彼が残した広告に、歯磨き粉を売るためのものがあったことをご存じだろうか。浄瑠璃の戯作者でもあった源内らしく、トザイトーザイと、戯作風の口上で始まるこのチラシ。現代のチラシと比べるとかなり長い。そしてその内容は、このままCMに使えそうな仕上がりだ。

平賀源内の書いた広告はまるで物語のようになっている。 『飛花落葉』より

平賀源内の書いた広告はまるで物語のようになっている。 『飛花落葉』より

これは「漱石香」(そうせきこう)という歯磨き粉を宣伝するために作られた文章だが、これがなかなか面白い。もちろん、文章の前には商品の宣伝もしっかりと書かれている。

「はこいり はみがき 漱石香 歯を白くし 口中あしき匂いを去る 二十袋分入 一箱代 七十二文 つめかえ 四十八文」

そして、次の一文が面白い。

「きくかきかぬかの程、私は夢中にて一向存じ申さず候えどもたかが歯を磨くが肝心にてそのほかの効能はきかずとも害にならず」

つまり、“効果があるかは分からないが、歯を磨くことが肝心で、ほかの効能はきかなくても害はないだろうと”と言っているのだ。江戸時代の人も、白い歯に憧れを抱き、口臭を気にしていたということも面白い。源内らしいユーモアあふれるこの広告は、コンプライアンスの厳しい現代でも通用するのか。

平賀源内の肖像画(慶應義塾大学三田所蔵『戯作者考補遺』より)

医療や薬事に関わる広告についてのコンプライアンスは、宣伝物の規制が厳しくなるのには理由がある。人間の健康に直接関わるものだからだ。間違いがあれば、多くの人に健康被害を与える可能性が出るため、誤解を招く広告を出さないというのが基本となった。これは、他の広告でも見られる事項だが、医療や薬事に関しては、他と比べてもかなり細かな広告規制が敷かれている。

例えば、医療広告では、他社と比較する広告を出してはいけない。また、人により効果に違いがある可能性のあるものを、断定的に語ることも禁止されている。
少し例を見てみよう。

「肝臓がんの治療では、日本有数の実績を有する病院です。」
「本グループは全国に展開し、最高の医療を広く国民に提供しております。」

上の二つの例では、「日本有数の実績」や、「最高の医療」という表現が比較広告と見なされてしまうため広告としてはアウト。また、いくつもの病院で臨床を経験してきたドクターの場合、現在勤める病院のホームページ上で全ての病院で行なってきた手術件数を合算して掲載することも認められていない。最近は「即日治療完了インプラント」などを謳う広告も見かけるが、実はこれもアウト。インプラント治療自体はインプラント後のケアも必要になるため、1日で全ての治療が終わるわけではないからだ。

このようにかなり細かく規定されている法律だが、平賀源内の広告はどうなのだろうか。まずこの広告は歯磨き粉の広告なので、関係する法律は薬機法になってくる。調べてみると、歯磨き粉はなんと、化粧品又は医薬部外品に分類される。化粧品の範囲は広範で、マニキュアや化粧水など、一般的に化粧品の文字から連想する商品はもちろん、シャンプーやリンス、石けんの類いも化粧品となっている。源内の広告でコンプラ的に怪しいのは

「歯を白くし 口中あしき匂いを去る」

の部分。薬機法の中で、化粧品は効能効果を謳える範囲が決まっており、その数56項目。その中に、この「歯を白くする」が含まれているため、使用はできそう。しかし、これには但し書きがあり、使用の際にブラッシングを行なうことが伴わなければならないという規定がある。源内の場合は後半で「歯を磨くが肝心」と明確に記載しているため、この条件もクリアする。一方で、後半の「口中あしき匂いを去る」はやや怪しい。口の臭いについて効能効果の表示が認められているのは歯磨き類だけだ。漱石香は歯磨き粉なのでセーフそうに見えるのだが、問題は表現の仕方だ。

認められているのは「口臭を防ぐ」という表現まで。つまり、「去る」というのは、口臭を取る、治すという意味合いが含まれるため、今のコンプライアンスでは引っかかる可能性がある。

病院名を連呼するCMが多いワケ

多くの縛りがある医療法や薬機法。実はここに、医療系広告が似通ったものになりがちになる理由がある。例えば、病院名を連呼するCMは、多くの医療法人が採用している。最近よく見かけるのは、派手な衣装に身を包み熱唱する大御所歌手の隣で、人気お笑いトリオの女性がタンバリンを叩いて踊るもの。一見、なんのCMか分からないのだが、歌う歌詞にはクリニックの名前が出てくる。軽快なリズムに乗って耳に入ったその単語はなかなか頭から離れない。言うまでもなくこのCMはクリニックを宣伝するためにつくられたものだ。コンプライアンスを考慮すると、なかなかいい線をいっている。なぜなら、このCMは、これ自体でクリニックの宣伝を完結させようというものではなく、名前を印象づけて、利用者に検索させるための導線として役割を果たしているからだ。

医療広告を取り締まる時に基準となるのが医療法。医療法に詳しい池田・染谷法律事務所の染谷隆明弁護士によると、医療法人が広告に出せる情報は、原則として、「病院の診療科名など、基本情報」程度だという。病院名を連呼する動画CMの病院は、こうした規制を意識し、病院名のみを繰り返し説明しているのだろう。

一 医師又は歯科医師である旨
二 診療科名
三 当該病院又は診療所の名称、電話番号および所在の場所を表示する事項並びに当該病院又は診療所の管理者の氏名

四 診療日もしくは診療時間又は予約による診療の実施の有無

五 法令の規定に基づき一定の医療を担うものとして指定を受けた病院もしくは診療所又は医師もしくは歯科医師である場合には、その旨

(以上は医療法より抜粋)

しかし、ややこしいことに、一部この規定から除外されるケースがある。それは、患者本人が望んで情報を求めた場合は、この限りでないというものだ。

医療に関する情報は、人々の健康を守るために必要な情報であるため、国民の健康維持を考える時、人々が必要だと思った時に手に入る状態にしておくことも大事になる。患者が自ら任意に医療情報を調べる場合には、医療機関は万人の役に立つ情報を自分の知見を生かして発信するのは認められているというわけだ。つまり、医療機関はホームページ上に専門領域に対する基礎知識として掲載することはできる。また、ドクター本人がブログとして発信することも認められているのだ。

だが、YouTube動画となると少し危ない。YouTubeの場合、視聴した動画に合わせて、お勧め動画が自動的に再生されてしまうことがある。ここに、ドクターが病気や治療法の解説をするものが入ってくると、利用者(患者)本人が望んで目にした情報ではなくなる可能性があるからだ。

医療法の番人を務めるのは各自治体の保健所。自分たちで動画を制作し、アップしたYouTube動画は広告ではないため、今のところ規制の対象になっていない。しかし、これだけ医療系YouTube動画が出回りはじめた以上、今後は規制の対象になる可能性がないとは言えない。新しいものができれば法律も新しく作られる。自由に書けた源内の時代と違い、法と広告のいたちごっこはしばらく続きそうだ。

参考
厚生労働省「医療広告規制におけるウェブサイトの事例解説書」
「医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針」

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(協力:池田・染谷法律事務所 染谷隆明弁護士)

(text: HERO X 編集部)

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