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「SS01」が リハビリ現場にもたらした 新たな可能性とは?

長谷川茂雄

2019年に、編集長・杉原が代表を務める株式会社RDSが発表したシーティングデータを計測するシミュレーター「SS01」。そもそも車いす陸上アスリート、伊藤智也選手との取り組みから生まれ、fuRo(千葉工業大学・未来ロボット技術研究センター)の協力を経て完成した同プロダクトは、今年から国立障害者リハビリテーションセンター(以下、国立リハ)での研究に活用されている。果たして「SS01」は、医療現場にどんなインパクトをもたらす可能性を秘めているのか? そして計測データは、今後どう現場に活用されていくのか? 同研究所の室長 河島則天氏、研究員の小林佳雄氏、そして理学療法士の森野徹也氏にお話を伺った。

今はダウンスペックして
“適正技術”化している段階

「SS01」は、車いす陸上アスリートのパフォーマンス向上を視野に、質の高いシーティングデータを計測することを主たる目的に開発された。それをリハビリ現場で活用する意図は、どこにあるのだろうか?

河島:「SS01」はとても興味深いシミュレーターだと思いますが、パラリンピックスポーツのフィールドでの、『トップアスリートのためのパフォーマンス向上』という文脈だけに活用が留まるのはもったいないと感じました。そこで、裾野にいる多くの車いすユーザーにこの技術が活かされる方向付けをするために、約半年ほど前からリハビリ現場で活用し、研究を進めています。

河島氏は、これまでも“適正技術”をキーワードに、様々なリハビリテーション装置を手掛けてきた。今回も最新の技術が詰まったハイスペックを良い意味で削ぎ落とし、一般ユーザーが利活用できるものにする展開を模索している。そのために、経験豊富な理学療法士である森野徹也氏に、様々なアドバイスを求めているという。

 

常に“適正技術”にこだわり、リハビリテーション装置を開発してきた河島則天氏。

河島:森野さんは、主に頸髄損傷者の自立訓練に長年携わってきたスペシャリストです。理学療法士として、医療の面だけでなく、どういう車いすで生活するのがベターなのか?ということをずっと追求してこられた。そんな森野さんに意見を仰ぐことで、我々は研究者目線に偏らずにデータ収集や計測が行えますし、常に足りない視点や考え方を補える。この関係性はとても有意義だと思っています。

森野:私はこれまで、車いすに乗ったユーザーの動作を目で見て、(ユーザーの体に)合っているかを評価してきましたが、「SS01」を導入したことで、科学的な根拠を持って評価できるようになるのではないかと期待しています。車いすの駆動動作や見た目だけでは判断が難しく、効率の良い推進力が得られているか否かも、トルクが高いとか低いとか、数値で判断できるようになれば、客観的な評価が可能になりますし、とても有益ですよね。

これまでは、例えば頸髄損傷のユーザーにマッチした車いすを調整する際、何度も微調整を繰り返しながら、理想的な状態に近づけていった。それは時間も手間暇もかかる作業だ。

森野:基本的に車いすの設定を変える場合は、ユーザーに一度車いすから降りていただいて、その間に僕らが調整をして、また乗っていただくということを繰り返さなければなりません。「SS01」は、ユーザーが座ったままアジャストできるというのが、まず画期的です。

臨床研究仕様にダウンスペック調整された「SS01」。

経験依存、環境依存から
脱却できる基準作りを目指して

河島:本来は、ユーザーがいつも乗っている車いすをベースにして、車幅をどうしようか? 座面の高さは? バックレストの位置は?という具合にアジャストしていきます。そこで、また一つ問題が出てきます。それは、医療的な観点から(車いすの良し悪しを)見極めるにあたり、対応する病院によってスタッフの経験値に個人差があるという問題です。

森野:加えて、環境的な問題もあるかと思います。うち(国立リハ自立支援局)の場合は、デモ車も多いですし、当局の利用者さんであれば様々なタイプを試乗してパーツを組み換えながらマッチしたものを提案できますが、そこまでの環境が用意されておらず、しかも経験豊富なスタッフがいない場合、適切さを欠く車いすを処方・提供してしまうことになります。実際、そういったケースは少なくありません。

国立リハ自立支援局に籍を置く森野徹也氏。15年以上にわたって主に頸髄損傷者の自立支援に尽力してきた経験豊富な理学療法士だ。

現在は、適正な車いすの細部スペックに関する数値的な基準がないため、いざ車いすを作るとなったときに、医療スタッフや出入りするメーカー等の経験値、そして環境に依存する部分がどうしても出てきてしまう。「SS01」は、その“最適解”を、ある程度明確な数値で導き出すツールとしての役割が期待されている。

河島:あと、よく森野さんと話すのは、平地を走ることを想定したベストの車いすを調整したとしても、それがすべてではないということです。例えば傾斜を登るとき、あるいは段差を乗り越えるためのキャスター上げ(前輪/キャスターを上げる動作)のときはどうなのか? こうした応用動作にも対応し得る設定でなければいけないわけです。「SS01」で、様々なデータを取得したうえで、プラスαとして、そういった日常で遭遇する多くのシーンも考慮する必要があります。

森野:基本的には、車軸位置が後方に行けば安定しやすくなりますが機動性が下がります。車軸位置が前方に行けばその逆になって、登り坂ではキャスターが浮き上がってしまうことがある。(平地を走るのに)データ上でいいとされる車いすが、そういった日常のシーンを考えた場合、必ずしもベストにならないケースが出てくる可能性はあります。その落とし所を見つけられると、「SS01」で得られたデータは、より臨床で活かせると思いますね。

「SS01」の研究がスタートして約半年。対象者の身体機能に応じた車いす駆動動作のパターン分類の方向性が見えてきた。

確かに、車いすを自らの足として日常的に利活用する場合、考えられるシーンは平地だけではなく、とても複雑だ。ただ、「SS01」を活用することで、まずは平地での安定した、しかも効率の良い駆動動作が実現できる設定を見出すことができれば、それを出発点として応用動作を想定した細部の設定に移行できる。この半年で、ユーザーの身体機能(障害によって損失した上肢や体幹の麻痺の状態)によって、ある程度のパターン分離を行うことができつつあるという。
小林:頸髄、胸髄、腰髄と、損傷の箇所が異なると、麻痺する身体部位が異なり、車いす駆動動作の特性が異なります。そのため、駆動時のストロークパターンや、トルクのピークの出方も変わってくるんですね。例えば、上肢に麻痺がある頸髄損傷の場合だと車軸の後ろの方、胸髄損傷の場合だと前の方でピークが来ます。この事実は、「SS01」がなければ数値として把握できませんでした。

河島:現時点ではまだ検討の初期段階なので、車いす設定の最適解が得られるまでには至っていませんが、私たちが当初想定した以上にいろんなことが把握でき、身体機能に応じたパターン化ができる手ごたえが掴めてきました。このパターン化がより明確になっていけば、各々のユーザーに対して、補うべき技術の度合いも見えてくるはずです。

小林:現在見えてきた腕の軌道は、損傷の場所によって大きくは4パターン。人の動きはパターンに落とし込まれるとすごく説明がしやすくなります。そのパターン化された動きには、内なる情報が詰まっていますから、それを読み取って、ユーザーを良い方向に導いていければと考えています。

流動研究員として、河島氏と共に「SS01」の臨床研究を続ける小林佳雄氏。障がい者の身体機能のメカニズム解明を目的とした研究を精力的に進めている。

“最適解”の車いすが、
どこでも誰でも
調整できる未来へ

研究開始より半年。「SS01」で得られた情報は、まだ少ないかもしれないが、着実に可視化できるものが、ちらほらと出てきているようだ。目指すは、それを十分に活かした“最適解”としての車いすが、全国どこに行っても調整できる未来だ。

森野:まずユーザーに合った漕ぎやすい車いすを調整するには、安定したシーティングポジションを確保することが最重要です。ただ、過度に安定させてしまうと、かえってパフォーマンスが低下するので、ちょっとした体の動きを考えた座面とバックレストの角度もポイントになります。将来的には、そういったところまで何か数値的な基準ができたら、例えば全国に散らばった頸髄損傷者もそれに関わる医療従事者も助かることが多いのではないかと思います。

河島:まさにこうしたリハビリテーション現場への技術や理論の実装が、我々研究者に求められていることだと思います。「SS01」という技術を活用して、これまで見た目に傾倒して調整していた“漕ぎやすくて快適な車いす”を、ちゃんとしたデータで示す。見た目のパフォーマンスと、実際の数値(トルク)というのは、必ずしもリンクしているわけではないので、まずはそれらをより明確化していく必要がありますね。

かなり細かなレベルでシーティングポジションの調整ができるのが「SS01」の強み。

森野:経験で判断しているものを、数値化できれば理論的な裏付けが可能になります。生活のあらゆる場面で、パファーマンスを最大化できる車いすの設定を数値で共有できていけば、ユーザーも車いすを提案する側も負担や悩みが減っていくと思います。

河島:障がいによって損失した機能を埋め合わせる技術を必要としている人たちに、“適正技術”として行き渡るよう、これからも試行錯誤しながら、あらゆる可能性を広げて行きたいですね。

(プロフィール)
河島則天(かわしま・のりたか)
金沢大学大学院教育学研究科修士課程を修了後、2000年より国立リハビリテーションセンターを拠点に研究活動を開始。芝浦工業大学先端工学研究機構助手を経て、2005年に論文博士を取得後、カナダ・トロントリハビリテーション研究所へ留学。2007年に帰国後は国立リハにて研究活動を再開。計測自動制御学会学術奨励賞、バリアフリーシステム開発財団奨励賞のほか学会での受賞は多数。2014年よりC-FREXの開発に着手。他、対向3指の画期的な電動義手Finch 、立位姿勢リハビリ装置BASYSをはじめ、様々なリハビリテーション装置の開発を手掛けている。

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 壬生マリコ)

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宇宙ゴミの問題を解決!若手リケジョ研究者の挑戦

富山英三郎

GPSや通信、放送、気象観測など、今や我々の生活に欠かせない人工衛星からの情報。その利便性を脅かす存在として世界的な問題となっているのが、スペースデブリ(宇宙ごみ)である。そんな課題に取り組んでいるのが、日本の宇宙スタートアップ企業である株式会社ALE。同社の取り組みについて紹介するとともに、将来のビジョンについても語ってもらった。

持続可能な発展を妨げる
宇宙のゴミ問題

ジェフ・ベソスやイーロン・マスクなど、世界で1、2位を争う富豪たちが注目している宇宙関連ビジネス。その勢いは、「ITの次は宇宙」と言われるほどだ。その一方で、さらなる発展を阻害する要因となりそうなのがスペースデブリである。

スペースデブリとは、耐用年数が切れて使用済みとなったものや、故障してしまった人工衛星やロケットの部品、さらには衝突してバラバラになった破片など、宇宙に漂うゴミのこと。長年、世界各国が大量の人工衛星やロケットを飛ばしてきたこともあり、大量の宇宙ゴミが軌道上をぐるぐると回り続け、ときに運用中の衛星に衝突する事故が起きている。

その量は10cm以上のもので約3万4000個、1~10cmのものが約90万個、1mm~1cmのもので約1億2800万個もあると推定されており、総質量は9400トンを超える。

宇宙空間では、小さな破片であっても秒速10~15kmとなるため、当たりどころが悪ければ深刻な事故となってしまう。また、多くの人工衛星はその目的に最適な位置がほぼ同じ軌道のため、広大な宇宙とはいえ密集してしまうという問題もある。

実際、2009年にはアメリカの通信衛星にロシアの使用済み衛星が衝突して大破。最近も、ISS(国際宇宙ステーション)のロボットアームに、スペースデブリが衝突した痕跡が見つかったばかりだ。

事前に取り付ければ、
スペースデブリにならない

宇宙空間の利用を持続可能なものにするためにも、スペースデブリの除去は喫緊の問題。そんな中、日本の宇宙スタートアップであるALEは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)や神奈川工科大学、東北大学などと共に宇宙デブリ化防止装置(EDTを利用したデブリ化防止装置)を開発している。

「現在、スペースデブリを除去する技術は世界各国で研究されています。メディア等で取り上げられてきたものの多くは、専用の衛星を打ち上げ、大型のデブリを狙って捕まえて除去するというものです。弊社が開発しているものは、打ち上げる前の人工衛星にあらかじめ搭載することで、衛星等の運用期間が終わったら自ら大気圏に突入させて燃やして廃棄する装置です」。そう語るのは、ALEのスペース システム エンジニアである三橋結衣氏。

推進剤等の燃料も使わず
機構も小型で軽量

この仕組みの基本的な考えは、JAXAが2016年に「こうのとり」6号機に搭載した導電性テザーにある。導電性テザーとは電流が流れるヒモのこと。これを宇宙空間に垂らすと、地球の磁場と反応して電子が集まり電流が流れ始める。さらに、地球の磁場と作用し、衛星の進行方向に対して逆方向にローレンツ力(荷電粒子が磁場中を運動するとき、磁場により受ける力)が発生する。すると衛星にブレーキがかかり降下していくという仕組みだ。

また、高度600kmあたりまで下降すれば薄い空気があるため、空気抵抗によっても下降が促進されるという。共に自然の力を利用するため電源や燃料をほぼ必要とせず、小型軽量化できるというのもポイントだ。

「この実験はあまりうまく行かなかったそうなんです。しかし、その時に蓄積された知見をお借りし、弊社はJAXAや神奈川工科大学、東北大学と共に、より効果的な装置を開発しています」

一番大きな違いは、カーボンナノチューブを電界放出エミッタとして用いる、電子放出デバイスが追加された点である。カーボンナノチューブは、直径がナノ単位と非常に細く、化学的安定性や強度にも優れているため、エミッタ(電界放出電子源)に最適な材料であった。これにより、導電性テザーを流れる電流量が大きく向上した。また、従来はヒモ状であったものを帯状にすることで空気抵抗も高めている。

「弊社の宇宙デブリ化防止装置は、衛星等が役目を終えると、自動で導電性テザーを垂らす仕組みになっています。垂らすテザーの目安となる大きさは、小型衛星向けのもので最大幅20cm、最大長さ300m程度の帯状のものとなります」

ALEは今年度中(2021年)に実証実験をおこない、その成果を踏まえて早い段階での実用化を目指すという。

天文学博士が宇宙ベンチャーALEを創業した理由

ALEは、宇宙デブリ化防止装置の開発を目的として生まれた会社ではない。設立のきっかけは、人工流れ星を作ることであった。こちらも2023年の実用化に向けて開発が進められている。

同社の創業者であり代表取締役は、東京大大学院理学系研究科天文学専攻の博士号を持つ岡島礼奈氏。彼女は天文学の探究に勤しむ一方、学生時代からプログラミングの会社を設立するなど、ビジネス的な感性にも長けていた。卒業後はゴールドマンサックスに就職している。

「私は基礎科学こそが人類を発展させる大事な要素だと思っています。しかし、日本では基礎科学が軽視される風潮がある。そこで、将来的には公的資金に頼らない研究方法を探らねばと思ったわけです。綺麗事を言っても科学や天文学はお金がかかりますから、まずは資本主義の最先端を見てみようと思ったんです」と、岡島氏は語る。

ゴールドマンサックス退社後は、新興国向けのコンサルティング会社を設立。ここで海外との実務的なやりとりを磨きながら、並行して、学生時代からの夢であった人工流れ星の開発をスタート。2011年にALEを創業した。

「弊社のミッションは、“科学を社会につなぎ宇宙を文化圏にする”こと。科学の力を生かして人類が持続的に発展していければと思っています」

現在は人工流れ星と前述の宇宙デブリ拡散防止装置などに取組んでいるが、この研究を続けることで将来的に大きな発展の可能性があるという。

「人工の流れ星ができることで、天然の流れ星と比較することができます。そうすると、天然流れ星に含まれているタンパク質などの成分を観測できるかもしれない。また、我々は人工流れ星の観測や小型衛星で大気のデータを取得していく予定ですので、それが気候変動のメカニズム解明や、異常気象の予測精度を上げることに役立ちそうです。その他にも、さまざまな広がりがあります」

女性こそ起業をして新たなルールを作るべき

最後に、女性起業家としてこれから何かビジネスを始めようとしている女性たちにメッセージをもらった。

「女性こそ起業すべきだと思います。話を伝え聞く限り、既存の会社にはさまざまなバイアスがあり、女性が活躍できる機会はまだまだ少ないだろうなと思うんです。それならば新しくルールを作る側になったほうがいい。私が起業をおすすめする理由はそこですね」

岡島礼奈(おかじま・れな)
東京大学大学院理学系研究科天文学専攻にて博士号(理学)を取得。卒業後、ゴールドマン・サックス証券へ入社。2009年から人工流れ星の研究を開始し、2011年9月に株式会社ALEを設立。現在、代表取締役社長/ CEO。「科学を社会につなぎ 宇宙を文化圏にする」を会社のMissionに掲げる。宇宙エンターテインメント、大気データの取得、宇宙デブリ防止装置の開発を通じ、科学と人類の持続的発展への貢献を目指す。

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(text: 富山英三郎)

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