テクノロジー TECHNOLOGY

医療に大きな変革をもたらす培養筋肉の研究は、もうここまで来た!

浅羽 晃

分野横断型の研究が進むロボットの世界。工学と化学、物理、医学などの研究が融合し、培養した筋肉がまるで人間の腕のような動きをするロボットを東京大学生産技術研究所の研究チームが発表した。チームを牽引してきた研究室のリーダー、竹内昌治教授は、この研究を「バイオハイブリッド」と呼ぶ。バイオハイブリッドな研究とは、いったいどのようなものなのか。

研究室メンバーのバックグラウンドは
機械工学、化学、物理、生物、医学など多彩

中央上部の白い部分が培養筋肉。オレンジ色の部分は3Dプリンタでつくった樹脂の骨。

生体特有の能力を人工物のなかに取り入れる試みは、科学の歴史のなかで、繰り返されてきた。しかし、現実には、人工物で生体の機能を完全に模倣することは不可能に近い。人工物を生体に取り入れるのではなく、生体と人工物とのハイブリッドをつくることで、生体の能力を「ものづくり」に活用しようとしているのが竹内教授率いる同研究所のチームだ。今年(2018年)5月、米科学誌に発表された論文。世界中の注目を集めることになったその内容は、人工的に培養した組織二つを樹脂製の骨格に付けることで、人間の指に似た動きができるロボットを開発、1週間動き続けることに成功したというものだった。

「私の研究室では、いろんな方向で研究しているのですが、メインとなっているのはバイオハイブリッドという考え方です。僕のバックグラウンドは機械工学ですが、研究室のメンバー、それぞれのバックグラウンドは、化学、物理、生物、医学など、多岐にわたっています」

入れ替わりながらも常時50~60名いるメンバーは、工学、生物学、化学、医学などのPh.D取得者、学生、メディアアーティスト、会社社長など、立場もさまざまだ。

生産技術研究所は異なる専門分野を持つ研究者の交流の場でもある。

「異分野の融合型研究をやっていくと、考え方自体がどんどん、どんどんハイブリッドになっていきます。たとえば現在、生体と機械のハイブリッドな研究を推し進めています。僕ら、ものづくり屋がまだ実現できていないのは、生体に見られるような特殊で、非常に魅力的な機能です。それは1分子レベルで物質を検出してしまう能力であったり、超効率的な物質生産能であったりします。自己複製や自己修復という能力も、生体特有のものです。そういう機能を人工物のなかに取り入れる試みは、長い歴史のなかでいろんな研究がなされてきました。しかし、まだ、完全には人工物で生体の機能をしっかりと模倣できているわけではありません。そうであるのなら、生体を1つの人工物と同じような感覚で用いることのできるパーツとして、人工物のなかに融合したバイオハイブリッドシステムとして提案していこうというのが、僕らのアプローチです」

これまでの具体的な成果としては、人の汗の匂いに反応する蚊の触角に含まれている嗅覚受容体を人工的に再構成し、人の匂いに反応するセンサーをつくることに成功した。開発が進めば、足場や視界の悪さから発見が遅れてしまうような災害地などでの救助活動にも役立つ。

筋芽細胞が筋繊維となり、
筋肉となるプロセスを人工的につくる

竹内教授は、ハイブリッドな発想が社会の諸問題を解決し、科学技術を進展させると考えている。

今年、米科学誌に論文を発表した培養筋肉も、生体を人工的につくるという点が共通する。

「筋肉は、直径が10ミクロンくらいの筋芽細胞が組み合わさって出来ています。筋芽細胞が集まると、細胞膜同士が融合して、きれいな繊維ができ、その繊維が束となって筋組織ができます。筋組織と神経がつながり、神経から信号が来ると筋肉が収縮するというのが我々の体の中で起きている筋肉が動くメカニズムです。普段、筋肉はお母さんのお腹のなかで細胞が分裂して出来上がってくるわけですが、僕らは組織工学的なアプローチで、体外で筋肉をつくっているのです」

筋芽細胞が筋繊維となり、筋肉となるプロセスを、人工的につくり出しているのだ。

「筋芽細胞を集めて、あるゼリー状の空間のなかに入れて、培養液を加えると、自ずと細胞は自己集積してきて、筋繊維が出来上がります。それを、とても細長い空間で行なうと、筋繊維がある一定の方向に配向し、そこに電気信号をかけると収縮するのです。その方法自体はこれまでもあるのですが、僕らは、まず細胞をゼリーのなかに閉じ込め固めた後、そのゼリーを型枠から取り出し、いろんなところに貼り付けるように改良しました。貼り付けた後に、その場で細胞が筋繊維に成長できる方法を考案したのです。」

ゼリーごと型枠から取り出せるようにしたことで、培養筋肉はパーツとして使えるようになったのだ。

「たとえば、3Dプリンタで骨格をつくり、この関節が動いてほしいなというところに筋肉を合わせて、電気刺激を与えると関節が動くようなシステムをつくりました。生体の組織のものづくりと、3Dプリンタでつくるものづくりを、うまく融合させたハイブリッドシステムを提案しているという状況です」

将来的には培養筋肉の大型化も可能だろうが、そのためのハードルはまだ高い。

「細胞なので、いつも養分を与えないといけません。筋肉を分厚くすると、培養液が内部まで行き渡らなくなるのです。人間の筋肉は太いのに栄養が行き渡るのは、筋肉のなかに血管が通っているからです。現状の培養筋肉は、あくまでもプロトタイプとしてつくっていて、生体組織と3Dプリンタでつくった人工物との融合、融合する際にどのようなものづくりが重要になってくるかという基礎的な研究のアウトプットとして出しています」

研究で培った技術は将来、
医薬品開発のモデルや培養肉に応用可能

現在は基礎的な研究の段階だが、培養筋肉には大きな展望もある。

「左右1対として、両側で同じようなテンションで引っ張る拮抗構造の培養筋肉は、1週間以上長持ちします。そうなると、使えるアプリケーションがあるのではないでしょうか。たとえば、医薬品開発のモデルとして使えるのではないかと考えています。筋肉をターゲットとした薬はたくさんあります。通常は人の細胞をとってきて、皿の上で、2次元で培養して、医薬品に対する収縮具合を見ます。ただし、2次元で収縮するのと、3次元で収縮するのとでは、全く違う応答を示すことも多々あります。力も違うし、細胞一つ一つが持っている能力も違うし、グルコースの消費量も違います。そうした違いがあるために、2次元では、薬がどういうふうに効いたかというのは、正しくはわからないのです」

3次元の培養筋肉なら、より人体の筋肉に近いモデルでデータを取ることができる。

「その発展形として、筋肉と神経とを結びつけることにより、ALSの患者さんの治療薬の開発モデルもできると考えています。通常、3次元の筋肉を研究するときは、ネズミなどの動物を使いますが、そこには2つの問題があります。動物実験をしていいのかという倫理的な問題と、ネズミとヒトは種が違うので、ネズミに効いてもヒトに効かないということはたくさんあるという問題です。ヒトの細胞を使って培養筋肉を作れば、ヒトの3次元の筋肉を模倣することになり、種の違いは起きません。将来は、動物実験を使わないような方向に進むのではないかと思っています」

ヒトの筋肉以外に応用すれば、次のような展望も開ける。

「牛の筋肉をつくることができれば、牛を殺さなくても牛肉ができます。オランダの研究者が世界で初めて培養肉をつくったのですが、環境負荷が少ない、細菌を一切含まないクリーンな環境でつくることができる、高蛋白・低脂肪のようなデザインをすることができるなど、メリットは多いのです。欧米では培養肉をつくるベンチャーも立ち上がっています。僕らも筋組織をつくり、筋繊維を配向させるという技術を持っているので、そちらの分野への応用もまじめに考えています」

さまざまな分野の研究者が集まる研究室だからこそ、培養筋肉について、さまざまな発想が生まれるのだろう。

「ある人は本気で医薬品を開発しようとしていて、ある人は筋肉がどのように発生してくるのかを基礎生物学としてしっかり調べようとしています。また、ある人はロボットに応用しようと試みています」

いずれにしても、東京大学生産技術研究所の竹内研究室に集う研究者たちは、楽しさを感じながら研究に打ち込んでいることだろう。

竹内昌治(Shoji Takeuchi)
1972年、東京都生まれ。東京大学工学部産業機械工学科卒業、同大大学院工学系研究科機械情報工学専攻博士課程修了。現・同大生産技術研究所 教授、総合バイオメディカルシステム国際研究センター センター長。研究室では「Think Hybrid」を合言葉にしている。「少子高齢化の問題、環境問題、安心安全の問題など、多くの問題があるときに、一つの専門分野だけでは解決できないことがあります。いろんな分野の人が集まって、いろんな発想をして、解決するのが自然な流れでしょう。それを一つの研究室でやっていこうというのが、私共のポリシーです」

(text: 浅羽 晃)

(photo: 増元幸司)

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ほぼタイムラグなしで、話した言葉をテキスト化する『LiveTalk』【富士通株式会社:2020東京を支える企業】

宮本さおり

外観から分かりにくい障がいの一つ、聴覚障害。国内で聴覚障がい者として認定を受けている人は約34万人と言われている。聴力レベルが低いという人まで入れると、その数は膨れ上がり約2000万人が耳の聞こえの悪さで苦労していると推定されている。聴力が少しでも残っていれば、補聴器や人工内耳といった手だても考えられるが、費用もかかり、また、環境により音が聞き取れないこともある。耳の不自由な人たちは、こうした不便さにいわば“妥協”して生きてきた。この「不便さの妥協」を食い止めるようなものが今、富士通株式会社で開発されている。

2020東京オリパラの公式スポンサーとなった富士通では、「3Dレーザーセンサー」による採点支援など、競技に直接的に関わる分野の開発をはじめ、2020東京オリパラに向けた様々な取り組みが始まっている。聾唖者をまじえた会議などで活用が見込まれるツールとして、販売がはじまった「LiveTalk」に手軽さを加え、健常者とも気軽にコミュニケーションが可能になるというのだ。このツールを使えば、手話を知らないボランティアも、会場への交通案内をスムーズに行うことが可能となる。多言語にも対応、障がいだけでなく、言語の壁をも飛び越える画期的なツールが誕生しようとしている。

きっかけは内部からの声

開発のきっかけについて語る大谷さん

「社内には聴覚障がいを持つ社員もいます。『FUJITSU Software LiveTalk』は、社内の会議などで、円滑なコミュニケーションがとりたいという彼らの願いから生まれました。普通の会話と仕事についての会話は性質や内容が異なります。一方的に話す方もいるので、そのような状況でもコミュニケーションをとりたいとの思いから、もともと研究されていた技術を富士通で開発販売するようになりました。今、隣にいる渡邉さんも社内会議でLiveTalkを使っています」(東京オリンピック・パラリンピック推進本部/プロモーション企画・推進統括部 統括部長大谷真美さん)

実際に使い方をレクチャーしてくれる東京オリンピック・パラリンピック推進本部/ビジネス企画・推進統括部の渡邉儀一さん(左)と株式会社富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ 公共ビジネス本部 第三システム部 尾崎 純子さん(右)

利用方法は簡単だ。ソフトウエアを購入し、パソコン端末に入れれば使えるようになる。マイクを通して発話された音声をクラウド上の音声認識エンジンが文字に変換、すばやくデータ化されてディスプレイされるという仕組みだ。話している途中でもどんどんテキスト化、しかも多言語化できるというのが富士通の技術だという。取材班も試させていただいたが、多少の誤変換はあるものの、確かに話すそばから文字化されていった。

「弊社のイベントで使った際は予め打ち込んだものが入っていると思われるほどでした。登壇者が言い間違えた時にはそれもそのまま表示されますので、その時になって、みなさん“えっ”と驚かれるくらい、そのくらいの速さで文字化されていきます」と話すのは、この開発に関わる 株式会社富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ 公共ビジネス本部 第三システム部 尾崎 純子さん。キーボードを使った入力も可能で、コミュニケーションが取りやすいようにとスタンプも用意した。この「LiveTalk」は、富士ゼロックスサービスクリエイティブ株式会社ほか120社以上の会社や自治体ですでに利用がはじまっている。また、大学でも近年、導入する所が出てきている。

発話するとすぐさま文字化されたものがディスプレイされる
聴覚障がい者はキーボードを打つことで発言が可能に

別アプリで画像やデータを表示し、その上に字幕のように発話内容を表示することも可能

聴覚障がい者が大学に入学した場合、授業の履修で手助けとなるのがノートテイカーというボランティア。だが、ここにも“課題”があった。ノートテイカーは、聴覚障がい者の隣に座り、ノートなどに先生の話すことを書いていく人のことで、聴覚障がい者はこのノートを頼りに授業に参加する。しかし、相手が読むことができる文字を人間が手書きで書くのは1分間に70文字程度。つまり、先生の発言をそのまま文字化していくことは難しく、内容が要約されてしまうこともあるのだ。

「『LiveTalk』の場合、先生の話が瞬時にそのまま文字化されるので、“授業に参加している”という意識を強く持てると好評です。サポートの人が書くとタイムラグが生じますが、『LiveTalk』はタイムラグはほぼありません。また、発話が要約されることもないので、聴覚障がい者の方からは『情報量が広がった』との声が聞かれました。先生の話すテンポや冗談など、今まで感じ取れきれなかった場の雰囲気的な部分も含めて受け取ることができるようになります」(大谷さん)

多言語翻訳にも挑戦

聴覚障がい者のために開発された「LiveTalk」だが、富士通では今後、多言語への翻訳ツールとしての展開を考えている。
「多言語、英語や中国語など、最終的には19ヶ国語まで対応する予定です。2020東京オリパラなど、海外から沢山のお客様がいらっしゃった時に多言語でいろいろなことを表示できたり、とうぜん聴覚障がいをお持ちの方にもお使いいただけるように力を入れているところです。」(大谷さん)

これが可能となれば、世界中の人々から言語という壁が取り払われることになるだろう。また、会議の場やイベントだけではなく、病院の受付や病室での患者と看護師とのやりとりなど、さらに活用の場を広げられる様、開発に取り組んでいる。

 手軽さをプラスしたイベント型「LiveTalk」を発表

この11月にリリースになったのが「LiveTalk」をさらに手軽に使えるようにしたものだ。「これまではクライアント端末にソフトをインストールしていただく形だったので、イベントなどで使用する場合は、サブスクリーンなどに発話内容や翻訳を投影していました。しかし、この方法だと座席や対応できる言語数に制約があります。そこで、登壇者が発話に使う『LiveTalk』のクライアント端末のみを用意すれば、イベントの期間中に利用申し込みをした来場者は、QRコードから発話内容や翻訳を確認できるというサービスをはじめました。」(尾崎さん)

 「東京2020大会では、9万人のボランティア募集がかかると聞いています。そういう中で、会場では聴覚障がい者向けに手話通訳もあるとは思いますが、観光案内や会場へのルート案内など、会場以外の場面でもこうしたツールも活用すれば、より多くの人に東京2020大会を楽しんでいただけるようになると思っています」(大谷さん)

 聴覚障がいの壁だけでなく、言語の壁をも飛び越えようとする富士通の技術。“不便の妥協”を突破する技術革新を2020東京オリパラを通して私たちは目にしようとしている。

(text: 宮本さおり)

(photo: 壬生マリコ)

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