対談 CONVERSATION

老舗でありながらパイオニア。睡眠科学と寝具を結び付けたIWATAの熱意 後編

宮本さおり

今でこそ、実験のデータをパンフレットで紹介し、これを売りにするメーカーも珍しくないが、こうしたエビデンスに基づいた寝具の研究がはじまったのはどうやら、最近のことのようだ。日本の寝具業界で、いち早く睡眠科学と寝具の結びつきに目をつけた京都の老舗寝具メーカーIWATA社長の岩田有史(いわた ありちか)氏と編集長・杉原行里(すぎはら あんり)の対談後編では、睡眠科学から生まれた寝具、そして、これからのオーダーメードについて語ってもらった。

杉原前回は主に、睡眠科学と寝具のリンク、良質な睡眠を得るために必要なことなどをお伺いしました。その基礎知識をふまえて、具体的なIWATAさんの商品開発について、お話を伺っていきたいと思うのですが。

岩田:質の高い睡眠には、寝床環境が大切だということをご紹介しましたが、では、その寝床環境を整えるのに最も適している素材は何かと探りましたところ、天然素材に優るものはないというのが結論として出ました。

杉原:天然素材、それはどのようなものでしょうか?

岩田:化学的につくられたものではなく、自然に存在するものです。夏に使うのは日本よりも暑いところで育った麻がいいですし、冬は、日本よりも寒い地域で生きているラクダなどです。これらをふんだんに使ってできたのが、当社が今販売している麻のパットや、ラークオールなどです。適材適所とでもいいましょうか、合った素材を使うことが一番快適な寝具をつくる近道だと分かりました。

日本ではその昔、畳がマットレスとしての役割を果たしていました。畳は蓆をつみ重ねて閉じたものでしたが、聖武天皇が使っていたベッドではヒノキの簀子状のものの上にこうした積層構造の畳を敷いていたことが分かっています。この積層構造を現代版に置きかえて、一番いい素材で作ってみようということでできたのがラークオールです。

杉原:なるほど。

岩田:ラークオールのマットレスの場合は繊維が細いものほど上に重ねていて、ぐっと圧縮して入れています。体から圧力が少ないところは細いものでよく、お尻みたいな部分は馬のような太い繊維でしっかり支える構造を作り出しています。

新宿のショールームには構造を見える化した展示がされている。

杉原:すごいですけど、これは作るのが大変そうですね。

岩田:うちは創業188年目なのですが、130年くらいは綿だけだった。そこに、羽毛という素材を持ち込み、今度はラクダというものを持ち込んだのですが、掛布団は、綿よりも羽毛の方が軽くて暖かくて使いやすいことに私の祖父が気づいていて、それを父が商品として実現化しました。敷布団で綿を超えるものを探していたのですが、ずっと出会わなかった。化繊の開発もありましたが、保温性や吸水性など、ピンポイントでいいものはありましたが、オールマイティーに優れたものというのはなかった。たまたま、1990年代、百貨店の方がモンゴルからいろいろな繊維をもってこられて、その説明をする場面に出くわしまして、IWATAさんで何か使えないかと言われたのです。当時、父と一緒に拝見したのですが、ラクダの毛というのは羊毛と違い、顕微鏡で見た時にスケールと呼ばれる角がないのです。角というのは、例えば、髪の毛を顕微鏡で見た時にキューティクルが整っているとツンツンしたものが出ておらず、滑らかに見えますが、これと同じで、表面に角がない。羊毛は角があるため、繊維が絡まって毛玉になりやすいのですが、ラクダの毛はそれがない。柔らかさがありつつ、もんでも毛玉になりにくい。面白い素材かもしれないと思いました。分析してみると、保温性はもちろんなのですが、乾くスピードが速いことも分かりました。

杉原:早く乾かないとラクダだって風邪をひいてしまいますよね、きっと。(笑)

岩田:そうなんです。だから、オールシーズンいけるのではないかと思いました。

羽毛で得たゴミをきちんと取る技術を活用して、ラクダの毛も同技術の駆使によって品質のよい製品を生み出すことを目指していました。ラクダの毛を製綿する機械の開発から入り、それを包む生地の開発に進みますが、綿ができても生地ができなくて、1年ほどキャメル毛のために作った綿の機械は遊んだままのような状態の時もありました。

杉原:岩田社長はどこか、パズルを組み合わせていくような感じですね。いろいろなパーツを組み上げていく理系的とでもいうのでしょうか。岩田さんのあくなき探究ですね。綿から羽毛へとバトンが渡され、今度はラクダと繋がれてきましたが、その次はなんだと思われますか。

岩田:これからはRDSさんがされているような計測が必要な時代になるかもしれないですね。

杉原:計測は面白いです。今、東京2020パラリンピックで優勝をめざしている車いすマラソンの伊藤智也選手の車いす開発に取り組んでいますが、車いすで走行している時の体の動きが計測できる機械を作り、そこから導き出された数値を彼のレース用車いすの開発に活かす方法を取り入れたところ、記録が伸びる可能性がでてきました。

岩田:ほう、それは素晴らしいですね。

杉原:僕はこれから、個人所有が注目される時代がくると思っています。特に福祉用具の部分でそれを感じています。伊藤選手をはじめとするアスリートの方々の車椅子開発から分かってきたことは、本当にその人の体に合った器具を使えば、もっと快適に日常を過ごせるということです。松葉づえにしても、車いすにしても、今の市場はレンタルが主流のビジネスモデルです。でも、福祉器具が必要な人は、一過性のケガや病気の人だけではない。生涯的に器具が必要という人もいるわけです。パーソナライズという視点で見た時に、計測を基にした寝具のパーソナライズというのは出てくると思われますか?

岩田:難しいところで、今一番信頼性のおけるものとしては、脳波を計測することだとされているのです。例えば、大脳が脳波の上では深い眠りについていたとなっていても、本人の感覚と一致しないことがあるのです。こうなると、計測でいい数値の方が快適な寝具の正解なのかというと、そうとは言い切れない。数値化か、感覚か、どちらがQOLを上げるのかは難しい問題です。

杉原:脳は解明されていない部分が多いですよね。

岩田:多分、一般の人は「脳波的によく眠れていますよ」と聞いても、実際の感覚と乖離していれば、満足はしないとも思うのです。

杉原:計測など、データを基にしたという部分では、最近は体圧分散を謳う寝具も増えていますが、こちらはどう思われますか。

岩田:姿勢と体圧分散は結構注目されるのですが、寝具で考えた場合、体と接している部分の温度と湿度をどうコントロールするかが、やはり一番大切なことだと考えます。体圧も面白い着眼ではありますが、これだけで寝床環境が良くなるかという点に私は疑問を持っています。

杉原:人間は自然と減圧をしていて、例えば、座った姿勢が長くなった時に、無意識のうちに少し体を動かしていることがありますが、あれは減圧するために体が動いているという説もありますよね。

岩田:なるほど。そのお話でいくと、興味があるのは車いすユーザーの方など、体に障がいをもった方はどのようにして寝返りを打つのかということです。人類進化ベッドを作った時に気付いたのですが、人類進化ベッドは腕が動くだけで、本体が心地よく揺れるため、もしかしたら、障がいをお持ちの方がスムーズに体位を変えられるのではないかと。

杉原:試してみてもいいですか?

岩田:ぜひどうぞ。

「人類進化ベッド」は世界で最も権威のある工業デザイン団体IDSAが主催するデザインコンテスト「IDEA」2018年のファイナリストにも選ばれた

杉原:これは確かに、腕を動かすだけで心地よい揺れがきますね。ゆりかごみたいです。

岩田:はい、構造を見ていただくと分かる通り、程よく揺れるようにしています。張り具合もお好みで調節できますから、ある意味、カスタマイズでしょうか。

杉原:寝心地も最高にいいですね。家に欲しいくらいです。確かに、障がい者の方に試していただくのは面白いかもしれません。

岩田:下半身が動かない方の寝返りの研究は、まだどこもやられていないことです。また、高齢者の方や、脳こうそくで半身不随になられる方など、どんな人も快適に寝られる寝具というものは今後、必要になると思います。

杉原:例えば、車いすユーザーの人に協力をお願いし、寝姿勢や寝返りを計測することができれば、そんな寝具の開発につながるデータが取れるかもしれませんよね。

岩田:計測は簡単にできるものなのですか?

杉原:解析には少し時間がかかりますが、計測だけならすぐにできると思いますから、是非やってみましょうか。バリアフリー寝具の開発、興味深いです。

前編はこちら

岩田 有史 (いわた ありちか)
株式会社イワタ 代表取締役社長。睡眠環境、睡眠習慣のコンサルティング、眠りに関する教育研修、睡眠関連商品の開発、寝具の開発、睡眠環境アドバイザーの育成などを行っている。睡眠研究機関と産業を繋ぐ橋渡し役として活躍する。著書に「なぜ一流のひとはみな『眠り』にこだわるのか?(すばる舎)、「疲れないカラダを手に入れる快眠のコツ」(日本文芸社)、「眠れてますか?」(幻冬舎)など。  

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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対談 CONVERSATION

真の「超人スポーツ」実現は、もうすぐそこに! 前編

中村竜也 -R.G.C

「超人」と聞くと、子供の頃に胸を熱くして見入っていたあの漫画を思いだす。人間とは違う次元の能力を持った正義超人とを悪魔超人が戦うあれ。その「超人」は、現実味を帯びない架空の存在であった。しかし、現代の超人はそのイメージとは少し異なったアプローチ「超人スポーツ」という形で現実化してきている。今回はそんな夢物語を叶えるべく、東京大学・先端科学技術研究センター身体情報学教授という肩書を持ちながら、「超人スポーツ協会」の代表をつとめる稲見昌彦博士に、HERO X編集長・杉原行里(あんり)が、テクノロジーを通したスポーツの目指す未来像について話を伺った。

テクノロジーで引っ張る、
新しいスポーツの形とは?

人間の身体能力を補綴・拡張する人間拡張工学に基づき、本来持つ身体能力を超える力を身につけ「人を超える」、あるいは年齢や障がいなどの身体差により生じる「人と人のバリアを超える」。このような超人 (Superhuman) 同士がテクノロジーを自在に操り、競い合う「人機一体」の新たなスポーツを「超人スポーツ」という。

そして、誰でも等しくスポーツを楽しめる権利をさらに一歩推し進め、得意不得意、年齢、障碍、資格を問わず、誰もが楽しくスポーツをする未来を創造するのが「超人スポーツ協会」。稲見博士はそこで、超人スポーツの研究開発、コミュニティの育成、時代に対応したスポーツをデザインするなど、その分野の普及を目指す活動を行っている。

杉原行里(以下、杉原):同時進行で、たくさんのプロジェクトを抱えていると思うのですが、その中の1つである「超人スポーツ」について聞かせてください。そもそも、なぜ「超人スポーツ」なんですか?

稲見昌彦博士(以下、稲見):最初は、超人スポーツというコンセプトだけで集まったのですが、徐々に仲間が増えていくうちに、ちゃんと開発もしていこうということになりました。そこで、「標準的な人」というモデルがいたと仮定します。今の社会では標準人というのがなかなか定義しづらいのならば、むしろ身体性にダイバーシティー(多様性)がある状態をそのまま技術で拡張していくことによって、いろいろな事が得意な人が、新しい競技を競うという形が、我々の考える「超人スポーツ」かなと。

杉原補完ではなく拡張ということですね。

稲見そうですね。それと身体にダイバーシティーがあるということは、ある意味「分散」とも言えます。ですがそこで、分散を無くすのではなく、ダイバーシティーを大きくするためにテクノロジーを使っていこうと。私の研究のコンセプト自体が「人間拡張工学」というのがひとつあるので、超人スポーツという段階に至る前には、拡張スポーツという考え方でも取り組んでいました。VR(バーチャルリアリティー)も昔からやってはいるんですが、私の中ではただの道具なのでそれだけでは成り立ちません。なぜなら人間の身体なり感覚機能を増強するため、もしくは実験環境として便利な道具だからです。

杉原僕にとってのデザインと一緒ですね。



器具で人体を拡張した選手同士が激しくぶつかり合い、相手を先に倒すかエリアから出した方が勝ちとなる“バブルジャンパー”。

稲見:杉原さんは絵筆、私は検証する場所と置き換えればそうかもしれませんね。ただ正直なところを言うと、これぞThe超人というのは、まだ競技にはなっていません。なぜなら多くの人が簡単にイメージできる、空を飛びながらや、水の上で戦うというくらい分かりやすく超人的な競技が、本来あるべく超人像のひとつだと思うからです。

しかし現実的にはまだ厳しいかなということで、まずは東京2020を1つの目標とし、出来ることからやっていこうと。また、一方でエキシビション的な形で、超人というべく技術にはどういうものがあるかなどを、競技まではいかなかったとしても、みんなが体験できるような状況で可視化していくのが大切かなと思っています。

スポーツ競技としての課題とは?

杉原いまお話しいただいたようなことは、今後リーグやプロフェッショナル化させることを考えているのか、それともレクリエーション的な要素で触れ合いのツールとしてなのか、それとも両方掛け合わせたようなスポーツという定義でいくのか、どのようにお考えですか?

稲見やはりまずは、超人スポーツ内で競技の競い合いをしていき、その中で公式競技の入れ替え戦を行うなど、その輪が広がっていく働きかけをしないとプレイヤーは増えていかないと思っています。また時間が掛かるという意味で、ちょっと悩みでもあるのですが、超人化という技術を開発しようとすればできるかもしれない、でもスポーツを広めるとなると、道具が高額すぎないという条件が増えてくるんですね。すなわち、テクノロジーが入ると価格で普及しない、というのが難しいところなんです。ですから、スポーツ競技としての確立というよりかは、今あるテクノロジーをどう落とし込むかということが大きな課題となっています。

杉原例えばサッカーならば、道具すべてにではなく、ボールかスパイクかウェアに何か1つテクノロジーを入れ込むといったことでしょうか。

稲見そうなんです。まずボールにだけでもいいので何かを始めないと、結局広まっていかないんです。いくら理念が高くても、誰も関わることができなければ意味がなくなってしまう。そういう意味ではまだ、“ゆるスポーツ”の方が、価格面を含めやりやすい条件が揃っているかもしれませんね。

後編では、超人スポーツが目指す、今後のあるべき姿についてお話しいただいています。

後編につづく

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 河村香奈子)

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