コラボ COLLABORATION

100分の1秒を左右する“陸上選手のためのグローブ”とは?伊藤智也×RDS社【究極のレースマシン開発】Vol.3

岸 由利子 | Yuriko Kishi

北京パラリンピックで金メダル2個、ロンドンパラリンピックで銀メダル3個を獲得し、世界の頂点に立つも、引退を表明した車いす陸上スプリンター・伊藤智也選手。今夏、約5年の沈黙を破って、HERO X上で現役復帰を発表し、「57歳で迎える東京2020で金メダル獲得」を目指して、着々と準備を進めている。そんな伊藤選手と共に、RDS社は、エクストリーム・スポーツのマシン開発に精通したエンジニアや気鋭のプロダクト・デザイナーらと「チーム伊藤」を結成し、目下、通称“レーサー”と呼ばれる車いす陸上用マシンを開発中だ。世界に1台のレーサー・伊藤モデルの行方はいかに?今回は、RDS本社で開かれた2度目の研究開発ミーティングのもようをお伝えする。

ハンドリムとは、ホイールの内側に固定された駆動輪のこと。手に装着した樹脂製のグローブでこの輪を蹴ることで、マシンは走行する。

伊藤智也の熱い歴史から生まれた、
新たなグローブの試作

この日、もう一つの課題があった。「滑らず、耐久性に優れたグローブが欲しいです」。キックオフ・ミーティングで、伊藤選手からヒアリングした要望を基に製作したグローブの試作を、実際に試してもらうことだ。

マシンと同様に、グローブは、車いす陸上アスリートにとって“片腕”とも言える重要な道具。ハンドリムをこぐ時に車輪にあたる角度や、両手へのフィット感など、ミリ単位の微差が、走行スピードを含むパフォーマンス力に大きく影響してくる。しかし、驚くことに、伊藤選手がこれまで愛用してきたのは、なんとお手製のグローブ。プラスチック樹脂を溶かし、高温の状態のまま手にかけて型を取るという大胆な手法で自ら作ったグローブと共に、北京大会やロンドン大会で疾走し、数々の栄光を勝ち取ってきたのである。

伊藤選手作の使い込んだグローブ(左)と試作の一つ。

「やけどなんて、しょっちゅうでしたね。でも、その方法しか知らなかったから、当然のこととしてやってきました。自宅の台所で、鍋に樹脂を入れて、グツグツ煮込んで、バシャーっと手にかけるんです(笑)」とあっけらかんと話す。今回、開発チームが用意した試作の数々は、そんな“熱い”歴史が刻まれたグローブを基に製作されたものだ。

伊藤選手は、室内用練習用のマシンに乗り、試作グローブの感触を次々と試していった。「これは、ジャスト・フィットだから、あと1ミリ程度の余裕があるといいかな。長時間練習していると、痛くなると思う」、「ここは、ちょっと肉厚かな。削れるところはなるべく削りたい。軽ければ軽い方が好ましいです」と、体で感じたことを瞬時にデザイナーらに伝えていく。

「これ、エエなぁ!リムのキャッチングが、凄く良い。位置が決まるわ!」と、大きな声の関西弁が飛び出した。一つ気に入ったものが見つかったのだ。ここでいうキャッチングとは、グローブがハンドリムを蹴る時の、接地面の馴染み具合を意味する。

「でもね、キャッチングの良さ“イコール速さ”とは限らないです。現段階で確かに分かるのは、ここ(親指を入れるパーツの上部面)を水平より5度くらい上げた方が、ハンドリムをこぐ時にブレーキになりにくく、よりスムーズに入っていけるということです。あくまで僕の感覚ですけれども」

他にも、グローブの素材やグリップ部分に付けるゴムの材質などについて、ディスカッションが行われた。伊藤選手によると、ホームセンターなどで入手できる強力なゴム素材でも、100mを一回走るだけで簡単に破れてしまうというから、どれだけ凄まじいパワーでこいでいるのかが伺える。現状、耐久性に優れていて、なおかつ柔らかいフィット感を叶えているのは、ハーネス(Harness)という車いす競技用グローブメーカーのゴム素材だけだそうだ。

「何が正解かはまだ分からないけど、トップスピード37kmを出せるグローブなら、金メダルを狙っていけるんじゃないかと思います」と伊藤選手。今回得たさまざまなフィードバックを基に、開発チームは、さらなる改良を重ねていく。日を追うごとに、進化していく伊藤選手のオーダーメード・高速マシン。次回は、ハンドリムとグローブの実装実験を行い、最もふさわしい形状を探り出していく。

vol.1  獲るぞ金メダル!東京2020で戦うための究極のマシン開発に密着

vol.2  選手と開発者をつなぐ“感覚の数値化”

vol.4  フィーリングとデータは、分かり合えるのか?

伊藤智也(Tomoya ITO)
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。若干19歳で、人材派遣会社を設立。従業員200名を抱える経営者として活躍していたが、1998年に多発性硬化症を発症。翌年より、車いす陸上競技をはじめ、2005年プロの車いすランナーに転向。北京パラリンピックで金メダル、ロンドンパラリンピックで銀メダルを獲得し、車いす陸上選手として、不動の地位を確立。ロンドンパラリンピックで引退を表明するも、2017年8月、スポーツメディア「HERO X」上で、東京2020で復帰することを初めて発表した。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 増元幸司)

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今を生きる読者に、HERO Xが伝えていくべきこと。【HERO X RADIO vol.30】

HERO X 編集部

ウェブマガジンの枠を超え、リアルに会い、リアルに繋がり、リアルに広がるしかけを作り出すメディア「HERO X」のラジオ番組『HERO X RADIO』。前回第29回のアーカイブ動画を公開、また次回第30回の収録は6月26日(金)となっている。

「一歩先の知・学び」とは?

リアルと繋がる場としてスタートしたラジオ番組『HERO X RADIO』は、Shibuya Cross-FM(http://shibuyacrossfm.jp/)にて、毎週第2・第4金曜 13:00-13:50 にオンエア中。渋谷のシダックススタジオから生放送でお届け、ネットからのリアルタイム視聴もできる。

第30回となる今回は、いよいよ来月から始まるHERO Xのコンテンツリニューアルについて、HERO X編集長・杉原行里とプロデューサー・佐藤勇介が語りつくす。リニューアルで目玉となるのは「特集記事」。ひとつのテーマに沿ってより深掘りしていく記事を読者に提供したい、その真意とは? 「一歩先の知・学び」について熱くディスカッションしていく。

東京2020延期を好機にする

東京アラートが解除された翌日の放送となった第29回の放送ではゲストに根木慎志さんを迎えて盛り上がりを見せた。杉原と佐藤は声を合わせて大好きだと紹介。

また、本日公開となった前回放送分を含め、これまでの放送はこちらで視聴できる。
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過去の放送はこちら:https://www.youtube.com/watch?v=k-HQFyhlQr8
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根木慎志(ねぎ・しんじ)
1964年9月28日、岡山県生まれ。シドニーパラリンピック車いすバスケットボール元日本代表チームキャプテン。現在は、アスリートネットワーク副理事長、日本パラリンピック委員会運営委員、日本パラリンピアンズ協会副理事長、Adapted Sports.com 代表を務める。2015年5月、2020年東京パラリンピック大会の成功とパラスポーツの振興を目的として設立された日本財団パラリンピックサポートセンターで、推進戦略部「あすチャレ!」プロジェクトディレクターに就任。小・中・高等学校などに向けて講演活動を行うなど、現役時代から四半世紀にわたり、パラスポーツの普及や理解促進に取り組んでいる。

自粛期間中の過ごし方から始まり、根木さんは当初は「出来ないこと」にストレスを感じていたが、次第に「出来ること」を積極的に探すようになったと語る。東京2020に向けて動いていた杉原と佐藤、そして根木さんは大会延期が発表された瞬間どこで何をし、どんなことを考えていたのか?

後半は、東京2020が延期になったことで手に入れた1年間で、自分たちに何ができるのかという議論が白熱。また根木さんがWF01に乗り、始めて銀座の街に繰り出した日の思い出話に花が咲いた。そこで出会った、杉原が夜寝られなくなるほど興奮したある人物とは?

その後、話題は7月からHERO Xが新たにはじめる特集企画に合わせ、「モビリティ」へ。「課題解決のために移動の選択肢を増やすとターゲットが変わる」という佐藤の一言から新しい企画の案が次々に出され放送時間はぎりぎりに。3人の大きな掛け算により、誰もが自由に移動手段を選択できる世の中に変わっていきそうだ。

(text: HERO X 編集部)

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