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新たなヒーローが生まれる場を創造したい【HERO X編集長インタビュー】

岸 由利子 | Yuriko Kishi

2017年6月23日、世界で一番、ボーダレスなスポーツメディア『HERO X(ヒーローエックス)』が、ついに公式オープンしました。このメディアのミッションは、「福祉×プロダクト×スポーツ」という3 つの柱を軸に、身体の欠損を補うものから、能力を拡張するものへと変わりつつあるプロダクトの進化と、それらが可能にする人間の限界への挑戦を、障がい者・健常者という枠を超えて、ボーダレスに追っていくこと。今回は、HERO Xの創立者であり、編集長を務める杉原行里(すぎはら・あんり)が、皆さまへのご挨拶を兼ねて、このメディアを立ち上げた意味や思い描く未来など、多面的なテーマについて、余すことなく語ったインタビューをお届けします。

スポーツがもたらす感動を通して、インタラクティブにコミュニケーションできるメディアを作りたかった

少年なら誰しも憧れる野球やサッカーはもちろんのこと、アイスホッケー、スキーやスノーボード、レーシングカートに至るまで、物心ついた頃から、多彩なスポーツ経験を持つ杉原編集長。スポーツ名鑑を暗記していたほどの“スポーツ大好き少年”でしたが、「どのスポーツにおいても、自分はプロになれるレベルではないと分かっていたので、スポーツ選手は皆、僕にとっての“超人”でした。今も昔も、圧倒的なリスペクトを持っています」。

HERO Xを立ち上げた一番の理由について、こう話します。「スポーツがもたらす感動って、純粋にすごいなと思うんです。例えば、昨年、イチロー選手がメジャー史上30人目の3000本安打を達成しましたが、あの金字塔を日本人として誇りに思わない人はきっといない。僕は、そう思うんですね。ゾワゾワするというか、言葉にならない熱いものが、胸に込み上げてくるというか。

パラリンピックをご覧になったことのある方はご存知かと思いますが、“チェアスキー”というパラ競技があります。“雪上のF1”と呼ばれるエクストリーム・スポーツです。近年は、森井大輝選手をはじめ、世界的な注目を浴びるヒーローが日本からも登場し、認知されるようになりましたが、その一方、日本全体として見れば、まだこの競技について知らない人の方が多いのが現状です。チェアスキーなどのスポーツに触れて、“すごい!面白い!”と自身が感じた感動を、他の人にも伝えていきたい。というより、伝えていくべきものじゃないかと思いました。

もしスポーツと“何か”を掛け合わせれば、スポーツという感動を通して、よりインタラクティブなコミュニケーションが可能になるかもしれない。そう考えた時、自分が大事にしてきた“デザイン”と“福祉”をスポーツと融合したら、面白いんじゃないかと。そのためには、メディアが必要だと考えました。昨年の12月ごろから立ち上げの準備を始めて、この度、HERO Xをオープンするに至りました」

スポーツに、「プロダクト」と「福祉」を融合した理由とは?

なぜ、「デザイン=プロダクト」と「福祉」をスポーツに掛け合わせたのか。その理由は、杉原編集長のルーツにあります。15歳の時、自らの意思でイギリスの全寮制高校に進学することを決意。卒業後は、同国ケント州のレイボーンズボーンカレッジに進み、プロダクトデザインを専攻。ところが、在学中の21歳の時、父親にステージ4の膵臓がんが見つかりました。

「学生の分際でしたが、デザインに携わる者として、父親が入院していた病院の色んなものが、目に付きました。病室のデザインもしかり、点滴を打ち続けなくてはならない患者さんにとって、“押す”という仕様しかない点滴台って、実は、体力的に辛いものなんじゃないか、院内の配色は、本当に患者さんにとって明るい気持ちになれるものなのか…など、さまざまな疑問が頭をよぎって。

大学に入学した当初は、工業デザインに傾倒していましたが、父の病気が分かってからは、おのずと視点が変わって、文献でも論文でも、ユニバーサルデザインや医療機器関係のものを読み漁るようになりましたね」

大学の卒業制作では、車いすや点滴台のデザインを発表。デザインするにあたって、1ヶ月間、車いすを借りて、自ら利用する生活を過ごしました。

「車いすに乗ったことがなくても、形としてカッコイイものは作れたかもしれませんが、やってみないと、当事者の気持ちは分からないなと思って。たった1ヶ月でも、“やるか、やらないか”とでは、やはり全然違ってきます。車いす生活は、想像した以上にハードでした。特に坂道なんて、ちょっと気を抜いたら、すぐに転がり落ちてしまいますし。

バスに乗る時やお店に入る時など、イギリスの人たちは皆、とても親切に助けてくださいました。本物の車いすユーザーではないので、心の中では、ごめんなさいと何度も呟きながら、その一方で、彼らにとって、車いすに乗った僕は、“足に不自由を抱えている青年”という部分だけが、クローズアップされることも、身をもって理解しました。

もし、レンタルした車いすが、もっとカッコいいデザインだったとしたら、助けてくださった方たちとの会話も、もっと弾んだかもしれません。“目に見えるもの”を変えていきたい。そう強く思い出したのは、この頃からでした」

父亡き後、RDS社のクリエイティブ・ディレクターに就任

杉原編集長は、HERO Xの運営の主軸を担うRDS社のクリエイティブ・ディレクターとしての顔も持っています。同社は、1984年創業の工業デザイン全般を手掛ける企業。創業者は、杉原編集長の父親です。

「父が亡くなった後の数年間、母親が経営にあたっていたのですが、2008年のリーマン・ショックの煽りをダイレクトに受けて、危機的な状況に陥ってしまったんですね。ロンドンの大学院に進む道もありましたが、家業を立て直すための一助になりたいと思い、その翌年に入社し、僕なりにできることから取り組んでいきました。

幸い、最先端の設備やレース、先行開発などで培った技術があったので、アイディアやデザインさえあれば、少ないコストで製造し、世に送り出すことができるーこれは、弊社の最大の強みではないかと思い、可能なかぎり、行動に移していきました。その後、試行錯誤しながらも、スタッフと手を取り合うことで、経営も徐々に上向きになっていき、おかげさまで、現在は、より強靭な状態を保持することができています」

杉原編集長がプロデュースを手掛けた世界最軽量の「ドライカーボン松葉杖」は、2013年度のグッドデザイン金賞を受賞。さらに近年は、森井大輝選手や夏目堅司選手をはじめ、2018年のピョンチャンパラリンピックでメダル獲得を期待される村岡桃佳選手のチェアスキーシートの開発にあたるほか、トップアスリート向け競技用義足「Xiborg Genesis(サイボーグ ジェネシス)」の開発を行う企業「Xiborg(サイボーグ)」の立ち上げなど、多岐に渡るプロジェクトに精力的に携わっています。

面白いかどうか、カッコイイかどうか
プロダクト開発の根っこにあるのは、ただそれだけ

2020 年に、東京オリンピック・パラリンピックの開催を控えた今、義手や義足をはじめ、車いすなどの福祉機器の進化はめざましく、パラスポーツの世界も、それに比例して大きく変わり始めています。

「アスリートの類まれなるメンタルの強さや優れたパフォーマンスが必要不可欠であることは、言うまでもありませんが、パラリンピックとは、つまるところ、身体と技術の融合だと思うんですね。どちらが欠けても成り立たない。逆に言えば、どちらもがちゃんと機能してこそ、成り立つ世界。となると、技術面において、僕たちが関われる領域って、無限大に広がるんです。

現に今も、来年のピョンチャンに向けて、そして、来たる東京2020に向けて、代表選手の方たちとマシンの開発にあたっています。誤解を恐れずにお伝えしたいのですが、RDS社は、企業の責務(CSR)としてパラリンピックを支援しているわけではありません。それは、僕個人も同じです。アスリートの方たちは、僕個人と会社にとってのパートナーであり、優秀なプレイヤーなのです。身体の極限と最新のテクノロジーの融合を競うパラリンピックという、F1のような最高峰の舞台で、世界と勝負したい。

そして、社会に向けて発信するプロダクトを作る上で、面白いかどうか。カッコイイかどうかーそこにこだわりを持つ者同士の歯車が、カチッとはまり合った。だから、一緒に開発しているという至極シンプルな考えに基づいたプロジェクトのひとつなのです」

HERO Xは、ヒーローたちが集まる場所
ヒーローが生まれる機会をどんどん作っていきたい

「HERO X(ヒーローエックス)は、未だ見ぬヒーローを発掘して光を照らす場であり、新たなヒーローを生み出す場でもある」と杉原編集長は言います。

「HERO Xは、アスリートの挑戦やプロダクト開発の裏側を他にはない切り口で掘り下げていくと共に、未だ見ぬヒーローを発掘して、その魅力を世に広め、ヒーローの連鎖を起こしていきます。ある時は、スポーツ選手かもしれないし、またある時は、プロダクトの開発に携わるメーカー、エンジニアやデザイナーかもしれません。今後、スポーツやサイボーグに特化したイベントの開催なども予定しています。そこでもまた、さまざまなヒーローが生まれてくると思います。今から楽しみでなりません」

「より多くの人と、新たな扉を開けてみたい」と語る杉原編集長と共に、幕を切って落とされたHERO Xの歴史。今後の展開に、乞うご期待ください。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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もう一度日本が世界から注目される日は来るのか?医療テックがもたらすもの

杉原行里

まもなく迎える2025問題。人口に占める高齢者率が30%となると言われる日本。医療テックの役割について考える。

膨れ上がる国民医療費20年で約2倍に

厚生労働省が公表したデータによると、国民医療費は44兆3895億円(令和元年度)。人口一人当たりで計算すると、年間で35万1800円ものお金が医療費として使われているという。厚生労働省が公表している下のグラフを見てみると、平成2年~22年度の20年間で国民医療費は約倍にまで膨れ上がっていることが分かる。日本では、2025年には人口に占める65歳以上の割合が30%になると言われているが、高齢者の増加はすでに徐々に始まっている。国民医療費はここ数年、右肩上がりに伸びている。限られた財政を有効に活用するためにも、健康寿命をいかに延ばすかということは、国としての喫緊の課題となっていることは間違いない。今後は、生活者である私たちが、「病院は、病気になったら行くところ」という認識から、「健康であるために行くところ」という考えへと改める必要もある。

アメリカで定着したゲノム解析による予防

健康寿命を延ばす要として考えられる予防医療。病気を早期に発見すれば、大がかりな治療となる手前で命を守ることができる上、かかる医療費も少なく済む。しかし、これには、定期的な検診が必要で、働き盛りの人にとっては時間を取るのが難しいという現実もある。必要だと分かっていても、時間が取れない……。このジレンマの解決策になるような医療テックの開発が進んでいる。検診で計るのは身体的データだ。数値の善し悪しで気をつけるべきことが見えてくる。身近な例でいけば、スマートウォッチだ。呼吸や心拍数といった身体データを日常生活の中で気軽に取ることができるようになり、予防医療に貢献している。

日本ではそれほど取り入れている人は多くはないが、アメリカでは、ゲノム解析による予防医療も盛んだ。多様な人種の人々が生活するアメリカで、自分のルーツを知ることが一時ブームとなったが、これもゲノム解析によるものだった。ゲノム解析はどのような病気にかかりやすいかをゲノムを使って予測することが可能だが、ブレークしたきっかけは、自身のルーツが分かるというエンターテインメント性だった。そのブームのおかげでデータが集まり、解析技術の向上に繋がっている。もう一つ、アメリカでこれだけゲノム解析が一般化した要因として、医療を巡る制度の違いがある。

アメリカの医療制度は日本とはかなり違う。日本では、国民は全員が必ず医療保険に入らなくてはいけないが、アメリカでは、保険加入が個人に委ねられているのだ。会社のベネフィットとして加入している人もいるが、加入している保険により、かかれる病院が限られていたりと、日本の医療保険とはかなり違う。保険に入っていたとしても、医療費が高額になるケースも多く、おまけに、調子が悪くても、飛び込みで病院に行けるシステムにもなっていない。だからこそ、予防医療に力を入れる人が多いのだ。予防医療の一貫として、自分の身体の傾向をゲノム解析によって知っておこうという流れも一般的となりつつある。

病気だけではない予防医療

予防医療と聞いて一般に思い浮かべるのは病気のリスクをいかに回避するかということだろう。日本人が一生のうちにがんと診断される割合は2人に1人と言われているが、5年生存率は上昇しており、今やがんは治る病気という認識も定着してきた。しかし、これも早期発見でなければ生存率は下がってしまう。特に年齢が若い場合、浸食の勢いも増すため、早期発見というのが鍵になる。定期的に検査を受けている人は、がんの初期段階で見つけられる可能性が高まるため、若い人ほど受けるべき検診とも言えるだろう。

また、予防医療はどこまでを“予防”と呼ぶかという視点もある。例えば、骨折などはどうだろうか。若いうちはピンとこない骨折リスクも高齢になるとその可能性は格段に上がる。厚生労働省「人口動態調査」や、東京消防庁「救急搬送データ」を元に出した消費者庁の分析では、高齢者の転倒、転落事故による死亡者数は、人口10万人当たりでは年齢が上がるにつれて増加、75歳以上になると5歳上がるごとにその数は倍増することが分かった。

また、高齢者の介護が必要となった主な原因の12.5%が、骨折や転倒がきっかけとなっている。骨折で入院が長引けば、寝たきりになるリスクも高まる。そうなると、医療費削減を目的にした場合、病気だけでなくケガも予防医療として考えることができるだろう。転倒を防ぐためのアイテムも、予防医療に貢献することになる。

アクティブシニアを増やす

ここまで、予防医療と医療費削減の関わりについて考えてきたのだが、健康増進の観点からも医療費削減は考えられる。企業の定年年齢の引き上げがニュースになっているが、元気なシニアを増やすことはもちろん、元気でなくなった人も社会参加できる仕組みができあがれば、アクティブシニアは増えるだろう。現在、パラアスリートなど身体的特徴を持つ人々を対象に開発が進む様々な技術は、高齢者の暮らしを豊かなものへ、そして、アクティブなものへと誘う可能性を秘めている。先に紹介したように、今は個人の身体データを簡単に計測できる時代に入った。

自身の身体データを研究のために用いてもらうことによりベネフィットやインセンティブが受けられるようになれば、加齢に伴い若い頃と同じような働き方ができなくなった高齢者の新たな収入源にできる。また、集まったデータを元に医療研究が進めば、次の世代のヘルスケアに貢献することもできる。アクティブに税金を納められる人口は、現役で働く世代だけとも限らなくなれば、1人の若者が支える高齢者の数も減るため、負担も減る。この流れを作るために、要となるのは言うまでもなく技術革新だ。世界一早く高齢化社会を迎える日本だからこそ、世界に向けて発信できる高齢化社会におけるモデルケースを考えるべきだろう。これが成功したとき、日本は再び世界から注目を浴びる国になるのではないか。今回の特集では、医療テックに注目し、予防医療の観点で医療テック企業や病院現場を取材する。

※参考
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_009/pdf/caution_009_180912_0002.pdf

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(text: 杉原行里)

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