コラム COLUMN

“色気のある車いす” これって贅沢ですか?

杉原行里

世界のCare Design Classificationsランキングが発表になった。1位を受賞したのはJulien Codet氏。車いすのデザインが評価されてのランクインとなったのだ。2位には、光栄なことに、私の名前が書かれている。ケアデザイン部門には、様々なプロダクトがある中で、車いすが1位、2位を獲ったことを興味深く感じる。

Julienが所属するのは、アメリカにあるインバケア社。車いすメーカーとして、世界的に有名な会社だ。そんなインバケアに籍を置く彼が作り上げたのは、肥満の人向けの車いすだった。2019年、アメリカのハーバード公衆衛生大学院の研究チームは、このままいけば、10年後には国民の50%が「肥満」と判定されると警告を出している。肥満はただ太っているというだけではなく、糖尿病など、様々な疾病に繋がるリスクがあるため、肥満の解消について、アメリカでは各分野の専門家による研究も進められている。そんな中、開発されたのが、この車いすだった。

体重が増えすぎた体は、自重に耐えられず、歩くことすらできなくなることもある。しかし、動かないことが悪循環になるということは、誰でも想像がつくことだろう。Julienが考えたのは、外出が難しくなってしまった肥満の人が車いすに乗ることで、外出の機会を増やそうというものだった。自宅のベッドで寝たきりの生活を送るよりも、リハビリのために外へと出る。肥満解消の第一歩を、そこからはじめてもらおうという気持ちだったのだろう。説明には「太り過ぎた人たちの自信と自尊心を取り戻す」と書かれていた。

対肥満患者を対象としたこの車いすは、耐荷重なんと300キログラム。これだけの重さに耐えられる車いすにするためには、相当の努力がいる。耐荷重を重くするためには普通、支えるものの重量も重くせざるをえない。ところが、このインバケアの車いすは、300キログラムの耐荷重を実現しつつも、車体を軽くする工夫が凝らされているのだ。加えて、折りたたみ方にも特徴がある。従来、横折りになるものがほとんどのところ、まるでパイプ椅子のように、縦方向に折りたたむことができるのだ。

 

利用者の心を動かす優れたデザイン性と利便性、そして、対象とするユーザーを絞り込んでいるという点が、実に面白い。私が手がけている車いすも、対象とするユーザーを絞っている。車いすユーザーと一括りにされがちだが、ユーザーの状況は千差万別だからだ。今、私の率いる会社RDSがターゲットとして考えるのは、アクティブなユーザーだ。
仕事も遊びも健常者と変わらずに行える人々。僕の考えでは、車いすは、洋服と変わらない、外出する時には必ず身につけるものなのだが、これまでファッション性を追求したものはあまり見当たらなかった。

車いすユーザーがそれほど多くないということも、デザイン性の高い車いすが発展しなかった要因だろうが、これからの日本は違う。超高齢化社会を迎えている日本では、車いすユーザーは増えると予測されている。今は健常である自分も、いつなん時、車いすのお世話になるか分からない。自分事化して考える時、はたして、既存の車いすで自分は満足するだろうか。私の答えはNO。だからこそ、ファッション・デザイン性の高い車いすを目指して開発をしている。

日本の保険は素晴らしくて、私たちはいつでも医療を受けられるという恩恵を受けている。だが、平等という名のもとに、押し殺している心もある。車いすの購入には補助金が出る制度などがあるため、なんとかその範囲内で収めたいという人もいるだろう。しかし、考えてみてほしい。もしも、車だったらどうだろうか。車を選ぶ時、「動けばなんでもいい」と考える人は少ないだろう。同じデザインの車しか走っていない、そんな街をあなたは想像できるだろうか。かっこいいスポーツカーもあれば、小回り重視のコンパクトカーもある。デザイン、性能などいろいろ吟味して、自分が乗りたいと思う車を人は手に入れるはずだ。たとえ、レンタカーだとしても、どんな車に乗りたいかで選ぶのではなかろうか。足にハンディを負った人にとって、車いすとはモビリティである。日常に欠かせない乗り物であり、自分を自由に移動させてくれる相棒のような存在だ。そこで、考えてみよう。「カッコイイ車いすに乗りたい」 そんな色気を出すことは、果たして贅沢なのか。
そしていつの日か、誰もが乗りたいと思うモビリティー化する未来が待ち遠しい。
「ここまでだ」と諦めずにすむ世の中を、読者と共に作っていきたい。

(トップ画像引用元:https://competition.adesignaward.com/gooddesign.php?ID=76707

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(text: 杉原行里)

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コロナショックを乗り越えろ!パラアスリート挑戦者・応援者たちの一年間【車いすランナー・伊藤智也】

伊藤智也

歴史に残るウイルスとの戦いが勃発した2020年、第3波も懸念されるなか、コロナと共存しながら生きなければならないのは自明のことになっている。私たちはいかにして日常の営みを続けるのか? HERO Xでは、この〝新しい日常〟に向けて力強く動き始めた人々のコラムをリレー形式で掲載する。

シリーズ「New Normal」、今回は東京2020での金メダル獲得を目指し注目される車いすランナー・伊藤智也氏。彼のレースはすでにはじまっていた。

4年前、「あんたを勝たせる」そんな一言から始まった私のパラリンピックへのチャレンジ。その男とマシン制作を一手に引き受けてくれたRDSチームスタッフは、まさに世界一のレーサーを作り上げ、私に託した。

生活面では、当時55歳の私を信じ、世界有数の企業バイエルが社員として迎えてくれた。最高のゴールシーンを迎える準備は整った。全力で駆け抜けた4年間、心身ともに充実し、残すはスタートラインの向こう側を楽しむだけ。

毎日の報道でもしやと思っていたが、2020年3月「新型コロナウイルスによるパンデミックにつきオリンピック、パラリンピック1年延期」とテレビから聞こえてきたニュースには、とてつもない衝撃に襲われた。すでに私は56歳、この延期で体力の減退、怪我、持病の悪化、数え上げればキリがないほどの恐怖に苛まれた。

妻は、平静を装い気づかいながら寄り添ってくれている。中止ではなく延期という前代未聞のラッキーな判断に、心から喜べない自分に腹が立った。緊急事態宣言で競技場が使えないこともあり、しばらく家で心の整理をしていた。多くの電話、出会う人々の声、メール、どれもが透きとおるくらいに穢れのない励ましの言葉をかけてくれていた。そんな安らぎの中で、いつしか被害者感情で生きていた自分に気づかされた。
恥ずかしかった。惨めだった。久しぶりに雲の間から強烈な日が差した気分だった。
延期となり、内向きになった私の心は自分の幸せばかりを考えていたようだ。

いま一度原点に返り、積み上げてきた一つひとつを見つめた。

答えはひとつ『感謝』のみ! 完全に吹っ切れた気がした。

彼ら、私に関わってくれたすべての人々のガッツポーズが見たい、喜びに流れる涙が見たい、その歓喜を共に味わいたい、今、私の心は決まっている。もうひとつのパラリンピック、間違いなくそれは、応援する側の純粋に熱い勝負だ。自分ではなく人に託す強さこそ、真の勇気ではないだろうか。
1年後の彼らの姿を託された私に、もはや迷いはない! 不安要素を気にしていては戦えない。これから1年、全開で行く! 応援してくれる皆と同じ景色を共有し、同じ喜びを味わうために。

彼らの1年がワクワクする時間になるように「今」と戦います。
私の結果が、皆の幸せの一助となったなら、最高に幸せです。

伊藤智也(いとう・ともや)
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。若干19歳で、人材派遣会社を設立。従業員200名を抱える経営者として活躍していたが、1998年に多発性硬化症を発症。翌年より、車いす陸上競技をはじめ、2005年プロの車いすランナーに転向。北京パラリンピックで金メダル、ロンドンパラリンピックで銀メダルを獲得し、車いす陸上選手として、不動の地位を確立。ロンドンパラリンピックで引退を表明するも、2017年8月、スポーツメディア「HERO X」上で、東京2020で復帰することを初めて発表した。

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(text: 伊藤智也)

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