対談 CONVERSATION

大切なのは、東京2020のレガシー。「HERO X」プロデューサー佐藤勇介が登場 後編

宮本さおり

Webマガジン、ラジオ、リアルイベントへと広がろうとする「HERO X」。総合プロデューサーに着任した株式会社マグネットの佐藤勇介氏。前編では、東京2020以降の未来を見つめることが大事だという話で盛り上がった。では果たして、具体的にどのような“仕掛け”で未来に問いかけていけばよいのか。二人のトークの着地点はいかに!

杉原実はラジオをやるって決めたときに、僕が一番最初に相談したのは佐藤さんでしたね。「想いは電波に乗せると、たとえそれが小さなものであったとしても必ず共感してくれる人が出てくるからやったほうがいいんじゃない?」と後押しされ、友人に ShibuyaCross-FM の社長さんを紹介してもらいました。一発で共感してくださって、是非番組をやりましょう!と。それが去年(2018)の暮れのことでした。

佐藤世の中には、1年前にされていた議論が、いまだにされているケースが多すぎるんですよね。そういう人たちはきっと、1年後も同じ議論を続けていて、気が付いたら、あれ、もうオリンピック来ちゃったとなる。そしてあっという間に終わってしまって、結局やっぱりあぁしておけばよかったよねっていうことになる。

僕が広告を軸に今までやってきたことは、例えば企業さんが「これを売りたい」とか「こういうふうに自分たちを変えたい」ということに対して、僕がそこに入って話を聞いて「なるほど、だったらこうしたほうがいいんじゃないですか? 僕も一緒にやっていくので」というやり方です。つまりプロデューサーですが、プロデュースだけでなく、ディレクションもして、そのモノがローンチするまで、とにかく最後まで並走するっていうスタイルで仕事をしてきました。

するといつの間にか、やりたいと言っていた人の夢が、それがもともと自分の夢なんだ、みたいな感覚になる。そうやって感情移入できるような関わり方をさせていただいてきました。だから杉原さんが「こうしたいんだ」って言ったときに、「じゃあそれはこうした方がいいね。僕も一緒にやるよ」って。そしてそれが今ではもう僕の夢にもなっている。これはもう職業病ですよね(笑)。

オリパラは公式スポンサーだけが関われるの?

杉原:オリパラには本当はいろんなスポンサードの形がありますよね。ゴールドスポンサーと言われる大企業だけでなくて、もっと様々な企業がそれぞれのやり方があるはずなんです。日本は9割以上が中小企業ですが、その人たちからするとオリパラへの関わり方が分かりにくいところがある。例えば、サプライヤーとして関わりたいと思えば、実現可能な方法があるけど、皆さん関わり方を知らない。

佐藤:オリパラの公式スポンサード企業は一業種一社という条件の中、多くの大企業が名を連ねています。そして、公式スポンサーとしてマークが使えるようになる。でも、いろいろと制約や細かいルールが決められており、その中で運営しなくてはならないという大変な面もありますよね。オリパラを本当に盛り上げるのは誰なのかっていうと、スポンサーももちろんですが、僕は、大きな力になるのはサポーターではないかと思うんです。サッカーだってそうですけど、サポーターなしで盛り上がる大会はありませんから。

杉原:たくさん資金を調達して支援することができる企業でも、一業種一社のなかでその枠からは外れてしまった企業、そして、お金はないけれどもヒューマンリソースやテクノロジー、アイデアなどを提供したいと思う人たちもたくさんいる。その思いをどこにぶつければいいのかという部分もあるかと思うのですが。

佐藤:僕もそう思います。今は、会社と個人とが、以前よりもはっきり分けられるものではなくなってきています。会社のなかにいても、例えば個人としてどうしてもやりたい仕事を会社に説得する人もいれば、自分個人でやる人もいる。どれだけ強力なサポーターを僕たちが作ることができるんだろうって考えたときに、日本って本当に素晴らしい国だなと思うところはそこで、みんな協力的なんですよね。日本は本当に強力なサポーターを企業、個人という垣根をなしに作っていけるんじゃないのかなって思うわけです。

杉原:主観ですが、日本って独特な文化が根付いていて、 みんなで一緒にやっていこうとか、助け合いの精神がありますよね。そして意外に本質をつくのも巧かったりするし、とりあえず乗っかっとこう、みたいなお祭り気質、文化もあるじゃないですか。そんなお祭りを誰が企画して運営して、盛り上げていきますかっていうところはものすごく大事でしょうね。そして、続いていかないと意味がないですよね。

東京2020で東京には世界各国から多くの人が訪れる。世界から大きな注目を浴びる、いわば、最高のプレゼンの場所ですよね。街を歩けばすれ違うのはほとんどが外国人っていうような状況って見たことないじゃないですか。僕たちにとって初めてのことなんですよ。そこで、「HERO X」をより多くの人たちに広げていくために、佐藤さんを「HERO X」のプロデューサーとして迎えたいと思ったのです。

佐藤:「HERO X」という場ができて、そこがひとつのコミュニティーとなり、繋がり、広がりをもたせられるようになったら面白いと思っています。それから、ショップみたいなものが立ちあがってもおもしろいなと。発信・コネクション・ファクトリーが連動する新しい未来をつくり出していくメディアが本当にできたとしたら、僕はこれは本当にすごいことだと思うんですよね。

杉原:僕はさっきからずっと黙って聞いていますが、プロデューサーがやる!と言ったことには基本的に全てYESで行こうと思ってます(笑)。ファクトリーもRDSに固執するわけじゃなくて、いろんなメーカーや中小企業とも関われたら、日本のものづくりってすごいんだっていうこともプロダクトに落とし込まれているから分かりやすい。いろいろな人たちの力を借りて、ショップだったりコミュニティを作っていきたいですよね。

佐藤:更に僕が思っているのは、世界戦略です。これは日本っていう国の中だけでワークするのではなくて、日本以外の国にもいろんな問題がある。だから僕はまず早急に、海外向けのWEBをスタートさせたいです。日本の中だけでこの技術力やプロダクト、考え方をシェアしていこうというのは、ちょっともったいない。この考え方を世界に広げていき、“日本力”というものを世界に発信する。世界に出て行く日本初のメディアっていうものがつくられていかないといけない。そしてそのメディアっていうのは、世界に出て行くと形を変えられるはずなんです。

杉原今日の対談で僕たちはコンクルージョンとしていろんなことを話してきましたけど、佐藤さんを「HERO X」のプロデューサーとして迎えることによって、メディアとしてはまだ1年半ですけれども、みんなで走って作り上げてきた地盤を、そして応援してきてくださった方たちと共に、より強力に、大きなものに広げていきたいと思っています。啓蒙活動ではなくて、リアルな事業展開をしてきたい、それがきっと大きく羽ばたくきっかけになるんじゃないかなと思っています。

前編はこちら

佐藤勇介
株式会社 マグネット取締役。1981年生まれ。北海道出身。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、制作プロダクションに入社。広告プランニング部門のマネージャーを経て株式会社マグネットを設立。大手菓子メーカーや日用品、化粧品など、多くの広告プランニングを手掛けてきた。WEB、MOVIE、GRAPHIC、EVENTなどを横断、コンテンツプロデューサーとしても活躍、上海、台湾など海外でのブランディングも行っている。

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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対談 CONVERSATION

震災からの復興10年 東北バージョンアップはここからはじまる!

宮本さおり

東日本大震災から2021年で10年。悲しみを乗り越え、復興へと向かいつつある東北の10年はどのようなものだったのか。宮城県を中心に多角的に産業の復興を手がける株式会社ワンテーブル代表取締役 島田昌幸氏に、HERO X編集長・杉原行里が今の様子を伺った。

復興が意味するところ

杉原:2019年の5月に対談をさせてもらったときは防災備蓄ゼリーの話やホテルの話で盛り上がりました(前回:http://hero-x.jp/article/7021/)。対談から2年が経って、迎えた東日本大震災から10年という節目、ワンテーブル、および防災で、なにか変わったと思う?

島田:変わったのかな?と思うと、大局的に見れば、形にならなかった状況でもあるなと。みんな阪神淡路大震災の教訓を後世に伝えることが大事だって言ってきて、東日本大震災でもそっくりそのまま使われてきた。でも、大局的に見ると、変われていない部分も多い。

杉原:すごく控えめな意見だけど、では、島田君は具体的に10年後の日本がどうなると思っていたのかな?

島田:いろいろと思うところはあるよね。僕の中では、失われた雇用を作ることで精一杯だった。

杉原:そんな中でも6次産業モデルファーム、「ロクファーム アタラタ(以下、アタラタ)」など、新しい取り組みも手がけてる。

島田:そうね、地場産業であった農業の復活に関わる部分で見ると、ただ単純に作物を作るということだけでなく、食の産業化まで広げるという動きはあった。レストランや、イベントなど、作ったものを使って提供するという取り組みだよね。

杉原:僕もここで蕎麦を食べたことがありますが、めちゃくちゃ美味しかった。

宮城県名取市にある「ロクファーム アタラタ」は、島田氏が代表を務めるワンテーブルがプロデュースと運営を担っている6次産業モデルファーム。そばレストラン、カフェレストラン、スイーツショップ、インターナショナルスクール、が入っている。

島田:食の商業施設を作ることで、農業からサービスへと産業の幅を広げることはできたかなと。杉原君が訪れてくれた蕎麦屋は雇用についても考えたんです。従業員の半分は障害者の方にすると決めています。震災の時、避難所の中で冷たい扱いを受けていたのが高齢者と子ども、障がい者の方でした。日本は弱い人に優しいイメージがありますが、それでも、長引く避難所生活の中では、極めて優しくなかったと言わざるを得ない状況があった。僕は、障害者の方々が問題を抱えることと、被災地が問題を抱えることは似ていると思うんです。「障がい者の人達と向き合おう」と言った瞬間に、向き合っていなくなる。被災地も同じで、「被災地と向き合おう」と言った瞬間に、分けられていくんですよね。

杉原:それは、具体的にはどういうことなの?

島田:つまり、「障がい者」と口にした瞬間に「障がい者」として線引きして、分けて考えてしまうようになる。被災地も同じで、「被災地」と言った瞬間に、「被災地」というくくりを作って、分けて考えがちになる。

杉原:それが、蕎麦屋の雇用の考え方に通じるということ?

島田:そうですね。「アタラタ」に作った蕎麦屋でいうと、障がいを持つ人も働いているけれど、それを看板としてコミュニケーションツールには使わない。まず、利益を上げて、蕎麦屋が儲かることで、彼らが結果的に評価されていくという仕組みになることが重要だなと思っているんだよね。

杉原:確かにね。「旨い」という事実だけがそこにはあって、その「作り手」に障がいがある、ないは、旨いかどうかにはあまり関係がない。「障がいがある人が作る蕎麦」として評価されるよりも、「旨い蕎麦」として評価される方が、圧倒的にいい。

島田:そうそう。

東北のバージョンアップ
進んだところ 進まなかったところ

杉原:この10年で「アタラタ」もそうですが、ホテルも立ち上げているよね。島田君は観光産業を生み出すこともしてきたんじゃない?と僕は思うけど。

前回の対談で話した備蓄ゼリーの開発は順調に進み、今年は子どもたちからパッケージデザインを公募。備蓄ゼリーの認知度を高めている。

島田:もともとこの地域は関東の生産拠点で、作った物を東京に送り出す、そういうサプライチェーンで回ってきた。物を作って楽しむとか、人を呼び込んで楽しむという文化ではなかったところがある。海岸が有名な松島は、確かに観光地ではあったけれども、地域全体で考えるリゾートみたいな概念はなかったかもしれないよね。1次産業から3次産業へ転換していくことに対しては一定の成果はあった部分もある。

杉原:島田君以外の企業とかは、サービスやプロダクトを開発するなど、何か変わってきたという感触はありますか?

島田:僕たちはどちらかと言うと、今まで別の畑でやってきたから、俯瞰して見ることができたというのはあったかなと。一方で、これまでもそこを生業としてやってきた人達からすると、イノベーションは起こしにくかったのではとも思う。

杉原:そこは、なんでだろうか。

島田:復興庁が出してきたお金は、あくまでも、震災前の状態に戻すためのお金だった。これがなかなか厄介で、被災当時に持っていたものと同じ機能の施設・資材を買うという趣旨でした。でも、普通に考えてほしいのですが、これって10年前に設備投資したものを、新しく買い換えたいとなった時、すでに新しいバージョンの物が出ているかもしれないのに、当時のままの機械をくださいってことなんです。“復興はしてください、ただし、当時のままの状態で”って、制度的に矛盾していると思いません?

杉原:それはそうだね。

島田:ここに苦しめられた所は結構あったと思います。機能を強化するとか、そういったものを国が認めなかったんです。だから、現地の人のせいとかじゃなくて、成長することやイノベーションが極めて起きなかったということにつながったんじゃないかなと。

RDSとの挑戦

杉原:こうやって難しい部分はいろいろとあるけれど、HERO Xでの対談をきっかけに、我々の中では急速にブラッシュアップが進んで、RDSと島田君の会社ワンテーブルとで、災害の時にも役立つギアの開発がはじまっていることは読者の皆さんに伝えたいところ。

島田:そうそう、頑張ってます。

杉原:僕たちが考えているのは子ども用カート。震災の時、保育園や幼稚園にいた子どもたちは現場の先生達が高台に逃がしていったんだけど、これが結構大変だった。先生一人が抱っこやおんぶで連れ出せる人数は限られているし、担げばそれだけ逃げ足も遅くなる。保育園とかの場合、園には必ず乳母車のでっかい版みたいなものがあって、園外の公園に行く時などに子どもを乗せています。幼児が5人くらい乗れるものなんですけど、これって今まで、あまり進化がなかった。

島田:車体が重いし、子どもを乗せた状態だと、早く走らせることも難しいんですよね。

杉原:でも、これがもし、軽くて数人の子どもを一気に運べる子どものためのモビリティになったら、いざって時に子どもを救うものになるのではないかと、そういう発想で開発を進めている。

島田:でも、ここでも制度的なネックが出てきている。有事の時に使うものは、有事の時だけに使う物でないといけないという、ちょっとよく分からない部分があって、なおかつ、自治体によっても、導入可能な自治体と、導入ができない自治体もあって。今僕もいろいろと動いている所で。防災グッズもそうだけど、有事の時にいきなり使うのはなかなか困難。むしろ、普段から使って、使い方も慣れ親しんだ物が、震災の時にも役立つというような、そういう流れの方が圧倒的にいいと思っていて、それをどう理解してもらうかが、今後、東北がバージョンアップした復興できるかどうかの一つのカギになると思っています。

杉原:今年も忙しくなりそうだね。頑張ろう!

島田昌幸(しまだ・まさゆき)
株式会社ワンテーブル代表取締役CEO。大学在学中に教育ベンチャーを創業。2005年、経済産業省チャレンジコミュニティプロジェクトに参画、最年少プロデューサーとして、日本全国の地方創生に関わる。2007年から国土交通省認定の観光地域プロデューサーとして活動し、数々の地域プロデュースを手がける。2011年には日本CSR大賞準グランプリを受賞。企業イベント、商品・サービス開発、事業開発など数多くのプロデュースを手掛けている。2016年11月、ワンテーブルを設立。

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(text: 宮本さおり)

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