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ギリギリの闘いを勝ち残れ!不動のアスリート魂で挑む「雪上のF1」【夏目堅司:2018年冬季パラリンピック注目選手】

岸 由利子 | Yuriko Kishi

夏のような晴天に恵まれたある朝、長野県の白馬八方尾根スキー場で、私たち取材スタッフを出迎えてくれたのは、RDS社所属のチェアスキーヤー・夏目堅司さん。タイムの速さを競うダウンヒル(滑降)という種目では、時速120km近いスピードで走ることもあるチェアスキーは、「雪上のF1」の異名を持つハードでスリリングな競技。それとはうらはらに、物腰柔らかな佇まいと、銀世界を明るく照らす太陽のような笑顔が印象的な方でした。ピョンチャンパラリンピックのプレ大会を終えて帰国したばかりの夏目選手に、これまでの軌跡と、現在取り組んでいることやこれからの展望について伺いました。

「もう歩けない」という現実を受け入れて、やれることを頑張りたかった

白馬八方尾根スキースクールで、スキーインストラクターとして活躍し、白馬村で行われるスキー大会では、モーグルの競技委員長も務めていた夏目選手。2004年4月に行われた大会前に、ジャンプ台の感触を確かめようと空中技を試みた時、着地でバランスを崩して背骨を損傷。両足に麻痺が残り、余儀なく車いす生活となるも、リハビリ中にチェアスキーと出会い、その年の冬には、ゲレンデへの復活を果たしました。

「(チェアスキーを)やってみたら?と誘いを受けて、やってみたら面白いなと思って。迷いがなかったわけではありませんが、インストラクターとしての経験を生かすなら、必然的にチェアスキーかなと。もう歩けないということを受け入れるというか、そこに切り替える時間は、早かったのかもしれません。やれることをやっていきたい、頑張りたいと思いました」。

本格的にチェアスキーを始める前には、車いすテニスにもトライし、趣味でスキューバダイビングも始めたのだそう。「やったことはなかったけど、やれることをやってみたかった。足を使わなくても、体は浮くし、手だけで泳げるので、海の中に入った方が自由なんです。近年は競技に専念しているので、少し遠ざかっていますが、以前は、年に1回は潜りに出掛けていましたね」。

遠征費が底をつき、八方塞がりの状態から起死回生

自分の置かれた環境で、できることをやっていくー強い好奇心と勇気から始まったチェアスキーヤーとしての人生。事故の翌年から参戦したレースでは急成長を遂げ、わずか1年でナショナルチーム入りを果たします。IPCワールドカップ(障がい者アルペンスキーワールドカップ)を中心に転戦し、ジャパンパラリンピックでの金メダル獲得も近いと叫ばれる中、2010年のバンクーバーパラリンピック、2014年のソチパラリンピックにもみごと出場。

しかし、その一方では、年間400万円の遠征費を自分で工面しなければならないという大きな課題がありました。「当初は、怪我をした時の保険金でまかなっていましたが、ソチパラリンピックのちょうど一年前に、底をついてしまったんですね。もうどうしようもなくなっていた時に、JOC(日本オリンピック委員会)が主催する“アスリートナビゲーション”を通して、私を雇用したいと言ってくださる企業との出会いがありました」

アスリートナビゲーションは、企業と現役トップアスリートをマッチングするJOCの就職支援制度。その後、所属することになった企業「ジャパンライフ」のバックアップにより、競技に専念することができたそうです。

滑走中の夏目選手。滑ったところには、雪がしぶきのように舞う。

トレーニング&合宿を積む日々。ピョンチャンパラリンピック・プレ大会は、本番前のテストイベント

昨年から今年初頭にかけてのシーズン中、ニュージーランドやチリ、オーストリア、スロベニアなど、世界各地でトレーニングと合宿を繰り返す日々を過ごしてきた夏目選手。その間、2017年1月にはイタリアのタルヴィッシオ、3月には白馬で開催された世界選手権大会に出場したのち、1年後に開幕を控えたピョンチャンパラリンピックのプレ大会にも出場しました。

「プレ大会は、本番と同じ時期に行うテストイベント。ワールドカップの出場資格を持つ人は参加できるという基準になっているはずなので、可能性のある選手は来ていたと思います」。ここでの結果は本大会に影響する?―尋ねると、夏目選手はこう答えてくれました。「もちろん、なくはないでしょうけれど、行くことによって、ある程度の感触やイメージ、あるいは自信など、そういったものは絶対つくと思いますし、本番に向けて、コースを覚えたり、雪質を確認したり、そういった情報を吸収するための貴重な場でもあります。運営側も選手も、みんなテストという感じでした」

シート、サスペンション、フレームで構成されたマシン。先端に短いスキー板の付いた「アウトリガー」を両手に持ち、滑走中のバランスを保つ。

ピョンチャンに向けて、世界にたったひとつの「夏目シート」を開発中

ご覧の通り、チェアスキーの競技用マシンは、1本のスキー板の上にシートを取り付けた特殊な構造。夏目選手によると、シートは、座シートと背シートが一緒になった「一体型」と、別々になった「可動式」の2種類があります。
「当初は、一体型に乗っていましたが、サスペンションがあるので、どうしても体を動かさなくてはいけない。となると、頭も動いてしまうので、前後バランスが非常に取りづらくなります。その点、可動式は、頭の位置を一定にできるので、安定した状態で滑ることができます。今年に入って2ピースの可動式に変えて、今に至ります」

現在、夏目選手が所属するRDS社では、ピョンチャンパラリンピックに向けて、オーダーメイドの可動式シートを開発中なのだそう。座位の姿勢で、膝から下の長さや幅などを測定し、それらに基づいて設計された世界にひとつだけの“夏目シート”がまもなく誕生するのです。

得意種目を伸ばして、メダルを獲りに行きたい

「ソチパラリンピックを終えてから、体幹の強さが足りないと感じていた」と言う夏目選手。「何かいいトレーニング方法はないかと探していましたが、一人では中々厳しいところもあって。そんな時、同じナショナルチームに所属する片足の選手が通うジムを紹介してくれました。かれこれ4年くらい通っていますが、今やっと、その成果が出てきたのかなという感じですね」

ピョンチャンパラリンピックに向けての目標は?と聞くと、こんな答えが返ってきました。「チェアスキーに関しては、日本チーム全体として非常にレベルが高く、メダル獲得を確実視されている選手が3人います。私以外は、みんなメダリストです。彼らが、自分の得意種目でメダルを狙うように、私も、得意種目の“スーパーG”で上げていきたいと思いますが、他の選手たちに追いつけていないのが現状です。でも、ここが上がれば、他の種目もおのずと伸びると思っているので、メダルを取れるようにベストを尽くします」

ちなみに、スーパーGとは、スーパー・ジャイアント・スラロームの略で、スラロームとは「回転」のこと。日本語に直すと、“スーパー大回転”を意味するこの競技は、ダウンヒル(滑降)と大回転の中間にあたる「高速系種目」で、スキー板を滑らせる技術はもちろんのこと、ジャンプや高速連続ターンの技術が求められます。また、現場での事前トレーニングはなく、試合直前の下見だけで本番に臨むという、まさに一本勝負の闘いです。

「今年、43歳。イチロー選手と同い年なんですね。彼とは闘うフィールドも違いますし、とうてい敵いません。でも、この年齢でどこまでいけるのか、チャレンジしていきたいですし、そうすることが同世代の人の励みになれば嬉しいです。おこがましいかもしれないけど、見てくれる人や応援してくれる人に感動や勇気を与えられる存在であるなら、このまま頑張り続けたいです」

テレビの前で全力で応援します!と言うと、「ありがとうございます」と静かに、深く頭を下げてくださった夏目選手。競技の話をする時、優しさの中に鋭く光る眼光が、不動のアスリート魂を物語っていました。パラリンピック出場3回目となる来年のピョンチャン大会。メダルを手にし、笑顔で表彰台に立つ姿が現実になることを願いつつ、これからの動向にも注目していきます。

夏目堅司(Kenji NATSUME)
1974年、長野県生まれ。白馬八方尾根スキースクールでインストラクターとして活躍していたが、2004年にモーグルジャンプの着地時にバランスを崩して脊髄を損傷。車いす生活となるも、リハビリ中にチェアスキーと出会い、その年の冬にはゲレンデへの復帰。翌年、レースを始め急成長、わずか1年でナショナルチームに入り2010年バンクーバー、2014年ソチへの出場を果たした。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 大濱 健太郎 / 井上 塁)

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一ノ瀬メイ×エリー・コール、トップスイマーが共演する新CMがスタート!

HERO X 編集部

リオ2016パラリンピック水泳競技に日本代表として出場した一ノ瀬メイ選手と、競泳大国オーストラリア代表のエース、エリー・コール選手の2人のスイマーを起用した新CM、One Sky『一ノ瀬メイ×エリー・コール』篇が、2018年4月18日(水)から全国で放映されている。

東京2020 オリンピック・パラリンピック競技大会まであと2年と迫り、様々な取り組みがされているが、東京2020 を迎えた時、果たして私たちに映る景色は描いていた未来そのものであろうか。それは、便利で暮らしやすい街? それとも、生きやすい世の中?──その向かうべき未来についていま、個々人が考えていくべき時期に差し掛かっている。

そもそも、大会の意義や大会を行うことでの社会創生について、考える人は少ないだろう。東京 2020 大会ビジョン基本コンセプトの1つに、“多様性と調和” があげられていることはご存知であろうか。「人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治、障がいの有無など、あらゆる面での違いを肯定し、自然に受け入れ、互いに認め合うことで社会は進歩。東京2020 大会を、世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会をはぐくむ契機となるような大会とする。」(東京 2020 組織委員会 HP より引用)

「考えたり意識をしたりする、機会が少ない」もしそのように感じている人が多いとするならば、ここからあと2年、より人々の生活に接点のある企業・自治体の取り組みは注目していきたいところだ。

提供:大和ハウス

今回ご紹介したCMは、大和ハウス工業株式会社が 2020年とその先の未来に向けたコミュニケーションを展開する『One Sky』の取り組みのひとつ。同社は2016 年より、東京 2020 オリンピック・パラリンピック競技大会オフィシャルパートナー (施設建設&住宅開発) として大会の成功を応援しているが、さらに2017年より『One Sky』“多様性の時代だからこそ、同じ空の下、一人一人が違いを認め合い、尊重し合えるような「あたらしい景色」を作りたい” とのコンセプトで、様々なコミュニケーションを展開している。

提供:大和ハウス

提供:大和ハウス

本CMでは、一ノ瀬メイ選手とエリー・コール選手の美しい泳ぎ姿が披露されるなか、トップスイマー2人が持つ「障がいに対する社会の意識や偏見を変えていきたい」という強い想いが伝わるストーリーが展開。 最後のナレーションを務めた俳優の松坂桃李さんも、その想いが印象的であったとコメントしている。

企業はこのように、個々人が意識をするための機会をつくり、伝え手となっているが、“誰もが自分の可能性を信じられる世界”  “あたらしい景色 (共生社会)の実現” ──その未来を創るのは私たち自身である。ぜひこのような機会を見つけ、選び出し、東京2020 に描く未来を実現していっていただきたい。

[TOP 動画 引用元]
大和ハウスグループ公式チャンネル
【TVCM】One Sky『一ノ瀬メイ×エリー・コール』篇(60秒)
https://youtu.be/WWB2QwG5H-U

CM概要
タイトル:大和ハウス工業株式会社 One Sky『一ノ瀬メイ×エリー・コール』篇(60 秒・30 秒)
放映開始日:2018年4月18日(水)
放映地域:全国
出演:一ノ瀬メイ、エリー・コール
ナレーション:松坂桃李

一ノ瀬メイ
1997年3月17日、京都府生まれ。先天性右前腕欠損症。1歳半から京都市障害者スポーツセンターで泳ぎ始めた。2010 年、中学2年時にパラ水泳女子日本代表としては史上最年少でアジアパラ競技大会に出場し、50 メートル自由形で銀メダルを獲得。2013 年、高校2年時に出場したアジアユースパラ競技大会で 100 メートル自由形と同平泳ぎで日本新記録を樹立し、優勝。100 メートル背泳ぎと合わせて3冠を達成した。2014 年、高校3年時のアジアパラ競技大会(韓国・仁川)で は銀メダル(200 メートル個人メドレー、100 メートル平泳ぎ)と銅メ ダル(50 メートル自由形、100 メートル背泳ぎ)を獲得。 2015 年近畿大学に進学し、水上競技部に入部。同年の世界選手権では 200 メートル個人メドレーで8位入賞。 2016 年3月の選考会では 200 メートル個人メドレーで日本新を樹立し、リオ 2016 パラリンピック出場を決めた。リオ 2016 パラリンピックでは、8種目に出場し、100 メートル自由形では3年ぶりに自己ベストを更新した。

提供:大和ハウス

Ellie Cole (エリー・コール)
オーストラリア メルボルン出身。3 歳のとき、腫瘍により、右足の膝上を切断。その8週間後に、リハビリのため水泳を始める。16 歳で北京 2008 パラリンピックに出場し、3 個のメダルを獲得。ロンドン 2012 パラリンピックでは、金4 個を含む、 6 個のメダルを獲得。その後、肩の怪我に悩まされるが、2015 年世界選手権で 5 枚のメダルを獲得し、完全復活を遂げる。リオ 2016 パラリン ピックでは、金 2 個を含む、6 個のメダルを獲得。

提供:大和ハウス

(text: HERO X 編集部)

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