テクノロジー TECHNOLOGY

顔の表情で操縦する車いす。ブラジルで生まれた“The Wheelie”

岸 由利子 | Yuriko Kishi

車椅子は、操作レバーで動かすもの。そんな常識をくつがえす画期的な開発が、ブラジルの研究者たちによって行われています。ユーザーの顔の表情を読み取って動く車椅子“The Wheelie(ザ・ウィリー)”とはーその実態に迫ります。

緻密に認識された顔の表情が、車椅子のコマンドに

“The Wheelie(ザ・ウィリー)”は、脳性麻痺や筋萎縮性側索硬化症(ALSまたはルー・ゲーリック病)などの病気で、操作レバーの使用が困難な人のために開発された車椅子。

満面の笑み、半笑い、アヒル口、舌出し、プクッと膨らませた頬。これらはすべて、自撮りのために作ったポーズ…ではなく、The Wheelie(ザ・ウィリー)を操作するためのコマンドなのです。

「口、鼻、目など、顔まわりの70箇所以上の動きをカメラが認識します。ここから、前、後ろ、左、右、そして最も重要な“停止”などの動作を行うためのコマンドが抽出されます」と話すのは、サンパウロのカンピーナス大学電気電子工学部のカードーゾ教授。それぞれの顔の表情は、車椅子の動作やスピード、方向とマッチするようにプログラミングされています。

確信と情熱から生まれた次世代のウィールチェア

ブラジルの研究者たちは、法執行機関やテロ対策軍が使用する顔認識システムと同じ技術を試み、脳波をコンピューターが読み取れるコマンドにダイレクトに変換できる「BCI(ブレイン・コンピューター・インターフェイス)」の開発に取り掛かっていました。

例えるなら、インテルのリアルセンステクノロジーに3Dカメラを組み合わせることで、ユーザーの表情から意思を読み取り、それをコマンドとして動く車椅子が実現したーThe Wheelie(ザ・ウィリー)は、そんなイメージの構造です。

生みの親は、パウロ・ガーゲル・ピンへイロ氏。前述したカードーゾ教授の博士研究員時代にアドバイザーを務めていた方で、独創的な車椅子のコンセプトを思いついた時、“人々の生活に大いに役立つ違いを生むものになる”とすでに確信していたのだそう。その後、教職を退職し、医療用の可動性デバイスを作ることをミッションとしたHoo-Box社を設立。

「ザ・ウィリーは、実にさまざまな顔の表情を読み取ることが可能です。ALSの異なるステージにいる方たちのために、大いに役立つことを願っています」とピンへイロ氏が言うように、ちょうど生産モデルの最終実験を行っていた時、同社は、ALS患者が実生活で使える車椅子を急速に作り上げていきました。

ユーザーの自尊心を高め、自立を可能にする

Hoo-Box社が行ったある実験では、たった3分以内で、ターンや回転など、40もの異なるコマンドを出す顔の表情を読み取り、車椅子は20ヤード(約18.2m)のコースを完走。前進速度は、時速1/2マイル(約0.8km/時)、回転スピードはその半分ほどだったそうです。

「ザ・ウィリーは、欠陥を補うと共に、ユーザーが持ちうる能力を最大限に活かして、可動性と自立性を向上させるだけでなく、自尊心を高められるのです」と同氏は言います。

「つい最近まで、脳性麻痺や手足を動かすことの障がいを持つ人は、他の誰かに(車椅子を)押してもらうか、コントロールしてもらうかしかなかった。(中略)この車椅子は、彼らの自立を可能にするものです」と語るのは、ユナイテッド・アクセス・ニューヨークの社長であり創立者、及びWheely NYCの共同製作者のダスティン・ジョーンズ氏。

前途有望な最新の開発である一方、価格の問題があります。研究者たちによる適正価格は、現段階では1台2000ドル。これが、平均的な電動車椅子の約2倍に相当する額であることを踏まえて、今後2年以内に生産ラインに乗せて、世に送り出していきたいーHoo-Box社は、このように考えているようです。

[引用元] https://vimeo.com/180916378

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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TAKAYUKI MATSUMINE×杉江理(WHILL代表) 。気鋭のアーティストが魅せる唯一無二の世界に迫る

中村竜也 -R.G.C

雪に恵まれた岩手県雫石町に生まれたTAKAYUKI MATSUMINE氏(以下、MATSUMINE氏)。幼少期よりスキーを履き、16歳になる頃にはエクストリームスポーツとしての一面を持つフリースタイルスキーヤーとして、有り余る才能を開花させ将来を有望視されていた最中、練習中の不慮の事故により手足が動かない身体となってしまった。そして2010年。ロサンゼルス留学中に出会ったハリウッドの映画アートの世界観に出会ったことにより、アートの世界に足を踏み入れる。

アイデアとコンセプトがあれば表現の形は問わない

動かなくなった四肢以外で絵を描くためには、筆を口に咥えるという選択しかなかったMATUMINE氏は、そこからアーティストとしてのキャリアをスタート。しかし、マウスペインターという枠にとどまることのない才能は、デジタルアートにも挑戦するなどし、「Def Tech」や「JESSE」「AI」といった様々な著名人の作品を残してきた。

そんな彼だが、約1年前からポートレートアートから造形をメインとした現代アートに表現の手法を移行した。造形物をディレクションし、大勢の人と形にしていくということに力を注ぐ。その心境の変化や作品を創作し続けるモチベーションはどこから生まれたのだろうか。

「造形アートって特に設計図があるわけではなく、自分のアイデアありきで作り出さなくてはいけないので、閃めきや知恵が結構必要とされるんです。そして、その知恵が出た時が自分的に一番面白いところでもあり大切な部分。それと僕は、人を驚かせたり視覚を刺激することが大好きなので、それを含めた事がモチベーションになっています」

自らの内にあるものをより表現できる。言い換えれば、より表現しやすい手法が、造形物の創作ということなのだろう。キャンバスから飛び出すことで、彼の世界観が広がったのは間違いない。

企業との取り組みが、新境地へと導く

写真提供元:WHILL

2018年10月26日~30日の5日間にわたり、「すべての人の移動を楽しくスマートに」をミッションに、誰もが乗りたくなるパーソナルモビリティを開発・販売することで、車いすのイメージや移動のあり方といった従来のステレオタイプを変えようとしている企業、“WHILL(ウィル)”とのアートプロジェクトが取り組まれた。

WHILLの倉庫内で、「Change the Stereotypes」をコンセプトにしたアート作品を製作。言葉で言い続けるだけでは、世の中にはびこるステレオタイプを変えることは難しい。そこで必要となってくるのは、もっと先を見据えたクリエイティビティや独創性ではないかと考えた本プロジェクト。

「何かを続けていかなくては、大勢の方たちのスイッチを入れることはできないと思っています。だからこそ、誰もがびっくりするような物を作り続けることに意味があるんです。固定観念という言葉を置き去りにするほどの圧倒的な創作がそれを実現すると信じています」と語ってくれたMATSUMINE氏。作品から感じ取れるスケールの大きさは、まさにこのような考え方からなのだろう。

そして今回、このアートコラボ作品“metamorphosis”の完成を記念し実現した、WHILLの代表を務める杉江理氏とMATSUMINE氏対談の様子を少しご紹介しようと思う。

左、WHILL代表の杉江理氏。後ろに並ぶのが今回、羽根や尾翼部のイメージとして使われたパーソナルモビリティ・WHILL Model A。

杉江理(以下、杉江):今回製作いただいた作品、“metamorphosis”のコンセプトは“変態”ですよね。蝶は卵から幼虫になり、そしてさなぎから成虫へと変態していくのと同じ意味合いで、電動車いすであり、パーソナルモビリティーでもあるWHILLのModel Aが変態しメタリックなイーグルへと変わっていくという。 

杉江氏が最初に送った画像。  写真提供元:WHILL

 MATSUMINE氏:今回、WHILLとのアートコラボが決まり、杉江社長にいただいた地球の写真が、なんの障壁もないつるつるの風船のような地球を、WHILLが走り続けるものでした。そこから抱いたイメージが、丸いものをどこまでも周り続けるということだったのです。さらに自分にはどんなお手伝いができるか考えていると、その写真の中には空があることに気が付きました。と同時に、グライダーをモチーフにしたWHILLのロゴマークの形を思い浮かべ、無機体であるModel Aと、有機体であるロゴマークのイーグルを融合させメタリックな感じのイーグルを作ろうというアイデアに辿り着きました。

写真提供元:WHILL

写真提供元:WHILL

杉江氏:なるほど。しかし、変態するにもきっかけがあると思うのですが、そこはどう考えていたのですか?

MATSUMINE氏:僕は、杉江さん自身も変態していると思っていまして(笑)。昔、キックボクシングをタイでやっていたというお話も聞いたことがあるし、そう言った色んな過去が積み重なり、今のWHILLがある。そこに、僕が加わることが、刺激となり変態へのきっかけになったらいいかなと考えました。

杉江氏:今回の作品では、WHILLとMATSUMINEさんの最上級を示していると感じたのですが、実際にはどうですか?

MATSUMINE氏:空を飛ぶということが、生活基準で考えた時の移動という概念の最終形だと思っているので、まさに最上級ということです。

杉江氏:僕らも考え方として、今話してくれたように思っているところがあるので、すごくよく分かります。当事者たちは特に感じていると思いますが、例えば車いす利用者が公共の交通手段を使おうとした時に、まだまだ不便を感じる場面が多いですよね。そういうところを解消しようとしていくと、最終的には“飛ぶ”くらいのことが普通にできるようなモノ作りでないとダメだと思うんです。“飛ぶ”っていうのはある意味移動の最終形で、WHILLが進化すると、こうなるんじゃないかとも思えてくる。

MATSUMINE氏:そういうことですよね。「Change the Stereotypes」と言っていますが、ステレオタイプを感じることなんて、正直、本当にいっぱいある。変えるためには、圧倒的なモノを作っていくしかないんです。実は今回の作品を最終的に全部燃やしてしまおうかと考えているんです(笑)。今回、“metamorphosis”の製作意図には、喜怒哀楽を全て込めるというテーマが自分の中にはあります。もちろん僕自身の喜怒哀楽を表す時も、いつも車いすの上なので、そこを結びつけてのアイデアです。製作に関わってくれた方たちの想いも全て背負い、燃えてぐちゃぐちゃになったことで“metamorphosis=変態”が完成すると思うんです。

最後にさらっと語ってくれた「燃やしてしまおうかと考えているんです」は、強烈な一言だ。しかしその言葉の中には、彼の世界観が凝縮されているとも感じた。確かに綺麗な形で終わるだけがアートではない。製作者の意図や想いが完結されなくては、どんな芸術も意味をなさないからだ。

二輪の薔薇は、MATSUMINESI氏が痛めた頸椎を表現している。

作品に対し、冒険という少しの毒を盛り込むことで、アートという物語を完結へと導くMATSUMINE氏の感覚は、まさに唯一無二。今後は台湾、中国、ヨーロッパといった海外での個展も展開していく予定もあるとのことなので、 “TAKAYUKI MATSUMINE”が世界に衝撃を走らせる日も確実に近づいている。

写真提供元:WHILL

TAKAYUKI MATSUMINE
1985年生まれ、岩手県雫石町出身。幼少期から熱中したフリースタイルスキーの熱狂的な感覚と25歳から目覚めたアートの自由的表現が松嶺の中で化学反応を起こした。4歳からスキーを履き、16歳にはスポンサードされるスキーヤーとして有望視されたが、松嶺の人生は一転、転倒事故で頚椎を骨折し手足が動かない身体となる。それでも松嶺はフリースタイルスキーと同じ感覚、熱狂的に人を魅了できるステージを探し続ける。2010年、ロサンゼルス留学で探し求めたものにようやく出会う。フリースタイルスキーで自由自在にパフォーマンスをし、人を魅了する感覚にシンクしたのがハリウッドの映画アートの世界観だった。自身の身体能力への同情を松嶺は執拗に嫌う。同じステージで戦えるものがアート、さらには世界の中でオンリーワンになれると確信したのがアートの世界だった。

2012年、松嶺のアート活動が本格的にフィーチャーされ始める。日本の著名ミュージシャンやアスリートのポートレート写真に肖像の内面と松嶺の熱狂性と爆発を吹き込んで作品を生み出してきた。2015年にはRed Bull製作のセルフドキュメンタリーが発信されるなど、TAKAYUKI MATSUMINEのポートレートアートは様々なシーンに登場、注目を集めてきた。そして2016年、ポートレートアートは序章とし、リアル・オンリーワンを目指し、油絵、アクリル、デジタルとマルチメディアの中からオンリーワンのスタイルを世界中に発信すべくアート活動を再始動させた。
オフィシャルホページ:http://takayuki-m.com/

WHILL
「すべての人の移動を楽しくスマートにする」をミッションとして、車いすの概念を変える、高い機能と美しいデザインの融合を実現したパーソナルモビリティの開発・販売を行う。
2012年5月に日本で創業し、2013年4月には米国カリフォルニア州にも拠点を設立。2014年に発売した初号機WHILL Model Aは日本・北米・欧州で販売しており、2015 年度のグッドデザイン大賞など数多くのアワードを受賞した。2017年4月に発売した2号機となるWHILL Model Cは、世界的なデザイン賞であるRed Dot Design Award(ドイツ)のBest of the Best(最優秀賞)の受賞をはじめ、2017 年度のグッドデザイン賞、iF Design Award(ドイツ)など国内外のデザイン賞で入賞している。技術面も高く評価され、北米モデルであるWHILL Model CiはCES 2018でBest of Innovation Award を受賞した。
オフィシャルページ:https://whill.jp/

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 河村香奈子)

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