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まさに雪上のF1。極寒の舞台裏にある、エンジニアたちの闘い【KYB株式会社:未来創造メーカー】前編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

チェアスキーほど、命の危険と背中合わせのパラ競技は他にない。時速100km以上の豪速スピードで、雪山の傾斜面を一目散に滑降するアグレッシブさとスリルが、アスリートを奮い立たせ、観客を熱狂させる。2014ソチパラリンピックでは、森井大輝選手がスーパーG(スーパー大回転)で銀メダル、鈴木猛史選手がスラローム(回転)で金メダル、狩野亮選手がダウンヒル(滑降)とスーパーG(スーパー大回転)の2種目で金メダルを獲得。日本のヒーローたちは、圧倒的な強さを世界に知らしめた。そんな彼らの疾走を裏舞台で支えているのが、日本トップクラスのシェアを誇る総合油圧機器メーカー、KYB株式会社(以下、KYB)のショックアブゾーバ開発者、石原亘さんだ。別名・油圧緩衝器と呼ばれるこの部品、一体どのように作られているのか?目前に迫る2018ピョンチャンパラリンピックに向けての開発は?石原さんにじっくり話を伺った。

KYB所属のチェアスキーヤー、ソチ金メダリストの鈴木猛史選手。

日本が誇るショックアブゾーバ開発の最高峰メーカー

1935年、株式会社萱場(カヤバ)製作所として創業したKYBは、「一歩先のモノづくり」をミッションに、高度な油圧技術を創り出す独立系油圧機器メーカー。自動車・二輪車用ショックアブソーバのリーディングカンパニーとして、世界の主要自動車メーカーとの取引を行い、業界を牽引するかたわら、独創的な技術開発を活かして、鉄道・建設機械・航空・新幹線・特装車両・免制震など、油圧をベースにした制御機器を幅広い分野に供給している。

長野パラリンピックの開催を控える中、ヤマハ発動機株式会社、神奈川県総合リハビリテーションセンターや横浜市総合リハビリテーションセンターなどが、連携して取り組む競技用チェアスキーの開発プロジェクトがあった。KYBが手掛ける二輪用リアクションユニットが、チェアスキーで使用するショックアブゾーバの形状に似ていることから声がかかり、同社独自のチェアスキー用ショックアブゾーバの開発が、本格始動した。

以来、ソルトレイク、トリノ、バンクーバー大会で、日本代表選手にショックアブゾーバを提供し続け、2015年8月より、日本障害者スキー連盟アルペンスキーナショナルチームのオフィシャルスポンサー及び公式サプライヤーとなり、前述した同社所属の鈴木猛史選手をはじめ、森井大輝選手、狩野亮選手ら計5名の強化指定選手に対し、強力なサポートを行っている。

挫折があったからこそ、大切な今がある

冬季パラリンピックにおける日本人初の金メダリストであり、通算10個のメダルを獲得した大日方邦子選手や、長野パラリンピックのスラローム(回転)で銀メダルを獲得した青木辰子選手など、名だたるトッププレイヤーたちにショックアブゾーバを提供してきたKYB。しかし、現在に至る道のりは決して平坦ではなかった。「ソチ以前と以後とでは、体制は大きく変わった」と石原さんは話す。

「ソチ以前の当社は、選手の要望をしっかり聞いて仕様を変更するなど、満足のいくサポート体制を提供することが厳しい状況でした。ちょうどその頃、スウェーデンの自動車部品メーカー、オーリンズが開発するショックアブゾーバが、チェアスキーの世界でも注目されていました。製品の性能はもちろんのこと、日本のアンテナショップで各選手の話を聞いて調整を行うなど、サポート体制も含めて、当時の弊社よりも優れていたため、当然ながら、選手の方たちは、そちらのメーカーにシフトしたのです」

これを受けて、KYBは心機一転、社内体制を立て直すことに。選手たちからの信頼を取り戻すべく、ショックアブゾーバをほぼゼロから作り直していくという命運をかけた一戦に挑んだ。マイナスからの厳しいスタートだったが、たゆまぬ努力と熱意が実を結び、選手たちは皆、KYBに帰ってきた。そして今、目前に迫るピョンチャンパラリンピックに向けて、一歩ずつ、着実に歩を進めている。

極上の乗り心地を実現するために
調整、改良、試乗を繰り返す

チェアスキーの競技用マシンは、一枚のスキー板の上に、シート、フレーム、サスペンションが取り付けられた構造になっている。滑走中の風の抵抗を減少するために、足元にカウルを付ける選手もいる。石原さんらが開発するのは、サスペンションの中枢を担うショックアブゾーバ。滑走中の衝撃を緩衝するための部品で、人体に例えるなら、身体にかかる衝撃を和らげる役目を持つ膝や股関節にあたる部分だ。

重量は、スプリングを抜いた状態で、約1200g。各部品において必要のない肉をできる限り削ることで、軽量化を目指す。

こちらが、KYBのチェアスキー用ショックアブゾーバ。基本的には、二輪車用のショックアブゾーバをベースとしているが、チェアスキー用ならではの工夫や難しさがあるという。

「シリンダーやガスタンクは、できるだけ大きくしたいのですが、フレームのサイズは予め決っているので、いかに性能を上げながら、その中に収まるものを設計するかということが、私たちの課題です。製品が出来上がると、実際に選手に乗ってもらい、率直な感想や要望などをヒアリングします。それを踏まえて、スプリングの長さを調整したり、シリンダーの中にあるさまざまな部品を一つずつ見直すなどして、仕様を煮詰めていきます。全ては、各選手にとって、快適な乗り心地を実現するためですが、最適な落とし所を見つけるのは喜びであると共に、苦心するところですね」

ショックアブゾーバの中身をばらして、仕様を変えて組み直し、また試乗する。これを可能にするのは、現状日本だけだという。

無限大の中から、最適な仕様を見つけ出す

「高性能なオートバイやレーシングカーに使用するショックアブゾーバの中には、油が入っています。それをピストンで押した時に発生する“減衰力”で、ダンパーの動きを制御しているのですが、より精度良く制御するためには、ガスによる加圧がポイントになります。それによって、性能がより安定します。この技術は、チェアスキーのショックアブゾーバにも活かしています」

シリンダーの中には、何枚もの金属の板が積まれている。ピストンに取り付けられたピストンロッドの前進運動によって、油がそれらを押し上げる時に発生する力で、減衰力を発生させるという仕組みだ。減衰力の強弱をコントロールするのも、これらの板だ。

「金属の板の大きさは1mm違いで、板厚も0.1mm違いのものを数枚用意しています。選手からの要望で、仕様を少し変えたいという時は、この板を1枚抜いたり足したりして微調整を行い、試乗してもらうことを繰り返します。選手ごとに、枚数も仕様も違います。試験機にかけてデータを取るのですが、選手が実際に感じている領域はデータに現れないことが多いです。例えば、1枚抜いても、データ上ではほとんど差がないのに、体感では違いを感じてもらえたり。板の組み合わせですか?無限大ですね(笑)」

後編へつづく

石原 亘(いしはら・わたる)
チェアスキーショックアブソーバ開発者。2009年、KYBモーターサイクルサスペンション株式会社に入社。スノーモービル、ATV用ショックアブソーバの設計を経て、2015年よりチェアスキー用ショックアブソーバの設計に携わる。また、設計開発を行う傍ら、チームの国内遠征にも同行し、現地での仕様変更などのテクニカルサポートも対応する。趣味はモトクロス、自動車ラリー競技への参加や、スキー、スノーボードなどのウィンタースポーツ。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 増元幸司)

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ランニングライフをさらに楽しく、奥深く!スマートフットウェア「ORPHE TRACK」

HERO X 編集部

現在、日本国内でジョギング・ランニングを年1回以上実施している人の数は、推定964万人。皇居外苑周辺にはランナー向けの施設が乱立し、ランニングイベントも全国各地で盛んに開催されている。2012年をピークに、ここ数年はやや落ち着きがみられるものの、ランニングは根強い人気を誇るスポーツだ。 「ORPHE TRACK」は、専用センサーを身につけて専用シューズを履くだけで様々なランニングデータを計測・分析してくれるスマートフットウェア。ただ走るだけではなく、タイムやランニングフォームなど「走りの質」にもこだわるランナーも増えつつあるなか、注目を集めているデバイスだ。

ランニングは誰でも手軽に始められるスポーツだが、唯一欠かすことができないのが、シューズ。日本製のシューズが競技を席巻した1960年代から、メーカー各社は究極の1足を目指し、時代ごとに最高性能のシューズを生み出し続けてきた。その結果、シューズは驚異的な進化を遂げ、今日に至る。そんななか、進化の過程でみるみると技術に磨きをかけていったのが職人達。多くのランナーを虜にするシューズを作り続け、『現代の名工』に選ばれた三村仁司氏は、日本のシューズ業界をけん引してきた1人だろう。

参考記事:http://hero-x.jp/article/4140/

だが、各社の切磋琢磨が進んだ現在ではどのメーカーのものも及第点以上の性能を有することとなり、差別化を図ることが難しくなってきた。こうした現状を踏まえ、シューズの性能以外の観点から “より良く走る” を追求したのが「ORPHE TRACK」だ。

このデバイスは、専用のセンサーと専用シューズを装着して走るだけで、自身のランニングデータを計測・分析することができる。ペースや距離はもちろん、ランニング中のフォームや着地法、ピッチ、足の傾きなど、従来は大掛かりな設備が必要だったこれらのデータを手軽に入手することができる。“走りの質” にこだわるランナーにとって、画期的なデバイスだ。

簡単にデータ分析までの流れを紹介しよう。まず、専用センサーを専用シューズの中にセットする。片足わずか30gのコンパクトなつくりで、装着感はほぼ感じない。このセンサー「ORPHE CORE」は、ランニング中、足裏のどの部分で着地しているか(着地法)、着地時の足の傾き(プロネーション)、地面との接地時間(左右バランス)、ストライドの広さ、ピッチなどを毎歩計測する。次に、ランを記録。いつものように走るだけで、センサーがランニング中の状態を詳細に記録してくれる。あとは、分析結果を専用アプリ「ORPHE TRACK Run」から確認するだけ。アプリでは、安定性や左右バランスの評価を行い、目標達成のためにデータをわかりやすく表示してくれる。ランナーは客観的なデータを得ることで、自身のランニングを新たな視点から捉えることができるはずだ。

「フルマラソン完走に向けてランニングフォームを見直したい」「リハビリにランニングを取り入れて、成果を確認したい」など、あらゆるランナーのニーズに対し、データでその実現をサポートするORPHE TRACK。より充実したランニングライフを送りたい方にとっては、必見のデバイスだ。

[TOP画像引用元:https://orphe.shoes/track/

(text: HERO X 編集部)

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