テクノロジー TECHNOLOGY

「テックの理想は見えないこと」とは? 顔認証技術がもたらす未来が知りたい!

川瀬拓郎

今やどこへ行っても求められる、手先の消毒と体温測定。最初は煩わしいと思っていたけれど、コロナの国内初感染者の発表から1年を経た今、こうした光景はもはや当たり前に。そんな温度センサー付きのセキュリティシステムを開発し、国内でシェアを拡大しヒットを飛ばしているのが、2018年に設立されたばかりの株式会社データスコープである。 今回は、さまざまな企業でデジタル活用のプロジェクトを手がけてきた府川誠二氏に最新の顔認証技術とデータ解析がもたらす未来について語っていただいた。

日本における顔認証のニーズが
高まったのはコロナの登場だった

「画像解析における顔認証のニーズが高まったのは、たまたまなんです」と語る府川氏。プライバシー保護の観点から顔認証システム導入に消極的だった公的機関や企業が一転、コロナの登場により意識が大きく変わっているという。

「顔認証による個人識別によって、誰がいつその空間に入ったのかがデータ化できるので、クラスター感染の可能性が高い空間では特に効果的です。実際、病院、学校、企業のオフィスなど、幅広い施設で導入されています。意外なところでは、不特定多数・多種多様な人間が出入りする工事現場への導入も多いということです」

温度検知センサー付きの顔認証技術で国内シェアを広げる同社では、画像解析技術に加え、AIのディープラーニングによって、個人を正確に特定することも可能だという。しかもマスクを着用していても識別できるほど精度が高いというから驚きである。最近では“マスク着用有無”を検知する機能を併せもつシステムが移動の拠点となる成田空港にも導入され、今後より身近な存在になることは必至である。

VR/AR、IoT、画像解析が
繋がることで見えてきた2つの分野

急速に需要が拡大する顔認証技術。精度の高い画像解析技術を提供するデータスコープ社の前身となるのが、府川氏が取り組んできたエンタテインメントとスポーツ、2つの分野におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)化事業だ。特にスポーツ分野においては、画像解析が大きな役割を担っており、今後のアスリート育成にも欠かせない技術となりそうだ。

「今となってはスマホさえあれば、スタジアムや競技場にスムーズに入場できるようになってきていますよね。でも、そういったシステムを導入している施設ですら、つい最近まではチケットのモギリを手作業でやっていたのです。それほど、デジタルインフラが整っていない分野であるスポーツに、DXが貢献できることがたくさんあるなと。例えば、これまで手入力でデータ化していた試合内容を、フィールドに設置したカメラを通じて自動入力させることで、試合中の選手の動きをより正確に、素早く解析できるようになりました。さらに選手の骨格を解析したデータによって、身体の軸がブレていないか測定したり、蓄積したデータをリハビリにも利用することができるのです」

こうして、画像解析の重要性に着眼して設立されたのが、データスコープ社である。データスコープでは本物か偽物かを見分ける“顔認証”、商業施設などで来店客の動線や滞留を分析する“ヒートマップ”、動線を追って解析する“アクセスログ”、そして人や物体を認識検知しカウントする“ピープルカウント”、これら4つの画像解析技術・サービスを提供している。

人の動きを記録・データ化することには大きなメリットがある。しかし私たちが意図せず普段の行動を記録・データ化されることに対して意見はさまざま。漠然とある“監視社会”に対する不安やデータ解析がもたらす未来について話を伺う。

顔認証を取り巻く現状、
監視社会への不安をどう考えるか?

顔認証技術は個人情報と紐付くので、利便性かプライバシーか?という議論は絶えない。顔認証によるセキュリティシステムは犯罪抑止には効果的だが、人々の自由な行動を制限する監視社会になるのでは?というネガティブな反応がコロナ禍以前に導入が進まなかった大きな要因であろう。

日本と一線を画し、顔認証が普及しているのが隣国、中国や東アジア諸国地域だ。「日本企業が追いつけないほど、ものすごいスピードで顔認証の技術が発展している」と府川氏は語る。データスコープ社も台湾の大手・ホンハイ(FOXCONN)と業務提携し、製品を開発・製造している。

「画像解析に必要なサンプル値が膨大で、なかでも中国は日本の1万倍以上のデータをAIに学習させていますから、もはや技術面でも経験値という面でも追いつけないですね。画像認証による利便性を捨ててまでプライバシーを優先するというのは、現実的にもはや難しい局面にあると言わざるを得ません」

行動履歴を含めた個人情報をデータ化することで、さまざまな利便性がもたらされる一方で、たまたまその場所にいただけで犯罪の濡れ衣を着せられるのでは?という恐怖もある。

「画像解析とVR/ARとIoTは繋がった技術なんです。IoTと画像解析を組み合わせ、さらに感情データを加えると、より正確な判断を導き出すことができます。データの蓄積と解析によって、真実が浮かび上がってくるはずです。ですから、犯罪の濡れ衣といったことすらもなくなるかも知れません」

生活の利便性を高めるためだけに
テックを利用する

昨年ニュースとして大きく取り上げられた、定額給付金や持続化給付金の遅れ。今後はデータを活用すれば、よりスピーディかつ正確に行える。それゆえ、日本においてもマイナンバーに免許証や国民健康保険証、さらには金融口座を紐付けて一元管理することが議論されている。

「セキュリティかプライバシーかという問題は、やはり法律と行政の問題。政権が新しくなって、マイナンバーの普及とデジタル化を推し進めることで、個人情報を取り扱う分野が広がることに我々は期待を寄せています。Go Toトラベル開始時に、成田空港の第二・三ターミナルのセキュリティゲートに、弊社の製品を導入していただきました。そこで、もしパスポートとマイナンバーが紐付くことになれば、ゾーニングが容易になり、検疫がより安全かつスムーズに行えるはずです。我々は、生活の中の利便性を高めるためだけにテックを利用しています。決して監視をしたい訳ではないのです」

顔認証技術はセキュリティやコロナ対策だけではなく、医療の分野でも大きな期待がなされている。

「例えばカルテ情報と顔認証をつなげることで、チェックインしましたという情報がすぐさま担当医に伝わり、待合室がなくなります。コロナ禍における遠隔診療の推奨もあり、スマートミラーを通じて初診をデジタルで行えます。今後は、調剤薬局で適切な薬やサプリメントを処方することや、最適なフィットネスを提案することができると思います。血中酸素を測定できる新型のアップルウォッチが話題になりましたが、デジタルデバイスから吸い上げたバイオデータをカルテと結びつけることで、医療はさらに便利になるはずです」

まだ経験したことのない未知の体制・システムに対して、負の側面がクローズアップされがちだが、同じくらいメリットもあるようだ。以前、HERO Xラジオにゲストとして出演した際には、認知症の人を識別することや、未病を発見することも可能になると語る。

「画像解析によって、対象者の特定のビヘイバー(行動)を検知することができますので、病気予測にも役立てるはずです。データスコープとは別にスマートタウン事業にも取り組んでいます。街中にカメラを設置することで、認知症の徘徊老人を補足して、保護することもできます」

社会をより良くするテックは
見えないことが理想

医療分野でのデータ解析はスポーツにも応用しやすく、ウェルネス分野にもつながると府川氏は続ける。

「サッカー元日本代表監督の岡田武史さんが取り組んでいる、今治のスマートスタジアム計画があります。そのコンセプトは里山&人間らしさを取り戻すで、スタジアムという単なる人が集まる場ではなく、人々がそこで交流して楽しく健康的に過ごすことができる場所を理想としています。医療とスポーツが他の分野と違うのは、個人情報を自ら進んで提供してくれることです。このスタジアムの里山構想では、『テクノロジーやAIはあくまで基礎として導入されている』ことが前提。そうして集まったデータを解析することによって、メディカルとスポーツ、地域経済が融合し、健康的な人々が集う街ができるのではないかと模索しています」

前述で「医療とスポーツの分野は、個人情報を進んで提供してくれる」とあるように、データ取得・解析の目的が明確で、自身や社会のために活用されることが分かると、個々人が抱える漠然とした不安は取り除かれ、データ解析がもたらす利便性や安全性の高い未来を描くことが容易になる。「技術面だけが先行すると人々の心配や不安が先回りしてしまうから、テックは見えない方がいいのです」と語る府川氏の言葉の裏には、「データ解析の恩恵は、最終的に人へと還元されるべき」という信念が込められている。奇しくもコロナの登場で顔認証が広まりつつある日本。私たちがデータの恩恵を享受できる未来も遠くないかもしれない。

府川誠二(ふかわ・せいじ)
20代でデザイン制作会社を設立。CGアプリ制作などデジタルを活用した事業を手掛ける。その後、デロイトトーマツコンサルティングのデジタル事業部の立ち上げに従事し、さまざまな業界のDXコンサルティング、新規事業の立ち上げに携わる。また画像解析スポーツテック、AR/VR事業など新しい技術で事業を立ち上げる。その経験から、スポーツ&エンターテイメントのD X、及び、不動産のデジタル化推進の事業を立ち上げ、スマートホームIoT、業務管理システムなど不動産テック事業に従事。現在は画像認証、顔認証を使ったサービス開発やスマートタウン事業などを手がけている。

(text: 川瀬拓郎)

(photo: 増元幸司)

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「半分、青い。」に登場した、ピアノを弾くロボットハンドの生みの親とは?【the innovator】後編

飛田 恵美子

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業において、ダブル技研と共に高性能ロボットハンドの開発を行う東京都立産業技術高等専門学校医療福祉工学コースの深谷直樹准教授。前編では、開発した3種類のロボットハンド「F-hand」「New D-hand」「オリガミハンド」の特徴を紹介した。後編では、深谷氏の経歴や、義手としてのロボットハンドの可能性について伺った。

答えのないものに取り組む

深谷氏は東京生まれ。父親が技術屋だったため、子どもの頃から工場で遊んでいたという。ものづくりが好きで、東京都立航空工業高等専門学校(現東京都立産業技術高等専門学校)に入学。3年生のときに「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト(高専ロボコン)」で全国ベスト8を勝ち取ったことがきっかけとなり、ロボット開発の道へ進んだ。東京農工大学機械システム工学科で学び、同期が立ち上げたベンチャー企業を手伝った後、母校に戻り教鞭を執ることになった。

「高専や大学でいい先生に恵まれたおかげでいまがあるので、その恩返しというか、次の世代への橋渡しがしたかったんです」

授業で大事にしているのは、答えのないものに取り組む姿勢を育むこと。最近の学生は子どもの頃にものづくりをした経験が少ないので、できるだけ多様なものをつくる課題を出しているという。

「たとえば、“3階から卵を落としても割れない構造を、10センチの箱でつくってきなさい”といった課題を出すと、生徒たちは“自分が一番いいものをつくる”と目を輝かせて取り組みます。箱の中に気泡緩衝剤を入れたり、ポップコーンを使ってみたり。そういった試行錯誤が意外なところで将来の研究に役立ったりするんです」

深谷氏の研究にも学生たちが携わっていて、前編で紹介したピアノを弾くロボットハンドの調整は学生と共に行ったという。撮影現場の雰囲気に刺激を受け、より良いものにしようと更に研究を進めているそうだ。

義手を必要としている人々を
落胆させてはいけない

深谷研究室で行っているのは、ものづくりを中心とした医療福祉・ロボット関連の研究だ。「人助けがしたい、福祉にまつわる研究がしたい」という学生が多かったことから、研究室の専門テーマに据えた。

「私自身も東京農工大学時代に福祉分野の研究に取り組みましたが、やればやるほど難しいと感じました。たとえば、足に障がいのある方が“階段で苦労しているんですよ”と言うのを聞いて、階段を軽々と登れる靴を開発したとします。しかし、その機構が入った分靴は重くなり、普通の道を歩いているだけで疲れてしまう。そういったミスマッチが多い世界なので、福祉器具を必要としている方から厳しい意見をいただくこともありました。

最近は義手を開発している若手研究者も多く注目が集まっています。それ自体はいいことですが、きちんと“いまはここまでしかできない”と伝えることが必要だと思っています。そうでなければ、義手を必要としている方々は“来年にも暮らしが楽になるんじゃないか”と期待してしまう。それで蓋を開けてみたらまだまだ実用化にはほど遠いとなったら、どんなに落胆することか。学生たちにも、“誇大広告はしないように、便利な義手を待ち望んでいる人をがっかりさせることがないように”と伝えています」

F-hand汎用型の把持実験(研究室OB設計)

冒頭に載せた動画や上の動画には、目覚ましを止め、スプーンで食事し、歯磨きや身支度を行い、ドアノブを開け、自転車に乗り、文字を書き、運動し、料理をして……と、F-handでさまざまな日常動作を行う様子が映し出されている。シリコンをかぶせ、見た目をより人の手に近づけることもできるという。となるとやはり、「義手として使えるのでは?」と思ってしまうが、深谷氏の姿勢は慎重だ。

「人の手に近づいてできることが増えると、その分危ないんです。使用する人は本当の手のように何でもできると過信してしまいがちです。自転車には乗れるけれど、誰かとぶつかって転んだとき、片手では体重を支えられない。包丁を使って簡単な料理はできますが、ちゃんと掴まないと落としてしまう可能性がある。そうすると命に関わりますから。義手はロボットハンドの究極の形なので、ハードルはかなり高いと考えています」

F-handはまだ開発段階で、産業利用を始めるまでもう2年ほどかかる見込みだという。まずは共同研究を行う企業に試用してもらって問題点を洗い出し、一つひとつ改良していく。そうして完成度が上がった先に、ようやく義手として使える可能性も見えてくるかもしれない。

前編はこちら

深谷 直樹
東京都立産業技術高等専門学校荒川キャンパスものづくり工学科医療福祉工学コース准教授。工学博士。ものづくりを中心とした医療福祉・ロボット関連の研究を行う。

(text: 飛田 恵美子)

(photo: 壬生マリコ)

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