対談 CONVERSATION

“計測”でスポーツの未来を切り拓く男、仰木裕嗣【the innovator】

中村竜也 -R.G.C

スポーツ工学って?と思う方は多いはず。このあまり一般的ではない分野を端的に説明すると、“スポーツ=体育”と考えるのではなく、機械工学の目線から違う角度で捉えることにより、その先にあるさらに質の高いライフスタイルを創造していくという分野である。そして今回は、この隙間産業のような狭き門の「計測」という観点から、スポーツの世界を変えようと志す慶應義塾大学スポーツ工学教授・仰木裕嗣氏に、HERO X編集長 杉原行里がお話を伺った。

杉原行里(以下、杉原):お会いできるのを楽しみにしていました。なぜ仰木教授に興味を持ったかというところからお話させてください(笑)。僕が、計測が持つ重要性を考え始めた理由は、世界的チェアスキーヤーの森井大輝選手(http://hero-x.jp/article/193/)のマシン開発に携わったことに始まります。

彼は、2014年ソチ・パラリンピックの出場時に転倒をしてしまったんですね。その理由を分析していくと、素材の選出や剛性、はたまたソチの雪質など様々な要素のバランスがかみ合っていなかったことに気がつきました。その原因を僕らなりに数値化していく作業を積み重ね、実際に反映していくことで、彼の成績がどんどん向上していったことが計測ということに真剣に向き合ったきっかけです。

仰木教授は、その“計測”をしっかりとした理論に基づき、スポーツを面白くさせようとしているのを知り、是非その考えをHERO Xを通して世間に広めたいと思い対談を提案させていただきました。

仰木裕嗣(以下、仰木):そうなんですね。ありがとうございます。人とはだいぶ違うことやっているなとは、正直思っています()。僕は、“Evidence Based Sports”2000年くらいから言い続けていることがあるのですが、それは最近よく聞くスポーツアナリティクスとは全く違うものなんですね。なぜならスポーツアナリティクスを簡単に言ってしまうと、チームマネージメントのことなので、選手の身体動作そのものが上達することが期待できないものなんです。いうならば、監督やコーチが作戦を立てるために必要な材料ということですかね。

でも僕の推奨している“Evidence Based Sports”とは、人間の体の動かし方の良し悪しを見て、技術を向上させるのが目的。そして、この研究の最終的な目標は、センシング(※1)で選手を発掘するというところを見据えています。
※1 センサーなどを使用してさまざまな情報を計測・数値化する技術。

杉原:なるほど。仰木教授がやろうとしていることは、その人の可能性を発掘して育成までをするということなんですね。

研究結果が反映される場面とは

慶應義塾大学スポーツ工学教授 仰木裕嗣氏

仰木:我々が主に行っている研究は、ひとつはモーションキャプチャーなどを使った歩行解析やランニングの解析。これは人間だけではなく、馬もJRAと協力してサラブレッドの研究にも取り組んだことも。ふたつ目は個人研究になるのですが、スポーツ飛翔体といってボールやスキージャンプなど飛んでいくものにセンシングデバイスを内蔵し、計測をするということ。

それらの研究から、スキージャンプレコーディングシステムというのを開発しました。これは、スキージャンプで、飛んだ軌跡を瞬時に計測できる装置なんです。今までこの軌跡を出すのに1週間くらいかかっていたのですが、実際に1週間前のジャンプの空力特性のデータはこうでしたと言われてもちょっと困りますよね。練習中にこのデータを見ながら、一本一本ジャンプの修正できなくては本来意味がないものですから。

杉原:本当にそう思います。ちなみにこの装置は実際に使用されているんですか?

仰木:それがまだで。高梨沙羅選手のホームである蔵王ジャンプ台が国際基準のスロープの形をしているので、ピョンチャンオリンピックに向けいろいろと画策をしているのですが、思うようには進んでくれませんね。もしエビデンスが取れるスキー場が蔵王にしかなかったら、世界中から選手が集まると同時に、町おこしにもなるわけですよ。

同時にこの装置はテレビにも向いていて、前の選手が飛んだ軌跡と、いま飛んだ選手の軌跡を重ね合わせて同時に見せることも可能なんです。そうすることで、ゲームに近い感覚でお茶の間で楽しめたら、また違う層もファンとして取り込める可能性も生まれてくると思いませんか。

杉原:確かに!視聴者がコーチ感覚になれるということですもんね。今まで自分の興味がなかったスポーツだとしても、この入り口があることで新しいアプローチが生まれるわけだし。

仰木:結局スポーツ全体を面白くしないと、見に来る人は増えないんです。そして見に来る人が増えたら、スポーツ界全体の底上げになるじゃないですか。

今後、どのような場面でスポーツ工学は活用されるのか

仰木:障がい者の選手達に、3Dプリンターでグローブの作り方を教えるプロジェクトを進めています。車いすの選手達と言っても上半身は健常者と同じじゃないですか。なので、3Dプリンターでの物作りを学び、自分のものにすることが出来たら、彼らの職に繋がるのではないかなと思い、研究室で後押ししているところです。

杉原:素晴らしいですね。お話を聞いていて感じたんですけど、仰木教授は研究者でありながらビジネスマン的な考えもお持ちだなと。

仰木:そうかもしれないですね。慶應で体育の教員をやる前は、個人事業で商売をしていたことが活きているのかもしれません(笑)。

杉原:失礼かもしれませんが、大学の教授とお話している感じがしませんでした(笑)。

仰木:分かります。機械工学の先生だとこういう発想がないですからね。開発に対してきちっとした仕事はするけど、それがゴールになりがちですもんね。

常に研究結果をその先に活かすことを目指している仰木教授。優しい口調からは想像出来ない強い意志をお話しから感じた。それはスポーツに対する真っ直ぐな気持ちがあるからこそ生まれる、純粋な考えなのであろう。

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 壬生マリコ)

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対談 CONVERSATION

真の「超人スポーツ」実現は、もうすぐそこに! 前編

中村竜也 -R.G.C

「超人」と聞くと、子供の頃に胸を熱くして見入っていたあの漫画を思いだす。人間とは違う次元の能力を持った正義超人とを悪魔超人が戦うあれ。その「超人」は、現実味を帯びない架空の存在であった。しかし、現代の超人はそのイメージとは少し異なったアプローチ「超人スポーツ」という形で現実化してきている。今回はそんな夢物語を叶えるべく、東京大学・先端科学技術研究センター身体情報学教授という肩書を持ちながら、「超人スポーツ協会」の代表をつとめる稲見昌彦博士に、HERO X編集長・杉原行里(あんり)が、テクノロジーを通したスポーツの目指す未来像について話を伺った。

テクノロジーで引っ張る、
新しいスポーツの形とは?

人間の身体能力を補綴・拡張する人間拡張工学に基づき、本来持つ身体能力を超える力を身につけ「人を超える」、あるいは年齢や障がいなどの身体差により生じる「人と人のバリアを超える」。このような超人 (Superhuman) 同士がテクノロジーを自在に操り、競い合う「人機一体」の新たなスポーツを「超人スポーツ」という。

そして、誰でも等しくスポーツを楽しめる権利をさらに一歩推し進め、得意不得意、年齢、障碍、資格を問わず、誰もが楽しくスポーツをする未来を創造するのが「超人スポーツ協会」。稲見博士はそこで、超人スポーツの研究開発、コミュニティの育成、時代に対応したスポーツをデザインするなど、その分野の普及を目指す活動を行っている。

杉原行里(以下、杉原):同時進行で、たくさんのプロジェクトを抱えていると思うのですが、その中の1つである「超人スポーツ」について聞かせてください。そもそも、なぜ「超人スポーツ」なんですか?

稲見昌彦博士(以下、稲見):最初は、超人スポーツというコンセプトだけで集まったのですが、徐々に仲間が増えていくうちに、ちゃんと開発もしていこうということになりました。そこで、「標準的な人」というモデルがいたと仮定します。今の社会では標準人というのがなかなか定義しづらいのならば、むしろ身体性にダイバーシティー(多様性)がある状態をそのまま技術で拡張していくことによって、いろいろな事が得意な人が、新しい競技を競うという形が、我々の考える「超人スポーツ」かなと。

杉原補完ではなく拡張ということですね。

稲見そうですね。それと身体にダイバーシティーがあるということは、ある意味「分散」とも言えます。ですがそこで、分散を無くすのではなく、ダイバーシティーを大きくするためにテクノロジーを使っていこうと。私の研究のコンセプト自体が「人間拡張工学」というのがひとつあるので、超人スポーツという段階に至る前には、拡張スポーツという考え方でも取り組んでいました。VR(バーチャルリアリティー)も昔からやってはいるんですが、私の中ではただの道具なのでそれだけでは成り立ちません。なぜなら人間の身体なり感覚機能を増強するため、もしくは実験環境として便利な道具だからです。

杉原僕にとってのデザインと一緒ですね。



器具で人体を拡張した選手同士が激しくぶつかり合い、相手を先に倒すかエリアから出した方が勝ちとなる“バブルジャンパー”。

稲見:杉原さんは絵筆、私は検証する場所と置き換えればそうかもしれませんね。ただ正直なところを言うと、これぞThe超人というのは、まだ競技にはなっていません。なぜなら多くの人が簡単にイメージできる、空を飛びながらや、水の上で戦うというくらい分かりやすく超人的な競技が、本来あるべく超人像のひとつだと思うからです。

しかし現実的にはまだ厳しいかなということで、まずは東京2020を1つの目標とし、出来ることからやっていこうと。また、一方でエキシビション的な形で、超人というべく技術にはどういうものがあるかなどを、競技まではいかなかったとしても、みんなが体験できるような状況で可視化していくのが大切かなと思っています。

スポーツ競技としての課題とは?

杉原いまお話しいただいたようなことは、今後リーグやプロフェッショナル化させることを考えているのか、それともレクリエーション的な要素で触れ合いのツールとしてなのか、それとも両方掛け合わせたようなスポーツという定義でいくのか、どのようにお考えですか?

稲見やはりまずは、超人スポーツ内で競技の競い合いをしていき、その中で公式競技の入れ替え戦を行うなど、その輪が広がっていく働きかけをしないとプレイヤーは増えていかないと思っています。また時間が掛かるという意味で、ちょっと悩みでもあるのですが、超人化という技術を開発しようとすればできるかもしれない、でもスポーツを広めるとなると、道具が高額すぎないという条件が増えてくるんですね。すなわち、テクノロジーが入ると価格で普及しない、というのが難しいところなんです。ですから、スポーツ競技としての確立というよりかは、今あるテクノロジーをどう落とし込むかということが大きな課題となっています。

杉原例えばサッカーならば、道具すべてにではなく、ボールかスパイクかウェアに何か1つテクノロジーを入れ込むといったことでしょうか。

稲見そうなんです。まずボールにだけでもいいので何かを始めないと、結局広まっていかないんです。いくら理念が高くても、誰も関わることができなければ意味がなくなってしまう。そういう意味ではまだ、“ゆるスポーツ”の方が、価格面を含めやりやすい条件が揃っているかもしれませんね。

後編では、超人スポーツが目指す、今後のあるべき姿についてお話しいただいています。

後編につづく

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 河村香奈子)

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