プロダクト PRODUCT

入院中の病室で生まれた、愛着の湧くものづくり 天然素材デザイナー・吉田道生氏

岸 由利子 | Yuriko Kishi

新しいデザインが生まれるのは、何もアトリエや工房だけではありません。優れたデザイナーは、時として、大学病院の病室さえ、クリエイティブな空間に変えてしまう。そのことを身をもって証明したのが、天然素材デザイナーの吉田道生氏。17年間、株式会社キヤノンで、カメラやプリンターなどのデザインを手がけたのち、デザイン戦略に興味を持った彼は、2000年にサムスン電子に転職し、長きにわたって、デザインチームを運営してきました。突然の病が襲ったのは、2015年初めのこと。隔離病棟に入院中、彼が発明した“心地良いプロダクト”とは、何なのか?具現化に至るプロセスや天然素材にかける想いについて、じっくりお話を伺ってきました。

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「結核だから、明日入院してくださいと言われて。びっくりしましたね」

―前兆はあったのですか?

吉田道生氏(以下、吉田):ずっと咳をしていたんですね。その後、息子と一緒にインフルエンザにかかってしまって、急激に体力も低下して。しばらく経っても、あまりにも咳が止まらないので、病院で診てもらったら、「レントゲンに影があるので、大学病院で再検査してください」と。

その時、具体的な病名は伝えられなかったのですが、「ガンになっちゃったのかな…」とか、色んな想像が頭をもたげ、ビクビクしたね。検査から1日経って「結核です。明日入院してください」と言われて。びっくりでした。

―入院するのは、初めてでしたか?

吉田:いえ、今回が3回めでした。結婚してすぐくらいの時に、スポーツジムでトランポリンをやっていたのですが、背骨を圧迫骨折しまして、2ヶ月ほど入院しました。若い頃から、馬鹿なことばかり色々とやらかしていましたね(笑)。あとは、扁桃腺の手術を受けた時です。

―結核の治療って、どのように行われるのですか?

吉田:元々、自覚症状は咳だけで、だからというわけではないのですが、入院して、薬を飲んだら、すぐに止まったんですよ。でも、結核って、殺菌のようにパッとはいかないそうで、菌自体が増えるのも減るのもゆっくりなので、一旦、菌が治まったことが確認できてから、週に1回行われる検査で、確か3回以上OKが続かないと、中々、退院には至らないんですね。

狛江の慈恵医大に入院していたのですが、隔離病棟はその時期、たまたま空いていて、ほぼ個室のような状況でした。結核だけをを患った患者は私ぐらい、ほかには、合併症を抱える高齢者の方が数名いました。圧迫骨折で入院した時は、ベッドから出ることすらできませんでしたが、今回は、自分で動けるし、体は至って元気。回復を日々、実感しつつも、隔離病棟からは出られないという、ちょっとはがゆいシチュエーションでしたね。

病室の“ひとりワークショップ”で生まれた、最高級木材・ヒノキの「木こちい(ここちい)」とは?

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―病室では、どんな毎日を過ごされていたのですか?

吉田:インターネットがどうにか繋がっていたので、フェイスブックなどを通して、友人や知人と交流したり、スマートフォンやタブレットで電子書籍を読んだり、動画を見たりしていました。が、最も多くの時間を過ごすのはやはりベッドの上で、なおかつ横になった状態です。書籍よりも、電子書籍の方が読みやすいけれど、動画にしろ、長時間、端末を使っていると、やはりその体勢ではすぐに疲れてしまうんですね。「横になったまま、どうすれば、スマートフォンやタブレットを快適に使えるだろう?」と考えるうちに、病室のテーブルで、“ひとりワークショップ”を始めたんですよ(笑)。

―“ひとりワークショップ”とは!?

吉田:必要なものは随時、アマゾンで注文して、看護師さんが病室まで届けてくれていたのですが、アマゾンって、小さな商品を頼んでも、かなり立派なダンボールで梱包されて届きますよね?お掃除の方にわるいなと思って、出来るかぎり小さくたたんだりしていたのですが、ある時ふと、「コレ、捨てるのもったいないな」と思って。入院時に持参したペンケースの中に、カッターと金属製の定規が入っていたので、それらを使って身近な必需品をダンボールで作る工作を始めました。

スマホスタンドや自撮り棒、スリッパなど、色々と作っているうちに面白くなってきて、「見舞いに行くけど、何か要る?」と弟に聞かれた時に、「のり、持ってきて」と(笑)。62日の入院中、10個ほど試作を作りましたね。

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これは、金属製のスマートフォンホルダーにダンボールと輪ゴムを使って、キンドルを取り付けられるようにしたものです。輪ゴムもかなり頑丈で、いいなと思って、留めてみたら本当に良くて。ただ、この金属製のフレキシブルパイプを使った製品では、位置決めがしづらく、何か他によい方法はないかなとひとりワークショップをやっていて、国産のヒノキ材を使った「木こちい(ここちい)」の枕上タイプのアイデアが生まれました。

「木こちい(ここちい)」枕上タイプ

―うわ、これは快適ですね!高さの位置調整がスムーズ。留め具がないのに、どうしてちゃんと固定されるんですか?

吉田:横板にゴムバンドでスマートフォンなどの端末を固定し、縦棒にテコの原理で止めることで、簡単に高さや左右の角度を調整することができるようになっているんです。囲炉裏って、鍋の高さを自在に変えられるようにできているじゃないですか?あれと同じ構造なんですよ。

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―ヒノキの香りに癒やされます。素材のこだわりについて教えてください。

2015年6月末に、サムスン電子を早期退職するまでの32年間、私は、プラスチックや金属の大量生産される製品の開発に携わってきました。むろん、今も企業の多くは、いかに効率よく、それらの製品を開発するか、そこに注力していますが、よりユーザーが愛着を持って使える多品種少量生産型の製品への要望が強まっているということも、また事実です。近年、私自身も、木材をはじめとする天然素材を使った、愛着の湧くものづくりをしていきたいと考えていました。

友人のデザイナーが初めた「日本スギダラケ倶楽部」というユニークな集団があるんですね。彼らと関わっていくうちに、国産材の有効活用など、社会性のあるデザイン活動に、より強く興味を持つようになりました。完治して退院後、この倶楽部を通じて知り合った木工の町・栃木県鹿沼市の栃木ダボさんの協力を得て、入院中に描いたデザインを具現化し、世界初のチケット購入型クラウドファンディング『ENjiNE(エンジン)』でお披露目するに至りました。ちなみに、試作で輪ゴムを使った部分は、石川県かほく市の気谷さんのヘアゴムを使用しています。

より快適に、心地よくをめざして。「木こちい」専用のクッションや抱きまくらの展開も検討中

「木こちい(ここちい)」横タイプ

―こちらの製品も、快適です。自宅にあったら、ベッドから離れられなくなりそうです。

吉田:これは、枕の横に置くタイプなので、「木こちい(ここちい)」の“横タイプ”と呼んでいます。ゴムバンドでスマートフォンなどの端末を垂直に固定できるので、横になりながら、読書や動画鑑賞を楽しめる仕様になっています。コンパクトなデザインですが、キンドルやタブレットにも対応できるんですよ。

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―今後の展望についてはいかがですか?

吉田:医療系の通販サイトをはじめ、こだわりのある商品を扱っているところで、「木こちい(ここちい)」を展開していきたいと考えています。専用のクッションや抱きまくらなども作っていきたいですね。抱きまくら、こうやって使っている方(上記、右)、けっこう多いと思うんですけど、抱きまくらに傾斜をつけたら、より見やすくなるでしょうし、快適に使える方法を色々と思案中です。恋愛小説を読む時なんか、ぎゅーっと抱きしめられますし、特に女性にとっては、一石二鳥になるでしょうか(笑)。

このクッションと抱きまくらの中身は、ヒノキのチップにしてみました。寺院の柱などを製造する時に出る研磨の廃材ですが、リラックス効果の高い“フィトンチッド”成分が含まれていますし、ヒノキ自体、木目の美しい、耐久性に優れた最高級の素材です。病院や老人ホームをはじめ、ご自宅などでも、心地よく使っていただけたら本望です。

開発者のリアルな入院経験と必要性から生まれた「木こちい」。「さらなる心地良さを追求し、改良を重ねています。商品名は、“きこちい”と読まれることが多く、心地良さが少し伝わりにくかったので、“木もちんよか”(きもちんよか)に改めました」と吉田氏。心地良さへの徹底的なこだわりが詰まった製品、今後の展開に注目したい。


京都大学デザインスクールでの講演内容
http://www.design.kyoto-u.ac.jp/activities/forthcoming/7077

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 壬生 マリコ)

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乙武洋匡が人生初の仁王立ち!話題のロボット義足を手掛けた小西哲哉のデザイン世界【the innovator】後編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

11月13日、東京都渋谷区で開催されたイベント「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展(通称:超福祉展)」の大トリを飾ったシンポジウム「JST CREST x Diversity」で乙武洋匡さんがロボット義足を付けて電動車いすから立ち上がる姿が公開され、大きな話題を呼んでいる。乙武さんの義足は、科学技術振興事業機構CRESTの支援のもと、遠藤謙氏が率いるソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)のチームによって開発された。その一員として、ロボット義足のデザインを手がけたのがexiii design代表のプロダクトデザイナー小西哲哉氏。電動義手、ヒューマノイド、車いす型ハンドバイク、リハビリ用の長下肢装具など、多彩な分野で手腕を発揮している小西氏のデザイン世界に迫るべく、話を伺った。

使う人のことを一番に考えたプロダクトデザイン

常時、複数のプロジェクトに携わり、同時進行でデザイン開発を行っている小西氏。どのようにスケジュール管理をしているのかと尋ねると、「こればかりはもう感覚ですね。このプロジェクトなら、これくらいの時間がかかるだろうと余裕を見てやっていくのですが、デザインってやろうと思えば、いくらでもできてしまうので、どこで区切りをつけるかという見極めが非常に大切になってきます」

EXOS arm unit + 5 finger grove ©exiii design

近年、小西氏が手掛けてきた代表的なデザインをいくつかご紹介したい。目下、量産に向けた開発が進行中の触覚提示デバイス「EXOS」からは、「EXOS arm unit + 5 finger grove」(上記画像)を取り上げる。従来、力加減をしながら遠隔地にあるロボットアームを操作することは困難とされていたが、HMD、トラッキングシステム、触覚提示グローブ、アームユニット、ハンドユニットから構成されるこのデバイスは、触覚の提示によってその問題を解決した。

「5本の指すべてにアクチュエーターを付けることで、ロボットハンドを動かすという仕組みになっています」

C-FREX ©exiii design

「C-FREX」は、下半身のリハビリを必要とする人が使用するための長下肢装具。この外骨格(画像左)を足に装着し、松葉杖を使って体を支えながら、体重移動によって上半身の重心が移動する力を、足が前に蹴り出す力に変えるというもの。下半身を能動的に動かすことが難しい人でも、足を動かして下半身の筋肉を衰えさせることなく、歩くためのリハビリを行える。

「C-FREXは、国立リハビリテーションセンターの河島則天先生(http://hero-x.jp/article/5242/)が技術研究に取り組んでおられて、ご縁あって、デザインさせていただいています」

特筆すべきは、メインフレームの膝を曲げ、専用の車いすユニットに接続すると、そのまま車いすとして使用することができること。

「C-FREXに乗って病院に行き、C-FREXを使ってリハビリをして、またC-FREXに乗って帰るといった、そんな日常に組み込める装具を目指して開発を進めています」

TELEXISTENCE Model H Prototype ©exiii design

「Model H」は、TELEXISTENCE(遠隔存在)を体験することができるというソリューションを開発するTelexistence株式会社のプロジェクトで小西氏がデザインを手掛けるヒューマノイド。

「へッドマウントディスプレイとグローブを付けることで、遠隔地にいるロボットの中に憑依することができます。色んな人がこの中に入るので、ロボットの個性が全面に出すぎないよう、可能なかぎりシンプルで美しいデザインを目指しました。誰が憑依しても違和感のないように、体のサイズをはじめ、人の関節と同じ可動域、広い視野角を確保しながら、繊細で力強い動きが再現できるよう、形状を最適化しています」

使う人の喜ぶ顔が、何より嬉しい

WF01 ©exiii design

近年は、工業デザインを主軸とした多彩なプロダクト開発を行うRDS社のデザインにも携わっている。同社代表であり、HERO X編集長の杉原行里(あんり)と対話を重ねながら、さまざまなパーツを取り付けることで、ミニ四駆のように思い思いのカスタマイズが可能なカーボン車いす「WF01」や、ハンドバイクに車いすを取り付けることで、サイクリングのように車いすを楽しむことができるコミュニケーションモビリティ「RDS hand bike」など、新しい競技や乗り物の楽しみ方が増えることを予感させるデザイン開発を手掛けている。

RDS hand bike ©RDS

「人の心を動かすデザインとは何?」と尋ねると、「単純に、欲しいと思えるかどうかだと思います」と小西氏。

「作り手としては、デザインしたものをユーザーやクライアントが喜んでくださる時が何より一番嬉しいですね。集中できる時は、ひとりでずっと籠もり続けるほうで、図面を引いてはまたやり直しというのを2~3週間続けることもあります。どんな風になるんだろうと思っていて、想像した以上に良いものが上がってきた時は、嬉しいですね。逆に、良くなかったという時は焦りますけれど(苦笑)。完成までの過程で、トライ・アンド・エラーを繰り返す中、山あり谷ありですが、その時々で喜びを感じる瞬間はさまざまにあります」

「それって、今までなかったね」
をデザインしていきたい

最先端のテクノロジー、独特の感性を駆使して、この世あらざるモノを次々と生み出す小西氏、インスピレーションの源はどんなところにあるのだろうか。

「動物や魚とかを見るのが好きですね。色とか、やっぱり自然界に存在するものが一番キレイだと思います。水族館や動物園にはよく行きます。これを言うと、“ちゃんと仕事してるのか?”と親しい仕事仲間には指摘を受けそうですが、動物を見るためだけに、10日間アフリカをぐるっと周ったこともあります(笑)。自然界には説明のつかないような不思議な造形や色がたくさんあるじゃないですか。例えば、硫黄が湧いているような温泉地帯などに行くと、真っ白な山の中に目の醒めるような青い池があって、黄色い岩が転がっていたり。ずっとCADばかりやっていると、頭の中もCAD一色になって、凝り固まってきますし、日常を離れて違うことをすると、リフレッシュできて、新鮮な気持ちになれますね」

最近では、ブランディングも含めて、コーポレートカラーやロゴ、パッケージなど、企業のイメージそのものをトータルにデザインする仕事も増えていると言う。「今後、どのような領域とコラボレーションしたい?」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「領域というよりは、“この世の中に、それって今までなかったね”というモノをデザインしていきたいと思います。ベンチャー系のお仕事を受けさせていただく機会が多いのですが、それはやっぱり、“今までなかったけど、コレがあったらすごくいいよね”という想いに共感するからだと思います。中には、お話を伺った時点で、いかにも難しそうなプロジェクトがあったりもしますが、だからこそチャレンジしてみたいという気持ちが湧いてきたり。余談ですが、僕、釣りが好きなんですね。例えば、釣り具とか、当事者として普段から親しんでいるモノも、面白いかもしれません」

近く、HERO Xで小西氏のコラム連載がスタートする予定だ。さまざまな分野の垣根を超え、世の中に驚きと感動を、使う人に喜びをもたらすプロダクトデザイナー小西哲哉の動向をお見逃しなく。

前編はこちら

exiii design
https://exiii-design.com/

小西哲哉
千葉工業大学大学院修士課程修了。パナソニックデザイン部門にてビデオカメラ、ウェアラブルデバイスのデザインを担当。退職後、2014年にexiiiを共同創業。iF Design Gold Award、Good Design Award金賞等受賞。2018年に独立しexiii designを設立。現在も継続してexiii製品のプロダクトデザインを担当。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 増元幸司)

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