医療 MEDICAL

煩わしい点滴棒はもういらない!?最新のヘルスケアビジネスを横浜で探索

今井明子

地域のヘルスケアビジネス産業の振興と発展に向けた施策を推進する横浜市。2019年1月25日に「横浜から始まる! ヘルスケアビジネス・マッチングイベント」が開かれ、同市内で開発されているヘルスケアビジネス分野の新製品やサービスの発表が行われた。実際に足を運び、編集部が選んだ注目の製品、サービスを紹介する。

患者のQOLを向上させる
モバイル型投薬・点滴デバイス

新製品の共同開発やサービスの実証実験のきっかけをつくることを目的に開かれた今回のイベントには、実用化に向けて開発を進めているという注目の新製品、新技術も発表された。編集部が最も注目したのはアットドウス株式会社が実用化・事業化を目指している、ヨダカ技研株式会社が開発した、現在特許出願中の「atDose (アットドウス)」。これは、電池式のポンプによって静脈や皮下に長時間の投薬や点滴を可能にしたモバイル型投薬・点滴デバイスだ(製品は冒頭の写真。画像提供:アットドウス株式会社)。

たとえば、糖尿病の患者は、忘れずにインスリンを自己注射する必要がある。そのためには、常に「そろそろ薬を投与しなければ」と考えなければいけないし、注射の際には位置や深さなどにも細かい決まりごとがあるので、それを守らなければならない。入院ほどではないが、日常生活を送るのはなかなか大変だ。

また、病院内において点滴をする場合にも、薬剤のパックを点滴棒にぶら下げて、それを持ちながら移動するため、病室の外に出て歩いたり、トイレに行ったりするのもひと苦労である。

しかし、「atDose」があれば、点滴棒や注射器を持ち歩くことなく、「次にいつ注射しなければ」「忘れないように薬を飲まないと」などと考える必要もなく日常生活を送ることが可能になる。

なぜ、このようなことが可能なのだろうか。それは、「atDose」の持つ3つの特徴のなせるわざにあるのだ。

ひとつめの特徴は、ポンプである。電池で動くため電源につなぐ必要がなく、流速は毎時5nL300μLでコントロールできる。

ふたつめは、極細針だ。直径は100μm200μmのものを使うため、痛みが少ない。

さらに、3つ目の特徴がその素材と形状である。シリコーン一体型の形状によって、部品点数を少なくし、低価格で使い捨て可能、液漏れしない形状が実現したのだ。

投薬のストレスから解放され体の負担も軽減できれば、重篤な病気であっても、入院ではなく在宅や通院治療ができるかもしれない。例えば、がんにおける緩和ケアも atDose を使うことでQOLの改善が見込めそうだ。痛みを和らげる末期の治療だけではなく、点滴治療がモバイル型になれば、がんの初期の段階から抗がん剤の治療と同時に緩和ケアを行うことができるかもしれない。

代表取締役の中村秀剛氏は、会社員時代にatDoseと出会い、「これは残りの人生をかけて実用化・事業化に取り組むべき製品だ」と起業を決意したという。

現在ではまだ試作段階で、実用化、事業化を目指して活動中であるがatDoseは患者のQOLを上げることができる可能性を秘めており、医療に革命をもたらす機器の登場に期待が高まる。

アットドウス株式会社https://atdose.com/

社員の健康診断、
健康的な生活習慣の普及を目指す

近年注目の集まる企業の「健康経営」という考え方。もはや社員の健康は会社の財産というのが経営層のトレンドとなりはじめたが、株式会社AIVICKによる「ランチで変わる健康増進プログラム」は、医師が監修した「法人最適食」と呼ばれるお弁当の宅配を行うことで、社員の健康増進に貢献するというもの。その名も「Fit Food Biz」。

具体的なサービス内容はこうだ。

まずは社員のウェルネスチェックを行う。その結果、会社の健康レベルを5段階にわけ、それに応じた糖質量のお弁当を宅配する。

また、ウェルネスチェックの結果を反映した内容のセミナーを提供して、6か月単位で社員の健康を改善していく。

セミナー時には体の計測機器を貸し出すため、自らの体の変化もわかる。セミナーで健康に対する意識が変わり、お弁当で体も変化する。これを繰り返すことが健康経営の実現につながるというわけだ。

AIVICKCMOで健康経営アドバイザーの加藤貴志氏は、「お弁当は本当においしいので、ぜひ試していただきたいです。現在200社と提携していますが、『食後に眠くなりにくい』という反響をよくいただきます」と語る。

株式会社AIVICKhttps://www.aivick.co.jp/

MedVigilance株式会社では、腕時計型のウェアラブル端末を使った社員の遠隔簡易健康診断ソリューションを提案した。

現状、多くの企業では年1回の健康診断を行っているが、これは社員の健康管理には「Too little Too late」だと、代表取締役の耿聡氏は主張する。

つまり、年1回の健康診断では頻度が低すぎるため、健康の改善につながらない (Too little)。しかも、健康診断が終わったあとに病気にかかった場合、次の健康診断で発見されるときにはある程度進行してしまう (Too late)。だからこそ、ウェアラブル端末でリアルタイムに健康診断を行うことが効果的というわけだ。

端末では活動量や睡眠、心拍の推移、血圧変動などが毎日測定でき、測定結果や結果に基づくアドバイスが毎週、毎月ごとに送られてくる。

また、あくまで利用者の許可を取ったうえでだが、企業にも利用者の匿名データが送られる。そうすることで、企業側は社員の健康状態を把握することができるため、コミュニケーションツールとしても役立つ。さらに業務改善の指針にもなるというわけだ。

MedVigilance株式会社https://medvigilance.com/

筋肉や皮下脂肪を誰でも「見える化」

グローバルヘルス株式会社

もうひとつ、興味深い技術開発を進める企業があった。それは、株式会社グローバルヘルスが開発を進めるヘルスケア用モバイルエコー(家庭用超音波画像装置)である。

これは、医療で内臓や心臓など検査で用いられている超音波診断装置の身体組成(皮下脂肪、筋肉)専用装置で、センサーを測定部位に当てるだけで、皮下脂肪や筋肉が映し出される簡単装置である。

従来、肥満度などの結果は脂肪率などの数字や外見のみで示されることが多かったが、このモバイルエコーなら、自分の皮下脂肪の厚さや、筋肉の霜降り具合がわかるというわけだ。

トレーニングやダイエットの効果もこの装置で皮下脂肪や筋肉を「見える化」すると、実際の変化が分かるため、モチベーションアップにつながりやすい。

また、「見える化」することで、理想のプロポーションにあと何mm痩せて、筋肉をどのくらい鍛えると、目標達成できるのか、明確な課題が分かるようになる。

もちろん、太ももの筋肉がどれくらい減ると寝たきりになるのかもわかるため、若い人でも、将来寝たきりになりそうかが診断できる。つまり、寝たきりの予防にもつながるというわけだ。

グローバルヘルスでは、このヘルスケア用モバイルエコーに加え、測定結果や「理想の体に近づくためには具体的にどのようなトレーニングをすればよいのか」などのアドバイスが確認できるスマートフォン専用アプリも20199月のリリース予定で開発中である。

株式会社グローバルヘルスhttp://www.globalhealth.co.jp/index.html

(text: 今井明子)

(photo: 今井明子)

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“脳卒中が治る”未来を描く、リハビリテーション神経科学の可能性【the innovator】前編

長谷川茂雄

慶應義塾大学理工学部でのBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)研究を経て、“リハビリテーション神経科学”という新たなサイエンスを打ち出した牛場潤一氏。「脳の機能は、一度でも深刻なダメージを受けると回復できない」という医学界では当たり前の概念を、自ら覆そうとしている同氏は、“医”と“工”の壁を取り払い、そこを行き来することで、「脳卒中による身体の麻痺が治る未来が見えてきた」と語る。それは異端が思い描いた幻想などではない。純粋な探究心と行動力、ユニークな発想が実を結び不可能を可能にしつつあるのだ。その現状を知るべく、まるでバーが併設したアート展示空間のような牛場氏の研究室を訪ねた。

小学生のときに抱いた
AIへの興味がすべての始まり

牛場氏の研究室には、バーカウンターが併設してある。ここは牛場ならぬ通称“ウシバー”。グラスを傾けながら学生とディスカッションすることもしばしば。とても理工学部の研究室には見えない。

脳科学が身近に感じられるようになった近年。BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)という言葉もよく耳にするようになった。脳にダメージを受けた人が、自らの脳波を信号に変えてデバイスを自由に動かす。ひと昔前ならSFで描かれたようなテクノロジーが、もはや当たり前になりつつある。

そんなBMI研究の第一人者である牛場潤一氏は、慶應義塾大学理工学部に籍を置きながら、脳の本質を理解すべく学生の頃から医局に頻繁に出入りし、医学の知識を深めるとともに独自の研究スタイルを確立させてきた。まさにの二刀流といえるのかもしれない。

「もとを辿れば、小学生の頃にAIの研究をしている理工学部の大学院生に、プログラムを教えてもらったことがきっかけでした。それから僕は人間の知能とはパソコン上に実装できるのか? そんなことを考えるようになったんですね。ちょっと早熟だったかもしれません(笑)。でもAIのしくみは、実際の人間の脳とは違う。そう思うようになってから、今度は、生理学とか医学の勉強をし始めたんです」

目指すべきは
行き来できる知識と技術の習得

研究室のいたるところに、牛場氏が書いたこの空間の目的やヴィジョン、哲学などが展示してある。インスタレーションのように、来訪者のために特別にディスプレーすることもあるという。

小学校のときには、もうすでにロールプレイングゲームを自分で作り、中学校、高校時代も、人間の知能はどうすればパソコンという魔法の箱に組み込むことができるのか? そんな近未来的な技術の探求に没頭したという。そこから人間の脳そのものに興味を持ったとき、祖父が脳卒中を発症。会話ができなくなり、人格も変わってしまった。

「やっぱり脳って、(人間の)すべてのコントローラーそのものなので、そこに病気があると、本人も周囲の人間もこんなに苦しむのだと実感しました。だから、脳の本質を理解することができたら、祖父のように脳の病気で苦しんでいる人たちに福音をもたらすような技術が作れるのではないか? そのために医学のことを一度しっかりやって、それを自分が好きで追い求めてきた理工学の分野に活かそうと。そういう道筋は、自分にしかできないのではないかと思うようになったんです」

祖父の脳卒中も転機となり、牛場氏は理工学と医学の世界を行き来できる、ハイブリッドな知識と技術を習得したいと考えるようになった。それが現在の研究スタイルの土台にもなっている。

「医学も深く知りたかったのですが、残念ながら医学部に入れるほど頭が良くなくて(笑)。結局、理工学部に入って、なるべく医学に近い研究室に潜り込もうと、いろいろ工夫したんですよ。医学部の授業も履修して単位振替をしたり、ツテを辿って医学部のリハビリ科出入りさせてもらえるようにしたり。医局に席をもらって、医局員の人たちと机を並べて研究ができるようにもしていただきました。それは今でも感謝しています」

かくして理工学部生でありながら医局に入り浸るようになった牛場氏。あいつは医者だっけ?と周囲から言われるぐらいに溶け込もうと努力し、そうこうしているうちに、ドクターから、入局した新人が受ける解剖学の試験を受けてみろと言われたという。

「これはチャンスだと思いました。それで猛勉強をして、その年に受験した人のなかでトップの成績を取ったんです。そしたら周囲からこいつは本気だ!と認められて、なんとか仲間に入れてもらえたんですよ。それからは、現役のドクターにいろんな楽屋話を聞いたり、疑問があれば質問したりしながら医学的知識と医療現場の認識を深めていきました。でもドクターが診療をしている平日の日中は、理工学部に戻って電気回路やプログラミングを学ぶというライフスタイルを続けて。そんな学生時代で得られたのは、医療に使える技術だけを追い求めても、患者さん一人一人のヒストリーや現場の様々な泥臭いことと向き合わなければ、フェイクでしかないということでした」

生物本来が持っている力で
脳の機能も回復するはずだ

研究室のソファ周辺には、牛のオブジェやチェアが。学術的な雰囲気と最新のテクノロジー、牛場氏の遊び心の詰まったユニークな空間だ。

自分がのめり込んできた理工学的な技術と、医局や現役ドクターから見聞きする医療のリアル。それを結びつけるのは、教科書や座学で得られる知識だけではないと痛感した。そしてを深く掘り下げて初めて見えてきたのは、リハビリテーション神経科学という新しいサイエンスの形だった。それが、牛場流BMI研究へと繋がっている。ハイブリッドな知識と技術を、セオリーだけで成り立たない医療現場に生かす。それは常識を打ち破る挑戦でもあった。

「自分は、そんな流れを経てBMIの研究をしてきたわけですが、注目したのは、脳のやわらかさ、つまり可塑性なんですね。ノーベル生理学・医学賞を受賞したラモン・イ・カハールが言うように、神経は一度切れたら再生しないと長らく信じられてきました。だから脳卒中の患者さんは麻痺が一生残るし、治療介入しても治らないとされていますが、脳の中には損傷をまぬがれた、健康な状態の神経がまだ残っています。自分はテクノロジーをうまく使って、そういった脳部位が本来持っている治る力を引き出そうと考えたんです。そういう設計のデバイスを作れば、患者さんの脳のなかに残された書き換わる力が働くはずだと」

まさに医学と理工学、そのどちらか一方を追求しただけでは得られない牛場氏ならではの視点。それは、あたかも医工連携を一人で実践しているような印象さえ受ける。

手に持っているのが脳波を検出して脳内の運動情報を読み取るBMI。

「僕自身は、医工連携という言葉は、あまり好きではありません。脳や人間を治そうとしたときに、その性質や特性にフィットするテクノロジーをデザインすることで価値を生み出す。それは当たり前のことだと思うんです。医の側はこれをやって、工の側はこっちをやりますというような分業制ではなく、本来は一体的なものであるはずなんです。自分の専門がリハビリテーション神経科学という言い方をしているのには、それを標榜する意図もあるんですよ」

後編へつづく

牛場潤一(うしば・じゅんいち)
1978年、東京生まれ。慶應義塾大学理工学部生命情報学科准教授。2004年に博士(工学)を取得し、同年から慶應義塾大学理工学部生命情報学科に助手としてキャリアをスタートさせる。専門は、リハビリテーション神経科学。2008年よりBMI研究を開始し、理工学部からの新たな神経医療の創造を目指している。芸術や音楽への造詣も深く、学生時代はファンクバンドやジャズバンドでトランペットを担当していた。祖父は、慶應義塾大学医学部第8代医学部長の牛場大蔵氏、父は、應義塾大学名誉教授でフランス文学者の牛場暁夫氏。
http://www.brain.bio.keio.ac.jp/

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 河村香奈子)

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