対談 CONVERSATION

スポーツで社会を変える。「Sport For Smile」梶川三枝の視点 前編

宮本さおり

万国共通に親しまれているスポーツ。スポーツを通して人間が受けるものはさまざまあるが、おそらく、スポーツで元気を得ることもそのひとつであろう。懸命に頑張る選手を見て、勇気をもらうこともあれば、自身がスポーツをすることで、健康や力を与えられることもある。そんなスポーツの無限の可能性を信じて活動する団体、一般社団法人 Sport For Smile の梶川三枝代表に話を伺う。

杉原:HP などいろいろと拝見させていただいたのですが、まずは、Sports For Smile について教えていただけますでしょうか。

梶川: 私たちはスポーツで社会を変えるということを謳っていて、普段スポーツをしようと思ってもできないような方々にスポーツをする機会を提供する活動、また「スポーツの力で社会を変える」を体現している団体や活動を紹介するイベントなどを実施しています。身体的、知的発達障がい者の方や、児童養護施設で暮らす子どもたち、ホームレスの方々など、日常生活が難しい状況にある場合、スポーツをするゆとりが生まれにくいのです。そういう方々にスポーツに触れる機会を与えることで、彼らが生きがいを感じて、より良い未来へと歩みだす手助けをするというのが主な活動です。ブラインドサッカー協会さんや(児童養護施設の子どもたちを支援している)ブリッジ・フォー・スマイルさんなどと連携していろいろな方法でスポーツを推進する活動をしています。

杉原:なるほど。具体的にいうと、どのようなものになるのでしょうか。

梶川:3つの柱があります。1つ目は、啓発イベントやセミナーを開催することです。先ほども申しました「スポーツの力で社会を変える」を体現している団体の方をお招きしてのセミナーなどを行っています。その方々の活動を紹介するだけでなく、背景にはどのような社会問題があるのかもお話いただくことで、普段はあまり社会課題に関心がないという人でも、スポーツには興味があるという方に重要なメッセージを届けることができます。スポーツに焦点を当てることで、聴衆の幅を広げられるため、ここがメリットだと思います。

杉原:スポーツをひとつのきっかけにして、社会課題に気づいてもらうということですよね。

梶川:そうです。

杉原:梶川さんは、スポーツを通じてソーシャルインクルージョンをするということを強く言われていると思うのですが、ここに行きついた経緯はどういうところにあったのでしょうか。

梶川:もともとは、世界でこういう動きが非常に高まっていたことがあります。日本ではすでにスポーツを日常的に楽しめている子どもたちに、プロの選手になるという夢や希望を与えられるというのがスポーツの力だと言われていた時代に、世界ではすでに、スポーツの力を活用して社会の問題や課題に取り組もうという大きな動きがありました。

国連の中にもスポーツ局というのがあったほどです。例えば、有名アスリートが国連の活動のアンバサダーになることで、それまではその問題に関心のなかった人々の目を向けさせることをしていたのです。

私は誰もが誰かの力になることができると思っていて、スポーツにはそれを可能にしてくれる力があると思っています。それを体感できたのが、スペシャルオリンピックス種目にもあるフロアホッケーだったのですが、ある時、フロアホッケーをする機会がありまして、杉原さんもおっしゃっていましたけれども、障がいのある方と何かをするとなった時、私たちはどうしても、なにか、少し手加減しようかな、と思ってしまいがちなのですが、実際はこちらが本気で、いや、むきになってやっても勝てないわけですよ。普段から練習されている選手は本当にうまくて、競技している姿を外から見ていると、誰が障がいがあって、誰がないのかなんて、わからないような感じになるんです。

この経験を通して、日常生活の中で勝手に想定してしまっている「救うー救われる構造」を、スポーツを通して“楽しく破壊する”ことができると感じました。

杉原:わかります、その感覚。

梶川:これを体感したことがすごく大きくて、スポーツってやはり、フェアだと思うんですよね。社会的ステイタスとか、身体的な障がい(ディスアビリティ)はハンディにはならないというか、努力をした人が報われるべきだし、ルール設定等の工夫によりそれができるのがスポーツの価値でもあると思うので、そうしたところからソーシャルインクルージョン(社会的包摂)ということを謳っているのです。例えばですけど、大統領とホームレスがサッカーをした場合、ホームレスの方がちゃんと練習して挑んだら、大統領に勝てる可能性がありますよね。そういうことです。また、身体的ハンディのある方にも、得点システムやルール設定を調整することで、参画の機会、勝利に貢献する体験の場を提供することができます。

杉原:そうですよね。

梶川:この場合、スポーツの試合という中では社会的地位は関係ありません。

杉原:確かに。

梶川:もうひとつ例を挙げると、すごく屈強な力士と、3歳くらいの子どもが競争をしたらどちらが勝つと思いますかという問いを私はよく使うのですが、そうすると、大抵の人が力士だろうと予想されます。だけど、競争していただくスポーツが三輪車レースですとなったら答えは変わると思うんです。力士って、そもそも三輪車に乗るのが難しいですよね。

どんなスポーツ、どんなコンテクストかによって、どちらが強いかというのは変わるわけです。それって日常生活の中で忘れがちなことなのだけれど、とても大切なことなのではないかなと思っていて、スポーツにはそれを思い起こさせてくれる力があるなと。

杉原:硬直化した見方を逆転させることができますよね、スポーツは。

梶川:そうなんです。この感覚を、できるだけ多くの方に体感いただけたらと思っています。また、Sport For Smile では2014年からスポーツメンタリングという活動を実施しており、現在はDV(家庭内暴力)の被害者家庭の子どもたち(小学校高学年)に大学生のメンターをマッチングして、月2回一緒にスポーツを楽しむ機会を提供していますが、、開会式ではずっと下を向いて何も言わなかった子が、信頼できるお兄さん・お姉さんや友達と一緒にスポーツをすることで、傷ついた心を回復させていくなど、心理的な効果もあります。PTSD(心的外傷後ストレス障害)で挨拶もできなかった子が、友達を見つけた瞬間にパッと顔が明るくなりその子に駆け寄っていくような光景は、活動の中でよく目にします。プログラム名をスポーツメンタリングと呼んでいますが、スポーツをうまくプレイするための活動ではなくて、心が傷つき、子どもらしい生活ができない子たちに、「安心して子供でいられるひととき」を提供すること、そして彼らが自信と人を信じる力を身に着けてもらうことを目的として実施しています。

後編へつづく

梶川 三枝
名古屋大学(文学部哲学科社会学専攻)卒業後、旅行会社勤務を経てパリに語学留学、長野オリンピック通訳、国際会議運営会社、外資系金融等で働き、2003年夏にオハイオ大学大学院スポーツ経営学科留学。NBAデトロイトピストンズ コミュニティ・リレーションズ部にて日本人女性初のインターンとして採用され、スポーツ経営学修士号取得。帰国後は世界バスケットボール選手権でのVIP対応、米系コンサルティング会社マーケティング・コミュニケーション部、2007年8月より東京オリンピック・パラリンピック招致委員会にて国際渉外、マーケティングマネージャーとして勤務。2010年、スポーツのチカラをよりよい社会づくりに役立てることをミッションとし、株式会社 Cheer Blossomを設立、Sport For Smile の企画運営事業とともに、スポーツの社会的責任に関するコンサルティング・サービスを提供、国連事務総長付スポーツ特別顧問や世界経済フォーラムのスポーツアジェンダ諮問委員会委員、アショカフェロー等を招聘してのセッションや世銀総会公式サイドイベント等を実施している。

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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対談 CONVERSATION

“アフターコロナ”でどう変わる⁉ 情報学から考える モビリティの現在地とこれから

長谷川茂雄

コロナ禍は、果たして世界の秩序や価値観を大きく変えたのだろうか? その答えは現時点では明言できないが、間違いなく人類はこの“わざわい”の先にある世界を具体的にイメージし始めている。今回の特集のテーマであるモビリティの在り方もそのひとつだ。移動は人類にとっての根源的な行為であるし、そのためのツールであるモビリティは、常にライフスタイルと直結している。ゆえに「アフターコロナ」は、それに見合った新たなモビリティが求められるはずだ。その最適解を導き出すための冷静な視点とガイドラインを、日本におけるコンピューターサイエンス研究の第一人者、佐藤一郎氏に伺った。

いまはモビリティの
定義が変わる転換期

近年、AIや自動運転といった技術面での進歩に注目が集まり、“快適な移動”をもたらすツールであるモビリティに対しては、期待値がかなり高まっていた。

ところが、誰も予想できなかった新型コロナウイルスの感染拡大を受け、その描いた未来をデザインしなおす必要が出てきた。

まずは、これから移動そのものはどうなるのかを捉える必要があるが、そもそも移動には、人と物(物流)の2種がある。両者はどのように変化したのだろうか?

「新型コロナウイルスで、移動というものはかなり制約される状況になりましたし、人の移動に関しては、いかに移動そのものを“させない”かを考える必要も出てきました。これからは、その2つのテーマが並存して進んでいくはずです。モビリティの定義そのものがちょうど変わる、いわば変わり目にいると言えます」

オンラインによる働き方もある程度浸透してきた現在、確かに人は積極的に“移動しない”ようになった。それゆえ、モビリティを使った人の移動を佐藤氏は、「物の移動と分けて考えられなくなった」という。では、物の移動はどうなるのか?

「人の移動が減る分、逆に物の移動は増えます。いわゆるECのような形で多くの人が物を買い、宅配便は増えています。巷で話題になっているウーバーイーツのように、専門物流業者以外に物流を担う人もたくさん出てきています。ITが人々の時間を断片化してきており、普段は別の仕事をしていて、空いた時間に配達の仕事をする人はこれからも増えていくはずで、断片化された空き時間の使い方が、様々な局面で重要となります。あとは、数年おきに注目される“共同物流”もクローズアップされる可能性はあります」

「モビリティの捉え方は、コロナ禍によって大きく変わった」と語る佐藤氏。

共同物流とは、複数の企業が同一のインフラを活用して保管や配送などの作業を行うことだが、コストが削減できる反面、他者に様々な情報が漏れる危険性があったり、業者ごとの細かな要望を共有できないなど問題点も多く、これまでは、長年成功している事例が少ない。

「これからは、ITを駆使して諸問題を解決しながら、コストカットに加えて、環境負荷を軽減する手段として共同物流のメリットを活かそうという流れは出てくるかもしれません。加えて、共同物流は倉庫と小売間といった比較的中距離の物流ですが、例えば東京と大阪間というような長距離でどれだけ効率的に物流を行うか? という課題もあります。トラックだけではなく、鉄道や船など複数の移動手段を使う“モーダルシフト”も、これからより注目される傾向にあります」

東京にはシェアリングと
公共交通の融合型がマッチする

そんな現状を踏まえたうえで、より人の生活に根ざしたモビリティの在り方も考えてみたい。例えば、現在MaaS(マース:Mobility as a Service)という概念がヨーロッパを中心に浸透してきている。マイカー以外のあらゆるモビリティをITでシームレスに結びつけるサービスのことだが、こういう動きは今後加速するといわれる。

例えば、コロナ禍以後、電動自転車などの需要が高まっているという話はよく聞く。身近なところでいえば、シェアサイクルなどのサービスは、日本でもさらに広がっていく可能性はあるのだろうか?

「日本の場合は、東京を見ればわかりますが、基本的に住宅とオフィスが混在していません。海外の都市のようにシェアリング自転車や電動スクーターが浸透するのは難しくなります。シェアリング自転車を例に取ると、東京の場合、朝は多くの人がやや郊外の住宅から最寄駅まで乗っていき、帰りは最寄駅から住宅へと向かいます。そうなると自転車の需要が時間に応じて偏ります。この結果、自転車の再配置の問題が出てきます。

シェアリング自転車置き場には、自転車がなくなってもいけないし、満杯になってもいけませんから、運用事業者はトラックを使って置き場から置き場へ再配置をしなければなりません。表に現れませんが、そこに一番コストがかかるんです。世界の都市で見れば、例えばパリは、住宅とオフィスが混在していますからシェアサイクルは古くから浸透しています。海外の都市におけるビジネスモデルが東京で使えるかというと、そうではないのです」

「世界の別の都市で活用されているモビリティのサービスやシステムが、そのまま日本で適用できるわけではない」。佐藤氏いわく「東京は、公共とシェアの融合を進めるのには有利な街」。

シェアリングモビリティは確かに便利ではあるが、街のスタイルによって向き不向きがあるというのは頷ける。では、日本では、シェアリングの乗り物はまったく向かないか、というとそうではない。公共交通とシェアリングモビリティの“融合型”がマッチするという。

「例えば住宅地ではなく、オフィス街の地下鉄の出入り口の近くに、シェアリング自転車の置き場を作る。そうすると地下鉄を降りたら自転車がすぐ利用できて重宝です。住宅地よりは実現性が高い。その背景は、オフィス街は人々が行き交うので時間に応じた偏りが少ないからです。また、地下鉄駅間は距離が短いことを考慮すると、例えば駅の自転車置き場に自転車が少ない場合は、自転車が残っている隣接する駅まで地下鉄で移動して、そこで自転車を借りるという手法も、地下鉄の事業者と連携すれば可能なはずです。海外でも公共交通とシェアリング自転車の連携は進んでいるとはいえず、東京で先行してみる価値はあるでしょう」

シェアリングと公共のハイブリッドというモビリティとの付き合い方。確かに住宅地とオフィス街が別れていることが多い日本では、それがスマートにフィットしそうだ。ただ、その場合はシェアリングの事業者と公共交通の距離感を今よりも縮めていく必要がある。では、AIに関してはどうだろうか?

ハイブリッド型のシステムを構築したうえで、オフィス街で使うモビリティにAIを搭載して、利便性を上げられないものか?

「モビリティそのものにAIを搭載して、音声で指示を与えて何かをしてもらうとか、自動運転の自転車が駅まで迎えに来てくれるとか、現段階ではそういったパフォーマンスの必要性はあまりない気がします。AIに関しては、ユーザーの意図を事前に予測して、使う自転車を予約してくれるとか、裏方的にユーザーの利便性を高めてくれるような使い方のほうが現実的ではないでしょうか」

自転車や電動スクーターそのもののインテリジェンスを高めるよりも、AIは、“先回り”的なサポート役に使ったほうがより有意義なようだ。さらに自動車においては、安全性のアップデートに使われている。

自動車はモビリティという
システムの一部になる

「これからは、自動車にカメラだけではなく、レーザーを使ったセンサーなどが搭載されるはず。そうなると障害物の発見能力が格段に上がりますから、事故を未然に防ぐ能力も高まります。

さらに、現状の自動運転は、自動車にたくさんセンサーを付けてコンピュータで処理をしていますが、自動車から見える視点には限界がありますから、他の車のカメラを含むセンサー情報も共有できれば、ドライバーの視線を超える視野を得ることになりますし、走る道路そのものにセンサーをつけて情報を共有できれば、さらに安全性は高まります。もはや自動車という閉じた単位ではなくて、それこそモビリティというひとつのシステムの一部が自動車という考え方に変わっていくのだと思います」

「モビリティという大きなシステムが作られるには、難題が多々ある」。それをクリアすることで、人間の生活はさらに大きく変わるのかもしれない。

他のモビリティや道路と連携して情報を共有しながら走るモビリティ。それが未来のモビリティの一つの在り方かもしれない。ただそこにももちろん課題がある。

「街や道路にセンサーを付けるには、それなりのコストがかかります。車の運転のためだけにセンサーを使うのではなく、社会的に他の用途でも使えるようにしなければ、その問題はクリアできません。そしてもっと難しいのは、新規の街ではなく、既存の街の方です。レガシーな場所をどうやってインテリジェント化するのか、ということです。

例えば過去に博物館のスマート化に関する実証実験を、上野の国立科学博物館などでやらせていただきましたが、それは企画展ではなく、既存の展示空間のスマート化でしたが、展示の邪魔をしないことが難題でした。、ショッピングモールなどで景観を損ねずに電源などを確保し、センサーを設置して、コンピュータで制御できるシステムを組み込むことも同じような難しさがあります。複雑に入り組んだ街もそうですし、そもそもそういった場所で、自動運転が可能なのか?という課題もあります」

既存の街や建物、インフラに新しいモビリティというシステムを組み込むことが難しければ、まだ未発達の地域を実験都市的に作り上げるというのも考えられなくはない。

「確かに実験都市というのは、新たなモビリティシステムを作っていくには好都合かもしれません。ただ、そこで得た知見が、既存の街でも応用できるかというと、それは違う部分もあります。また既存の街に関しても、東京などの大都会は複雑すぎます。今後はモビリティの概念が変わったときに都市や街に求められる大きさが違ってくるはず。新しいモビリティを活かすことで、新たな発展を遂げる地域や街が地方から出てくる可能性は、大いにあるのではないでしょうか」

(さとう・いちろう)
国立情報学研究所(NII)・情報社会相関研究系教授。慶應義塾大学理工学部電気工学科卒業。慶應義塾大学大学院理工学研究科計算機科学専攻博士課程修了。博士(工学)。お茶の水女子大学理学部情報学科助教授、国立情報学研究所助教授等を経て、2006年より現職。ほかにランク・ゼロックス客員研究員(1994〜1995年)、科学技術振興事業団さきがけ21研究員(1999〜2002年)等を務める。仮面ライダーゼロワンのAI技術アドバイザー(2019年)としても知られる。

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 壬生真理子)

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