テクノロジー TECHNOLOGY

モーターもセンサーも使わない、わずか540gのウェアラブル歩行支援機【今仙電機製作所:未来創造メーカー】

2015年度グッドデザイン賞を受賞した、株式会社今仙技術研究所による歩行支援機『ACSIVE(アクシブ)』。これは、脳卒中片麻痺や高齢などで歩く力の弱い方が、腰と片足の膝下にベルトで着けると、本来の歩き方を得たように膝を交互に振り出す力をアシストするという、ユニークな装置です。腰と膝下のベルトユニットと2本のカーボンチューブのみと、シンプルながらも、歩行ロボットの研究から生まれたもの。そして2017年6月には『ACSIVE』に続き、健康な人向けにも歩く力を助ける『aLQ(アルク)』が新登場。この『ACSIVE』『aLQ』を共同で開発した、今仙電機製作所 グローバル開発センターの鈴木光久さんと名古屋工業大学・佐野明人教授にお話を伺いました。

ベルト装着のみでスムーズに脚が振り出せるようになる『ACSIVE』。

外回りの営業や、日本百名山を踏破したいなど、健康な方の長距離を歩く力をサポートする『aLQ(アルク)』。

電気やモーターを使わず、バネと振り子の動きが作用し、歩行介助。

Q 『ACSIVE』『aLQ』はどのようにして歩きをスムーズにさせるのですか?

鈴木さん:どちらも動力を使わず、「振り子」と「バネ」の機構によって動作します。名古屋工業大学の佐野明人教授が発見した原理を基に、佐野教授と、そして自動車部品メーカーから分岐し、日本で初めて電動車いすを開発した弊社とで開発しました。もともと佐野教授が15年以上にわたり二足歩行のロボティクス技術を研究し、その過程で人間の自力歩行の「歩ける原理」を解明しました。この『受動歩行』理論を基に、弊社は佐野研究室の受動歩行ロボットの設計製作をしました。受動歩行ロボットは、動力がいらず、位置エネルギーのみ、要は重力だけで歩くことができます。さらに佐野教授がこの原理を人に応用し、足を交互に踏み出す動作で生まれる「振り子の動き」と「バネの原理」を使えば、軽い装置で自然現象のように歩行を安定化して足運びを助けられると提唱し、2010年から共同研究を開始、2014年に『ACSIVE』を共同開発します。こうして『ACSIVE』は、モーターも電池もセンサーもコンピューターも持たない540グラムのウェアラブル歩行支援機として生まれました。簡単に着脱でき、ベルトで着けると歩行動作から腰部のバネに力を蓄えて、一歩一歩の膝の振り出しを静かにアシストします。

基となった受動歩行ロボットの研究では、佐野研究室は世界トップレベル

Q 四足歩行のボストン・ダイナミクスのロボットなど、歩行ロボット技術はアメリカが先行していそうですが、歩行支援ロボットの分野では日本も有望では。他にこのようなロボットの例は?

佐野教授:動力のある歩行ロボットの制御は、アメリカも進んでいます。日本でもサイバニクス技術を用いたサイバーダイン社のロボットスーツHALや、Honda歩行アシストなどがありますが、無動力のものはACSIVEくらいです。ACSIVEはモーターやバッテリーはありませんが、関節軸やリンクが備わっており、ロボット様式となっています。

鈴木さん:日本も歩行ロボットの歴史は長く、SonyHONDA、早稲田大学など世界に先駆けた二足歩行ロボットの研究があります。ロボット様式の私たちの『ACSIVE』『aLQ』の基になっている佐野教授の「受動歩行」の研究、「受動歩行ロボット」は、動力のない歩行という点が際立っています。無動力でトコトコときれいに歩き続ける受動歩行ロボットの研究では、佐野研究室は世界トップレベルだと思います。2005年に佐野研究室から詳細設計を請け負った受動歩行ロボット3号機は、私たち今仙の義足設計ノウハウを盛り込み、13時間45分をコンベア上で連続歩行してギネス世界記録認定を受けました。つづいて、2008年設計製作した成人サイズの『BlueBiped(ブルーバイペッド)』は連続歩行記録を27時間に更新します。国内では2008年度グッドデザイン賞を受賞しました。

佐野教授:受動歩行ロボットは、飛行機でいうところの紙飛行機やグライダーに当たります。脚の長さや重さ。円弧状の足の寸法。空中に浮いた脚(遊脚)の膝がまっすぐになった際にその反動で再び曲がらないように工夫(曲がって着地すると膝折れ転倒になる)するなど。肝となるところは他のロボットと比べてそんなに多くないです。また、ギネス世界記録を生み出した安定した歩行には、歩幅を一定にすることがとても大切です。

受動歩行の研究と自動車品質の開発技術、多数のモデルとの融合で最適化へ。

Q 歩き方は十人十色。『ACSIVE』の開発過程で最大の困難は?

鈴木さん:まさにその通り!! 一人ひとり歩きは違います。特徴の異なるそれぞれが『ACSIVE』を着けると、わずかながらも歩きにこの効果が影響し、さらに反応はそれぞれ。無意識下で身を任すのか、反射のように代償運動をおこすのか、その影響+代償を統合した運動を「アシスト」と感じたり、「邪魔・装着感がある」と感じたり様々です。装着感はウソがつけず、ファジーな部分が大きいため、数学的手法と多くのモデル数を得ることの両方を重視しました。

佐野教授:観察からというよりは、我々が研究開発している受動歩行ロボットの改良過程からの知見が大きいと思います。受動歩行ロボットは重力を巧みに利用し、2重振り子(リンクと呼ぶ棒が膝関節を介して2つ繋がっている)のような自然な動きをします。また、ロボットに取り付けるおもりの重さと位置を変えると、脚の振り出しが良くなったり、膝がより大きく曲がるようになるなど、ロボットの動きに変化が現れます。

鈴木さん:ロボットではおもりが歩行を調整しましたが、ACSIVEではどんどん引き算しておもりもなくし、本質的な部分が残りました。今仙技術研究所ではスポーツ義足のカーボンの板バネなど義足パーツも設計製造しております。その義足研究で培った「歩く」技術へのこだわりと佐野教授の受動歩行の研究とが融合し、ACSIVE誕生に至ったと思います。更に『aLQ』の開発では、開発チームを親会社である今仙電機開発センターで招集し、自動車の設計ノウハウや・品質基準を盛り込んでいきました。

佐野教授:誰しもロボットの動きを思い通りにしたいと思いますが、ロボットは好きに動きたいのかもしれない。受動歩行と呼ばれる歩行は自然に動きが生じます。ロボットが自ら歩いているのです。このように考え方を切り替えるのは少々大変で、今もそれが出来ているか自問自答しています。

鈴木さん:佐野先生のこのような視点は分かる気がします。私自身も、苦労して設計組付した受動歩行ロボットの等身大ヒューマンスケールを研究室に納品するとき、車のシートベルトを着けると(当然ながらサイズぴったりなのです)、感情移入から存在感が出るんです。帰路は助手席が空いて(巣立っていった)寂しい気持ちが湧き起こりましたので。

パラリンピアンのトレーニングから、日常生活、レジャーシーンまで。

Q 『ACSIVE』『aLQ』が拓くこれからは?

鈴木さん:リオデジャネイロパラリンピック400リレーで銅メダルに輝いた陸上競技の芦田創選手(トヨタ自動車)は、右上肢に障害があり、手首に装具を使用してバランスを巧みにとりますが、リオに行く前の約1年間、弊社の歩行支援ロボット『ACSIVE』を両脚に使っていただきました。おそらく各競技前のアップや強化練習のなかで足さばきのイメージトレーニングなどに使われたのでは。
こうしたイメージトレーニングなどの分野にも今後、『ACSIVE』『aLQ』は活躍していくかもしれません。かつてなら歩行支援機はあまり目立ちたくないものでしたが、『ACSIVE』も『aLQ』も、シンプルで軽く、充電もいらず、メガネのようなアイテムという印象で歩くことをサポートできます。ACSIVE』は、脳卒中、脳梗塞、脊柱管狭窄症、脊髄小脳変性症の歩きが弱い方にお試しいただきたい無動力の歩行支援機です。これまで杖をつくことに抵抗のあった方でも、着けて歩いていただければ、歩行姿勢がよくなり、体への負担が軽減され、数年前の自分本来のスムーズな歩き方を取り戻したように歩けるのではないかと思います。

麻痺のある方が『ACSIVE』を装着したビフォーアフター動画。『ACSIVE』装着前と装着後とでは、両足が連動した歩行時の体の左右バランスや速度の違いが一目瞭然です。

そして、この『ACSIVE』のノウハウを活かした『aLQ』は、より健康を目指す方へ手軽に装着しやすくした歩行支援機です。歩ける高齢層の方々が装着すれば、今まで以上に足が高く上がり、つまずきにくく、疲れにくく、ウォーキングやスポーツをアクティブに楽しんでいただけると思います。また、たくさん歩く方や旅行やレジャー、スポーツであちこち踏破したいといった場面にも、『aLQ』の活躍が期待できます。歩けることは心身の健康、生活の質とも関連します。だれでもいくつになっても元気に歩けて健康でいられる社会づくりに、『ACSIVE』と『aLQ』は身近なプラットフォームになれると思います。

Q 未来にどんなものがあったらいいですか?

鈴木さん:死ぬまでしっかり立てて歩けるもの。元気に歩けて健康になる道具。



鈴木光久(すずき みつひさ)
株式会社今仙電機製作所  IMASENグローバル開発・研修センター
兼任 豊橋技術科学大学 リーディング大学院 客員准教授


佐野明人(さの
あきひと) 教授
名古屋工業大学 大学院工学研究科 電気・機械工学専攻  


ACSIVE
長さ60×25×厚さ4cm 540g 脚長に応じてカーボンロッド交換(3種同梱)、ナイロンベルト(腰囲100cmまで対応)・右用/左用 180,000円(税別)
全国のACSIVE取扱店及び導入施設(義肢製作所・福祉用具取扱事業者/病院など)にて販売。


aLQ
両脚用 フリーサイズ(脚に合わせた長さ調整機能付き)760g 46,000円(税別)愛知、東京、静岡、京都、大阪の百貨店を皮切りに販売店は順次拡大予定。

株式会社 今仙技術研究所ACSIVE
www.imasengiken.co.jp

株式会社 今仙電機製作所aLQ
本社営業課 0120-80-2721
www.imasen.co.jp/alq.html

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【国立リハ×UCHIDA×RDS】パラリンピアンとリハビリ研究者の歩みが結実!

川瀬拓郎

医療・リハビリ領域での新しいシステム開発、ものづくりで注目を集める国立障害者リハビリテーションセンター研究所・神経筋機能障害研究室長の河島則天氏。パラアイスホッケー日本代表として活躍し、2010年のバンクーバー大会で銀メダルを獲得した高橋和廣氏。高橋氏をテストパイロットとして開発を進めてきた下肢装具「C-FREX」は、麻痺によって脚が完全に動かない脊髄損傷者の二足歩行を無動力で可能にするという。 そんな「C-FREX」とHERO X編集長率いるRDSが開発した「RDS WF01」がコラボ!来る7月14日、西東京市における点火セレモニーにて全貌が明かされる「C-FREX × RDS WF01」について、直前リポートをお届けする。

いつかその日が来ると信じてトレーニングを続けた

大学生時代のスノーボード中の転倒事故で脊髄損傷を負い、車いす生活となった高橋氏。病院でのリハビリを経てすぐにパラアイスホッケーに打ち込み、2002年から18年までの冬季パラリンピック4大会に日本代表として出場したキャリアを持つ。現在は代表から引退し、地元の西東京市の職員として勤務している。そんな高橋氏が聖火リレーランナーとして、久しぶりに公の場に姿を現すことになる。そこには、ある研究者との出会いが欠かせなかった。

高橋:事故直後は動かなくなった足もそのうち治るだろうと、あまり深刻に受け止めていませんでした。ここ(国立障害者リハビリテーションセンター:以下、国立リハ)に転院して初めて、もう歩けないということを知らされました。ただ、それまで打ち込んできたスポーツによって得られた経験や努力が無駄になるということはないし、きっとこの身体になっても何か自分にできることがあるはずだと思っていました。

河島:僕は2000年から国立リハで研究のキャリアをスタートさせましたが、最初に取り組んだ研究テーマが脊髄損傷者の装具を使った歩行リハビリでした。そのタイミングでカズ(高橋氏)が入院していたんです。入院中のリハビリで関わりを持ち、年齢が近いこともあって親しく接するようになり、退院後もその関わりはごく自然に続きました。当時はまだ再生医療のサの字もない頃でしたが、「麻痺した脚の機能を維持しておくことは重要だし、この先恐らく再生医療なども進歩するだろうから、退院した後も装具での歩行リハビリを続けていこうよ」と勧めて、実際にそれを続けてきた感じですね。

二度と自分の脚で歩くことができないという現実を受け止め、いつ来るか分からない医療の進歩を信じて20年以上もリハビリを続けて来られたのは、患者と研究者という関係性を超えた信頼と高橋氏の持ち前のポジティブな意識と日々の努力があってのこと。C-FREXの開発に至ったのも「いい装具がないなら、自分たちで作るしかない!」というシンプルな動機からだった。前回の取材から3年半が経過したが、改めて現在に至るまでの経緯を振り返ってみよう。

C−FREX開発初期段階のCG画像

記事を読む▶DIYスピリッツがもたらした二足歩行アシスト装具C-FREXの可能性【the innovator】前編

河島:C-FREXの開発は全くのゼロから始めたわけではなく、従来型の装具の構造や機能、そして使い手側のカズが歩行リハビリによって積み上げた動きやスキルがベースになっています。脊髄損傷者の誰もが歩けるロボットを作るのではなく、カズのアスリートとしての高い身体能力があるからこそ、無動力での膝を曲げた歩行も実現可能だろう、というのが開発前の思惑でした。モーターなど外部の動力を使って誰もが歩けることを目指すようなロボット装具とは、そもそもコンセプトや出発点が異なるわけです。カズと出会ってから20年以上になりますが、彼のパラアスリートとしての活動を通じて大きな人間的成長を得たことも、一緒にやってこられた要因ですね。

高橋:リハビリを義務的に捉えていたら、これほど長く続いたとは思えません。受傷直後の国立リハでのリハビリが終わっても、ほぼ毎日装具を使って家の周りを歩いていました。それがルーティンとなり、ライフワークとなっていきました。僕は股関節周りの筋肉も動かないのですが、C-FREXの支柱と残された体幹でしっかりと麻痺した脚を支えて、まずは安定した立位姿勢が可能になります。それから杖と上半身でバランスを取り、重心移動とともに体幹を起こす動作によって、振り子のように脚を前方に振り出していくのです。「杖で身体を支えるのはとても大変でしょ?」とよく言われますが、両手の杖はあくまでバランスを取るためのサポートで、麻痺しているとはいえ体重は装具と脚で支えますからそれほど疲れません。装具さえ壊れなければ1時間だって連続で歩けます。

オリパラ延期による一年を経てトリプルコラボへ
国立リハ×UCHIDA×RDS

開発中の装具の動画をご覧になればお分かりだが、C-FREXは振り子のように脚を交互に前方へ出して、重心移動させながら、膝の動きも伴った二足歩行を実現する。開発に着手したのは2016年からだが、それ以前の長年のトレーニングによってパイロット側の高橋氏が身体と装具の調和した使い方を熟知していることもあり、動力なしに膝の動作を実現するという目標を達成している。

高橋:転倒したこともありますが、それほど危険だと感じたことはありません。転倒して装具を壊して、歩けなくなる時間ができてしまうことの方がむしろ苦痛でした。C-FREXの開発以前からずっと歩行トレーニングをしていたし、多少の段差やスロープでもそれほど困難ではありません。

河島:以前に取材していただいたときのC-FREXはまだ試作段階で、ちゃんと膝を曲げて歩ける段階ではありませんでした。ある程度満足いく歩行になったのが、昨年、コロナの影響がなければ実施予定だった7月のトーチリレーの時期で、もともとはトーチリレーをお披露目の機会とする予定でした。オリパラの延期が決定した後、1年前にできていたことをただ繰り返すだけというのはもったいないので、歩行動作や膝の動きをスムーズにできるように改良を重ね、当初からコンセプトとして掲げていた車いすとのコンパチブルを実現させようということになりました。

以前の取材時は、装具と車いすの両方の開発をUCHIDA社が手がけていたが、今回の聖火リレーではRDS社の車いす「RDS WF01」を組み合わせることになった。両社ともにカーボン加工技術において屈指の技術力を誇る会社で競合他社でもある。ライバルのタッグは可能性への挑戦を意味し、その結果、双方の技術を駆使して新しいビジョンを示し得るプロダクトへと昇華しつつある。

河島:そもそもC-FREXの初期ビジョンには、より自然な歩行を実現するということに加え、“歩く”というアクティビティを実現するための環境やアクセシビリティを考慮した車いすとのコンパチブルを掲げていました。C-FREXの開発は今まで通りUCHIDAさんに、車いすに関しては別案件での共同開発を進めてきたRDSさんに技術連携をお願いして実現しました。今回の試みはあくまで新しいビジョンを示すプロトタイピングの段階ですが、実際にC-FREXとWF01を合流させてみたところ、思いのほか良く調和し、脊髄損傷者が使うシーンをイメージできつつあるため、プロダクトとして仕上げる方向もありかなと、率直に思っています。ちなみに調和の理由は、C-FREX、WF01のいずれも、僕が絶大な信頼感をもって接してきたプロダクトデザイナーの小西哲哉が手掛けたものである、という共通点があるので、当然といえば当然です。

高橋:従来型の装具では2本の脚を棒のように固定して歩行していたのですが、C-FREXは膝が曲がり、カーボンのしなやかさが良く作用するので、より自然な歩きになりました。膝を曲げて歩くというのは長らく忘れていた感覚ですし、自分の目で直視して曲がっていることを実感しながら歩けるようになったことは、大きな進歩になったと思います。車いすに関しては、WF01は見た目がかっこいいので、すぐに乗ってみたくなりました。いかにも車いすというデザインから解放されて心理的なハードルが下がったことで、外出意欲を向上させてくれる効果もあると思います。

記事を読む▶「WF01」で車いすの概念を変える!!RDSが送り出す最新パーソナルモビリティー

今できる技術をできていない分野へ転用すること

さて、まだ遠い未来の話になるが、先端医療では脳に電気的な信号を送って運動神経へと伝達させ、機能が失われた部位、欠損した部位を動かせるという取り組みが一部で話題になっている。こうしたアプローチについては、実現までのハードルが高いことや倫理面での問題が立ちはだかる。実際に現場で研究を続けている河島氏と高橋氏は、どのような見解をお持ちなのだろう。

河島:みなさんが思い描くテクノロジーを駆使した未来の医療・リハビリの姿は、BMI(ブレイン・マシン・インターフェイス:ヒトの脳とコンピュータをつなぐ技術)やロボットリハビリなどの先進技術かもしれません。我々の研究室では再生医療リハビリを主要テーマとしていますし、僕の本職は装具の研究開発ではなく新しいリハビリ医療技術の現場実装を目指すことです。ただし、高度な技術がなければリハビリが進歩しないかというと決してそうではなく、むしろ先進技術を駆使するという向きとは反対に、現状は本来使える技術や情報が溢れ、飽和している状態だと思います。「新しい技術を」と力まずとも、他の産業領域ですでに実現できている技術を適宜必要なところにあてがうだけで、障がい当事者への恩恵につながるようなものづくりや環境構築は充分に可能だと思っています。事実、今回のC-FREXは特殊なセンサーやモーター、製造技術を駆使したものではなく、すでにある装具にカーボン素材の特性や機構設計、デザインの要素を取り入れて、使いやすく洗練されたものにアッセンブルしたというだけのことですから。

高橋:再生医療が進化して脳から神経へ伝達することができたとしても、脚を動かすという感覚を忘れてしまっていたら歩けません。残された身体をいかに思い通りに動かせるようにしておくかということも重要だと思います。僕がC-FREXで歩いている時は、脳からの命令が脚にたとえ伝わっていないとしても、確実に“脚を動かしている”イメージをもって歩いています。装具というツールが身体と一体になり、自分の動きとして表現される、という感じですね。あと、歩きからは離れますが、車いすのことを言うと、通常の車いすのブレーキは、タイヤをレバーで押し付けるタイプがほとんどですが、WF01はディスクブレーキを使っており、これには驚きましたし、「これいいじゃん!」って興奮しました。タイヤにレバーを押し当てて車輪を止める方法よりも、ブレーキ機構そのもので止めるほうが「カチッ」っていう音もでないし見た目もスッキリするし、いいですね。ちょっとした改良かもしれませんが、実際に使う側にとってはありがたいものなのです。

たしかにディスクブレーキは昔から使われてきた技術で、決して珍しいものではない。旧態然とした車いすのイメージにとらわれず、既存の技術を転用するだけでも大きな改善につながる好例でもあるのだ。これまでも河島氏は、医療技術や義肢装具の進歩による恩恵を、より多くの障がい者が受けられることの重要性について言及してきた。絵に描いた餅ではなく、できることを着実に、実現可能な未来に一歩だけでも近づくこと。C-FREXは小児用モデルの開発や、脊髄再生医療後のリハビリツールへとつなげることも念頭に置いて既に計画しているというから納得である。普段使いの車いすとアクティビティとしての歩きをシームレスに繋ぐことを可能にしたC-FREXとRDS WF01のコラボレーション。「見ている人々にポジティブな印象を与えることができれば嬉しい」と語る河島氏と、ともにリハビリを続けてきた高橋氏の長年の歩みが今、披露される。

◎点火セレモニー・西東京市:7月14日(水)15:35~16:06
※当日はライブストリーミング配信予定。詳細は「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会 東京都ポータルサイト」へ。

河島則天(かわしま・のりたか)
金沢大学大学院教育学研究科修了後、2000年より国立障害者リハビリテーションセンターを拠点として研究活動を開始。日本学術振興会海外特別研究員、特別研究員SPDとしてのトロントリハビリテーション研究所での活動を経て、帰国後は新しいリハビリテーション技術の開発に取り組む。計測自動制御学会学術奨励賞、バリアフリーシステム開発財団奨励賞のほか、学会での受賞多数。2014年よりC-FREXの開発に着手。重心動揺リアルタイムフィードバック装置BASYS、3指電動義手Finchの開発をはじめ、数々のリハビリテーション装置の開発を手掛ける。

高橋和廣(たかはし・かずひろ)
1978年生まれ、東京都出身。小学6年生からアイスホッケーのジュニアクラブに所属、高校在学時には3年連続インターハイに出場。大学3年の時、スノーボード中の事故で脊髄を損傷し下半身不随に。リハビリ退院後にパラアイスホッケーに出会う。以後、東京アイスバーンズに所属し、02年のソルトレーク大会から3大会連続で日本代表として出場、2010年バンクーバーパラリンピックでは中心選手としてパラリンピック団体競技として初の銀メダル獲得に貢献。代表から引退した現在も河島氏とともに歩行トレーニングを続ける。

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(text: 川瀬拓郎)

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