コラム COLUMN

杉原行里のボーダレスビジョン vol.1「2019年、HERO Xのテーマ」

杉原 行里

編集長の杉原行里です。皆様あけましておめでとうございます。本年もHERO Xをよろしくお願い申し上げます。

さて、東京オリパラまであと1年となりました。どれだけの方々がパラリンピックを身近に感じているでしょうか。あくまでも肌感ですが、露出度は増え、以前よりも理解度は高まっているものの、まだまだパラとの距離感はある気がします。なぜだろう? それはきっと、みんながまだ『自分事化』できていないから生れる距離感なのではと思っています。

人は『自分事化』しなければ、遠くのできごとを真剣に考えることが難しい。正直なところ、私自身、そうでした。私がハンディキャップのある人のことを考えはじめたのは、一人の松葉杖ユーザーとの出会いからでした。“自分が本当に使いやすいと思える松葉杖が欲しい”という彼との出会いが、私を福祉プロダクトの世界に結びつけてくれました。

そこから私には新しい世界が始まりました。ハンディとはいったい何なのか。ボーダレスとはいったい何なのか。杖や車いす、健康な今の自分には馴染みのないプロダクトですが、ふと世の中に目を向ければ、それらを必要とする人たちが沢山います。

実際、私の祖母も車いす無くして外出ができない身体となりました。お洒落をして、外出することが大好きだった祖母は、自分の体に合っていない車いすに乗っています。とっても味気ない車いすに。写り映えのしない景色とともに。

皆さんのご家族はどうでしょうか。高齢化は誰にでもやってきます。加齢により、足腰の衰えから杖や車いすを必要とすることもあるでしょう。また、ケガや事故で松葉杖や車いすにお世話になることもありえます。そう考えるとハンディキャップは、誰にでも起こりえることなのです。決して他人事ではありません。

日本はこれから世界に先駆けて、超高齢化社会を迎えます。歩行困難を解消する知恵と道具の開発が、今後は加速していくはずです。パラリンピックは、スポーツの祭典というだけでなく、福祉ギアの祭典とも言えるかもしれません。東京パラリンピックがF1の様な位置付けになればいいなとワクワクしています。

選手が操る車いすが、すごくカッコいいものだったら、誰しもモビリティーとして「乗りたい!」という気持ちが芽生えるのではないでしょうか。そして、そのカッコいい乗り物に乗っている選手を身近に感じれば、障がいへの理解も身近になるはずです。

「HERO X」はいよいよ創刊2年目に突入します。この媒体をプロダクトとスポーツ、テクノロジー、メディカルの点をつなげ、人と人とを結びつけるプラットフォームにしていきたいと思っています。

今年のテーマは『自分事化』。

隠そう隠そうとする福祉から、健常、非健常の壁をとっぱらい、ワクワクが一杯の、見せよう見せようとする多様性コミュニティーをつくることで、ちょっと先の未来を読者とともに体感していけたらと思っています。そのために、新たな仕掛けをいくつもやっていく年にします。

私ごとですが、今年祖母に、お洒落で誰もが振り向く車いす、いやモビリティーを作ってプレゼントしたいなと思っています。私なりの自分事化はここにもありました。

(text: 杉原 行里)

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もう一度日本が世界から注目される日は来るのか?医療テックがもたらすもの

杉原行里

まもなく迎える2025問題。人口に占める高齢者率が30%となると言われる日本。医療テックの役割について考える。

膨れ上がる国民医療費20年で約2倍に

厚生労働省が公表したデータによると、国民医療費は44兆3895億円(令和元年度)。人口一人当たりで計算すると、年間で35万1800円ものお金が医療費として使われているという。厚生労働省が公表している下のグラフを見てみると、平成2年~22年度の20年間で国民医療費は約倍にまで膨れ上がっていることが分かる。日本では、2025年には人口に占める65歳以上の割合が30%になると言われているが、高齢者の増加はすでに徐々に始まっている。国民医療費はここ数年、右肩上がりに伸びている。限られた財政を有効に活用するためにも、健康寿命をいかに延ばすかということは、国としての喫緊の課題となっていることは間違いない。今後は、生活者である私たちが、「病院は、病気になったら行くところ」という認識から、「健康であるために行くところ」という考えへと改める必要もある。

アメリカで定着したゲノム解析による予防

健康寿命を延ばす要として考えられる予防医療。病気を早期に発見すれば、大がかりな治療となる手前で命を守ることができる上、かかる医療費も少なく済む。しかし、これには、定期的な検診が必要で、働き盛りの人にとっては時間を取るのが難しいという現実もある。必要だと分かっていても、時間が取れない……。このジレンマの解決策になるような医療テックの開発が進んでいる。検診で計るのは身体的データだ。数値の善し悪しで気をつけるべきことが見えてくる。身近な例でいけば、スマートウォッチだ。呼吸や心拍数といった身体データを日常生活の中で気軽に取ることができるようになり、予防医療に貢献している。

日本ではそれほど取り入れている人は多くはないが、アメリカでは、ゲノム解析による予防医療も盛んだ。多様な人種の人々が生活するアメリカで、自分のルーツを知ることが一時ブームとなったが、これもゲノム解析によるものだった。ゲノム解析はどのような病気にかかりやすいかをゲノムを使って予測することが可能だが、ブレークしたきっかけは、自身のルーツが分かるというエンターテインメント性だった。そのブームのおかげでデータが集まり、解析技術の向上に繋がっている。もう一つ、アメリカでこれだけゲノム解析が一般化した要因として、医療を巡る制度の違いがある。

アメリカの医療制度は日本とはかなり違う。日本では、国民は全員が必ず医療保険に入らなくてはいけないが、アメリカでは、保険加入が個人に委ねられているのだ。会社のベネフィットとして加入している人もいるが、加入している保険により、かかれる病院が限られていたりと、日本の医療保険とはかなり違う。保険に入っていたとしても、医療費が高額になるケースも多く、おまけに、調子が悪くても、飛び込みで病院に行けるシステムにもなっていない。だからこそ、予防医療に力を入れる人が多いのだ。予防医療の一貫として、自分の身体の傾向をゲノム解析によって知っておこうという流れも一般的となりつつある。

病気だけではない予防医療

予防医療と聞いて一般に思い浮かべるのは病気のリスクをいかに回避するかということだろう。日本人が一生のうちにがんと診断される割合は2人に1人と言われているが、5年生存率は上昇しており、今やがんは治る病気という認識も定着してきた。しかし、これも早期発見でなければ生存率は下がってしまう。特に年齢が若い場合、浸食の勢いも増すため、早期発見というのが鍵になる。定期的に検査を受けている人は、がんの初期段階で見つけられる可能性が高まるため、若い人ほど受けるべき検診とも言えるだろう。

また、予防医療はどこまでを“予防”と呼ぶかという視点もある。例えば、骨折などはどうだろうか。若いうちはピンとこない骨折リスクも高齢になるとその可能性は格段に上がる。厚生労働省「人口動態調査」や、東京消防庁「救急搬送データ」を元に出した消費者庁の分析では、高齢者の転倒、転落事故による死亡者数は、人口10万人当たりでは年齢が上がるにつれて増加、75歳以上になると5歳上がるごとにその数は倍増することが分かった。

また、高齢者の介護が必要となった主な原因の12.5%が、骨折や転倒がきっかけとなっている。骨折で入院が長引けば、寝たきりになるリスクも高まる。そうなると、医療費削減を目的にした場合、病気だけでなくケガも予防医療として考えることができるだろう。転倒を防ぐためのアイテムも、予防医療に貢献することになる。

アクティブシニアを増やす

ここまで、予防医療と医療費削減の関わりについて考えてきたのだが、健康増進の観点からも医療費削減は考えられる。企業の定年年齢の引き上げがニュースになっているが、元気なシニアを増やすことはもちろん、元気でなくなった人も社会参加できる仕組みができあがれば、アクティブシニアは増えるだろう。現在、パラアスリートなど身体的特徴を持つ人々を対象に開発が進む様々な技術は、高齢者の暮らしを豊かなものへ、そして、アクティブなものへと誘う可能性を秘めている。先に紹介したように、今は個人の身体データを簡単に計測できる時代に入った。

自身の身体データを研究のために用いてもらうことによりベネフィットやインセンティブが受けられるようになれば、加齢に伴い若い頃と同じような働き方ができなくなった高齢者の新たな収入源にできる。また、集まったデータを元に医療研究が進めば、次の世代のヘルスケアに貢献することもできる。アクティブに税金を納められる人口は、現役で働く世代だけとも限らなくなれば、1人の若者が支える高齢者の数も減るため、負担も減る。この流れを作るために、要となるのは言うまでもなく技術革新だ。世界一早く高齢化社会を迎える日本だからこそ、世界に向けて発信できる高齢化社会におけるモデルケースを考えるべきだろう。これが成功したとき、日本は再び世界から注目を浴びる国になるのではないか。今回の特集では、医療テックに注目し、予防医療の観点で医療テック企業や病院現場を取材する。

※参考
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_009/pdf/caution_009_180912_0002.pdf

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(text: 杉原行里)

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