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実業団チームGROP SINCERITE WORLD-ACの松永仁志が考える、国内スポーツ界の新たな在り方とは!?

中村竜也 -R.G.C

北京、ロンドン、リオデジャネイロと、過去に三度のパラリンピック出場を果たし、自身の競技者人生から得た経験を若手に伝えることで、新たなキャリアを創出する。そんな志の高い活動をする実業団チームが、パラ陸上選手の松永仁志氏(以下、松永氏)が役員(株式会社グロップサンセリテ)を務め、400m、800m、の選手として自身も所属する「WORLD-AC」だ。そこから見据える国内スポーツ界の未来までを視野に入れた活動に迫る。

写真提供:グロップサンセリテWORLD-AC・小川 和行

少年の頃から野球を始め、中高で陸上競技の世界に足を踏みいれた松永氏。何をやってもそれなりにこなせるセンスを持ちわせていた裏には、高い目標を持って挑めない自分に苦悩した時期を過ごしてきた。それは、事故により車いす生活を余儀なくされてからも続いたという。

そんななか、初のパラリンピックへの挑戦を試みながらも、選出されなかった2000年シドニー大会の様子をビデオで見た時、自分が戦ってきた選手たちが大勢の観客の前でレースをしている姿を目の当たりにすることになる。その圧倒的なスケール感と雰囲気に、初めて「真のスポーツ」を垣間見たことで、「人生を掛けてもいい場所だ」と強く決意をする。そこからパラリンピック3大会出場という快進撃が始まるのであった。

経験から見えてきた
数々の疑問から新たな形を模索

通常では味わうことのできない稀有な経験をしてきたから、後進の選手たちに伝えられることがある。既存のスポーツとパラスポーツを同じ土俵にのせたい。そんな強い想いが「WORLD-AC」の発足へと繋がっていったと松永氏は語る。

「ちょっときつい言い方かもしれませんが、パラスポーツはまだ競技人口が少ない種目で勝てば日本一と言われていて、代表になれる世界でもあるんです。本来スポーツは、カテゴリーを踏み、ステップアップしていくものじゃないですか。そのプロセスを経て、内面的な成長や取り巻く環境というのが移り変わる。そして色々なストレスや摩擦を消化していく。これが、正統なスポーツとしての道だと思っています。

だからこそWORLD-ACに所属している選手たちには、フルタイムで仕事をさせていました。結果を出すことで、就業時間を短縮して練習時間が確保できる。そして勝ち抜き、自らの力で環境を得て、相応の対価が支払われるといった環境を私は提供していきたいんです」

人生を掛けて競技を続けてきた選手たちには、その後の人生も控えているからこそ、自らの人生設計をスポーツを通して実現していく重要性を気づかせたい。むしろ、選手生命を終えた時間の方が遥かに長いのだ。しかし、いまの日本はキャリアを終えた競技者たちにはあまりにも冷たい現状があるのも確か。そこを打破すべく松永氏は、パラスポーツの実業団チームが必要だと考えているのである。

「2005年から競技中心の生活になるのですが、やっぱり私自身すごく苦労したんです。仕事も辞めて収入も絶たれたあと、プロフィールを作って企業に売り込みに行ったり、営業電話を何百という会社にかけたり、たくさんの人にも会いに行きました。選手として少しずつ成績を残せば支援をしてくれる方が出てきて、それでなんとか繋いできたんです。ですが、凄くいい経験ではあった反面、費やす時間と労力は膨大で、誰しもがこのような活動をしないと競技を続けていけないなんてナンセンスだと思いました。

自分が苦労したそんな経験から、今の選手たちには、競技で成績を残せる環境とセカンドキャリアを考えられる環境を作ってあげたかったんです。競技人生っていつ終わるか分からないんですよ。怪我、故障、病気など様々な理由から引退を余儀なくされる。競技をしないで自分の人生設計をしてきた人たちと比べた時に『何もないよね』では夢がなさすぎると思うんです。」

「今でこそ、Jリーグなどには支援機構が存在しますが、まだまだ抱えている問題は大きい部分もある。狭いエリアではありますが、私のところにきた選手は、若い時にトレーニングをして強くなると同時に、職業人としても成長しておくべきだと思っているんです。それを両立させるためには、実業団という形が一番分かりやすい。

『TOKYO2020があるのに仕事なんかさせてていいの?』という意見もあります。でもそれは一瞬で終わってしまいますから。その後も通用する人間形成をすることが、今後の国内スポーツ界を見た時にも重要なことなのです。そして、その後の人生のために密度の濃い時間を過ごしてきたから、独立の道などの選択肢を持つことが可能となるのです」

選手兼監督だから分かること

写真提供:グロップサンセリテWORLD-AC・小川 和行

松永氏は、WORLD-ACの監督を務めながら、いまも選手として活動している。この特別な立ち位置だからこそ伝えられることがある。

「よく、監督業と選手の時の気持ちの割合は何対何ですか?と聞かれるのですが、私としては100対100だと答えます。人間のエネルギーの総量を考えると、それをオーバーしてしまうのはおかしいのでは?とも言われるんですが、気持ちとしては選手でいる時も監督でいる時も両方100%なんです。逆にそうでなくては続けられないし、その分メリットも多いんですよ。

自分自身を客観的に見るのって難しいんですよね。でも他人を客観的にみて、尚且つ相手に入り込んでいくことによって、自分の中の新しい発見や引き出しが増えていくんです。それを通じて鏡を見ているかのように、自分を見直すことが出来るので、反省もできるし更なる学びも多いと思っています」

WORLD-ACが描く夢、
見据える未来

写真提供:グロップサンセリテWORLD-AC・小川 和行

「あまり大きなことではないのですが、地域に根付いた実業団チームを長く続けることと、WORLD-ACによってスポーツの正しい継承を地域にできたらいいなと思っています。たとえば、岡山にもJ2のチームがあるのですが、そういうチームを見て子供たちがサッカーを始め、高校サッカーを経てプロを目指すというステージがあるじゃないですか。それと一緒で、障がいを持った子供たちが我々を見て、すごく格好いいなと思ってくれ、選手を目指せる場所を残しておきたいです」 

スポーツ界の底上げを考えた時に出てくる答えのひとつに、まず多くの人に観てもらうということがある。「かっこいい」、「すごい」といったシンプルな感情を観る者に抱かせ、ひとつのエンターテインメントとして提供していくことの重要性に気づかされた気がする。競技者の未来のためにも、松永氏のような志と行動がこれからを作っていくのであろう。

WORLD-AC   https://www.world-ac.jp/
松永仁志オフィシャルサイト   http://hitoshi-matsunaga.com/

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 増元幸司)

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監修は、蜷川実花。パラスポーツと未来を突き動かすグラフィックマガジン『GO Journal』創刊!

岸 由利子 | Yuriko Kishi

パラスポーツの興奮とパラアスリートたちの息づかい、それらを取り巻くカルチャーとの交錯点を伝える新グラフィックマガジン『GO Journal(ゴー ジャーナル)』が11月22日創刊された。クリエイティヴ・ディレクターを務める蜷川実花氏をはじめ、記念すべき1号の表紙を飾るリオパラリンピック銅メダリストの辻沙絵選手(陸上女子400メートル)や、モデルとなったボッチャ日本代表の高橋和樹選手などが集まり、銀座蔦屋書店で記者発表会を行った。

パラスポーツがもっと好きになる、パラアスリートをもっと応援したくなる。興奮と魅力が詰まった斬新なグラフィックマガジン

日本財団パラリンピックサポートセンター(以下、パラサポ)の発案により刊行された『GO Journal』は、かつてないクールでホットな切り口で、パラスポーツの興奮とパラアスリートたちの魅力を発信するフリーマガジン。美しい写真に加えて、アスリートのインタビューなどが掲載された1号は全64ページ、A3サイズのタブロイド版、オールカラー印刷。「本当に無料?」と聞きたくなるほど、写真集のような上質な仕上がりだ。銀座店をはじめ、代官山、中目黒、京都岡崎、梅田など、全国の蔦屋書店で配布されるほか、日本財団が助成する多言語発信サイト「nippon.com」では、中国語、フランス語、スペイン語など7言語に翻訳され、世界に向けて発信する。

パラスポーツ観戦のボトルネックとなっているのは、「なじみが薄くてよく分からない」、「障がい者はかわいそう」といった先入観や認識。『GO Journal』が目指すのは、それらを揺さぶり、転覆させ、2020年以降のインクルーシブ社会の発展に向けて、一人一人の行動を喚起するための“トリガー”になること。

©大谷 宗平(ナカサアンドパートナーズ)

この日は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長森喜朗氏と共に、東京オリンピック・パラリンピック担当大臣・鈴木俊一氏も創刊のお祝いに駆けつけた。

「夏季パラリンピック大会が同一都市で二度行われるのは、東京が(世界で)初めて。パラリンピック大会の成功なしに、東京大会の成功とは言えない。国民の関心はオリンピックに偏りがちで、パラスポーツやその最高峰であるパラリンピックに対する理解がまだまだ少ない。このグラフィックマガジンには、一般の方がおそらくイメージするのとは違うパラアスリートの一面が映っている。それらを見てもらうことが、理解の増進にも繋がると思う」と話し、『GO Journal』の今後の発展に期待を寄せた。

トップアスリート×蜷川実花が魅せる、美しきパラスポーツの世界

次に、監修を務めた蜷川実花氏と辻沙絵選手のトークショーが行われた。
「なんだろう、これ?というある種の違和感からでもいい。パラスポーツに興味のない方を含めて、少しでも多くの方に手にとってもらいたい。そこから(パラスポーツに対する興味が)広がっていくようなきっかけになるといいなと思って作りました」と、冒頭でマガジンに込めた想いを語った蜷川氏。

最先端のファッションをみごとに着こなし、創刊号の表紙と巻頭グラビアを飾った選手との出会いのきっかけは、なんと“ナンパ”。昨年、リオパラリンピックの開会式に向かう蜷川氏が、リオの空港で見かけた選手に「一目惚れ」した。

「可愛らしく、華やかな外見だけでなく、内面から輝く力強さを感じ、どうしてもこの人を撮ってみたいという写真家の欲が走りました(笑)。撮らせて欲しいと約束をして、次に会ったのは、GO Journalの撮影当日でした」と蜷川氏は振り返る。声をかけられて、びっくりしたという選手は、「ファッション誌のような撮影は初めてだったので、不安もありましたが、撮影現場はナチュラルな雰囲気で、実花さんやスタッフの方たちが、ありのままの私を引き出してくれました。もう一回やりたいくらい、楽しい撮影でした」と笑顔いっぱいで語った。

選手のお気に入りは、表紙の写真。「目の前に金メダルがあると思って、睨んで」といわれた時の表情には、「ファッションと競技中の私、そして実花さんの世界観の全てが混ざり合っている」と熱のこもった声で話す。

蜷川氏は、当初、義手をどう見せるかなど、細かいバランスを考えていたが、撮影を進める中、片手があるかないかは、もはや関係のない域に達したという。

「何気ない時に、『私、ただ片手がないだけなんですよ』と選手に言われたのが心地良い衝撃でした。この感覚をもっと多くの人と共有していきたいと思いました。フリーマガジンの形に出来て良かったです。アスリートたちは、自分と戦ってきた圧倒的なパワーがにじみ出ている。とにかくカッコよかった!」

選手の内面から輝く強さが覗えたのは、「普段から義手を付けているか」という質問が上がった時。

「私は、生まれてからずっとこの状態で生きてきて、髪を縛ったり、靴ひもを結んだりしています。この状態だからできるんです。嘘の手をつけても何も変わらないし、私は私だし、ありのままの自分を受け入れてもらった方が良いので、変える気もないです」

「GO Journalを見て、パラスポーツやパラアスリートのイメージが、ガラッと変わったと言ってくれる人が多かったです。健常者と障がい者という区別のない、共生する社会に繋げていけたらいいなと思います」と選手は締めくくった。

トークセッションの後、リオパラリンピック日本代表・高橋和樹選手も登壇し、ボッチャの実演が行われた。この競技が初めてという蜷川氏のボールは、ステージから飛び出すほど勢い良く転がった一方、ボールを触ったことがある選手は、片手にマイクを持ったまま、しなやかなフォームで投球を決めた。

次に、最も障がいの重いクラスの勾配具“ランプ”を使って、みごとな投球のデモンストレーションを披露した高橋選手。この日、初めて組んだ競技アシスタントに、ランプの設置角度や位置を細かく指示を出し、目標球にボールをぴたりと当てた。

11月29日で、東京パラリンピックまであと1000日のカウントダウンが始まった。「感無量だけど、ここがスタート」と話す蜷川氏が監修する『GO Journal』は、毎年2回発行予定。見たことのないクールなアスリートの魅力にぜひ触れてみて欲しい。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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