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BMX界を牽引するカリスマ田中光太郎が語るキメラゲームス

川瀬拓郎|Takuro Kawase

国内外の大会で優勝をかっさらい、日本のBMXシーンを牽引し続けてきた田中光太郎。2020でBMX競技がエントリーされ、かつてない注目が集まる今、自身のキャリアを含めたBMXの今までとこれからを語っていただいた。

見よう見まねで始めたアマチュア時代

小学生時代にぽっちゃりしていた田中少年が打ち込んでいたのは柔道だった。区大会に出場するまでの腕前になっていたが、高校一年生の頃、たまたま買いに行った自転車店で出会ったBMXが、この道に進むきっかけとなった。

「BMX競技のことも知らず、単純にかっこいい自転車だなぁと思って買っただけなんです。僕のホームタウンが板橋なんですが、池袋にBMXを乗りこなす人がいると聞きつけて、その人に会いに行きました。それから、ビデオを借りたりして、次第にハマって行きました。ある日『駒沢公園にBMXをやっているやつらがいっぱいいるよ』と言われて、行ってみたんです。BMXをやっている先輩たちを、少し離れた木の陰から見ていたら、『大会があるから見においでよ』とフライヤーを手渡されたんです。その半年後の大会に出場して、アマチュア部門で優勝することができました。頭の中でいろんな技を空想しながら、独学でBMXをやっていたことが、結果的にオリジナリティの高い技を生み出すことができたのかなと」

BMXのプロとして生計を立てるために

気がついたら池袋で1番のBMX乗りになっていたという田中氏。次第に後輩が増え、地元のコミュニティもできあがっていったそうだ。

「高校を卒業して、他の人と同じように自分も一度就職しました。社員として仕事をしながらBMXを続けていましたが、BMXを職業にできないかなと考え始めました。その時点で既に物品スポンサーがいたのですが、やっぱりお金をもらえなきゃ生活できないので、まずは実績を作らなきゃと。東京で1番、日本で1番、世界で1番になれることを目指しました。会社を辞めた後は、日本国内のほとんどの大会で優勝を獲りました。それから、フロリダとロサンゼルスの世界大会に出場して、アマチュアクラスで優勝することができました」

国内外での実績を確固たるものにすると、海外遠征の渡航費を出資してくれるスポンサーも獲得。同時に、雑誌などのメディアに出る機会を増やしながら、BMXの大会を運営することへ踏み出す。

ライダーやファンを広げるためには、やっぱり国内に目標となる大会が存在することが大事なんです。今から20年前にKING OF GROUNDという大会を同じ気持ちの仲間たちと作りました自分たちで大会を運営して、自分たちで優勝するっていう自作自演なんですが…(笑)。大会を続けることで、ライダーが増え、スポンサーが増え、取材メディアも増えて行ったんですね」

プロとしての厳しさと欧米との違い

プロライダーとしてはもちろん、大会の運営に携わり、自身のアパレルブランドも手がけながら、BMXの裾野を徐々に広げていった田中氏。とは言え、BMXのプロとして活動するのは一筋縄ではいかないのが現実だ。

選手の強化を考え、KING OF GROUNDではランキングの上位20人だけしかプロとして認められないのです。毎年下から上がってきた選手が増えるので、20位以下は振り落とされてしまう。一度プロになったら、ずっとプロでいられる訳ではなく、プロに上がってからがスタートラインなんです。その成果あってか、日本のフラットランドシーンは急成長を遂げ、世界で戦えるプロライダーが数多く登場しました。しかしながら優勝することで得られる見返りは欧米とは大きく違います。アメリカのX-GAMEとフランスのFISEという二大大会があるのですが、そこで活躍する上位選手は相当な報酬を得ることができるのですが、日本ではまだまだですね」

BMX競技を大別すると、ストリート、バーチカル、ダート、フラットランドの4つがあり、田中氏が得意とするのはフラットランドだ。世界的には圧倒的にストリートが人気だが、数々の日本人が世界チャンピオンに輝いているのはフラットランドだという。

「欧米との環境の差と体格差があると思いますが、技のきれいさやていねいさが求められるという点で、フラットランドが1番日本人に合っている競技だと思っています。実際、世界ランキングの上位を日本人が占めています。この競技を広めるために、大会でも力を入れました。4メートル四方でできる技を考えて、クラブでパフォーマンスすることもありました」


裾野を広げるために続けてきたこと

こうした活動の積み重ねで、着実に選手としての知名度とBMXの認知を高めていくが、普段の練習場所を確保することが第一歩だったという。

「公園の管理人さんや周辺住民に理解してもらうこと。挨拶はもちろん、常にコミュニケーションを取り、帰るときには来たときよりもキレイに片付けることを徹底しました。見た目は不良っぽいんだけど、クリーンな競技であり、スポーツであることを相手に分からせるんです。そうして、彼らも暴走族がたむろするより、BMX乗りの方がずっといいと思ってくれるようになりました。やっぱり若い子は、トンがった部分に憧れてBMXに入ってくることが多いんです。ビール瓶を投げたり、公園を散らかしたり、警察に追い回されたり…。そんなことがかっこいいんじゃない。本当にかっこいいことは、どれだけBMXを愛しているのかだと思うから。外部の人から言われると反発するだろうけれど、僕だから言えることがあるし、僕なら聞いてくれるという自信もありました」

長年に渡ってチャンピオンとして君臨し、シーンを牽引してきた田中氏の言葉を理解して実践する後輩も増えていった。オリンピックの正式種目にもなり、ますます競技人口は増えるだろう。一方で、エクストリームスポーツ特有のアンダーグラウンド感やアウトサイダーであることにこだわるライダーも根強い。こうしたジレンマをどのように克服していったのだろう。

「もちろん説教臭くならないように話します。でも、僕と同じような立場にいる人でさえ、不良っぽいことをするのがカッコイイと思っている人がいるのは事実です。だから、“あいつは健全思考だから”とか、“あいつはイイ子ちゃん系だ”とか、“あいつは変わっちまった”とか、あれこれ言われることもあるんですよ(苦笑)。それに、オリンピック競技になったことで、BMXシーンがつまらなくなると言う人もいっぱいいる。でも僕に言わせれば、4つあるBMXの競技に新しいチャンネルがひとつ増えると考えればいい。だから、僕は歓迎しています。アンダーグラウンドなシーンも、今まで通り続いていけばいいと思う」

キメラゲームスがきっかけになれば

2020で正式種目にエントリーされたことをきっかけに、環境も次第に改善されつつあるが、メジャースポーツに比べれば競技人口や大会規模もまだ発展途上。BMXに興味を持ってもらうための第一歩についてこう語る。

「キメラゲームスというイベントの運営委員として参加しています。もともとプロのラガーマンだった文平代表が中心となって立ち上げたイベントです。海外でプロラガーマンとして戦っていたのですが、日本国内でのラグビーの認知は決して高くはなかった。その気持ちを現在のストリートカルチャーにも感じ、国内での認知や、その競技で食べていける環境を作るきっかけになればと言う気持ちからスタートしました

エクストリームスポーツ、ストリートカルチャー、ミュージックの祭典である、キメラゲームス。入場者数を増やし続けるこのイベントの見所とは?

「まずいろんなジャンルのスポーツを一気に見ることができて、しかもその場で体験できることが最大の魅力ですね。音楽が目当てで来場したお客さんに、BMXを体験してもらって、楽しさに気付いてもらうこともできる。ただし、一発勝負なので、楽しさを伝える作業、教える人が大事になりますね。今のお父さんお母さん世代はBMXに対する認知と理解がある。だからこそ、子供たちにBMXに触れてもらう機会を広げて、底辺を広げる作業はずっと続けていくつもりです。興味を持ってもらった人を、がっちり取り込む作業は大事ですから。BMXスクールで子供たちに教える活動もそのひとつです。今後、キメラをきっかけに成長した選手が出てくれば最高ですね」

カリスマからBMX界の指導的立場へ

選手としてのピークは過ぎたと謙遜する田中氏。今や公式大会のジャッジとしても世界を飛び回り、後進を指導する重要な立場にある。

「プロスポーツの一線から退いた僕らの世代が、積み上げてきたカルチャーを下の世代に伝えること。シーンを長く見続けてきた人がやるべきことはまだまだある。2020は一つの大きな節目となることが間違いないですし、2020以降に成長するスポーツ、逆に衰退するスポーツが出てくるでしょう。でも、ブレずに今までやってきたことを続けていきたいです。内輪だけで盛り上がるのではなく、今後はBMX、スケートボード、インラインスケートなど、それぞれ違う競技や異なるシーンの人も巻き込んでいくことが重要になっていくはず。HERO Xとコラボして、車椅子でできるトリックを発明できたら面白いでしょうね」

プロBMXライダー
田中光太郎(Kotaro Tanaka)
1977年生まれ、東京都出身。国内外での大会で数々の優勝を獲得し、独自のスタイルで観客を魅了するBMXライダー。プロ選手として活動と並行しながら、アパレルブランド”fourthirty”、BMXブランド”MOTELWORKS”をプロデュース。BMXの魅力の広める伝道者であり、国内外を飛び回っている。
http://www.t430.com/

(text: 川瀬拓郎|Takuro Kawase)

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F1 2020年シーズンがいよいよ開幕!スクーデリア・アルファタウリ・ホンダと編集長が代表を務めるRDSがメッセージ

HERO X 編集部

2020年 FIA※フォーミュラ・ワン世界選手権(以下、F1)が7月3日に開幕します。F1チームスクーデリア・アルファタウリ・ホンダと、パートナーシップを結ぶ株式会社RDS(東京都渋谷区 代表:杉原行里 /スギハラアンリ 以下、RDS)は、F1 2020年シーズンの開幕を前に両代表のメッセージを発表。新しいチャレンジのスタートと共に、最速の世界で生まれる先端技術を日常のモビリティへ落とし込み、誰もがボーダレスに移動できる社会に取り組んでいきます。 ※Fédération Internationale de l’Automobile(国際自動車連盟)の略称

最速の技術の先には
私たちの日常がある

〜目指すのは新しいモビリティの可能性を世界に発信すること〜

RDSは、「今日の理想を、未来の普通に。」をコンセプトに、新しいモノ作りのカタチを世界に発信する研究開発型の企業です。これまでモータースポーツ、医療・福祉、最先端ロボットの開発など、多数の製品開発に携わってきました。また、冬季ソチ、平昌では、パラアスリートとギアを共同開発し、金メダルを含む計7個のメダル獲得に貢献。2017年からは、58歳で東京大会のメダル獲得を目指す車いす陸上の伊藤智也選手をテストドライバーに迎え、パーソナルデータをもとにした車いすレーサーの開発に着手しました。そこで生まれた車いすレーサー『RDS WF01TR』、シーティングポジションの最適解を導き出す『RDS SS01』、身体データによりパーソナライズされた車いす『RDS WF01』は、イタリアの国際デザインコンペティション「A’ Design Award & Competition 2020※」で優秀賞を獲得。伊藤選手も実戦で世界トップレベルのタイムを記録など、デザイン性とパフォーマンスを追求するプロダクト開発に取り組んでいます。
※A’ Design Award & Competition (http://www.competition.adesignaward.com/

なぜ、スクーデリア・アルファタウリ・ホンダとRDSはパートナーシップを結ぶのか。F1は、モータースポーツの最高峰であるとともに、自動車業界における最先端研究開発の場でもあります。そこで生み出された技術は、乗用車や街づくりのインフラなど様々な形で私たちの日常に落とし込まれています。RDSは、長年モータースポーツで培ってきた開発力をパラスポーツへと転換し、メダル獲得という新たなチャレンジに取り組んでいますが、モータースポーツもパラスポーツも、人の能力を最大限発揮するために、人の感覚や身体データを可視化し、マシンを調整していくことがパフォーマンスと密接に関係しています。そして、そこで蓄積された技術は、新しい日常をつくるモビリティーに活かすことができます。
昨年よりパートナーシップを結ぶ両社は、意見交換や情報発信など、より協力体制を強化することで、モビリティの可能性を世界に発信し、これからの時代の“移動”について取り組んできます。

スクーデリア・アルファタウリ・ホンダ
F1チーム代表 フランツ・トスト コメント

ハイブリッドターボ時代に最高の結果を手にしたスクーデリア・アルファタウリ・ホンダより、RDSとの契約延長を温かく歓迎いたします。チームとRDSの双方は、常に卓越したデザイン、そしてパフォーマンスという哲学を共有しており、このパートナーシップの成功は、私達とRDSの杉原行里代表が手を取り合い築き上げてきた信頼があってこそ。お互いにとってとても意義のあるパートナーシップなのです。

株式会社RDS 代表取締役社長
杉原行里 (スギハラ アンリ)コメント

スクーデリア・アルファタウリ・ホンダとのパートナーシップで、エキサイティングな舞台に参加できることを嬉しく思います。最速の世界で技術を追求するF1のマシンは、モータースポーツファンだけでなく、誰もが“いつか乗ってみたい”と思う憧れです。これはRDSが目指す未来に深く通ずるものがあります。A’ Design Award & Competition 2020で最優秀賞を獲得した『RDS WF01』は、障害をもった方だけでなく、誰もが“いつか乗ってみたい”と思う車いすを目指して開発しました。私たちのフィロソフィーでもある“かっこいい”モビリティは、様々な壁を超える、そしてモビリティの概念を変えることが出来ます。この先も、“誰もが乗ってみたい”と思うようなプロダクトを世に送り出し、スクーデリア・アルファタウリ・ホンダとともに、世界にモビリティーの進化を発信していきたいと思っています。

F1マシンと車いすレーサーが共演
RDSの目指す世界を表現した「RDS展」

株式会社RDSについて

会社名:株式会社RDS
URL : http://www.rds-design.jp/
設立 :1984年 3月
代表者:代表取締役社長 杉原行里
所在地:埼玉スタジオ 〒369-1211 埼玉県大里郡寄居町赤浜
東京デザインオフィス 〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷3-8-6
Fecebook:https://www.facebook.com/DESIGN.RDS

イタリアの国際デザインコンペティション
「A’ Design Award & Competition 2020」で受賞

スクーデリア・アルファタウリ・ホンダの本拠地でもあるイタリアで開催される世界最高峰の国際デザインコンペティション「A’ Design Award & Competition 2020」。RDSのデザイン力を国際的な評価を測るために初出展しました。結果「RDS WF01」「RDS WF01TR」「RDS SS01」のエントリー全プロダクトが入賞。「RDS WF01」はカテゴリー最優秀賞となるプラチナを獲得しました。

RDS WF01
ランク:プラチナ / PLATIUM Award

WF01は、高性能で高度にカスタマイズ可能な車いすです。スーパーカーのように“いつか乗ってみたい”と思う憧れの存在を目指し、従来の車いすとは大きくスタイリングが異なります。た、車いすという概念を超えて、新しいカテゴリーのモビリティを構築することを目的としています。ハンディキャップのある人だけでなく、誰もが乗りたいモビリティを車いすが実現することで、市場を拡大し、ボーダーレスな世界を提供できるとデザインチームは考えています。
https://rds-pr.com/wf01/

RDS WF01TR
ランク:ゴールド / GOLD Award

WF01TRは、アスリート自身の能力を最大限に引き出し、競技パフォーマンスを向上させるために設計および開発された車いすレーサー。短い距離のレースにフォーカスを当てたデザインは、超軽量、高剛性、高加速であり、コーナリング時のボディホールドと安定性を向上させます。座面や背もたれの位置は、シーティングポジションの最適解を導き出すシミュレーターSS01によって導き出され、製造は、マシンの動きや走行中のフォーム、力の分散バランスなど「感覚を数値化」した力学データをもとにオーダメイドで開発されます。
https://rds-pr.com/wf01tr/

 RDS SS01
ランク:ブロンズ / BRONZE Award

SS01は、人の(特に車いすを使用する最適なシーティングポジションを導き出すために設計および開発された測定システムです。2017年からスタートしたパラ陸上のレース用車いすの開発をきっかけに座面の位置が人の能力に大きな影響を与えるということを理解出来ました。これまで感覚でコミュニケーションされていた要素を数値化することで、パフォーマンスが劇的に向上。その後、ロボット工学のスペシャリスト千葉工業大学・未来ロボット技術研究センター「fuRo」の協力をへて、アスリートだけでなく、多くの方にご利用頂けるシステムを設計しました。
https://rds-pr.com/ss01/

(text: HERO X 編集部)

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