対談 CONVERSATION

老舗でありながらパイオニア。睡眠科学と寝具を結び付けたIWATAの熱意 前編

宮本さおり

体圧が分散されることや、低反発で安らぐ姿勢が保たれるため、深い眠りにつけるなど、最近の寝具業界では、性能を謳った寝具が目立つ。今でこそ、実験のデータをパンフレットで紹介し、これを売りにするメーカーも珍しくないが、こうしたエビデンスに基づいた寝具の研究がはじまったのはどうやら、最近のことのようだ。今回は、日本の寝具業界で、いち早く睡眠科学と寝具の結びつきに目をつけた京都の老舗寝具メーカーIWATA社長の岩田有史(いわた ありちか)氏と編集長・杉原行里(すぎはら あんり)が対談した。

杉原:IWATAさんの人類進化ベッドを拝見しました。発想が面白いなと。鳥が飛んでいるのを見て飛行機を作ろうと思ったのに近いというか、ぜひお話を伺いたいと思いまして、対談を申し出ました。この人類進化ベッドのお話は、前回の取材(http://hero-x.jp/article/4919/)でかなり詳しく伺ったわけですが、こうした新しい製品の発想は、どのようにして生まれているのですか?

岩田:ありがとうございます。たとえば、羽毛のソックスを作る時にも睡眠科学がベースになっています。人間は、眠る前に末梢から体が温かくなり、体内から熱を放出することで眠りやすくなるというメカニズムがあるのですが、この知識はありつつも、それが製品にはまだ結びついていない状態の時がありました。そんな折、お客様の方から「足が冷たくて寝られない」というお話を伺い、足を温めることで体温が上がれば、放熱を促すことに繋がり、ひいては寝つきがよくなるのではと思いついたのがきっかけでした。

杉原:今出てきた“睡眠科学”という言葉は最近、耳にするようになりましたが、知ってそうで知らないことです。それは世界的に有名なものなのでしょうか。

岩田:言葉が世に出はじめたのは最近のことだと思います。私が20代の頃、今から30年ほど前になりますが、寝具と睡眠科学は全くリンクしていませんでした。寝具業界で新作発表会をシーズンごとにやるわけですが、当時、新作というのは寝具の柄が変わると「新商品」だったのです。

杉原:加飾的なことだったということですか。

岩田:そうです。縫製の仕方が変わるとか、紡績メーカーが新しい綿を作ったので、それを入れてみましたなど、去年と比べて新しいデザインが出ましたということくらいで、睡眠に対する付加価値を謳うところはひとつもありませんでした。ある時、入社数カ月の新入社員を展示会の受付に座らせてみたのですが、展示会の当日に「今回、新作はひとつもないですね」と言われ、どういうことか尋ねると「去年と柄が変わっただけですよね」と(笑)。

杉原:本質をついてきたのですね(笑)。

岩田:すごいところを突くなと、そして、「例えば眠りやすいとか、新しいとはそういうものではないですか」と聞かれ、これが消費者の声だと感じたのです。消費者にとってはそうした付加価値がついたものを“新商品”として求めているのだと。展示会は問屋が対象のもので、「柄が変わりましたよ」とふれ込んで話すのも問屋に向けてですから、エンドユーザーの声が聞こえる場ではなく、「柄が変わった」ことで満足していたのです。その上、「これは去年の柄ですから」と、見切りで売らなければならない。それでは全く意味がないなと。

杉原:ファッション業界ともどこか似ていますね。

岩田:これをきっかけに、独学で睡眠について学びはじめました。当時、睡眠を研究する寝具業界者はおらず、先輩がいないという状態でした。

なぜ、睡眠と寝具のリンクは遅かったの?

杉原:睡眠と寝具はとてもリンクしているように思うのですが、それまで、全くリンクされてこなかったのはなぜなのでしょうか。

岩田:布団業界は元々綿屋が多い。日本では、昔は婚礼布団として一式そろえる慣習がありました。布団は数年ごとに打ち直しが必要なので、一度揃えるとその後もずっとお付き合いが続くことになり、商いが成り立っていたのです。婚礼布団は皆さんに見ていただくということもありましたから、柄や見栄えが求められていたのです。

杉原:よき伝統が続いていたけれども、それとは別に睡眠科学とのリンクが必要になってくることを岩田社長は先に目をつけられた。

岩田:そうですね、まだ入り口だったと思います。このリンクをされている方は見かけませんでしたから。それから、もうちょっと科学的に眠りの構造を考えなければと、なぜ人は眠るのかという原点から考えてみようと思うようになっていきました。

当時、ある新聞社主催の異業種交流会に参加したところ、編集プロダクションの社長と知り合いまして、眠りを勉強したいんだと話したら、「うちの旦那、睡眠の研究者よ」と言われ、「会ってみる?」と声をかけていただき、それがきっかけで、今お世話になっている先生方と出会えたのです。

杉原:すごいですね。いつ何があるか分からないですね。

睡眠はまだ不眠治療を研究する段かいだった !

岩田:睡眠を研究しているというと、不眠治療を専門に研究を進めている方か、睡眠を脳の構造から研究されている方がほとんどでした。

杉原:それはどちらかというと、普段の睡眠の研究というよりも、問題を抱えている人に手を差し伸べるという研究ですよね。

岩田:そうなります。だから、わたしが考えていたものとは少し異なる。生活科学から眠りにアプローチする方はほぼ、いなかったのです。

杉原:生活科学から見た眠りというのは、睡眠の質を上げるということの方が大きいということでしょうか?

岩田:そうですね。不眠治療というのは、睡眠薬の研究ですとか、治療に対する研究です。生活科学から見た眠りというのは、病気でない方が普段の生活の中でいかにして睡眠の質を高めるかがポイントですから、違いがある。

杉原:なるほど。となると、一般の人の睡眠の質を上げる方法はどんなところにあるのでしょうか。

岩田:2つポイントがあって、1つは生活習慣、もう1つは環境です。

杉原:僕は、環境はいいと思うんですよね、悪いといったらきっと妻に叱られますから(笑)。だけども、眠りの質が悪い気がするのです。眠りが浅い。ずっと起きている感覚に近いのです。前回、岩田社長へのインタビューで「枕だけでは意味がない」と言われていましたが、これ、もっと早くに知りたかったです。原稿に目を通した時は、眠りが浅いのは枕のせいなのかなと、枕を買い替えたところだったので(笑)

岩田:枕だけで全てを改善するのは難しいでしょうね。

杉原:岩田社長が睡眠科学と寝具のリンクについて考えはじめられて30年近くになられますが、変わってきたことはあるのでしょうか。

岩田:睡眠については時間をかけて研究され、寝室環境でいきますと、音や光といった研究が進みましたよね。

杉原:今思い出したのですが、学生時代に太陽と目覚めの関係性について書かれた記事を読み、起きる30分前にカーテンが自動で開いて、朝の陽ざしに近い光を自動で放つライトが点くというものを開発しようとしたことがありました。当時はまだ、光の部分の開発が進んでいなくて、プロダクトにはできなかったのですが(笑)。そう考えると、昔から自分は睡眠に対して貪欲だったのかもしれません。

岩田:布団、寝具の領域でいうなら、質の高い睡眠には、寝床内環境が大切だという基本的なベースが科学的に立証されていきました。熱すぎず、寒すぎず、蒸れない、乾燥しすぎないという、布団の中の温度と湿度を保つこと、睡眠の質を高めるにはこれに尽きるということが分かってきたことでしょうかね。

杉原:感覚的なものだけでなく、科学的な見解が得られたのは面白いことですね。質の高い睡眠について、基礎知識が得られてよかったです。ありがとうございました。後編では、睡眠科学から生まれた実際の商品について、詳しく伺えればと思います。

後編へつづく

岩田 有史 (いわた ありちか)
株式会社イワタ 代表取締役社長。睡眠環境、睡眠習慣のコンサルティング、眠りに関する教育研修、睡眠関連商品の開発、寝具の開発、睡眠環境アドバイザーの育成などを行っている。睡眠研究機関と産業を繋ぐ橋渡し役として活躍する。著書に「なぜ一流のひとはみな『眠り』にこだわるのか?(すばる舎)、「疲れないカラダを手に入れる快眠のコツ」(日本文芸社)、「眠れてますか?」(幻冬舎)など。  

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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対談 CONVERSATION

音を感じる世界が、声を出すきっかけに!「Ontenna」開発者・本多達也が届けたいもの 前編

宮本さおり

光とバイブレーションにより、音を伝えてくれるデバイス「Ontenna」(オンテナ)。この新しいデバイスが聾学校の子ども達が言葉を話すきっかけをも作り出しているという。そんな「Ontenna」の開発者、本多達也氏は「Ontenna」を使いどのような未来を切り開こうとしているのか。開発当初から親交のある編集長・杉原行里が迫る。

杉原:お久しぶりです。「Ontenna (参考:http://hero-x.jp/movie/2692/)」やっと実用化になりましたね。この日を心待ちにしていました。

本多:ありがとうございます。行里さんにぜひ見ていただきたいと思っていました。

杉原:パッケージもこだわりを感じますね。充電もこれでできるっていうところがいいですね。

※注:充電にはmicro USBでの接続が必要です。

本多:よくぞ気づいてくれました。そうなんです。試行錯誤しながらやっとここまできまして、3段スイッチにしています。スライドを真ん中にカチッとしていただくと、電源が入るようになっています。「あー、あー」(発話)

杉原:バイブレーションがしっかりと伝わります。感度がものすごくいいですね。

本多:はい。大きい声だとバイブレーションの強度も強くなり、小さな声だと弱くなります。音の強弱も伝えることができるようにしています。それから光。音に反応して光も出ますから、見ていても楽しいですよ。

杉原:本当だ!

本多:「Ontenna」は何を話しているかまでは分からないのですが、音が出ていることを掴むことはできる。そこに特化させたものです。聾学校の生徒さんたちに体験していただいているのですが、太鼓を叩いたり、笛を吹く合奏で「Ontenna」をつけてもらったところ、音を感じることができるので、リズムが取れるようになったんです。もちろん、彼らが発する声にも反応する。言葉の受け手はバイブレーションで音をキャッチできますし、発話者は光で自分の声が相手に届いていることが分かります。聾学校に通う子どもの中にはなかなか発話をしない子もいるのですが、「Ontenna」を使うことで子ども達が声を出しはじめたというケースの報告も先生方から受けています。

当事者との出会いから開発へ

杉原:なるほど。聞こえないと、本当に自分は声を発しているのかとか、声が届いているのかは分かりにくいものですが、こうしてきちんと見えて感じられたら、確かに楽しいでしょうね。子どもたちが飛びつくのも分かります。そもそも、なぜ、本多さんはこれを開発しようと思われたのですか?

本多:大学1年生の時にある聾者の方と出会ったのがきっかけでした。手話の勉強をはじめて、手話通訳のボランティアをしたり、手話サークルを作ったり、NPOを立ち上げたりと、いろいろと活動していました。

杉原:やはり、人との出会いがきっかけなのですね。

本多:そうですね。僕が出会った聾者の方は、生まれてすぐに出た高熱により、神経に障がいがでてしまい、全く耳が聞こえないという方でした。人工内耳も補聴器も使えなかった。なので電話が鳴ってもわからないし、アラームが鳴ってもわからない。動物の鳴き声なんかもわからないなかで生活をしていたんです。もともと自分がデザインやテクノロジーの勉強をしていたので、そういった知識を活用してなんとかできないものかと考えはじめたのがきっかけでした。そこで思いついたのが、バイブレーションと光で音を伝えるということでした。「Ontenna」は、60〜90dBの音の大きさを256段階で光と振動の強さにリアルタイムに変換し、リズムや音のパターンといった音の特徴を着用者に伝えます。

杉原:60~90㏈っていうのはなにか医学的領域の話ですか?

本多:聾学校に行っていろいろとヒアリングをすると、「喋りかけている声を知りたい」「声の大小の出し方を練習したい」という話が出たんです。60㏈は人がしゃべっているくらいの大きさ、90㏈はものすごく大きい声を出したり、楽器を強く叩いたりだとか、工事現場の雑音くらいの音の大きさです。ここのグラデーションを伝えたい、表現したいというので、この値を設定しました。ただ、「小さな音にも反応してほしい」というリクエストもあって、販売製品はサウンドズーム機能を取り入れたり、ユーザー自身で感度を変えられたりできるようにしています。

サードパーティーの可能性

杉原:ここの振れ幅を思いっきり変えるというよりは、振れ幅の補完、拡張みたいなものをほかのデバイスを使ってやるってことですね。

本多:そうです。そして、見た目にこだわりました。クリップ型になっているので髪の毛につけたり服につけたり、いろいろな場所につけていただけます。

杉原:いやー、本当によくここまできたと思います。これだけコンパクトにするにはかなりの苦労があったのではないですか?

本多:ハードウェアは作るのが本当に大変で、とくに、「Ontenna」のようなものの場合、ソフトウェアのエンジニアと、ハードウェアのエンジニアの協力が必要です。あんまり小さすぎるとバッテリーの持ちが悪くなるし、大きくしすぎるとアクセサリーのようなお洒落さがなくなる。バイブレーションも、マイクと振動マットがこれだけ近い位置にあると、ハウリングの問題も出てきます。どうやったらハウリングせずにできるか。ここも頭を悩ませたポイントでした。

杉原:初期のころはほんと、まだビヨンといろいろと線が出ている状態でしたもんね。

本多:本当に苦労しました。

杉原:「子供たちを笑顔にする」っていうのがビジョンなのですか? すごくいいですね。

本多:開発する時に思い描いたのが、聾学校の子供たちに使ってもらうことだったんです。だからキービジュアルも聾学校の子どもさんにモデルになってもらいました。聴覚に不自由を感じる人の数でいけば、おじいちゃんおばあちゃんのほうがビジネスになるんじゃないかっていう話も何度もあったのですが、やっぱり子どもの時にリズムを知っておくってことがめちゃくちゃ大事なので、子どもたちのために作りたいという気持ちが強かったんです。

杉原:未来を感じるね。今後、サードパーティーとか、これを使って何かビジネスをしたいっていう人たちも増えてくるのでは?

本多:前振りありがとうございます!(笑) それがまさに今富士通でやっている研究の話にもなるんですけど、「Ontenna」って、今のものだとうるさいところに行くとずーっと振動してしまうんです。これを機械学習などを入れることによって特定の音を学習し、それに対してのみ振動するように研究をはじめています。

杉原:具体的にはどういう使い方を想定しているのかなど、興味が湧きますね。後編ではそのあたりをもう少し掘り下げて伺いたいです。

後編へつづく

本多達也(ほんだ・たつや)
1990年 香川県生まれ。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置の研究を行う。2014年度未踏スーパークリエータ。第21回AMD Award 新人賞。2016年度グッドデザイン賞特別賞。Forbes 30 Under 30 Asia 2017。Design Intelligence Award 2017 Excellcence賞。Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019 特別賞。2019年度キッズデザイン賞 特別賞。2019年度グッドデザイン賞金賞。現在は、富士通株式会社にてOntennaプロジェクトリーダーを務めている。

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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