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常識と非常識がぶつかりイノベーションが生まれる。渋谷シティゲームでソニーが描きたかったものとは?

川瀬拓郎

昨年に引き続き今年も開催され、雨天にも関わらず多数の来場者を記録し、成功を収めた渋谷シティゲーム。 集まった人はもちろん、偶然立ち止まった人でさえも、トップパラアスリートたちの全力疾走に大興奮。 渋谷シティゲームに深く関わったソニー ブランド戦略部 統括部長の森繁樹氏に、開催の趣旨と経緯について、 さらに人事センター ダイバーシティ&エンゲージメント推進部 統括課長の森慎吾氏に障がい者雇用について話を伺った。

渋谷の公道が使えるかも、
という漠然とした話がきっかけに

―渋谷シティゲームには、ソニーとしてどのように関わったのでしょうか?

森繁樹氏「あくまでも主催は渋谷芸術祭実行委員会で、そこにソニーが協賛したという形となります。場所の確保だけでも大変で、渋谷区長をはじめ職員の方々、渋谷区観光協会、渋谷警察署といった皆様の全面的な協力があってこそ、初めて実現することができました。やはり、人通りが多い渋谷の公道を使ってのイベントとなると、民間の企業だけでの開催は不可能ですから」

―どのような経緯で今回のイベント内容が決まったのでしょう?

森繁樹氏「渋谷区の皆さんとは、“一緒に何かできたらいいね”という話が以前からあったのです。ただ、実際どのくらいの規模で、どれくらいの期間のイベントが可能なのかなど、詳細は何も決まっていませんでした。そんな中、ソニーコンピュータサイエンス研究所(注1)で義足の研究開発をしている遠藤(注2)に、“渋谷の公道がイベントに使えるかも知れない”という話をしてみたのですね。そうしたら、“是非とも渋谷でやりたい!”ということになり、渋谷シティゲームの企画が進んでいきました」

―元々はパラアスリートのイベントを計画していたわけではないのですね?

森繁樹氏「渋谷シティゲームは、義足アスリートによるイベントだということをアピールしたいのではなく、人間の能力がテクノロジーによって拡張され、ボーダレスに可能性に挑戦する姿を、広くオーディエンスに見てもらいたいというのが趣旨です。多くの若者とクリエイターが集まる渋谷は、それをアピールする場所としても相応しいと思いました」

(注1)
世のため人のためになる研究を行い、それをサポートするために、1988年に設立されたのがソニーコンピュータサイエンス研究所。大きくはグローバルアジェンダ(地球温暖化や共生農法など)と、ヒューマンオーギュメンテーション(AIやVRといった人間の能力拡張)をテーマに、約30名の研究員が東京とパリで活動を行っている。

(注2)
遠藤謙(えんどう けん)1978年、静岡県出身。慶應大学理工学部機械学科を卒業後、マサチューセッツ工科大学へ留学。2012年から、ソニーコンピュータサイエンス研究所の研究員に就任。14年には自身の会社Xiborgを起業。日本を代表する義足エンジニアとして活躍中。現在進行中のOTOTAKE PROJECTも必見だ。

ソニーとスポーツの関わり合いと2020について

―スポンサードにあたってのポリシーのようなものがあるのですか?

森繁樹氏「スポンサードにあたっては、ソニー独自のメッセージが発信できることが前提としてあります。単に金銭的なスポンサーをするのではなく、ソニーが何かしらの貢献をしているファクトがあること、ファクトがブランドエンゲージメントにつながる活動であることを重要視しています」

―ソニーとして東京 2020への協賛や、スポンサーシップをしている種目などはあるのでしょうか?

森繁樹氏「弊社は東京 2020の公式スポンサーではありません。ただし、スポーツには間接的に様々な形で関わっています。例えば、様々な放送機器、配信フォーマットなど、撮影・編集から視聴機器まで弊社のテクノロジーが、多方面で活用されていますから。また、スポーツ競技で活用されている技術の代表的な例としてはホークアイというシステムがあります。現在25を超えるスポーツ競技にて採用されており、例えばテニスでは、時速200キロもの速球が白線を超えたか超えていないかを多角的に撮影した映像から解析し、瞬時にインかアウトかを判定することができます」

―パラリンピックの成功は、普段意識していない人にもジブンゴトとして障がい者との関わり合いを発見してもらうことだと思います。渋谷シティゲームはその一例ですが、このようにジブンゴトとして感じてもらえる工夫などがあるのでしょうか?

森繁樹氏「先ほども申しました通り、義足とかパラスポーツということにフォーカスしたいのではありません。まずは“ピュアにかっこいい!”と感じてもらえることが大事なのかなと。世界最高峰のアスリートが、至近距離で駆け抜ける大迫力を感じて欲しかったのです。共感とか理解はその次で良いと考えています。実際に来場してくれたお客さんの多くが“かっこいい!”とツイートしてくれたことにも、手応えを感じました。人間の可能性って本当にすごいと感じていただければ、ソニーとしてのメッセージが伝わったのかなと」

写真左から:ソニーブランド戦略部統括部長の森繁樹氏、ソニーコンピュータサイエンス研究所リサーチャーで、Xiborg代表取締役の遠藤謙氏、ドイツのフェリックス・シュトレングス選手、アメリカのジャリッド・ウォレス選手、同じくアメリカのリチャード・ブラウン選手。

森慎吾氏「雇用の面でも、似たようなことが言えます。ダイバーシティを推進するために、障がい者を雇用するということではありません。ソニーという会社に魅力を感じ、活躍できるスキルを持った方が、一流の製品作りを目指して一緒に働く場であるということ。これは障がいの有無に関わらず同じことです。今でこそ教育の現場でインクルージョン教育ということが言われますが、昔は教育自体が障がい者は分けられていました。だから、どう接したらいいか分からないという疑問が現場から出てくるのは当然です。そこで、ブラインドサッカーや車いすバスケの体験会、障がい体験など身近に感じられるイベントも開催しています。彼らのかっこいい姿、自分が感じてみることを通じて、自然に接し方が身に付いてきます」

森繁樹氏「うちの部署にも車いすを利用しているメンバーがいますけど、本当に彼らは活躍しています。むしろ、部内で一番ブイブイ言わせているくらい(笑)。実際、最高峰のヘッドホンを開発・設計しているオーディオ部門でも、彼らがなくてはならない存在。単純にアビリティの出方が違うだけだと考えていますし、そういう意識が社員一人一人に浸透しているので、マネジメントとしても見ていて楽なんです。むしろダイバーシティという言葉に敏感になり、シリアスなムードを作りすぎてしまうのは良くないと思っています。様々な社員がアビリティをさらに伸ばしてもらい、ソニーらしいイノベーションに向かって一緒に仕事をしているのです」

創業時から続く障がい者雇用と揺るぎない理念

―インターナショナルな企業として、性別や人種、国籍はもちろん、健常者・障がい者の垣根なく、多様な従業員が活躍していますね。こうしたダイバーシティについての取り組みは、いつ頃から始まり、社内で共有されるようになったのでしょう?

森慎吾氏「“今から障がい者雇用をやります!”とやり出したことではなく、もともとソニーでは創業当時から行ってきたことです。1978年に創業したソニー・太陽という子会社がありまして、現在の特例子会社制度すらなかった時代から、障がい者雇用に取り組んでいるのです。1964年の東京パラリンピック日本選手団団長で、太陽の家の創設者、中村裕博士の、“世に身心障がい者はあっても、仕事に障害はありえない、身障者に保護より働く機会を”という理念と、ソニーのファウンダーの一人である井深大の“障がい者だからという特権無しの厳しさで健丈者の仕事よりも優れたものをという信念を持って”という理念、この2つが組み合わさって出来上がった会社がソニー・太陽であり、森繁樹の言うなくてはならない会社なのです。障がいについては理念に則って配慮していますから、例えばソニーグループから、“こんな配慮があったら、もっと自分の能力が引き出せるのに”というリクエストがあったら、ソニー・太陽で蓄積した知恵や工夫をノウハウとして活かし、それをグループ全体に広めていきます」

異なる業種、能力のぶつかり合いがイノベーションを生む

―多くの人にとってソニーは、オーディオとゲームといったハードで慣れ親しんできました。同時に、音楽レーベルと映画といったソフトも持ったエンタテインメント企業ですね。こうしたハードとソフトの両軸が、新しいイノベーションを生み出すソニーの強みですね。特にパラスポーツにおける両軸として、取り込んでいることなどがあれば教えてください。

森繁樹氏「すぐにパラスポーツに使えるかどうかはまだ分かりませんが、ジャックインという研究があります。これは他者の視点をジャックすることで、自分の身体の動きを客観視できる研究です。スポーツに転用すれば、一番効率的な足の動かし方が分かるでしょうし、義足と連携することも考えられますね。他にも「Sonic Surf VR」というソニー独自の空間音響技術があります。聴かせたい音をピンポイントで鳴らすことなどができる技術で、例えば自分だけにささやき声や風の音が聞こえたり、相手の言葉を翻訳して耳元で鳴らしたりすることが可能になります。ハードとソフトという両軸よりも、どちらかと言えば、テクノロジーとエンタテインメントという切り口で考えた方が分かりやすいのかもしれませんね。今まで表現し得なかったことが、新しいテクノロジーによって可能になる。こうしたイノベーションは、アーティストにもアスリートにも起こり得ると思います」

森慎吾氏「エレクトロニクス(ハード)と音楽(ソフト)という組み合わせもそうですが、ソニーが今までやってきたことは、“常識と非常識がぶつかるところにこそ、イノベーションが生まれる”というファウンダーの一人である井深の言葉に集約できると思います。例えばエレクトロニクスと金融という、全く異なる業種がぶつかり合い、そこから新しいビジネスが生まれることもその一例です。こうした異業種間におけるぶつかり合いによって新しいビジネスが生まれ、新しい価値を作り出すことができるのも、多様な存在があるからです。個々人におけるダイバーシティの推進はまだまだ必要ですが、ビジネスでも、どんな分野においてもダイバーシティの意識が欠かせないのはこういうことなのだと考えています」

改めて考えれば、短距離世界最速記録に義足ランナーが挑戦するというイベントのコンセプトそのものが、まさに常識と非常識がぶつかって生まれたものだし、若者や観光客でごった返す週末の渋谷ファイヤー通りを会場にするというアイデアもまさにそう。そして、そんなぶつかりが生まれるのは、能力がそれぞれ違う者同士が認め合う環境があってこそ。来年の開催は全くの白紙状態とのことだが、このイベントがまた新たな形で実現する日が楽しみだ。

左:ソニー ブランド戦略部 統括部長 森繁樹氏、右:ソニー 人事センター ダイバーシティ&エンゲージメント推進部 統括課長 森慎吾氏

(text: 川瀬拓郎)

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スポーツとサブカルをつなぐナビゲーターに。義足モデルGIMICOの東京2020

朝倉奈緒

剥き出しにした義足をいくつも履きこなし、被写体となって著名フォトグラファーやミュージシャンのミュージックビデオに登場するGIMICO。そのビジュアルは実にインパクトがあり、斬新で刺激的。2016年リオパラリンピック閉会式の東京2020プレゼンテーションでは、ゲームやアニメなどのポップカルチャーが国を特徴づけるこの日本で、彼女の存在は際立っていた。ミステリアスな印象のGIMICOだが、果たしてどんな人物なのか?

「自分は素材。新しい価値観に気づく
きっかけになれればいい。」

プロフィール情報も少なく、自身が経営しているブラジリアンワックスの所在地も非公開と、謎の多い義足モデルGIMICOだが、実際会ってみると、驚くほど気さくで話しやすい。ニコニコと常に笑顔というわけではないが、初対面なのに久しぶりに会った遠縁のような距離感で接してくれた。そんな彼女が初めて義足を履いたのは14歳のころ。中学生の女の子なのだから、その後の生活や、自分の周りの世界はさぞ変わったのだろうと勝手に想像してしまったのだが。

©藪田修身

「人生の歴史的に14歳ってまだ真っ白ですよね。真っ白なところに出来事が起きたというだけで、義足がきっかけで人生が変わったということはありません。それまでの人生にガラリと変わるほどのことがなかったわけだし、その後の人生の方が濃いのが当たり前。義務教育だから、みんなと同じ時間に同じ行動をするというのも良いリハビリになりましたね。」

そう淡々と話すGIMICOがモデルになったのは、「素材になりたい」と思ったからであるという。自分自身をプロダクトとして客観視し、セルフプロデュース能力が高いかもしれない、と自己分析する彼女は、発想を転換し、義足であるビジュアルを生かしてアンダーグラウンドな世界でデビューした。そして、リオパラリンピック閉会式では、東京2020を象徴するアイコンとして、表舞台で世界に圧倒的な存在感を見せつけた。モデルをはじめ、表現を生業にしている人間なら誰もが夢みる大ステージに立ったことにおいて、本人は

「あの場には私が適任だった、ハマっていたのだと思う。ただそれだけです。」とコメントする。あくまでも自分が何かをアピールするというスタンスではない。

「人があまりやっていないことをやってみたり、できるだけオーディエンスが見たことがないことをすることで新しい価値観に気づいてもらえたらいい。こういう世界もあるということを、他人の価値観を尊重することで自分を肯定できることもあると思う。」

©藪田修身

義足モデルが望むのは、
使い捨てできるシリコンライナー

「義足モデル」なだけあり、撮影などで実に様々な義足を履いているGIMICOだが、彼女にとって理想の義足とはどのようなものだろうか。

「生活用の義足に関してはアップデートされているけど、2030年変わっていないという印象です。テレビで紹介されるような最新の義足はとても高額で、一般障がい者が使える義足とはズレがあります。例えば足と義足をつなぐシリコンライナーという、いわば靴下みたいなものがあるのですが、一年に一度しか補助金を申請できず、自腹で買うと10万くらいかかるんです。なのでそういった消耗品を安価で毎日使い捨てできるように開発し直してほしいですね。私は運動量が多いというのもありますが、一年に一度の交換では衛生上問題があります。あとは汚れや水に強い義足が欲しい。義足向きなもっと万能な素材があればいいなと思います。生活用の義足は多種多様、ニーズも様々でどこに焦点を置くか定めにくいというのもありますが、これだけ色々なことが発展している世の中において、アナログすぎるところがある現状です。」

これは義足を日常的に履いている人にしかわからない意見だ。改善すべきポイントを知るためにはユーザーの意見に耳を傾けること。それはどんなアイテムにおいても同じである。殊に毎日体の一部として使っている義足なのだから、より快適に過ごせるよう早急に開発が進むことを願う。

©藪田修身

日常生活において「運動量が多い」というGIMICOだが、実は障がい者スポーツの大会に出場経験があり、金メダルを獲得したこともある。

「東京2020に向けてスポーツの機運が高まっていくならば、障がい者ももっと気軽に運動できる機会が増えればいいですよね。障がい者が運動するとなると、どうしても競技を目指されがち。私が上京して板バネを借りるときも、話の流れで義肢装具士の臼井二美男さんがやっている陸上チームに入り、ジャパンパラリンピックや色々な障がい者スポーツ大会に出場することになりました。私はタイムを競うような陸上競技に興味が持てなくて結局辞めてしまったけれど、健康上、適度な運動はしたいという気持ちはある。けれど、例えばヨガや簡単なエクササイズがやりたくてネットで検索しても、健常者の人のものしか出てこない。片足がない人はどこに重点を置いてどういうポーズをしたら体に効くんだろうとか、どこにも情報はないんです。軽くジョギングしたいけど、それ用には板バネは借りられないのか。競技まで本格的な運動でなくても、もっと手軽な値段でレンタルできて、スポーツができるようになれば。そういうチャンスがくればいいなと思っています。」

パラリンピックは、
サブカル好きにもハマる
!?

義足モデルとブラジリアンワックス店の経営者。次に夢中になれる職業が降りてくるのを待っているというGIMICOだが、2018年が始まった今、彼女はすでに新しいポジションで、世の中をざわつかせ始めている。

「例えば、そこまでスポーツに興味が持てないけれど、どうせなら東京2020を少しは楽しみたい、という人にも興味を持ってもらえる可能性が、パラリンピックにはあると思っています。健常者のスポーツはもう確立されているけど、障がい者スポーツというのは、足のない人はどう調整しているのとか、目の見えない人はどういう感覚を持っているのかとか、それにプラスメカ的なものが合体して、近未来的なイメージがあるから、アニメとか漫画の世界にコネクトできる。そういった特徴がスポーツに関心の少ないサブカルチャー寄りの人たちの興味をそそるのでは、と直感しているんです。私はそのナビゲーター的な役割を担いたい。」

それまでは受け手に自由なイメージを持ってほしいと発言を控えていたが、リオパラリンピック以降はインタビューやトークショーといった仕事を積極的に受け、ラジオやニコニコ動画の番組にも出演したりと、GIMICO” を解禁。

「以前は素材として、ビジュアルで十分インパクトがあるので、そこにメッセージを乗せてしまうと強くなりすぎるし、場合によっては福祉的なメッセージのみに繋がっていってしまうのを避けて、一切発言していなかった。でもリオ以降は、私が何かを発信してもいいのかもしれないと思い始めたんです。」

年齢不詳でミステリアス。エッジィなビジュアルでありながら懐の深さ、母のような温かさを感じさせる人柄。東京2020とその先に、日本を代表するポップ・アイコンとしてGIMICOの姿を頻繁に見かける日が来るかもしれない。

GIMICO
中学2年生の時に骨肉腫のため右足大腿を切断、義足となる。2009年より義足モデルとして活動を開始。森美術館「医学と芸術展」で蜷川実花デザイン義足のモデルを務めたのを皮切りに、そのエッジの効いた存在で多くの作品に出演。浜崎あゆみ、DIR EN GREYのミュージックビデオや写真、映画、イベントやショーなど一つのジャンルに捉われることなく常に大胆に表現を続け、それらを通じて今までにない新しい価値観が生まれている。2016年にはリオパラリンピック閉会式にてフラッグハンドオーバーセレモニーに出演し世界中から注目の的に。NTTdocomo、ワコール、アディダス、NTTdocomoなど大手企業のCMにも大抜擢をされ2020年へ繋ぐ時代のニューアイコンとしてその活躍がますます期待されている。

(text: 朝倉奈緒)

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