テクノロジー TECHNOLOGY

【HERO X × JETRO】たった30分で食の品質検査を可能に スイス発の驚くべき技術

HERO X編集部

「New Normal (ニューノーマル) 社会と共に歩む」をテーマに昨年開催された日本最大級のテックイベント『CEATEC 2020 ONLINE』にて、17カ国・地域から45社の有力スタートアップが集結した、JETRO設置の特設エリア「JETRO Global Connection」。参加した注目の海外スタートアップ企業を本誌編集長・杉原行里が取材。ブランドに深刻なダメージを与える恐れのある食品の品質を追求し、世界の食品サプライチェーンの信頼性を確保するためにDNA検出技術の開発に邁進するSwissDeCode社。信頼性のある食品とは? スイスの新興企業トップ100の一つにも選ばれた同社CEO・Brij Sahi氏に話しを聞いた。

DNA検査で食の信頼性を高める

杉原:まずは御社の事業内容について、どのようなことをされているのかをお聞かせください。

Sahi:2016年にSwissDeCodeを設立し、主に食品の信頼性を確保することを目的として農家や食品メーカーの安全な食品の栽培および生産を支援しています。そして世界の食品サプライチェーンの信頼性を確保するために迅速でポータブルなDNA検出技術『DNAFoil®』を開発しました。また同年には、アメリカで開催された「MassChallenge」(世界最大級のピッチコンテスト。アーリーステージの起業家たちが資金調達を目的として参加するコンテスト)に参加し、金賞を受賞しました。

杉原:素晴らしい。御社の取り組みが、多くの企業から共感を得たということですよね。その『DNAFoil®』というのは一体どういったものなのですか?

Sahi:ターゲットのDNAのコピーを数百万のコピーに増幅する弊社独自の革新的なDNA検出技術です。最初のクライアントはスイス政府でした。チーズの安全性を高めるために、チーズに生息するバクテリアを検出し、農場から販売するまでのすべての工程で追跡できるようにして欲しいと依頼されました。

また、西アフリカのチョコレート製造工場では、カカオ植物を枯らしてしまうウイルスに長年悩まされており、年間生産量の10%が被害にあっていました。それにより、世界中にカカオを(安定)供給するために農園の拡大を余儀なくされ、広大な森林伐採にも繋がっていました。そこで我々はこの工場で『DNAFoil®』のテストをし、(このような問題の解決のため)植物が症状を示す前にウイルスの存在を検出することに成功しました。我々がこの迅速なオンサイトのDNA検出技術を開発した世界初の企業なのです。

杉原:検査からデータが出るまでに、どのくらい時間がかかるんでしょうか。

Sahi:わずか30分で結果を出すことができます。

杉原:なるほど。思ったよりもスピーディーですね。具体的にはどのような検査方法なのですか?

Sahi:このDNAテストには、以下の4つのステップがありますが、一般的な妊娠検査薬をイメージしてもらうとわかりやすいと思います。非常に簡単にテスト結果が出るようになっています。
1. DNAサンプル準備、2. DNAの抽出、3. DNAコピーの増幅、4. DNAの検出、という流れです。

杉原:これなら、簡単に取り入れることができそうですね。

Sahi:はい。しかしあるクライアントからテストの要望がきたのですが、『DNAFoil®』だと(テストに)35時間もの時間を要すだろうという状況でした。そこで新たに開発したのが『BEAMitup』(EUが資金提供するISO認定のDNAスクリーニングプラットフォーム)です。採取したサンプルを専用デバイスにセットしてボタンを押すだけで簡単にDNA検出ができるというものです。検査に要する時間は1分足らず。農場、倉庫、スーパーマーケット、レストランなど、様々な場所で簡単にテストができるようになったのです。

BEAMitup

杉原:それは素晴らしい!!

Sahi:そして、弊社の研究所は「ISO17025」に認定されています。これは、試験結果が信頼性のあるものかどうかを判断するための世界基準で、世界中の大きな研究所が認定されているものと同様です。通常は、まず企業がサンプルを研究所に送り、その試験結果とともにISO17025証明書を得るのですが、『BEAMitup』のプラットフォームを使用すると、研究所にサンプルを送らずして、同じISO17025証明書付きの結果を30分以内に得ることができます。

杉原:時間の短縮に加え、顧客からの信頼性の獲得にも繋がるということですね。

Sahi:その通りです。

杉原:『BEAMitup』を使って DNAを検出することによって、どのようなメリットがもたらされるのでしょうか?

Sahi:現在はPCR検査がDNAを検出するための世界標準になっていますよね。DNAというのは食品だけではなくどこにでも存在するものなので、『BEAMitup』を使うことによって、あらゆる場所で簡単にさまざまなウイルスの存在を証明できるということなんです。

我々が描く未来は、『BEAMitup』が使用されることで、あらゆる場所でISO17025証明書付きの迅速なオンサイトテストが実施できるようになるということです。

コーンの検査にも使われている『BEAMitup』。検査から30分以内に「ISO17025」証明を受け取ることができる。

杉原:御社のテクノロジーはとても革新的だと感じているのですが、今後、このテクノロジーは食品以外の分野にも活かされていくのでしょうか?

Sahi:医療分野でもこのテクノロジーを使用することができると思っています。しかし、これにはまた別の認証を取得する必要がありますがかなり複雑で、残念ながらまだ少し時間がかかりそうです。

杉原:なるほど。レストランなどには導入される可能性はあるのでしょうか?

Sahi:もちろんです。まずは大きな産業からはじめて、そこから小さなユニット、例えば小さな工場やレストランに導入したい。そしていつかは家庭にも入れていきたいと考えています。

杉原:それはどのぐらい近い将来でしょうか? 5年後? もっと先?

Sahi:そうですね…、実現するためには…まずは資金が必要になりそうです(笑)。

いま我々は、食品の品質と信頼性にフォーカスしています。なぜなら、現在の食品の安全性が非常に不安定だからです。例えば、法律ではサルモネラ菌やリステリア菌は25グラムの食品に対してゼロであるということを証明しなければなりません。しかし、ゼロであるということを証明するためにできる唯一の方法は、サルモネラ菌やリステリア菌の“分子のひとつがある“ことを証明することなのですが、実は現在のテクノロジーではまだそれは不可能なのです。そこで我々は、その菌を培養するのですが、現状では培養に約6時間かかってしまう。もう少し改善が必要だと思っています。

杉原:日本ではどのようなアライアンスパートナーを探していらっしゃるのですか?

Sahi:わたしたちの理想のパートナーは、穀物やデリ、肉などの事業セグメントを持ち、既にそれらを食品業界に供給している企業や、自社で食品の成分を分析する機械、研究所を持っている企業です。今年の12月には、遺伝子組み換えトウモロコシを検知するため、農産物・食品分野をリードする世界的なサプライヤーと共同開発した試験的プログラムをヨーロッパで実施する予定です。もし日本でパートナー企業を見つけることができれば、日本でも実施したいと考えています。

栄養価や安全が食品の価値を上げる

Sahi:食品の安全について、もう一つ、私のビジョンをお話してもいいでしょうか?

杉原:ぜひ聞かせてください。

Sahi:消費者が何か商品を購入したとします。その箱にはQRコードが記載されていて、スマートフォンでスキャンすると、その箱の情報だけでなく、商品の成分まで知ることができる。食品アレルギーについて知りたいと思えば、例えばアーモンドなどのナッツ類について、自分の口に入る前に何回のテストを受けたものなのかを知りたいとします。『BEAMitup』」デバイスが、農場、倉庫などに設置され、それぞれの場所で得られたデータがクラウドに集積される。その情報を消費者に提供したいと考えています。

杉原:僕たちも人の体をセンシングするという技術を持っていて、歩くとか座るという人間の動きのデータから特徴が可視化されて、その人が今後どのような病気にかかる可能性があるのかといったことがわかるシステムを開発しています。様々なデータをクラウドに集積管理して統括的に健康管理ができるようにしていきたい。Brijさんがやろうとされているところと近しいところがありますよね。

Sahi:そうですね。

杉原さんはA2ミルクというものをご存じでしょうか? 実は牛乳にはA1・A2という2つのタイプがあるんです。

杉原:それは初めて聞きました。

Sahi:A1ミルクは、人間の体内では消化できないタンパク質が含まれています。A2ミルクにはそのようなタンパク質は含まれておらず、母乳に似た成分が含まれているのです。A1とA2は牛の品種に応じて異なる割合で存在するものなのですが、弊社が世界で初めて、A1とA2を識別するテストの開発に成功しました。その結果、世界中の乳牛のたったの9%のみがA2、91%がA1だということがわかりました。そこで我々はA2ミルクにQRコードをラベリングし、消費者がウェブ上で情報を見られるようにする仕組みを作りました。A2ミルクが何なのかを知ってもらうと、A2ミルクの価値も上がると考えたのです。

杉原:なるほど。データを使って付加価値を付ける。

Sahi:そうです。その食品がどこから来たのか、どのようなものが使用されていて、どんなテストを受けたものなのかなど、消費者が安全な食品を選ぶためには、できるだけ多くの情報が必要だと考えています。

杉原:今はアレルギーの方も多い。消費者にとって食品の安全というのは、健康な生活を送る上で大変重要なテーマです。

コロナのパンデミックが収束したら、ぜひ日本にいらしてください。素晴らしいレストランでおもてなしさせてください。そこでBrijさんのポータブルオンサイトシステムを使って一緒にDNAテストをしましょう!!

Brij Sahi(ブリッジ・サヒ)
Swiss De Codeの共同創設者、兼取締役。航空宇宙、エンタープライズ、ITや電気通信の分野において営業、マーケティング、ポートフォリオマネジメントや事業開発の経験を積む。またヨーロッパとアジアにおいて、グローバルで商業的かつコーポレートなバックグラウンドを持ち、投資、スタートアップ企業の創造と管理、発展中のB2B組織をよりカスタマー市場に一変、継続的な起業家として名を成している。

(text: HERO X編集部)

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遂に発表された『bespo』と『MIGRA』。 シーティングポジションの最適化は、新時代へ

長谷川茂雄

株式会社RDSが手掛けた新たなプロダクト『bespo』と『MIGRA』『CORE-Ler』の3つが「国際福祉機器展」にてお披露目された。『bespo』は、車いす使用時のあらゆる身体データを計測し、シーティングポジションの最適解を導き出すシミュレーター、『MIGRA』は、それらのデータを元に、実際にフィット具合を確認できる“設定可変型”車いすだ。両者は、ともにデータを共有し、常にユーザーのパファーマンスを最大化できる。『CORE-Ler』は、人の歩き方から認知症などの傾向を読みとるものだ。いずれのプロダクトもさまざまな数値の計測とデータの可視化によって、これまで難しいとされていたことを可能にすることに挑戦した。RDS 代表・杉原行里にこれらプロダクトの解説を仰ぎつつ、『bespo』のデモンストレーションに参加した元パラリンピアン・根木慎志氏にもお話を伺った。

SS01より間口が広く、
対応力が高い、それが『bespo』

RDSが、パラアスリート・伊藤智也氏と二人三脚で車いすのシーティングポジションを研究し、その最適解を導き出すシミュレーター『SS01』を完成させたのは2019年。

それをブラッシュアップさせるべく、国立障害者リハビリテーションセンター研究所(以下:国リハ)や千葉工業大学未来ロボット技術研究センター(fuRo)との共同研究を推し進め、誕生したのが『bespo』だ。

会場でも一際目を引いたRDSのブース

杉原:SS01から大きく進化した点は、胸椎損傷、頚椎損傷の方を問わず対応可能になったこと、そしてトルクや重心位置の計測精度が圧倒的に上がったことです。

加えて、我々が独自に作ったウェルグラフというシステムと連携することで、データの取り込みがさらに効率化され、またデータをより多くの人と共有できるようになりました。

今後は、bespoが機械学習をして、ユーザーのデータを入れると、狙い撃ちで最適なシーティングポジションを割り出してくれる、そんな機能を見据えています。

根木慎志氏が『bespo』にて、シーティングポジションを測定

『SS01』は、ヴィジュアルインパクトに加えて実際のプロダクトも大きかったが、『bespo』はよりコンパクトになった印象がある。とはいえ近未来的なデザインは受け継がれ、洗練されている。

杉原:実際に、SS01の無駄やオーバースペックを取り除いて、よりスマートになりました。ハンドリムは取り外しが可能になって、後ろに3セット分付属しているので、ユーザーの好みやデータに合わせて組み替えも可能です。

一目でわかるバランスや数値に興味津々の根木氏

シーティングの角度、重心、バランス、リムを回した時のトルクなど、全てが瞬時に数値化される

“より一般ユーザー目線を重視した『SS01』”。『bespo』は、まさにそれを体現している。国リハで繰り返された臨床研究や知見を活かし、幅広いニーズに対応するために、細部まで改良されたのだ。

杉原:座面と背もたれを一定の角度を保ったまま倒すチルト角や、フットレストの角度の可動域も広がりました。『SS01』は、レースも意識していたので、どうしてもアスリート目線に偏った部分がありましたが、『bespo』は、一般ユーザーのちょっとした使い勝手まで配慮しています。

とはいえ、レースを目指したアスリートの方のパフォーマンス向上にも役立ちます。単純に用途の枠が広がったイメージですね。

初出展で気分も上がり気味の杉原

最適なシーティングポジションを見つけ出すことは、ユーザーが誰であれ有意義なことだ。間口が広がったことで、今後より一層、病院や施設での導入機会は増えそうだ。

重心やバランスを数値化して理解すれば、
車いすとの付き合い方は変わる

実際に『bespo』のデモンストレーションに参加した根木慎志氏に、体験した感想を伺った。

根木:18歳で車いすユーザーになってから約40年が経ちますが、これまで自分が最適だと思っていたシーティングポジションは、そうではなかったのかもしれません。今日は、それがわかっただけでも大きな収穫でした。自分の体の傾きやバランスが一目でわかるのは、大きなことだと感じました。

シドニーパラリンピック 車いすバスケットボールで日本代表のキャプテンを務めた根木氏。

車いすバスケの元競技者としても、これまで様々な車いすを使用してきた根木氏。『bespo』の登場によって、抽象論で語られた車いすの快適性が、今後数値化されていくことは革新的だと語る。

根木:アスリートの活用はもちろんですが、これだけ細かなデータが可視化できるのであれば、損傷の度合いや、年齢に合わせて具体的な調整ができる。まず、自分の現状を数値で知ることから始めて、それを改善すれば、生活の質は間違いなく上げていけると思います。

無駄を削ぎ落としたスタイリッシュなデザインの『MIGRA』

確かに『bespo』は、多くのユーザーの新たな快適性の基準を作る上で、重要な役割を担うかもしれない。

そして『bespo』で得たデータを、生活の中でリアルに活かすための実践的な車いすとして、同時に発表されたのが、『MIGRA』だ。

“設定可変型車いす”と呼ばれるこのプロダクトは、『bespo』と合わせて活用することで、ユーザーを強力にサポートする。

『bespo』と『MIGRA』がリンクすることで
データの精度は劇的に上がる

杉原:『bespo』よりも簡便的に、でもリッチデータを取ることもできるのが『MIGRA』です。画期的なのは、『bespo』で得たデータを元に、工具レスで設定を変化させてシーティングポジションが最適化することができるとことです。

より汎用性が高い車いすでありながら、『MIGRA』にもセンサーが内蔵されているため、重心の位置や加速度といった必要最小限のデータ採取ができる。

杉原:しかもユニークなのが、『MIGRA』にはアプリケーションが入っていまして、これまでご自身が乗っていた車いすを撮影すると、設定が可視化され、そのデータを元に『MIGRA』に反映することができるのです。

専用アプリをダウンロードしてタブレットで撮影をすれば、シーティングデータが得られる

加えて、『MIGRA』で取ったデータは、『bespo』と同じサーバに溜まっていく。すなわち両者のデータは共有され、違いにアップデートしながら、最適なシーティングポジションを見つけ出していくことができるのだ。

杉原:伊藤選手と『SS01』を作った時に、シミュレーションで出した数値をどこまで信頼していいのか? という疑問は常にありました。実機である『MIGRA』を作ったことで、その疑問は解消されると思っています。

『MIGRA』は、あらゆる調整が工具レスで行える構造

今後、『bespo』で取ったデータを『MIGRA』で実践し、その齟齬や『MIGRA』で得られたデータは『bespo』にフィードバックされる。それにより、シーティングポジションの最適解の精度は劇的に上がることになる。

杉原:『bespo』と『MIGRA』があれば、トライ&エラーに時間とコストがかかるリハビリの現場で、より有意義なデータ採取ができて、リハビリの新しいアイデアも生まれていくと考えています。

さらに、車いすというプロダクトを作る上での職人的な技術や感覚を数値として可視化することもできます。いわゆる“技術継承”にも活用ができれば本望ですね。

さらに会場で人目を惹いていたのが『CORE-Ler』。一見すると何をするものなのかが分からないが、説明を聞いた来場者は一様に感嘆の声を上げていた。

当日の会場で流されていた『CORE-Ler』のプロモーション映像。

 

会場には伊藤智也選手(一番左)も駆けつけた

多くの高齢者が悩まされる認知症。歩行解析から認知症リスクを読みとり、対策を行なうことで発症を遅らせることができるとすれば、健康寿命を伸ばすことも不可能ではない。また、車いすの最適なシーティングポジションを追求することは、ユーザーが質の高いライフスタイルを実践することの近道となる。『bespo』と『MIGRA』の登場により、その道筋はまた少し鮮明になった。

これまで、車いすの快適性は抽象的、感覚的なものとして捉えられていたが、それが数値により明確化することが当たり前になる。そんな未来は近いのかもしれない。

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 増元幸司)

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