対談 CONVERSATION

「OTOTAKEプロジェクト」鼎談前編 乙武氏が“悔しい”と語った理由とは?

宮本さおり

あの乙武氏が二足歩行に挑戦している。その名も「OTOTAKEプロジェクト」。すでに、電動義足を使っての歩行訓練がはじまっているが、今回は同プロジェクトで挑戦中の乙武洋匡氏と、技術面でそれを支える遠藤謙の両氏の元を編集長・杉原行里が訪ねた。

二足歩行の難しさを実感

杉原:今日、ようやくこの鼎談が実現しました。実は僕は遠藤さんが電動義足の開発をはじめた頃から乙武さんのお名前を聞いていたので、この日を心待ちにしていたんです。実際に「OTOTAKEプロジェクト」がスタートして、両脚で10キロほどある電動義足で練習をされていますが、順調に進んでいますか?

乙武:決して順調とはいえない状況です。実際にやってみて初めて私の体の特殊な部分が分かってきたということもあります。実はこんな壁があって、じゃあこの壁はどうやって超える?というような課題がゴロゴロと転がってくるんです。

遠藤:このプロジェクトで乙武さんが生まれて初めて二足歩行することになって、我々はようやく二足歩行がどれだけ難しいものなのかということに気付かされました。まだ最初の段階ですが、いかに難易度の高いことに挑戦しようとしているのかということを認識したところです。

杉原:確かに二足歩行の難しさというのは、ロボット業界では誰もが口にすることですよね。

乙武:3月まではモーターが搭載された義足を使用していたものの、そのモーター機能を全く活かせていませんでした。更に、膝をロックした状態でしたので、いわゆる棒状の義足での歩行練習でした。そしてこの4月から膝のロックを解除して、膝が曲がる状態での歩行練習を始めたばかりで、これである程度のレベルまで歩けるようになったら、ようやく本来のプログラムの肝であるモーターを作動させての歩行練習ができるようになる。まだそこまでたどり着けていないというのが正直なところです。分かりやすく言うと、スマホにたくさんの便利な機能が備わっているのに、“ごく一部しか使い熟せていない”、といったような感覚です。

遠藤:乙武さん本人はまだまだ難しいと仰っていますが、今年の3月から比べると、かなり変わってきているんですよ。将来は街中で歩けるようになるっていうところまでは見えてきています。

杉原:では今は、スマホを手に入れて、ひとつひとつアプリの使い方を覚えているという段階ですね。これからの進化が益々楽しみです。

乙武:そうですね。最近は義手や義足に対する私自身のイメージも変わってきました。

私は四肢欠損という障がいで生まれてきて、これまでは“欠損”=マイナスポイントだと思っていたのが、いまは“欠損”ではなくて“余白”という考え方ができるようになった。“余白”だからこそ何かに置き換えられる。健常者は、四肢を何かに置き換えるということはできないけれど、四肢欠損の障がいを持つ人は、四肢の全てを何かに置き換えることができるんだと思えるようになってきたんですよ。これからは社会的なイメージも変わってくれたらいいなと思っています。

杉原:僕も全く同じ思いです。まさに“選択の余白”ですよね。乙武さんには将来、部屋にズラッと義手・義足を並べて、TPOに合わせて今日はどれにしようか、という“選択”ができる日が来るかもしれないということですね。

乙武:このプロジェクトに途中から加わってくださった理学療法士の方は、このプロジェクトがきっかけで、更に向上したい、研究に力を入れていきたいという気持ちが強くなって、大学院に行くことにしたと聞きました。それを聞いて、私はすごくうれしかったんです。人を蹴落として自分がのし上がっていくというような、私たちがイメージしがちないわゆる“野心”ではなくて、遠藤さんがよくおっしゃっているんですが、“適切な野心”を持っている人が、このプロジェクトには必要なんですよね。自分が持ちうるものを全て注ぎ込むことで、結果的にそれを自分のステップアップに繋げてチャレンジしたいと思ってくれた彼のような人が現れてくれたことは、本当に嬉しいですよね。

杉原:このプロジェクトを契機に自分なりのゴールを見つけてほしいということですよね。

乙武:今回のプロジェクトでは、遠藤さんはエンジニアというスペシャリストであり、プロデューサーという立場でもあるので、みんながそれぞれ遠藤さんの描いた地図の上で動いている。私はもちろんですけど、チームのみんなが遠藤さんを信頼してやっています。

遠藤:ありがとうございます。嬉しい言葉ですね。私は今とにかく楽しい!本当に楽しんでやっています。最近やっと自分の居場所を見つけられたような気がしているんです。

乙武:「OTOTAKEプロジェクト」に対する遠藤さんのひと言が“楽しい”だとするならば、私は“悔しい”ですね。メカニカルな部分は整えていただいているので、あとは私の歩行待ちというところまできていますからね。今は私のところでストップしてしまっている。だから私のひと言はやっぱり、“悔しい”なんですよね。

後編へつづく

乙武洋匡
1976年4月6日生まれ。大学在学中に出版した『五体不満足』がベストセラーに。卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、教育に強い関心を抱き、新宿区教育委員会非常勤職員「子どもの生き方パートナー」、杉並区立杉並第四小学校教諭を経て、2013年2月には東京都教育委員に就任。教員時代の経験をもとに書いた初の小説『だいじょうぶ3組』は映画化され、自身も出演。続編小説『ありがとう3組』も刊行された。おもな著書に『だから、僕は学校へ行く!』、『オトことば。』、『オトタケ先生の3つの授業』など。2014年4月には、地域密着を目指すゴミ拾いNPO「グリーンバード新宿」を立ち上げ、代表に就任する。2015年4月より政策研究大学院大学の修士課程にて公共政策を学ぶ。

遠藤謙
慶應義塾大学修士課程修了後、渡米。マサチューセッツ工科大学メディアラボバイオメカニクスグループにて、人間の身体能力の解析や下腿義足の開発に従事。2012年博士取得。一方、マサチューセッツ工科大学D-labにて講師を勤め、途上国向けの義肢装具に関する講義を担当。現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所アソシエイトリサーチャー。ロボット技術を用いた身体能力の拡張に関する研究に携わる。2012年、MITが出版する科学雑誌Technology Reviewが選ぶ35才以下のイノベータ35人(TR35)に選出された。2014年ダボス会議ヤンググローバルリーダー。

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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対談 CONVERSATION

圧倒的なリアリティを手に入れた「CYBER WHEEL X」がもたらす未来予想図とは? 前編

長谷川茂雄

株式会社ワントゥーテンが、2017年に発表した車いす型VRレーサー「CYBER WHEEL(サイバーウィル)」。同プロダクトは、誰もが実際にハンドリムを操作し、ハイスピードでサイバー世界を駆け抜ける体験を可能にしたが、それはパラスポーツ普及の一翼を担っただけでなく、新たなエンタテインメントの在り方を示した。そして東京2020まで1年を切ったいま、そのアップデート版「CYBER WHEEL X(サイバーウィル エックス)」が発表された。開発のキーマンは、ワントゥーテンの代表、澤邊芳明氏と、ほかでもないHERO X編集長であり株式会社RDS代表を務める杉原だ。二人が見据えた一年後、そしてその先のワクワクするような未来とは?

よりリアルの部分が補強されて
ノンフィクションに踏み出した

澤邊「CYBER WHEELを発表して、もう2年が経つわけだけど、今回のチャレンジで、(CYBER WHEEL Xとなって)明らかにすごい進化をしたよね」

杉原「自分が澤邊さんに、“(CYBER WHEELを)アップデートしましょうか?”とメールしたら、二つ返事で“やろう!”と返してくれたのを覚えていますよ。あれは1年ぐらい前ですよね」

澤邊「そうだね。CYBER WHEELは、バージョンアップをしていきたいという意識はもちろんあったけど、あくまでパラリンピックに興味を持ってもらうためであって、どこまでいってもバーチャルの世界を体感するものだったのが、今回のRDSさんとの取り組みで、リアルの部分が補強されたというか、より現実に近づくことができましたね。自分たちだけではできないことが、実現できたという実感があります」

満を持して発表されたCYBER WHEEL X。プロモーションビジュアルから伝わってくるのは、近未来都市の風景とそれに調和する真新しいプロダクトの姿。これは、新たなモビリティ? 単なるゲーム? それとも……?

杉原「お互いに持っているもの、持っていないものがはっきりしていて、棲み分けができていたので、ある意味、プロジェクトを進めるのはラクでしたね」

澤邊「(CYBER WHEEL)Ver.1は、SFの世界だったんですよ。どこまでいってもフィクション。でも今回はノンフィクションというか、そちらに一歩踏み出した感じはしますよね。このXから得られる未来像みたいなものから逆算して、いまどうあるべきか? そんな議論ができるようなプロダクトになっている。Ver.1は2100年の仮想世界で、こんな未来がきたらいいよね、というようなものだったけど、Xは、もっと様々なことを考えるきっかけになる予感があります。あと、RDSさんは、実際にモビリティを作っておられるので、そこからの発想というのは、綺麗ですよね。機能美がある」

杉原「そう言っていただけると、すごい嬉しいです(笑)。僕らは、逆にデジタルに関する技術はまったく持っていないので、僕らのモノづくりとワントゥーテンの(デジタル)技術が、うまく融合することで、いい方向にまとまったなと思っています」

 負荷装置により対戦が可能になって
ゲーム性も格段に高まった

「RDSと互いの長所を活かすことで、予想をはるかに超えるクリエイティブができた」と語る澤邊氏。

澤邊「(RDSとワントゥーテンの棲み分けを)わかりやすく言えば、ハードウェアとソフトウェアということだよね。お互いのコンセプトも最初からブレずにあったから、結局揉めることもなかった(笑)」

杉原「そうですね。今回、僕がとても信頼しているロボットやモビリティーの研究開発を行なっている千葉工業大学のfuRoの皆さんに協力をお願いし、負荷装置などの共同開発を行いました。構造のなかに負荷装置を付けたことで、ハンドリムを漕ぐときに、仮想空間が登り坂だったら負荷を重くしたり、逆に下り坂だったら負荷をなくしたり。そこは僕たちも澤邊さんも重視したポイントのひとつですよね」

澤邊「そう。でも実は、Ver.1の段階から負荷は付けたかったんですよ。ただ、我々だけではできなかった。それはVer.1に足りないものだと、お互いが感じていたってことだよね」

杉原「体験会で自分がCYBER WHEELを体験したときも、負荷はやはり必要だと感じましたね。いろんな理由がありますが、負荷装置でフィジカル的な違いを調整できれば、仮想空間のなかでイコールコンディションの対戦ができるようになる。例えば、子供と大人も一緒に楽しめる」

杉原がCYBER WHEEL Xを手がける上で自らに課したミッションの一つが、「ゲーム性を高める」ということ。その目標は、十分達成できたという。

澤邊「それが可能になれば没入感も高まるから、大切な要素だよね。Ver.1は、400mをまっすぐ進むだけだったから、体験としては浅かったと思う部分はあります。それで、リアリティを追求しようと考えると、やっぱり負荷がないと、体感したときに(VRで見たものと感覚が)ズレてくる。自分が仮想空間で見てる水平面と体感がしっかり連動しないと、酔ってしまうしね」

杉原「そういう負荷装置によってリアリティが増すことで、Xは、ゲーム性が高まっていますよね。単純にX自体で遊ぶことが楽しめれば、結果として、このゲームは、なんだかパラスポーツの競技に似ているな、というような逆の見方をするユーザーも出てくるはずです」

澤邊「確かにそれはあるね。2017年にVer.1が出た段階では、CYBER WHEEL自体の認知度は低かったし、体験会などで、まずは楽しんで乗ってもらうことがミッションだったけど、もう次の段階に来ているから。実際にVer.1を発表したときも、“対戦はできないんですか?”とか、“パラリンピアンと一緒に走れないんですか?”というような意見は、結構あったしね」

パラリンピアンたちにとって
リアルなシミュレーターになる

サイバー世界でリアルな負荷を感じながら、誰しも対戦ができる。CYBER WHEEL Xは、VRレーサーの新たな扉を開いた。

杉原「それらを踏まえてXは、例えるならプレステのゲーム機本体のようなものになったといえますよね。これからソフトウェアとしては、何パターンも想定ができますし、実際の構想もいろいろと出てきています。そのなかで、パラリンピアンのシミュレーターに使うというトレーニングモードも魅力的。ゴースト機能を使って設定をすれば、世界ランカーとバーチャル世界で競い合うことができるというのは、今回進化した点です。それを実際に選手たちもトレーニングに取り入れられるのは大きい。コンディションに合わせて負荷をかけることもできますから」

澤邊「そういう意味では、Ver.1はパラスポーツの魅力を伝えるための健常者向けだったのが、Xは、健常者のみならず、障がい者にも焦点を向けていくことができる。例えば、リハビリ施設にXがあれば、スペースを取らずにロードレースをすることもできるわけだから」

杉原「そうですよね。さらにXに関しては、ホイールのついたシート部分とフロント部分が分けられるようになっていて、ロードレースだけじゃなくて、将来的には、バスケやテニス、ラグビーなんかも体験できるような構造を見据えていますよね。まさにゲーム機の本体というか、ソフトウェアが変わればいろんなゲームが可能になるという」

澤邊「東京2020は、史上最もイノベーティブな大会にすると言われているけど、パラ分野に関しては、まだまだその実像が見えていない感じがしています。CYBER WHEEL Xのようなものを出していくことは、(世界に対して)大きなメッセージになるし、その役割を担うことになると思うよね」

杉原「確かにパラスポーツの理解度を深めましょう、ダイバーシティでみんな一緒だよ、というようなメッセージや哲学は重要なことだと思いますが、どうもそれが直接的すぎるところもあると僕は感じています。それとはちょっと違った形で、自分たちは、エンタテインメント、テクノロジー、デザインといった分野でメッセージを発信していくことが役割ですね」

澤邊「実際に“共生社会”と言った時点で、共生する側とされる側というふうに分けないと概念が成立しない。実はその時点で線引きをしているという見方もできるわけだよね。CYBER WHEEL Xは、そうではない完全にフラットな目線でプロダクトとして成立させている。それが一番重要なことなんだよね」

後編へつづく

澤邊芳明(さわべ・よしあき)
1973年東京生まれ。京都工芸繊維大学卒業。1997年にワントゥーテンを創業。ロボットの言語エンジン開発やデジタルインスタレーションなどアートとテクノロジーを融合した数々の大型プロジェクトを手掛けている。2017年には、パラスポーツとテクノロジーを組み合わせたCYBER SPORTSプロジェクトを開始。車いす型VRレーサー「CYBER WHEEL(サイバーウィル)」、「CYBER BOCCIA(サイバーボッチャ)」を発表した。公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 アドバイザー、東京オリンピック・パラリンピック入賞メダルデザイン審査員、日本財団パラリンピックサポートセンター顧問、リオデジャネイロパラリンピック 閉会式フラッグハンドオーバーセレモニー コンセプトアドバイザー等。

CYBER WHEEL X
http://rds-pr.com/

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 壬生マリコ)

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