テクノロジー TECHNOLOGY

センシング技術のプロが、「帝人フロンティア」とタッグを組んだ理由【the innovator】

富山 英三郎

未来のウェアラブル機器に欠かせない、エレクトロ二クス、通信、繊維という3大要素。これらを一気通貫に行える新会社『帝人フロンティアセンシング』が2018年4月に誕生した。スポーツ分野での普及を皮切りに、今後はヘルスケアや労働時の作業管理へと広げていくという。近い将来、同社からどのようなイノベーションが生まれていくのかに迫った。

世界でも類を見ない新会社が誕生

独自の無線技術をベースに、主にスポーツ分野における動きや生体信号を計測するデバイスの開発。さらには測定した数値の分析までを得意とする『スポーツセンシング』。そして、繊維製品を中心とした大手商社兼メーカーであり、近年はスポーツやヘルスケアにおけるウェアラブル製品の研究・開発にも注力してきた『帝人フロンティア』。そんなふたつの会社が『帝人フロンティアセンシング』という新しい会社を2018年4月に設立した。

代表取締役社長に就任したのは、スポーツセンシングの代表も務める澤田泰輔氏。新会社では、それぞれの強みを活かしながら、スポーツやヘルスケア分野における革新的なウェアラブル製品の開発をおこなっていくという。そこで、澤田氏にこれまでの軌跡と新会社が描く未来についての話を訊いた。

「スポーツセンシングという会社についてまずご説明しますと、スポーツバイオメカニクス(生理学、解剖学、力学を融合して身体の特徴をとらえる)分野における研究開発用機器の販売からスタートしています。前身の企業時代から数えると10年になります。きっかけとなったのは、当時はまだ海外の高価な計測機器しかなかったこともあり、より広く国内で普及させるための新たな製品作りが求められたことがあります」

指導者としての経験から生まれたテクノロジーへの興味

澤田氏は、U-12世代のサッカー指導者という経歴を持つ。その際、スポーツ分野におけるテクノロジーの必要性に気づき、スポーツセンシングを立ち上げることとなった。

「人口減少の時代、教えられる子どもの人数にもまた限りがあります。そのなかで、いかに素材を伸ばすかを考えたとき、教育という行為だけでは実現不可能な部分があることを感じたんです。私がコーチをしていた20年前であれば、ハーフタイムに前半戦の映像を活用するということは、到底考えられなかった。現在も根底にあるのは、計測 → 分析 → フィードバック → トレーニング/試合という循環をいかに適格かつ効率的におこなうかということ。そういうツールやサービスの種類が増えてスポーツ界に広まれば、より継続的な育成ができると思うんです」

スポーツセンシングの主力製品のひとつに『DSPワイヤレス筋電センサ』がある。これは、6軸センサ(加速度3軸/角速度3軸)を備えた計測機器で、表面筋電図と同時に取り付けた部位の運動データを詳細に読み取ることができるものだ。しかも、コンパクトな機器のなかに演算装置も組み込まれている。これをどう使うかは、スポーツの特性によって変わってくるので一概にはいえない。

「加速度センサーを活用するといっても、ボクシングならばパンチ力という評価軸になり、リハビリであれば身体の姿勢という評価軸になることもあります。つまり、計測自体は同じでも計算の仕方がまったく異なるんです。だからといって、パソコンにすべてのデータを漏れなく転送することは難しく、計算精度を得られないことが多々ある。そのために、小さいセンサーの中に演算装置を組み込んでいるのです」

計測した数値を、どのような評価軸で提示する(フィードバックする)のか。そこもまた重要なのだ。

「もうひとつは無線技術です。我々が独自の無線方式(国内電波認証取得済み)を開発しているのは、複数を同時に測るため。ラグビーやサッカーのような競技では、20人や30人を同時に計測したい場面があるんです。そうなると、Bluetoothのような一般的な技術ではマッチしません」

DSPワイヤレス筋電センサ(乾式)

スポーツジャンルを問わず、競技技術の向上を目的とした製品作りをおこなってきたスポーツセンシング。一方で、計測という意味では応用範囲が広いため、ヘルスケアはもちろん、ロボット工学や人間工学など、人の動きを取り扱うジャンルの研究者にも広く活用されている。すでに、500を超える大学の研究室で使われているというから驚きだ。

ウェアラブル化により、いつもと変わらない動きが計測できる

さて、ここからが本題。そんなスポーツセンシングが、革新的なウェアラブル製品へと注力する際に、なぜ帝人フロンティアと組んだのだろうか。

「計測機器を身体に取り付ける際、選手や被験者の方々にとって違和感のないものであることが重要です。機器を取り付けたことで、いつもとは違う動きになったら意味がありませんから。そこを突き詰めていくと、ウェアと一体化したものになっていく。そのためには、繊維の技術、糸を作る技術、ウェアを作る技術が必要不可欠になってきます。そこを自前で開発するということは不可能です。ですから、日本を代表する繊維商社であり、さまざまなグループを持つ帝人フロンティアさんと協業できることは大きな強みなんです。繊維、エレクトロニクス、通信、そこを一気通貫してできる会社は世界に類を見ません」

ウェアにポケットを取り付けて装置を入れたり、サポーターのようなものに貼り付けるのではなく、ウェア自体がデバイスも兼ねていれば計測していることを忘れてしまう。吸汗速乾性やストレッチ性など、快適な着心地を備えていることも重要だ。そんな世界を目指して、帝人フロンティアセンシングは誕生している。

帝人グループがこれまでに開発したウェアラブル技術の一例:関西大学と帝人株式会社の共同開発によって生まれた、圧電体を組紐状にしたウェアラブルセンサー「圧電組紐」。柔軟かつ屈曲性のある紐状のセンサーなため、目的に合わせてさまざまな太さや長さ、形状に調整可能。脈拍計測など広い用途での使用が可能。

「心電・心拍や加速度を計測するものなど、スポーツセンシングがすでに発売しているものはすべてウェアラブル化していきます。早いもので今年の秋には発表できると思います。分野としては、スポーツ、ヘルスケア、作業管理が大きな柱。スポーツは運動強度が高く、リハビリなどのヘルスケアは運動強度が弱く、作業管理はその中間といった感じ。作業管理に関しては、発汗の管理やストレスのようなものを計測しながら、居眠りや疲れを予想していくアルゴリズムを作っていきます。まずは熱中症対策からスタートする予定です」

高みを目指す、すべての人が活用できる社会へ

ウェアラブル、つまり計測機器がウェア化することで、今後はB to Cの領域が広がっていく。では、パラスポーツに関しては、どのような動きが生まれるのだろうか。

「スポーツセンシングとしては、すでにパラリンピック競技をされている方々と深い関わりがあります。開発中のウェアラブルデバイスにおいても、さまざまな競技で導入の流れが進んでいます。パラ系競技の場合、疲労度などが外見から判断できないことが多いのです。なので、いまは選手交代もプレイ時間で見ていくしかない。今後は良質なデータを得ることで、より安全で高レベルな競技ができるようになればと思っています」

最後に、革新的なウェアラブル計測器を生み出すことで、どんな未来がやってくるのかを聞いてみた。

「私の夢は前述のように、計測 → 分析 → フィードバック → トレーニングという循環のスピードを速めることなんです。その実現のひとつにウェアラブルがある。また、古くからトップアスリートの方々とご一緒してきましたが、たとえマイナーな競技であってもトップを目指している人の熱量は変わらないんです。お金が多く集まる競技ばかりにツールやソリューションが集中するのではなく、どの競技でもどんな世代でも、高みを目指そうとしたら手に入るツール、システム、ソリューションを提供することで、社会に貢献できればと思っています」

澤田泰輔
帝人フロンティアセンシング株式会社・代表取締役社長
九州芸術工学大学(現九州大学) 芸術工学部 音響設計学科卒。学生時代よりU-12世代のサッカー指導者として活躍。音響機器メーカー入社後も、指導を行っていた。その後、フリーランスのエンジニアとなり、株式会社ロジカルプロダクトへ参加。2015年、スポーツ分野向け計測機器の開発・販売を行う株式会社スポーツセンシング代表取締役社長へ就任。2018年より、帝人フロンティアセンシング株式会社の代表取締役社長と兼務。

(text: 富山 英三郎)

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コロナで窮地のANAが力を入れる新たなビジネス“ドローン宅配便”

宮本さおり

「空気と景色は綺麗だけれど生活するにはちょっと不便」そんなイメージの離島暮らし。ところが、こうした固定概念を覆すサービスが始まろうとしている。ドローンイノベーターも注目する離島での実証実験。その取り組みはいかなるものか。

“欲しいものが思い浮かばない”
いきなりぶち当たった利用者からの言葉

「運んでほしいもの? 特に思いつかないね~」長崎県にある五島列島でヒアリング調査を行っていた保理江裕己氏は正直、面を食らった。五島市が2019年に立ち上げたドローンアイランドプロジェクト。プレゼンを勝ち残り、実証実験の実施企業に選ばれたANAホールディングスでこのプロジェクトを仕切るのが同社のデジタル・デザイン・ラボ ドローン/エアモビリティ事業化プロジェクト(当時)のリーダー、保理江氏だ。ワーケーションや小中学生の「しま留学」など、近年面白い取り組みを続けてきた五島市が、新たなプロジェクトとして考えたのがドローンを使って島民の暮らしを便利にするということ。ところが、当事者である島民にニーズを聞く調査では、なかなか希望が上がらない。この島での暮らしで満足している島民にとって、「運んでほしいもの」という質問は漠然としすぎた難しい質問だったようだ。しかし、いざ自分の暮らしに直結する便利さを経験すると、風向きは変わった。

五島列島の一角にある五島市は、長崎県の西方海上100キロメートルほどに位置する大小152の島々からなるエリア。11の有人島と52の無人島があるのだが、中には、商店などが全くないという島もある。島で暮らす人々は、そこでの暮らしが当たり前となっており、いざ「欲しいもの」と聞かれても、何が必要なのかがなかなか見えてこない。そんな中、ドローンでの輸送実験に最初に手を挙げてくれたのは医療機関だったという。

それぞれの島を結ぶのは船。運行表では、便は毎日あるのだが、実際はそうでもない。海が荒れた日は当然のことながら船は出航しない。もちろん、緊急時には医療ヘリも飛んでくるが、本島で受けられるような身近な医療サービスについては不便な状態が続いていた。「例えば、血液検査をしても、結果が翌週まで伝えられない状況がありました」(保理江氏)。

島の医療関係者に物資を手渡す保理江氏。

小さな島では医師が常駐していないこともある。巡回診療を行う医師が診療所や患者宅で血液検査のための採血をしても、検査機関のある本島に血液を運ぶ手段は船しかないため、たとえ船が出航しても結果を受け取るのは翌週となる。「医師は、翌日には別の島で往診するため、次の巡回診療まで、検査結果を伝えられないんです」と保理江氏。ところが、ドローンを使うと患者は即日データを手にすることができるようになった。

「午前中に採血してドローンで福江島に飛ばし、即検査にかけると、午前中の間に検査データを知らせることができたんです」(保理江氏)。つまり、島内に医師がまだいる間にデータを医師に渡せるため、結果を敏速に伝えることが可能になったのだ。こうして利便性を実感した島民を皮切りに、次々とリクエストが上がるようになった。

ドローンで商品の即配を実現
コンビニとのコラボ

長崎での実験に平行して動いていたのが福岡市での取り組みだった。実は福岡市にもいくつかの離島がある。2010年には玄界島という島での実証受験を開始、続いて実験をはじめたのが本島側の船着き場から船でわずか10分のところに位置する能古島(のこのしま)だ。数年前に島で唯一の商店が廃業したため、島民は日用品を揃えるのにもわざわざ船で渡る必要があった。他の離島に比べると本島との距離は比較的に近いとはいえ、日々の暮らしのこととなれば島民にとってはかなり負担だ。そこで、本島側の船着き場周辺に店舗のあったセブン-イレブンが、月に数回、移動販売車で島に渡り、島内数カ所で移動販売を行うようになっていた。とはいえ、常時、移動販売車が来るわけではないため、島民は船で本島まで買い物に出てこなければならない。

「ドローンを使えばわざわざ船で渡ってこなくても、品物を届けることができます」(保理江氏)。都心ではすでに導入が進むネットコンビニという仕組みを、ドローンを配送手段にして行う実験がこうしてスタートすることになった。

新しいことにつきものの法律という壁

実は現在、ドローンで物を運ぶには法律でいくつかの規制がかかっている。その一つが重量制限の問題だ。機体と荷物の重さを合わせて25キロまでなら空を飛ばすことができるのだが、それを超えると法律にひっかかる。機体の重さを差し引くとドローンで運べる重さは5キロほど。それでも、大きな買い物袋2袋分くらいは運べるという。

とにかく、やってみなければ便利さは伝わらない。セブンイレブンジャパンと協力し、“ドローン宅配便計画”が始動した。「お惣菜も頼めるの?!」島民がウキウキしながら注文画面をクリックすると、1時間程で島民の元に品物が届いた。「これは便利!」噂は広がり、当初の予想を上回る多くの注文が入ってきた。面白かったのがアイスクリームという注文だ。

能古島に向けて物資を運ぶドローン

注文されたのはちょっとリッチな気分が味わえるアイスクリームメーカーのアイス25個。「いつもはクーラーボックスを持参して購入後は急いで家に帰っていたそうです」(保理江氏)。保冷剤をいくらつめても、自宅にたどり着くまでには少し溶けることもあったというアイスクリームが、ドローン配送では溶けずに自宅に届いたのだ。「これはよかね!」こうして利用者の4割がリピーターとなり、5日間行った実証実験では約50件ものオーダーが入った。

「僕たちが目指しているのは“空飛ぶ三河屋”です」と保理江氏。かゆい所に手が届く、ちょっとした品を気軽に頼める御用聞きのような存在だ。コンビニエンスストアなどと組むことで、島の暮らしに“三河屋”を提供することができるのは、小回りのきくドローンならではの利点だろう。

ピンチに遭っても歩みは止めない
知識と経験を生かすドローン空輸

しかし、ANAといえば日本を代表する航空会社。今回のコロナ禍で業績的には大きな打撃を受けているのは周知の事実だ。まだ先の見えない新規事業を続けるには厳しい状況と言えるのだが、ドローンについては歩みを止めないことを決めたようだ。

「もちろん、簡単ではありません。国や自治体など、実証実験費用を拠出くださる制度にいろいろと応募して、なんとかやりくりしています。しかし、会社から“止めろ”と言われたことはなく、むしろ応援してくれています」

というのも、ドローンのプロジェクトが立ち上がったのは2016年だった。リーマンショックの経験から、次なる危機の到来に備えるためにと、社内では新たな事業の創出にむけての動きが活発化していた。主力の旅客事業含め、多様なメンバーが集まってできたのが現在、保理江氏が所属するデジタル・デザイン・ラボだった。

「元々ドローンに興味があったんです。お客様を乗せた旅客機を運航するには機体の整備から航路の計算まで、技術的なことはもちろん、人的にも様々なことが必要です。僕たちANAは普段からお客様の命を預かっていますから、“万が一は許されない”という現場で常に働いてきました。安全を第一に考えてきたANAの人材と技術を使えば、ドローンを使った取り組みをより早く広げられるのではと思ったんです」

今のところ、人の行き交う上空で荷物を積んだドローンを飛ばすことは法律で規制されている。だが、来年には、この規制が緩和される兆しが見えてきた。人の視線に入らない高さの上空ならば有人地帯での運航を認めようというのだ。

「飛行機を使った運航全般を担ってきた旅客機事業同様に、ドローンも自社で機体を開発するのではなく、運用をする方向で考えています。ANAが航空業界で培った知識と経験を活用し、ドローンという新しい輸送手段の確立を牽引していこうと思っています」

保理江裕己(ほりえ・ゆうき)
2009年4月全日本空輸株式会社入社、航空機運航における運用技術や航空機整備における技術業務に従事した後、2016年7月よりデジタル・デザイン・ラボにて新規事業を担当。

現在、エアモビリティプロジェクトを担当(ドローンプロジェクト兼務)。

経済産業省 始動Next Innovator 2017 最終選抜、内閣府宇宙ビジネスアイデアコンテストS-booster2018ファイナリスト。

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(text: 宮本さおり)

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