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義足のスペシャリスト臼井二美男は、なぜ“走る”にこだわるのか【the innovator】前編

長谷川茂雄

日本におけるスポーツ用義足作りのパイオニアとして知られ、義肢装具士として30年以上活動を続ける臼井二美男氏。かつてまだ日本でスポーツ用義足が普及していなかった1980年代から、自ら情報を収集し、数々のプロダクトを生み出した臼井氏は、オリジナルのクラブチームを発足させ、走ることの楽しさも伝え続けてきた。そこから多くのパラリンピック選手が生まれ、現在も日本代表選手たちの総合的なサポートを行っている。なぜ臼井氏は義足を作り、走ることの重要性を説くのか? 同氏が所属する鉄道弘済会義肢装具サポートセンターを訪ねた。

恩師を思い出して義肢に興味を持った

義足作りの第一人者として知られる臼井氏は、JR南千住駅の目の前にある鉄道弘済会義肢装具サポートセンターで、日々義足を必要とする人たちの訪問を受け、要望を聞き、その人にぴったりのプロダクトを作るべく格闘している。そもそもなぜ義足作りを始めたのだろうか? 

「義足作りをする前は、ずっとアルバイト生活をしていたんですよ。それで28歳のときに、腰を据えてできる仕事を探そうと思って、たまたま大塚の職業訓練校に義肢課というものがあることを知ったんです。“義肢”っていう漢字自体、それまであまり見たこともなかったんですが、義足に対しては親近感がありまして。実は、小学校6年生ときの担任の先生が、腫瘍ができて大腿切断をしたために義足を履いていたんですよ。それを見せてもらったことを鮮烈に覚えていたので、義肢課に興味を持ったんです。早速ここ(現在の鉄道弘済会義肢装具サポートセンター)に見学に来たら、“技術者に欠員が出たから見習いとしてきてみないか?”と言われたんですよ」

ユーザーの急な来訪にも対応できるように、作業着のポケットやボディバッグには、常に多くの工具を入れて持ち歩いている。

義肢装具士は義足を作っているだけではない

義肢装具士と一口で言っても、その仕事内容は多岐にわたる。ユーザーにマッチした義足を作ることはもちろんだが、病院に出向いて様々な意見を聞いたり提案もする、いわゆる営業活動も大切な業務だ。ときには見積書を作成したり事務仕事もこなしながら、ユーザーのアフターケアも行う。それらを分業で行うところも多いが、臼井氏は義肢装具士を志した当初から、あらゆることを一人で行ってきたという。

「自分は仕事をオールマイティにこなすことが普通という環境で育ちましたので、なんでも一人でやってきました。大きな会社では、義肢装具士は営業だけで、義足作りもまったくしないところが少なくありません。その場合、義足は専門の職人さんが作るので出来栄えは綺麗ですが、患者さんのニーズに細かく対応できないというデメリットもあります。一概に、義肢装具士がすべてを一人でこなすことがいいとは言えませんが、お客さんからすると、責任を持ってあらゆることに関わってくれるほうが、安心感はあると思います。ただ、いろいろな業務をこなしながらモノづくりを覚えていくのは簡単ではありません。自分も、最初の2年間は仕上げだけしかやらせてもらえませんでしたから。患者さんの足の型を取って義足作りができるまで3年はかかりましたね」

臼井氏のようにユーザーの希望に事細かく対応しながら、あらゆる業務をこなすというのは大変なエネルギーが必要だ。加えて、近年では、義足そのものの作りも大きく変わってきている。そのため、義肢装具士は時代の変化に対応して、常に新たな技術習得も求められる。

「自分が義足作りを始めた1980年代は、骨格構造のモジュラー義足ができはじめた時代です。ちょうど義肢の技術が進歩し始めた頃で、それまで膝や足部の種類はすごく少なかったのが、あらゆる部品やパーツが飛躍的に増えていったんです。材料に関しても、チタンとか、アルミ合金とかカーボンファイバー、そういうものが義足にもちょっとずつ使われるようになっていきました。今主流になっているカーボンファイバーがしっかり浸透し始めたのは1995年頃だと思います」

ユーザー一人一人の特性やニーズはもちろん、時代の流れを把握して、その人にとって最高の義足を作るのが自分の役目だと語る臼井氏。これまで義肢装具サポートセンターが手掛けた多くのプロダクトの一部は、展示スペースで拝見することができる。

走ることやクラブチームに
関わることが生きがいになる

かつては限られた部品と材料で、画一的な義足が作られていたが、この20年で技術も素材も驚くほど進歩し、実に多種多様なプロダクトが作られるようになった。それだけに義肢装具士にも幅広い知識や技術が求められるが、だからといって基本は変わらないという。

「まず義肢装具士にとって大切なことは、ユーザーが支障なく生活できるちゃんとした日常用義足を提供することです。それは時代や状況が変わっても同じです。長く履いていても痛くないものを作ることが大前提。義足は体重がかかるので、痛みを伴うことが多いんですよ。しっかりと適合していないと必ずどこかが痛くなる。それは、虫歯をずっと抱えているような感じですから、精神的にもすごく不安定になるし、歩き方もおかしくなってしまうんです。それだと結局外に出なくなったり、人に対して短気になってしまったりと、何もいいことはないんです。まずは日常用のしっかりとした義足を作ってアフターケアもする。スポーツをお薦めするのは、次の段階です。その順番は、年齢も性別も関係なくみんな同じです」

臼井氏が日夜開発などを行う研究室には、大小様々な3Dプリンターも常備されている。

義足でも走ってみようと誰もが思うわけではない。まずはそう思えるまでの前段階が必要だと臼井氏は語る。自転車に最初から乗れる人がいないように、義足もまずは日々の生活と歩行が支障なくできるようになり、そこから走るためのトレーニングを徐々に積んで走る技術を習得していく必要がある。まずは、走ってみたいという欲求が出てくることも重要だ。

「必ず誰にでも走ることを薦めているわけではありませんが、ちょっとでも可能性を感じたら、“走ってみたら”と提案しています。それは、別にアスリートになって欲しいと思って言っているわけではありません。運動することでその人が持っている性格や体質、運動神経などが活かせることがたくさん出てきますので、可能性があるならぜひトライしてもらいたいだけなのです。なかには、運動よりも文化的なことが好きという方もいますから、そういう場合はもちろん無理強いはしません。でも、絵を描くことやホームページの作成などで(自分が発足させた)クラブチームを手伝ってくれている方もいらっしゃいます。大切なのは、走ることやクラブチームに関わることで、その人なりの生きがいを見つけることなんです」

後編へつづく

臼井二美男(うすい・ふみお)
1955年、群馬生まれ。大学を中退後に、28歳で義肢装具士を目指し東京身体障害者福祉センター(現公益財団法人鉄道弘済会 義肢装具士サポートセンター)に入社。1989年から、それまで日本になかったスポーツ用義足の開発・製作を開始する。1991年、切断障がい者を対象としたランニングクラブ“ヘルスエンジェルス(現スタートラインTOKYO)”を設立。自らが先頭に立ち、義足ユーザーがスポーツをすることの大切さを説いてきた。また、ランニングに関わらず、ユーザーの様々な要望(水泳、マタニティ、バイク、ファッションショーなど)に合わせた多くの義足を開発。2000年のシドニー大会以降は、パラリンピック日本代表のメカニックスタッフとして同行している

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 増元幸司)

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義足の裏にも、ブリヂストンあり!“接地を科学する”技術をスポーツのために【2020東京を支える企業】

中村竜也 -R.G.C

世界最大手のタイヤメーカーとして、創業より87年の歴史を誇るブリヂストンが、2017年「チームブリヂストン ジャパン」(以下、チームブリヂストン)を発足した。様々な困難と向き合い、夢に向かって挑戦し続ける人々の旅を支えるという思いを込め、このメッセージを体現する萩野公介選手(競泳)、スマイルジャパン(女子アイスホッケー)らオリンピックを目指すアスリート、谷真海選手(パラトライアスロン)や田中愛美選手(車いすテニス)らパラアスリートをアンバサダーに任命。さらに、彼らの挑戦を長きにわたり培った技術を活かして支援している。そして、その先へと繋げるための活動とは一体どのようなものなのだろうか?

ワールドワイドオリンピックパートナー、東京2020オリンピック・パラリンピックゴールドパートナーとして、選手たちの支援を行っているチームブリヂストンであるが、主にどのような活動をしているのかがまず気になるところ。

「具体的には、IOC(国際オリンピック委員会)のワールドワイドオリンピックパートナー、東京2020オリンピック・パラリンピックゴールドパートナーとして、東京2020に向けて大会の開催を支援し、また国内の機運を高めようという活動を行っています。例えばその一環として、オリンピアンやパラアスリートに当社の拠点や技術センターに来ていただき、子供達が彼らと一緒にスポーツを体験するイベントを開催しています。多くの方にオリンピックやパラリンピックへの理解を深めてもらう良い機会となっています。

また、ブリヂストンの従業員にパラリンピックを目指す国内トップアスリートがいます。彼らはチームブリヂストンのブランドアンバサダーとして、当社が掲げるメッセージ「CHASE・YOUR・DREAM」をプロモートしてもらっています。アスリートやパラアスリートの活動は、主に東京2020に向けたオリンピック・パラリンピックのマーケティング活動となっています

企業として、どのように社会に貢献出来るかを、常に考えている広いビジョンが、活動から伺える。そしてもう一つは、アスリートを技術面でサポートする活動だという。

「会社としてのコア技術を活かし新しいことに繋げることが出来ないか、というのを常に探し出すことを前提に、世の中の困りごとが解決できたらなという思いで活動しています。その中で、パラアスリートと話す機会をいただいたことで、パラアスリートの用具に関する不便さを実感し、この取り組みが始まりました」と話してくれたのは、ブリヂストン イノベーション本部の小平美帆さん。

どんな路面でも安心して走らせたいという思い

「そこでの具体的な活動内容は主に選手たちを技術面からサポートするということ。たとえば、パラトライアスロンの秦由加子選手だと、自転車の供給はもちろんなのですが、使用している義足のソール部分も開発させていただいています」。ソールは、地面とのインターフェイスとなる最も重要な箇所。一体どのような視点から開発が進められているのだろうか。

「ソール部に関しては、二つの視点から取り組んでいます。まずは、ゴムや高分子複合材というものを扱う技術がブリヂストンにはあるということ。プラス、タイヤを開発するときに重要になってくる接地という概念。この二つに通ずる部分から我々が持っている技術として何か出来ないかというところを軸に、ソールの開発をしています」

そもそもトライアスロンは、水泳、自転車、長距離走の三つの種目で一つの競技として成り立っている。それぞれ全く違う競技だけに、一つのソールを付けた義足だけで行うのは難しいと感じるが、実際はいかに。

秦選手の場合は、自転車と長距離走で義足を使い分けています。その中でも私たちが関わっているのは、水泳から自転車に乗るところまでに装着する義足と、長距離走の義足です」

開発中の義足ソール(プロトタイプ)。

普段当たり前のように歩いている我々が接地という概念を気にするはずがないのだが、小平さんの話を聞かせていただき、これだけ地面と接する部分がアスリートやパラアスリートには大切なのかということを痛感した。そこには、世界各地どんな路面でも安心して走ってもらいたいという願いが、原動力として確実に存在している。

選手たちとの連携や
コミュニケーションが開発を進める

「やはり、開発するにあたり重要なのは、選手がどんなことに困っているのかを的確に把握すること。その上で練習や試合の場に足を運び、選手からのフィードバックを分析して開発につなげていくという地道な作業が重要となってきます。そして、選手たちの意見をどう科学的に組み立てていくということが、私たちにとっても思ってた以上に新しい分野で、日々学びながら私たちも選手と一緒に成長させていただいています」

選手をサポートするには、パートナーとして互いを理解し信頼関係を築くことが重要なのがよく伝わった。ではそもそもどんな出会いから、チームブリヂストンの選手達と繋がっていったのか。
「通常は何のコネクションも無いところから私たちがコンタクトを取り、ヒアリングをさせていただく形でチームブリヂストンに加入していただいたのですが、秦選手に関してはちょっと特殊で、ブリヂストンのグループ会社であるブリヂストンサイクルが自転車のサポートを行っていた選手というのがたまたまマッチした珍しいケースです」

これだけの大企業が、草の根運動的な動きで選手たちと繋がっていったのかと思うと、頭が下がる思いになる。

夢を追いかける人をサポート

「また、チームブリヂストンは、いわゆる実業団のチームとは違う位置付けで、メンバーやチームを応援してくれている皆さんがいて成立しているチームです。端的に言うと意識の共有。その核に、“CHASE YOUR DREAM”というメインテーマが存在しているわけです」

小さな技術の種を、世界レベルまで育て上げてきたブリヂストンだからできる社会貢献の方法。彼らが見据えるその先には、進化とともに開く明るい未来が常に存在しているのだろう。今後もHERO Xは、チームブリヂストンの動向に注目していきたい。

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 河村香奈子)

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