医療 MEDICAL

名医の手技とチームプレイをすべて再現!高精度360°VRで医療研修が進化する

浅羽 晃

医師不足が顕在化するなか、医療の技術向上には、名医から新人、若手への技術継承が不可欠だ。わけても外科手術においては研修の重要性が増しているが、従来型の研修では効果に限界がある。たとえば、大勢の研修医が同時に実践的な研修を受けることは手術室のスペースの都合上できない。そこで注目されているのがVRである。高精度の360°VRを用いれば、執刀医の視点で、手元ばかりでなく、手術室で起きていることを全体的に見渡すことができるのだ。医療研修VRの制作を手がける株式会社ジョリーグッドの上路健介代表取締役 CEOにお話をうかがった。

技術を後継者に伝えるためにも
名医による手技のVR化は必要

高精度360°VRのコンテンツ制作やVRを用いたソリューション・サービスを主要業務としているジョリーグッドは、2018年以降、2作の医療研修VRを制作している。1作目は不整脈の一種である心房細動の手技のVR化で、ヘルスケアにおけるリーディングカンパニーである、ジョンソン・エンド・ジョンソンと共同開発した。2作目は岩手医科大学とのコラボレーションによる、椎体置換術のVR化だ。これらはジョリーグッドが注力する人材育成ソリューション「Guru Job VR(グルジョブ・ブイアール)」の先進性と有効性を示すものとなっている。


JOLLYGOOD!:椎体置換術VRメイキングダイジェスト (岩手医科大学整形外科講座)

「VRを使った研修が世界的なブームになっているなか、Guru Job VRは、高精度なVRテクノロジーと独自に開発したVR内行動解析AIエンジンにより、安価で高機能なVR研修をワンストップで提供するサービスです」

VRについて、主にエンターテインメントの分野で活用される技術と認識している人は少なくないだろう。たしかに、VRという言葉が広く知られるようになったのはゲームやアトラクションで脚光を浴びたからだし、身近に体験できるVRはエンターテインメント関連のものが多い。しかし、VRはさまざまな分野に革新をもたらす技術だ。その好例が研修なのである。

「たとえば、高所からの転落といった重大事故の恐れもある造船工場の安全教育です。VRゴーグルをつけて現場を疑似体験することにより、安全を確保しながら、危険予知を身につけることができます。また、従来の研修は現場の作業を止めることや、講師役が現場での通常業務を離れることにより、生産性を低下させますが、VR研修にすればそうした問題も解消されるのです」

VR研修のメリットは、ゴーグルさえあれば、何人でも同時に研修を受けられる点にもある。VRと医療研修のマッチングの良さは、このメリットによるところも大きい。外科医を志す研修医にとって、優れた執刀医の手術を見学することは得難い体験となる。しかし、手術室に大勢で立ち入ることは不可能だ。

「VRにすれば、大勢が同時に、また、離れた場所にいても研修を受けることができます。不整脈手術も椎体置換術も、名医中の名医の手術をVR化することにメリットがあったと考えています。技術の継承は大事ですから、大教授、大先生が退官・退職される前に、手術をVR化して残す必要があり、そういう引き合いはけっこうあります」

助手や看護師の動きも知ることで
医師としての総合力が高まる

参加者デバイスの一斉操作や、プロジェクション機能など、研修をスムーズに進めるための機能が充実している。

HDVカメラによる俯瞰映像など、手術の動画を用いた医療研修はこれまでにも行われていた。Guru Job VRの医療研修が従来の医療研修と決定的に違うのは、執刀医の手元だけではなく、手術室で行われていることのほぼすべてを再現できるところにある。

「執刀医というのは、内視鏡の画面とかバイタルサインの画面とか、いろんな画面を見ながら手術を行っています。それらをどのタイミングでチェックしているか、あるいは第一助手がどのようにサポートして、執刀医に声をかけているか。そうしたことは俯瞰映像では押さえられないのです。必要な機器や機材を執刀医に手渡す看護師の動き、執刀医と看護師の連携も手術の質を左右します。手術はチームプレイですから、本当の意味での手術の記録は360°カメラでなければできないのです」

もちろん、手術においては、執刀医の技術が最も大きなウエイトを占める。しかし、このタイミングで第一助手とはどんなやり取りをしているか、看護師はどんな動きをしているか、そうしたことを知っておくことが、医師としての総合力を高めるのではないだろうか。

「名看護師というのは、器具の並べ方にしてもうまいんですよ。我々は名医と名看護師のセットで、ベストな手術を収録しています」

すなわち、Guru Job VRの医療研修VRは、研修医だけでなく、経験を積んだ医療従事者にとっても有用な動画ということになる。そのレベルにまで医療研修VRの質を向上させるために、ジョリーグッドも総力を結集した。

「360°カメラで撮るのは誰でもできますが、それを医師の視点で撮れるという手法にしているのは我々の技術です」

ジョリーグッドは撮影ツールの開発も手がけており、一例としては、ハンズフリー撮影が可能なウェアラブルマウントシステムだ。カメラを支えるアームが映らないマウントシステムを独自開発している。しかし、手術の撮影においては、執刀医がカメラを装着するわけにはいかないので、手術の妨げになることなく、手術室全体を撮影できるような位置にカメラを吊るすための装置をつくった。手術の手順の確認、撮影のシミュレーションも緻密に行っている。

「手術中、このタイミングで機材をどける、このタイミングで機材を入れるということが繰り返しありますから、分単位の非常に細かいタイムスケジュールを立て、撮影しました。」

5Gのサービス開始によって
VR研修が医療研修の標準に

医療サイドの評価も高いことで、上路氏は医療研修VRの将来に大きな手応えを感じている。

「いままでの研修は、整形外科であれば、2Dの映像を見せてパワーポイントで説明したり、模擬骨を使って実習をしたりというものでした。説明を受けただけで、いきなり実習に入っても、よくわからないということがあったでしょう。それをVRにすると、こういうふうに切開して、椎体を切除し、交換するということが名医の視点で体験できるのです。VRで研修してから実習すると結果は違うだろうと、先生も言ってくれています」

Guru Job VRにはAIエンジンも組み入れている。制作者が意図した視点と、ユーザーが見た視点の差異を分析することで、研修の質を高めることができるのだ。医療研修VRについても、利用者が増えることにより、研修の効果は上がっていくことになる。

「この6月に東北整形災害外科学会における椎体置換術のVRハンズオンセミナーで使われるなど、医療研修VRが利用される機会は増えていきますし、さまざまな手術のVR化を進めていく予定です」

今後は介護の分野でVRを活用することも視野に入れている。

「介護研修では、介護を受ける方の目線に慣れることが大事だと思います。介護士の方が、介護を受ける側の体験をしておくと、精神的なストレスも軽減されるのではないでしょうか。リハビリにおいては、しっかり歩けていたときの体験をしながら歩行訓練をすると、効果が違うとされますから、VRは役立つはずです」

ジョリーグッドは、ジョンソン・エンド・ジョンソン、NTTドコモと共同で、NTTドコモが提供する第5世代移動通信方式(5G)とジョリーグッドのVR技術を融合させた遠隔リアルタイム医療研修VRサービスの実証実験をスタートさせた。5Gのサービス開始は2020年。VR研修が医療研修のスタンダードになる時代は近い。

上路健介(Kensuke Joji)
1973年、岩手県生まれ。テレビ局、広告会社にて新規事業開発20年を経て、2014年、株式会社ジョリーグッド創業。2015年、プロフェッショナルVRラボ「GuruVR」を立ち上げ、メディア向けVR導入ソリューションはテレビ業界トップシェア。2017年、VR内の行動データを解析するAIエンジンを発表。2018年には、VR×AI人材育成ソリューション「Guru Job VR」 を発表し、造船や食品工場、医療の現場研修のVR化を、大手パートナー企業らと手がける。企業理念として、「テクノロジーは、それを必要としている人に使われて、初めて価値がある」を掲げている。

(text: 浅羽 晃)

(photo: 増元幸司)

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医療 MEDICAL

吸い込むと危険!?複雑すぎて分かりにくい次亜塩素酸水問題 用法用量を守れば安全説も

HERO X 編集部

文部科学省が全国の学校に対して配布した「学校における消毒の方法等について」により、注目を浴びることになった次亜塩素酸水。人体への影響があるとして、人がいる空間での噴霧について注意を呼びかけているのだが、ここに「待った」を唱える人もいる。「次亜塩素酸ナトリウム」と、「次亜塩素酸水」「次亜塩素酸水溶液」などを混同しているという指摘だ。素人にはわかりにくい違いについて、編集部は取材を進めてみた。

危険視された次亜塩素酸

マスコミで取り上げられるきっかけとなった上記の配布書類、中身を確認すると、日常的な消毒については物の表面の消毒として
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消毒用エタノールや 0.05%の次亜塩素酸ナトリウム消毒液を使用。また、一部の界面活性剤で新型コロナウイルスに対する有効性が示されており、それらの成分を含む家庭用洗剤を用いることも有効
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とあるのだ。

だが、この次亜塩素酸ナトリウム消毒液については、同じ書類の中で
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次亜塩素酸水は、「次亜塩素酸ナトリウム」とは異なるものであり、新型コロナウイルス に対する有効性についてはまだ十分確認されていません。 *児童生徒等には次亜塩素酸ナトリウムを扱わせないようにしてください。

・次亜塩素酸ナトリウムの噴霧は、吸ったり目に入ったりすると健康に害を及ぼす可能性 があるため、絶対に行わないでください。
・製品の使用上の注意を熟読の上、正しく取り扱ってください。

○次亜塩素酸水の噴霧について
・次亜塩素酸水の噴霧器の使用については、その有効性及び安全性は明確になっているとは言えず、学校には健康面において様々な配慮を要する児童生徒等がいることから、児童生徒等がいる空間で使用しないでください。
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となっていた。経済産業省と製品評価研究機構(NITE)が5月29日付けで次亜塩素酸について文章を発表、これをうけ、文科省が同書類を作成し、配布にいたったという経緯があるのだが、一部マスコミがこれらを独自解釈、〝次亜塩素酸水は危ない!〟という話が出回ったという経緯がある。

これに対し、「情報の混同が見られる」と言うのは当媒体でも紹介した(http://hero-x.jp/article/9088/)、株式会社いけうちの中井志郎代表だ。同社では特許を取得している微細な霧を放つドライフォグノズルを開発、イタリアなどでは実際に駅構内などの除菌に使われている。「確かに、イタリアの除菌には、過酸化水素( H2O2)という別の物が使われているのですが、次亜塩素酸水溶液が危険というニュースには少し疑問を持っています。次亜塩素酸系ということで、情報がごっちゃになっているのでは」と言うのだ。

食器の漂白に使われる次亜塩素酸ナトリウム
レストランなどでも除菌として使われる
次亜塩素酸水

まず、はじめに次亜塩素酸ナトリウムと次亜塩素酸水の違いについて、わかりやすくしておこう。次亜塩素酸ナトリウムとは、家庭でもよく見かけ、「混ぜるな危険」でおなじみのあの漂白剤などがそれだ。食器の漂白や消毒として使われることが多く、コロナウイルスについても効果が確認されている。ただ、手に付くと皮膚に異常があるなど危険なため、必ずゴム手袋などを着用して使用、もちろん、人に向けて散布することは避けなければならない。

一方、次亜塩素酸水は、次亜塩素酸ナトリウムよりも酸性の側にあり、食品加工現場などでも使用されている。食品添加物としても認められているが、最終食品には入ってはいけないとされているものだ。最近では専用の装置で電解し生成される次亜塩素酸水を殺菌目的に調理場に導入するレストランなどもある。こうした水溶液と次亜塩素酸ナトリウムは別物だ。

例えば、森永乳業が展開している製品を見ると、食品を扱う場面で使う水溶液の場合、有効塩素濃度は10~30ppm、pH5.0~6.5などとなっている。株式会社いけうちによると、ドライフォグノズルを使って電解次亜塩素酸水溶液(有効塩素濃度50ppm)を噴霧した場合、噴霧した空間の気体中の塩素濃度は労働安全衛生法の基準である0.5ppm以下となるとしている。大学系の研究機関の実験では、これだけ薄い濃度でも、微生物に対する殺菌効果が得られているという発表も見られるという。

吹き付けてもぬれないほど小さな粒子を発するドライフォグ

規定が曖昧なため招かれた誤解

「次亜塩素酸水溶液について、全てを人体に危険と言い切るのはどうでしょうか。今のところ次亜塩素酸水溶液は雑貨品目に入るため、濃度などの基準があいまいなところがあります。最近参入した業者の中には亜塩素酸ナトリウム水溶液を次亜塩素酸水溶液として販売しているケースもあり、ここを危険視しているんだと思うのですが、これらの製品と、製品安全データシート(SDS)をつけて正しく販売している製品とを一緒くたに危険視するのはよくないのでは」(中井氏)

また、マスコミなどが取り上げる際に論拠として引用していたNITE(製品評価研究機構)の公表について、とうのNITEは追加コメントを発表、
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「NITEが公表したとする一部の報道については、次亜塩素酸水の利用や噴霧の安全面の是非について何らかの見解を示した事実はなく、新型コロナウイルスに対して一定の効果を示すデータも出ている」https://www.nite.go.jp/information/osirasefaq20200430.html
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としている。素人にはなかなか分かりくい今回の次亜塩素酸問題。

きちんとした生成方法で作られたものを容量、用法を守って使えば危険ではないということなのか。中井氏は「適正な濃度、すなわち有効塩素濃度(50ppm)以下の噴霧では、人体への影響も考えにくい」と主張する。短時間に広範囲を消毒できるため、期待がかかる次亜塩素酸水溶液。それでも、大事を取って無人噴霧をという場合は噴霧器を搭載したロボットを作ればいいという発想も生まれるだろう。開発の視点でみれば大きなチャンスが存在するとも言える。

(text: HERO X 編集部)

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