福祉 WELFARE

落合陽一が率いる新プロジェクトがついに始動!「X DIVERSITY」の全貌に迫る

高橋亜矢子-TPDL

研究者・メディアアーティストの落合陽一を代表として他の3人の研究者・デザイナーが手を組み、個性を活かせる新たな社会を生み出そうとしている。プロジェクト名は、X DIVERSITY(クロスダイバーシティ)。それは一体どんなものなのか、なにをしようとしているのか。2018年3月、日本科学未来館にて開催されたシンポジウムから、その全貌に迫る。

X DIVERSITYの使命と実現したい社会

東京・お台場にある日本科学未来館。当日はあいにくの雨にも関わらず、200人以上の来場者が集まった。登壇者は落合さんのほかに、大阪大学准教授の菅野裕介さん、HERO Xにも登場いただいた富士通UIデザイナーの本多達也さんとSONY CSLXiborg遠藤謙さん。会場では手話通訳者として和田夏実さんのほかに、聴覚障がい向けの情報保障として富士通のLive Talkも採用された。

「生まれながらにして視聴覚・身体能力に障がいのある方はいらっしゃいますが、高齢化社会では何らかの障がいをもつ人も増え、様々なダイバーシティが生まれます。できないこととできることを考えたときに、できないことをなるべく小さくして、できることをより拡張する。そうすれば、本当に個性が活かせる社会になるのではないか、ということを我々は考えています」

シンポジウムは、落合さんによるプロジェクト概要についての講演からスタート。X DIVERSITY始動の背景として、科学技術振興機構(略称JST)のCRESTに採択されたプロジェクトであることも冒頭でふれられた。

「少子高齢化によって我々の社会を維持する介護・福祉における労働力は限られており、(移民などの抜本的な人口維持策がなければ)何らかの工学的な解決が必要です。我々は人や環境の違いとAIをクロスして、多くの人々が問題解決に近づく仕組みを考えています。ダイバーシティと言っていますが、要はインクルージョン(包摂)可能な社会。多様性のある人たちがインクルーシブになっている社会を生み出すことが我々の使命です」

その課題解決のために集められた選ばれし仲間たち。ジェネラリストの落合さんを筆頭に、3人のスペシャリストがチームを支える。

僕の中でこの X DIVERSITYは、『チーム作り』が命だと思っているプロジェクトのひとつ。横に分けると僕と菅野さんがアカデミックな仕事で、本多さんと遠藤さんは産業界の人。縦に分けると僕と遠藤さんはスタートアップをやっていて、菅野さんと本多さんは大組織に属しています。さらに、僕と遠藤さんと菅野さんはPh.DDoctor of Philosophy)持ち。それぞれの技術的専門性と連携して社会的にアプローチしていきたいと考えています」

気鋭の若手研究者が描き出す未来

X DIVERSITYの取り組み事例として、髪で音を感じる新しいユーザインターフェイス〈Ontenna〉の紹介が本多さんより行われた。OntennaについてはHERO Xのシリーズ連載(http://hero-x.jp/movie/2692/)で取り上げさせていただいたので、ここでは割愛する。

その後のパネルトークでは、未来社会デザインに向けて社会課題にどうやって技術で取り組んでいくのかということをいくつかのキーワードをもとに議論された。

落合僕と遠藤さんがよく話しているなかで、一番重要なのは【マーケットサイズ】の話。

遠藤義足もOntennaも、ものを売るだけでは成り立たないところがありますよね。義足は足のない人しかマーケットがないのですが、Ontennaは健常者も障がい者も関係なく楽しめるという側面がある。それが市場を広げる工夫なのかなと思います。

落合:ロボット義手が玩具というカテゴリで販売していたりするじゃないですか。要は品質保障しないと医療器具としては扱えないわけで。

本多Ontennaを医療器具にはしたくないですね。そうしてしまうと届けるのに時間もかかるし、価格もすごく高くなってしまう。マーケットの話もありますが、障がい者のためのものだけになるとデザインもよくなくなってしまう。むしろ誰もがつけたくなるようなカッコいいものを作りたいという想いがありました。

落合:遠藤さんと【スキーム】の話もよくしています。我々はバーチャルラインをもっているので、問題を抽出して、データセットして、統合化することはできるけれど、ネットプールを使ってライセンス管理するところまでは難しい。データのプラットフォームをきちんと作らないとこの国でうまく生きていくことはできないし、攻撃性の高いことをやらないといけないと思っています。

遠藤:一方で安全面をしっかり考えないといけないので、Ontennaでも義足でも同じような問題が発生したときに共通化してみんなに伝えられるような組織体があったら嬉しいですね。そうすれば、みんなが幸せになれるようなものをどんどんテクノロジーで生んでいけると思います。

落合:あとは【当事者感】がすごく重要だなと思っています。実際に聞いてみないとその人たちが抱えている問題はわからない。

本多Ontennaで言えば、振動で伝えてくれて感動したという声もある一方で、僕は生まれてから耳が聞こえないのに、こんな振動もらったってしょうがないよ、みたいな話もある。

落合:ここらで【菅野ぶち込み】してもらいましょうか(笑)。

菅野:僕は当事者ハッカソン的なものにすごく可能性を感じています。大学にいる人間だから教育の価値を信じているところがあるんですね。人も機会学習をするとなったときにうまく設計ができていて、当事者であるユーザが自分なりの機会学習をすることができれば、将来的に多様な社会につながると思います。すごく【hackable】なOntennaだったら誰もが使うと思うんですよね。

落合:まさしくそうで、【hackable】なツールを本人が本人の理解の上で動かす分にはそれは医療器具じゃないしウェアラブルな自作電化製品になるはず。ドライバーを使って電池交換するぐらいは誰でもできるわけで、そのくらいの感覚でOntennaが調整できたらいい。僕も教育の可能性に期待しています。

遠藤:【プロトの話】とありますが、今の流れでいうと、早くプロトタイプを作って、買い手を見つけてどんどんサイクルを回し、最終的にやりたいところに辿り着くみたいなシステムでやっていますが、大企業だと辿り着くまでに死んでしまうプロジェクトがいっぱいある。一方でベンチャーでは、辿り着くまでのサイクルが回せない。

落合:ちょっと作ってみた、というものがポンポン出せるようになればいいのですが、その反面品証の面で爆発しちゃったらまずいわけで。電子工作好きが自分でつくったものがショートして火を吹いたのならすぐ対応にできると思いますが、買ってきた携帯電話が爆発したら全く対処法がわからない。

菅野:独断でデザインしてしまうと100%の性能を期待してしまうけれど、使う側がハックして作っていくというところだと、そこそこの性能で使えるというのはあると思います。

落合:僕が思っている本多さんと遠藤さんのおもしろいところは、普通友達に耳が聞こえない人や片足がなくなってしまった人がいたら、そういうボランティア団体とかをつくるじゃないですか。それなのにふたりはモーターとアクチュエータの性能で解決しようと考えるところが【hackable】な精神だなと。問題を根本から解決する方法を探すほうがアプローチとしては困難ですが、その困難なことができたら問題は完全に解決する。それって実はすごく大切なことだと思います。

個性が活かせる新たな社会に向けて走り出したX DIVERSITY。代表である落合さんは最後にこう話す。そこにプロジェクトの真髄を見た気がする。

「我々の定義している障がいは障がい者じゃない。つまり障がいそれ自体はなんらかのできないことがあるというだけで、それをもっている人間が能力的に劣っているということではない。トータルの能力の話とパラメータの偏りは別。人格と個別の機能を切り離して考えるというのがX DIVERSITYのストーリー。障がいが付随する人間をネガティブなイメージで捉えることは、今すぐ社会から捨てなければならないと僕は思っています」

(text: 高橋亜矢子-TPDL)

(photo: 壬生マリコ)

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トップアスリートを社会に活かす。筑波大学セカンドキャリアプロジェクト

浅羽 晃

競技で優れた成績を収めるトップアスリートは、多くの国民が拍手喝采を送るスーパーヒーローだ。しかし、引退のそのときまで、競技一筋に打ち込んできたようなアスリートには、思うようにその後の職が見つからないなど、試練が待っていることも多い。それは社会問題であるとの認識のもと、トップアスリートのセカンドキャリアを支援するプロジェクトを進めてきたのが、筑波大学大学院人間総合科学研究科の菊幸一教授だ。日本のスポーツ界で起きている問題の本質は、どこにあるのだろうか。

トップアスリートといえども
多くは引退と同時に職と支援の基盤を失う

オリンピックでメダルを獲得したり、プロスポーツ界で活躍したりするようなトップアスリートは、広く国民から注目を集めるヒーローである。しかし、どのような種目でも、生涯現役を続けることはほとんど不可能だ。多くは20~40代の間にファーストキャリア(現役生活)を引退し、セカンドキャリアを歩むことになる。このとき、スポーツ社会学の研究テーマとなるような大きな問題が起きると、菊幸一教授は言う。

「アスリート、なかでもファーストキャリアを競技一筋で、2020年の東京オリンピックを目指して打ち込んできたようなトップアスリートは、引退と同時に、職の基盤、あるいは支援の基盤を失ってしまう可能性が大きい。そのために、スポーツパフォーマンスに頼らない次の生活基盤を獲得するにはどうすればよいのか、という問題が生じるのです」

もちろん、セカンドキャリアの問題は日本に限るものではないが、ヨーロッパやアメリカには、程度の違いはあっても、有効性のあるセーフティネットが設けられている。「クラブ型」のサブシステムを取っているヨーロッパでは、高等教育進学へのキャリアパスが中等教育資格修了試験によって狭くなっている――平たく言えば、アスリートとしての能力だけでは進学できないため、国家を代表するトップアスリートの受け皿は、国家が準備する公務員職であることが多い。引退後のセカンドキャリアは、そこから3~5年の猶予期間を設けてカリキュラム化され、保障されるチャンスが与えられるのだ。また、「学校型」のサブシステムをとっているアメリカでは、NCAA(全米大学体育協会)による厳格なトップアスリートに対する奨学金制度の適用と大学全体の卒業率向上方策によって、安定したセカンドキャリアへと進みやすくしている。

「日本をヨーロッパ型にしようとすれば、トップアスリートを生みだす仕組みの構造改革が必要です。なぜなら、日本の競技スポーツは学校の運動部がベースになっているからです。水泳や体操、サッカーといった種目を除くと、競技は学校の運動部が基盤になっています。しかも、学力は問わないというかたちで進学させていますから、ヨーロッパ型にはできません。だからといって、アメリカの真似もできないのです。大学が、ほとんど学力は問わずに卒業させてしまいますから」

かつての日本は、企業がトップアスリートの受け皿になっていた。その仕組みが崩れたことにより、セカンドキャリアの問題は一気に顕在化したのである。

「日本では、スポーツ推薦で、あまり学力を身につけずに大学まで行ってしまうケースが多いのです。1980年代までは、大学を卒業したアスリートを体育会系と呼び、十把一絡げで企業が採用していました。あるいは、企業スポーツというかたちでアスリートを支えていたのです。しかし、1990年代以降、グローバル化のなかで、日本企業が世界と戦わなければいけなくなると、体育会系の能力だけでは通用しなくなりました」

2020年の東京オリンピック以降
問題は深刻化する恐れがある

菊教授が、当時の専攻長である佐伯年詩雄教授らとともに専攻全体の取組みとして「トップアスリートのセカンドキャリア支援教育のためのカリキュラム開発」というタイトルの研究を、文部科学省の特別教育研究経費を用いてスタートさせたのは2005年のことだ。セカンドキャリアの問題が、大多数の国民の目には触れない状態で、大きくなっていた時期である。そして、2010年には、教育プログラムだけではなく、支援システムの構築など、環境づくりもテーマに含めた「トップアスリートのセカンドキャリア開発支援システムの構築に関する研究」と題したプロジェクト研究に着手している。

「国、企業、学校、そして、アスリート自身が考え方を変えないと、日本のセカンドキャリアの問題は解決しません。私自身は、ジュニア期の競技者に対する対策が重要であり、アスリート自身もジュニアの時代からセカンドキャリアを意識してほしいと思いますが、現実的には難しいでしょう。日本では、中学校、高校の段階で全国大会が数多く開催され、そこで成績を出せというプレッシャーがものすごく大きいのです。なおかつ、その成績によって大学まで自動的に進めてしまうという仕組みがある限りは、状況は変わらないと思います」

現時点で、「トップアスリートのセカンドキャリア開発支援システムの構築に関する研究」は、アスリートを救済するまでには至っていない。しかし、インターネットなどを通じて、国民がこの研究を知り、セカンドキャリアの問題が社会問題であると認識されることが重要なのだ。

2005年にスタートした「トップアスリートのセカンドキャリア支援教育のためのカリキュラム開発」では、3年間にわたり報告を行った。

「アメリカも現在でこそ、NCAAの活動などによって、状況は改善されてきましたが、1980年代あたりをピークに、セカンドキャリアの問題は深刻だったのです。たとえば、アフリカ系アメリカ人のアスリートはフットボールや野球などでプロに引っ張られることを狙い、大学に進学するのですが、プロとして活躍できるのは一握りです。卒業せずに中途でプロに入っても、活躍できなければセカンドキャリアが始まります。しかし、一般社会で活躍できるスキルは身につけていませんから、まともな職業につけないのです。この問題は“social death”と呼ばれるようになりました。個人の問題ではなく、これは人種差別の問題であり、貧困の問題も絡んでいるという考え方からきた言葉です」

アメリカの状況は改善されてきたが、日本の状況は、このままでは悪くなる一方と考えられる。

「危惧しているのは、2020年の東京オリンピック以降です。たくさんの若者が、夢を追いかけましょうということで、東京オリンピックを目標にしています。話題性のあるアスリートであれば、メディアも追いかけますから、一躍、時の人になることもあるでしょう。しかし、現実問題として、オリンピックのようなイベントは花火同じで、打ち上がったあとは消えてしまいます。社会は、アスリートの養成に走るだけでなく、何らかの策を講じておく必要があのです」

アスリートのセカンドキャリア問題は
すべての人に関わる普遍的なテーマ

セカンドキャリアの問題を解決、あるいは改善する方策は、まったくないのだろうか。

「人材派遣会社のような商業ベースの組織が、アスリートと企業を結びつける活動をすれば有効かもしれません。スペインで調査をしたときに、印象的なことがありました。人材派遣会社が、あるプロバスケットボールのチームに所属していたメンバーを企業に売り込んだのですが、セールスポイントは選手としての成績ではありませんでした。素晴らしいチームに所属していたメンバーという点をアピールしたのです。そのチームは1位になるような強豪ではありませんでしたが、絶対に反則をしないことで知られていました。小学校や中学校の生徒たちの模範になるような試合をするチームだったのです。人材派遣会社は企業に対して、こういうチームの一員を社員にすれば、企業イメージがよくなるはずだと売り込んだのです。私は、アスリートを成績ではなく、人間として評価する、こういう橋渡しのやり方があるのかと、非常に感心しました」

菊教授は、企業は今後、パラアスリートの支援にも力を入れていくべきだと考えている。

「日本も国を挙げてパラアスリートの養成をしているので、障がい者スポーツの世界でもセカンドキャリアの問題が生じることになるでしょう。多くの企業が2020年の東京パラリンピックに向けてパラアスリートを支援していますが、それが終わったら、企業がパラアスリートをどのように扱うのかは、注視していかなければいけません。企業には、障がい者スポーツが発信するメッセージを受け取り、パラアスリートを末永く支援することで、企業のイメージを高めるという姿勢をとってほしいと思います」

セカンドキャリアの問題は、実は、アスリートだけのものではない。私たち一人ひとりの問題でもあるのだ。

「人間は、死ぬまで、ステージごとに発揮できる力を備えています。多くの人は、自分が最高のレベルにいたときのことをイメージしてしまいがちです。しかし、人間の発育発達のピークは青少年期ですから、年を重ねればそのピークから離れていく一方なのです。比較の対象がひとつのピークしかないと、いつまでたっても幸せにはなれません。何かのピークが過ぎたとしても、次のステージで活躍すればいいのです。このことは、トップアスリートのセカンドキャリアの問題と通じています。いまできることは何なのかを考え、精一杯やることです」

多くの人が、まだ気づいていない、トップアスリートのセカンドキャリアの問題。しかし、それは普遍性のあるものなのだ。そうであるのなら、菊教授のプロジェクト研究は、思いのほか、汎用性のあるものなのではないだろうか。

菊幸一(Koichi Kiku)
1957年、富山県生まれ。教育学博士。九州大学健康科学センター講師、奈良女子大学文学部助教授を経て、現在、筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ健康システム・マネジメント専攻教授。著書に『近代プロ・スポーツの歴史社会学』(不昧堂出版/1988年)、『「からだ」の社会学』(世界思想社/2008年)、『よくわかるスポーツ文化論』(ミネルヴァ書房/2012年)など。モットーは「探究心を忘れない」こと。

(text: 浅羽 晃)

(photo: 増元幸司)

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