プロダクト PRODUCT

義足のスペシャリスト臼井二美男は、なぜ“走る”にこだわるのか【the innovator】後編

長谷川茂雄

日本におけるスポーツ用義足作りのパイオニアとして知られ、義肢装具士として30年以上活動を続ける臼井二美男氏。かつてまだ日本でスポーツ用義足が普及していなかった1980年代から、自ら情報を収集し、数々のプロダクトを生み出した臼井氏は、オリジナルのクラブチームを発足させ、走ることの楽しさも伝え続けてきた。そこから多くのパラリンピック選手が生まれ、現在も日本代表選手たちの総合的なサポートを行っている。なぜ臼井氏は義足を作り、走ることの重要性を説くのか? 同氏が所属する鉄道弘済会義肢装具サポートセンターを訪ねた。

約170人が繋がっている
“スタートラインTOKYO”

臼井氏が発足させたクラブチームとは、“スタートラインTOKYO”のこと(発足時の名称は、ヘルスエンジェルス)。28年前から欠かすことなく義足で走るための“練習会”を開いてきた。

「今は練習会をやると70人ぐらいが集まりますよ。そのうち義足を履いている人は50人ぐらいです。多分規模的には世界一だと思います。グループLINEでは約170人が繋がっていて、北海道の方も佐賀県の方もいるんですが、遠方の方も月に1回は基本的にいらっしゃるんですよ。ここ6年ぐらいは、週に1回、近郊に住んでいる方を対象にした練習会も開いています。クラブチームは、年配の方は若い人と交流できるし、逆に若い人は年配の人から知恵を得られる。そういう交流も面白いですよね。人数が多いと大変だと思われるかもしれませんが、規制や決まりごとを作り過ぎないようにしていますから、こちらも参加するほうもストレスなく続けられています。いつの間にかチームが生き物のように勝手に進化するようになったのですが、それも興味深い現象です」

スタートラインTOKYO”には、難しい練習メニューなどはまったくなく、基礎的なストレッチをしたりウォーキングをしたりしながら、徐々にランニングを楽しんでいくという。どちらかというと1時間ほど自由に体を動かすイメージに近い。少しずつ大きなクラブチームに成長し、興味を持った関係者が全国から見学に訪れるようになった。今では同じような練習会を主催する病院や自治体が増えているという。実際にそこからパラリンピック選手も生まれている。

スタートライン TOKYOの参加者は、老若男女問わず、スポーツ用義足をつけて走ることの楽しさが体験できる。それは、さまざまスポーツにトライするきっかけにもなると臼井氏はいう。

「東京はもちろん、大阪や三重からも世界で活躍する選手が出てきています。だからといって練習会の目的は、パラリンピック選手を育てることではありません。もちろんパラリンピック出場を目指すというのは、モチベーションとしてはいいことだと思いますが、練習したからといって、誰でもパラリンピックに出られるわけではないですから。“スタートラインTOKYO”は、義足を履いていてもスポーツが楽しめるということを知るための入り口にしたいんです。陸上競技に固執しているわけではないのですが、走ることはすべての基礎になるので、それを薦めているのです。走れれば、卓球だって野球だってできる。しかも身体能力も上がりますし、気持ちも変わってくる。そういう人が増えることが、一番重要だと思っています」

たまたま義足の調整で訪れた村上さやか選手(長谷川体育施設陸上競技部)。東京2020パラリンピック日本代表候補の一人である彼女の義足も、臼井氏が長年手掛けてきた。

ニーズに応えるには
義肢装具士が試行錯誤するしかない

もはやスタートラインTOKYOの取り組みは多くのメディアに取り上げられ、30年近い臼井氏の活動は、大きなムーヴメントになろうとしている。加えて臼井氏は、パイオニアとして走るための義足開発も行ってきた。ランニング用の義足がまだ一般化していなかった時代から、いち早く研究、開発をしてきた経緯がある。

「自分が義足作りを始めた80年代は、全然情報がなかったですね。あるのは、義肢業界の学会誌とか、パーツメーカーからもらう冊子とか、そういうものでした。たまにアメリカ人やドイツ人が義足でパラリンピックに出場したとか、そういう記事を目にするぐらいで、どんな経緯で作られた義足がどのように活用されたとか、そういう細かな情報はありませんでした。スポーツ義足を作るにあたっては、もちろんいろんな前例を調べて自分なりに研究を進めてきましたけど、スポーツ用に限らず、義足は一人一人ニーズが細かく異なるので、結局は担当の義肢装具士が、それを実現させるために独自に試行錯誤するしかありません。ダンスをやりたい、バイクに乗りたい、泳ぎたい、というようにみなさんの想いは違う。それを叶える小さな約束を果たすのが、義足作りのような気がします。その積み重ねでここまで来ました」

家にいるのは1年で3日ぐらいです(笑)

あらゆるユーザーの希望に真摯に向き合い義足作りをしながら、クラブチームの運営、国際大会に出場するトップクラスの選手の相談にも乗る。臼井氏の活動はとにかく幅広く、驚くほど多忙に見える。実際、還暦を過ぎた今も仕事量は増えているという。

「今、同時進行で25人ぐらいの義足作りやケアをしているんですよ。もちろん若い人にも手伝ってはもらっていますが、正直、数年前より今のほうがさらに忙しいですよ(笑)。相談も増えていますし、スポーツをやってみたいという方も増えています。スポーツだけでなく、高価な義足を作ったけど、うまく歩けないとか、そういう相談も多いです。様々な要望に応えてイベントなどを企画していたら、ここ15年ぐらいまともに休みを取っていません(笑)。家に丸々いるのも年に3日ぐらいじゃないですかね。でもやりがいがあるんですよ。走れるようになって、みんなが元気になっていく姿を見るのはいいものです」

「ほぼ休みはない」と笑いながら話す臼井氏。全国から、あらゆる相談が絶えることはないという。

多忙を極める臼井氏の活動を見るだけでも、東京2020へ向けて、パラスポーツは盛り上がりを見せているように感じる。義足を履いていてもランニングを積極的にしたいという人が増えていると聞くと、日本は環境的にも充実しているような印象もある。ところが、現実はそうではなく、まだまだ課題が山積みだという。

「ウチに通っている義足ユーザーは3500人ぐらいいるのですが、スポーツに関わろうとして練習会に参加している方は、そのうちの100人程度です。全国で考えたら下肢切断者6〜7万人ぐらい。その多くが走ったりスポーツをしたりすることとは無縁の生活をしています。もっと競技用の義足に接する機会が必要ですし、話を聞いてくれたり提案をしてくれる義肢装具士の数も増やさなければならない。そうしないと次のステップに行けないと思います」

自分の満足度は、
まだ65点ぐらいですかね

スポーツ用の義足がどうやって手に入るかという情報も今はまだまだ足りていない。実際に履いてみると、どういう感覚になるのか? そういったことを体感できる機関も病院も少ないのが実情だ。もっと気軽にスポーツ用義足が体感できる環境があれば、積極的に体を動かすことを楽しむ人も増えるはずだ。そうなれば、必然的にパラアスリートを目指す人も増えるのではないか。

こちらは、臼井氏が手掛けた最新のランニング用義足。ミズノと今仙技術研究所が共同開発したもので、日本人の体型に合わせて、板状の足部の曲線をできるだけ小さく仕上げているという。

「パラリンピックに出場するようなトップクラスの選手には、もちろんスポンサーが付いたり支援の話も多いとは思うのですが、どちらかというとその前の育成のところをもっと充実させないと、パラスポーツ全体が伸びていかないと思っています。スポーツ用の車いすや義足が今よりも手に入りやすいシステムが必要ですし、義務教育の段階からスポーツをやりたい人たちが積極的にトライできるような行政や公費のサポートも大切です。“スポーツは趣味”というような捉え方は、改めていかなければならないと感じています」

日本で指折りのキャリアを持ちながら、今も現場で活躍している臼井氏。これからも後進の指導も含め、やりたいことは尽きないという。東京2020はもちろん、その先も義足の新たな可能性を追求することに変わりはない。仕事のペースや量を今よりも落としていくつもりもまったくないそうだ。

義足のパーツや試作品などが所狭しと置かれている研究室。臼井氏はこの場所とリハビリ室、製作室、屋上のランニング用施設などを日々休みなく動き回っている。

前編はこちら

臼井二美男(うすい・ふみお)
1955年、群馬生まれ。大学を中退後に、28歳で義肢装具士を目指し東京身体障害者福祉センター(現公益財団法人鉄道弘済会 義肢装具士サポートセンター)に入社。1989年から、それまで日本になかったスポーツ用義足の開発・製作を開始する。1991年、切断障がい者を対象としたランニングクラブ“ヘルスエンジェルス(現スタートラインTOKYO)”を設立。自らが先頭に立ち、義足ユーザーがスポーツすることの大切さを説いてきた。また、ランニングに関わらず、ユーザーの様々な要望(水泳、マタニティ、バイク、ファッションショーなど)に合わせた多くの義足を開発。2000年のシドニー大会以降は、パラリンピック日本代表のメカニックスタッフとして同行している。

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 増元幸司)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

RECOMMEND あなたへのおすすめ

プロダクト PRODUCT

空飛ぶタクシーも夢じゃない 官民一体となって進む「空飛ぶクルマ」の移動革命

吉田直子

2020年8月に、日本政策投資銀行等から39億円の資金調達を受けたことを発表した株式会社SkyDrive。産業用のカーゴドローンと並び、人を乗せて飛べる大型ドローン「空飛ぶクルマ」(SD-03)の開発で大きく注目されている。同機はこの夏、すでに有人実証実験も成功させた。エアモビリティ社会の実現を誰よりも待ち望む編集長・杉原行里が、SkyDrive代表の福澤知浩氏に「空飛ぶクルマ」の未来図を聞く。

「空飛ぶクルマ」にこだわるワケ

杉原:はじめに、人を乗せて飛ぶドローンについて伺いたいです。僕は福澤さんが描いているような未来を待ち望むひとりなのですが、一般への浸透具合としてはまだまだ「ドローンに人を乗せて飛べるの?」「ヘリコプターと何が違うの?」という方も多いので、初歩的なところからお聞かせいただけますか。

福澤:まず初めの質問、ドローンに人を乗せて飛べるか?というところでは、飛べます。通常、ドローンは5kgくらいですが、我々がいま開発しているカーゴドローンは、30~40kg程度運べます。プロペラの面積に比例して推力がほぼ決まるので、プロペラが大きいほど重いものが運べます。我々の製品は結構大きくて、人が乗っても問題ない推力になります。ですから、技術的な面から言えば、飛べるという答えとなります。

SkyDrive社の空飛ぶクルマ「SD-03」。2020年8月に、愛知県豊田市の豊田テストフィールドにて有人飛行試験が行われた。
©SkyDrive/CARTIVATOR 2020

ただ、やはり安全性が一番の懸念ですので、まずは、どんなシステムトラブルがあったとしても、飛び続けられるということを目指しています。その安全性レベルをボーイング、エアバスレベルに上げていくと、航空機とみなされて、一般の方を乗せて飛べるようになる。当社は2023年度にそこまで到達することを目指しています。

2つ目の質問、ヘリコプターとの違いをお伝えするために、まずヘリコプターが優れている点を挙げると、遠くまで行ける、重いものを運べるという点ですね。それに対し、空飛ぶクルマの利点は、電動なのでエンジンがなくて静か、着陸スペースが少なくて済むこと。ヘリコプターは斜めに降りたりしますが、空飛ぶクルマは完全に垂直に降りるので、離発着のスペースが確保しやすい。また、ヘリコプターはホバリングがかなり難しいのですが、空飛ぶクルマはホバリングが自動ですから、行きたい方向だけ操作すればいい。ヘリコプターのラジコンよりもドローンを操縦できる人が圧倒的に多いというのと同様に、空飛ぶクルマの操縦は簡単で自動化もしやすい。そのあたりが強みですね。

杉原:「エアモビリティ」「共生社会」などの表現もありますが、御社が空飛ぶクルマという表現にこだわっている理由はありますか?

福澤:理由は2つあります。飛行機はハレの日に使うモビリティで、それに対して、車は日常的に使えるモビリティですよね。車のように使えるということで、「クルマ」と名付けています。もう1つは、今は飛ぶだけの機体を作っているのですが、サイズがコンパクトなので、実は地上も走れるんです。地上も走って空も飛べる、現在の車の延長線上という位置づけです。

杉原:今、一気に世界各国でエアモビリティ競争が始まっています。その中で御社が掲げた「2023年度に人を乗せる」という目標は、市場調査などを見たなかではかなり早い方だと思いますが、それは可能なんでしょうか?

福澤:そうですね。可能だと思っていて、僕たち以外にもいくつかのプレイヤーがそれを目指しています。モーターやバッテリーを中心とする部品の成熟度と、それの組み合わせが要素だと思うのですが、ここ3~5年くらいで急激に部品の成熟度が上がってきて、さらに、スマホの普及で精度の高いセンサーの価格が100分の1とか10000分の1とかに落ちている。

杉原:今の質問は意地悪な意味ではなくて、僕は必ずエアモビリティ社会は起きると信じているんです。世界的には同じような競合他社がすでにサービスを展開したりしているんですか?

福澤:人を乗せている会社は、今はないです。ただ、我々が認識している限り、2020、23年あたりにスタートすると宣言している会社が2、3社あります。といいつつも、この手の開発分野のものはだいたい遅れるのですが(笑)。

杉原:宇宙開発と一緒で、遅れますよね。

福澤:はい。それで、みんなが同じようにスタートするとしたら、僕たちもトップ集団にはいるかなと。最初は運航の環境を限定して、安心・安全をキープしながらデータを蓄積しつつ改善し、アップデートしていくのが早いのではないかと思います。100%の機体を作る、そのぶん遅くなっても仕方ないという考え方もありますが、やはりベンチャーなので早めに出して回しながら圧倒的に拡げていくほうが当然よいと考えています。

杉原:それはそうですよね。だって大企業ができないことをやらないと意味がないですよね。大企業はエビデンスがないことに対して投資できない、稟議を通せない。でも、稟議なんて、我々のような規模の会社だったら福澤さんや僕だけじゃないですか。

福澤:そうだと思います。

ドクターヘリの代替にもなり得る

杉原:例えば電気自動車が流行ってきた理由に、電源供給のポートがどんどん増えてきたことがあると思うのですが、日本のエアモビリティ社会でのポートはヘリコプターと共有ですか。それとも遊休地を使っていくのでしょうか。

福澤:僕らが最初に飛ばすことを考えているのは、大阪の海上飛行ルートなんですね。大阪湾周辺にはポートとして活用できるスペースと場所がいくつかあって、そこを転用しようと思っています。ある意味、遊休地ですね。川や海の上の方が非常時に着陸しやすく、住んでいる人たちの理解も得やすいという観点で選んでいます。それ以外はヘリポートだったらどこでも止まれますし、あとはヘリ―ポートほどの面積が不要なので屋上が余っているところなどを使えるのではないかと。

杉原:面白いですね。日本はヘリコプターを導入している実績が世界ランキングのトップ5、トップ10レベルだと思います。ですから、上空を飛ぶことに対する理解はあると思うのですが、さきほどおっしゃった周辺に住んでいる人たちの理解度という話でいえば、倫理観とかと戦っていかなきゃいけないと思います。そのへんは、どれくらいの早さで受け入れてもらえると思いますか。

福澤:2023年度に大阪で飛ばすことに関しては積極的に官民の関係者と協議を進めているので、実現可能にかなり近いと考えております。ただ、見上げたらたくさん飛んでいる状態になった時に「落ちてこないの?」「空が汚くなっちゃうね」「うるさいんじゃない?」という懸念が出てきますが、そこはなかなかコントロ―ルできません。「空飛ぶクルマ」という単語を使うのは、その観点でも利用者側のイメージが湧きやすく、新しい移動モビリティだけどなじみやすいと考えています。

杉原:僕は緊急性を有している所にイノベーションが起こりやすいと思っているのですが、御社は災害に対するアプローチはされていますか。

福澤:ドクターヘリの代替はあり得ると思っています。ドクターヘリは運航費だけで年間約2億円かかるのですが、空飛ぶクルマは1台あたり約3千万円程度を想定していて、買ってしまえば終わりです。俄然コストパフォーマンスがいいので、そういう観点ではアリですよね。

杉原:どんどん普及していけば価格が落ちて、その時に車と一緒で、軽自動車を買って、ハイブリッドを買って、スポーツカーを買って、みたいになると思うのですが、狙うところはどのへんですか?

福澤:やはり小型乗用車のトヨタ・ヴィッツ系ですね。誰でも簡単に乗れる手軽なものです。主婦のかたや子どもでも興味を持つようにしたいと思っていて、デザインも、クールなフォルムでありながら、日常になじみやすい感じをだすようにしています。

杉原:ということは、フェラーリやポルシェのようなものが出てくると、より比較がしやすくなりますよね。

福澤:そうなります。僕たちのゴールは、日常的に空を自由に使えるようになるということ。コンパクトで誰もが使いやすくて、買いやすいモビリティであり、サービスがいいなと思います。

杉原:今後もうひとつ必ず出てくるのが、ライセンスだと思います。ライセンスは、航空機を運転するときに付帯するラインセンスになるのか、それとも新しくライセンスを発行していくのか。

福澤:現時点では、ライセンスは不要にしたいと考えています。自動運転だからそもそもライセンスはいらない、という方向にしていきたい。逆に操縦者は誰かというと、遠隔のパイロットか、完全にAIか自動運転という感じになるだろうと。ただ、最初の数年間は安全性担保のためにパイロットライセンスを持った人が万が一のために操縦できるようにしたいと考えているので、新しいライセンス基準を作っていきたいと考えていますが、基本的にはドローンの操縦スキルと危険・緊急時の回避ができるスキルというふうにできると思うので、結構ライトなものになると思います。

誰もが気軽に
空を飛べる社会をめざして

杉原:2030年度くらいには多くのエアモビリティが地方や海上を中心に制空権をとりながら、2040年度くらいには当たり前の文化になっているとされています。結構遠いですね。もう少し早められませんか(笑)。

福澤:スマホと一緒でスマホが登場したのはもう10年以上前で、今は誰でも持っているじゃないですか。アーリーアダプターな人は購入も早かったと思うんです。ですが、そうでない方たちはこれでいうと「いまだに空飛ぶクルマっていう単語すら聞いたこともない」という人たちだと思うので、その方々が使うまでが2030年度と考えています。

杉原:最後に、御社のめざす未来というのをお聞かせください。

福澤:みんなが気軽に、安全に安心して空を飛べるという時代をもってくることですね。

杉原:ぜひ、早くお願いします!(笑)

福澤:はい。ぜひ2023年度に大阪で乗って頂けたら嬉しいです。

<プロフィール>福澤知浩(ふかざわ・ともひろ)
株式会社SkyDrive代表取締役。東京大学工学部卒業。トヨタ自動車にて自動車部品のグローバル調達に従事。同時に多くの現場でトヨタ生産方式を用いた改善をし、原価改善賞受賞。2014年にCARTIVTORに参画、共同代表に。2017年に独立、製造業の経営コンサルティング会社を設立後、20社以上の経営改善を実施。2018年にSkyDrive創業、代表取締役に就任。

(text: 吉田直子)

(photo: 増元幸司)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

PICK UP 注目記事

CATEGORY カテゴリー