コラボ COLLABORATION

フィーリングとデータは、分かり合えるのか?伊藤智也×RDS社【究極のレースマシン開発】Vol.4

岸 由利子 | Yuriko Kishi

車いす陸上スプリンターの伊藤智也選手とタッグを組み、エクストリーム・スポーツのプロダクト開発に精通したエンジニアやデザイナーらと共に、「チーム伊藤」を結成したRDS社。今秋より、同社がスタートした伊藤選手のオーダーメード・マシン開発の軌跡を追う本連載も、今回ではや4回目。パラリンピックの北京大会で金メダル獲得、ロンドン大会で銀メダル獲得という栄光の記録を新たに塗り替えるべく、伊藤選手の復帰の舞台となる「東京2020」に向けて加速するマシン開発の裏側を紹介する。

“感覚の数値化”から生まれた、
試作の数々

前回のミーティングでは、伊藤選手の既存のマシンを基に、“しなり”を含むマシンの動きや、走行中の伊藤選手のフォーム、力の分散バランスなどの力学的なデータを、3Dスキャナーやモーションキャプチャ、フォースプレートなどの機器を使って計測した。それから1ヶ月、RDS社の先行開発部は、それらのモーションデータを元に、「感覚を数値化」するべく、多角的な解析作業を行い、3パターンのハンドリム(駆動輪)と、2種類のグローブの試作を開発した。

ハンドリムとグローブは、いわば、車いす陸上用マシンの要。グローブでハンドリムを力強く“蹴る”ことで、マシンは走行し、加速していく。第3回目となる研究開発ミーティングでは、グローブがハンドリムに接地する角度や位置、接地面積など、緻密な調整を凝らした試作の実装実験が行われた。

感覚の数値化を伊藤選手や開発チームのメンバーと共有するために、RDS社先行開発部の岡部卓磨氏から、データ解析とハンドリムの試作の経緯についての説明が行われた。

「先月のテストで得られたデータをCAD上に落とし込み、二次元で可視化していきました。グローブがハンドリムに接触を開始する時と、リリースする手前とで、伊藤選手の親指の角度に変位が見られたので、ハンドリムの断面形状をその2箇所と中間点から抽出し、パターン1~3の試作開発に活かしてみました」

ハンドリムの試作は、中央が山なりになったもの、内側、あるいは外側にやや傾斜したもの、と異なる形状に仕上がっている。実装実験では、これらの違いと、グローブとの関係性が、駆動力にどのような変化を与えるのかを検証していく。

20年のアスリート人生の結晶と、
最先端テクノロジーの確かな融合

試作の一つを試すと、「このグローブ、相当エエんとちゃうかな。(ハンドリムに当てながら)、キャッチングの良さが全然違う」と伊藤選手。これまで伊藤選手は、自作のプラスチック樹脂製のグローブを使っていた。使えば使うほど、傷みも生じる消耗品ゆえ、新しいグローブが必要となれば、その都度、高温の樹脂を手にかけて型をとるという荒削りな方法で作ってきた。だが、自分の体のことを誰よりもよく知っている本人が作ったものだけに、グリップ部分は、吸い付くように伊藤選手の手によく馴染んでいる。開発チームは、この形状を活かそうと、既存のグローブを3Dスキャンにかけ、「親指を入れるパーツの上部面を5度上げたい」という伊藤選手からの要望を取り入れた試作を開発した。

手前がハネナイト。奥がハーネス。

さらに、ゴム素材にもこだわった。耐久性に優れ、かつ馴染みの良いゴムとして、伊藤選手が愛用してきたハーネス(Harness)の間に、衝撃吸収性の高い“ハネナイト”という名のゴムをクッションとして挟んだ。ハーネスのゴムシートの上で、ソケットレンチを垂直に落とすと、ポーンと軽く跳ね上がる一方、「ドスッ!」と音を立てて沈むほど、ハネナイトには、強力な衝撃吸収力がある。

「エキスパートとのマシンの開発って、本当に面白いですね。このグローブ一つにしても、僕の20余年の結晶と今の最先端テクノロジーが確実に融合しているので。本当に、ジャストフィットです」と満足げな様子の伊藤選手。

「フィーリングは、
めちゃくちゃエエ感じ」

「僕たちのミッションは、伊藤選手のこぎ方に合ったものを極限まで最適化していくことです。なので、伊藤選手、いつも通りにこいでください。それでは、始めましょう」と話すのは、開発の指揮を執る同社クリエイティブ・ディレクターで、HERO X編集長を務める杉原行里(すぎはら・あんり)

今回も、伊藤選手の感覚を数値化するために、モーションキャプチャでデータを計測しながら、実装実験は進められた。

「(こいでいる時の)フィーリングは、めちゃくちゃエエ感じです。“入り”と“抜け”の感覚が異常に良い。ただ、右が滑ります。左はそんなに滑ってないかな。おそらく材質の問題だと思います。それ以外は、めちゃくちゃこぎやすいです」

伊藤選手の言う入りとは、グローブがハンドリムに接触し始める時で、抜けとは、グローブをハンドリムからリリースする時のこと。インターバルを挟みながら、繰り返しこいでみたが、やはり滑るようだ。

「ペーパーで削って、バーナーで炙ると良くなるかもしれません」と、ハンドリムを自ら調整し始めた伊藤選手。今回の試作に使われているのは、自転車タイヤのゴム。炙ると、新しいゴム特有のぬめっと滑る感触は改善された。

その後も、実装実験は続けられた。グローブには、親指を入れる面と、人差し指と中指を入れる面の二つがあるが、後者でハンドリムを回そうとすると、滑ってしまい、全力でこぐことができないという状況が続いた。ハンドリムに使用したゴム素材とグローブ形状の相性が思わしくなかったことが原因である。

スローモーションの映像で、ハンドリムとグローブの接地具合を確認中の岡部氏(左)。

「断面が山型になっているパターン1のハンドリムに関しては、グローブインパクト時(グローブがハンドリムに接触する瞬間)、スムーズにこぐ動作へ移行できるという良いフィーリングを伊藤選手に感じてもらうことができました。ハンドリムという回転するパーツをさらに加速回転させるためには、いかに抵抗なく、減速させずに力を入れていくか。これが、キモになってきます。本来の目標であるハンドリムの駆動力向上データの取得は叶いませんでしたが、その一方、新たな試作を作る上で大切な要素の確証を得られたことは、大きな収穫です」と先行開発部の岡部氏は、実装実験の結果について話す。

この日、テスト終了後に行った3Dスキャンデータを基に、開発チームは、パターン1のハンドリムの本仕様の設計と、グローブに使うゴムを含める素材について再検討を進めている。果たして、心置きなく全力疾走できるマシンが、次回はお目見えするか?引き続き、「伊藤モデル」の開発過程を追っていく。

vol.1  獲るぞ金メダル!東京2020で戦うための究極のマシン開発に密着

vol.2  選手と開発者をつなぐ“感覚の数値化”

vol.3  100分の1秒を左右する“陸上選手のためのグローブ”とは?

伊藤智也(Tomoya ITO)
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。若干19歳で、人材派遣会社を設立。従業員200名を抱える経営者として活躍していたが、1998年に多発性硬化症を発症。翌年より、車いす陸上競技をはじめ、2005年プロの車いすランナーに転向。北京パラリンピックで金メダル、ロンドンパラリンピックで銀メダルを獲得し、車いす陸上選手として、不動の地位を確立。ロンドンパラリンピックで引退を表明するも、2017年8月、スポーツメディア「HERO X」上で、東京2020で復帰することを初めて発表した。

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 増元幸司)

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車いすからモビリティへ。RDSの描く未来の“あたりまえ”を、CHIMERA GAMESで体験!

川瀬拓郎

昨年からCHIMERA GAMESに本格参加しているHERO X。今年もHERO X ZONEと名付けたブースを設け、話題のMEGABOTSをはじめ、RDSが手がけている様々なプロダクトを展示。いくつかのモビリティは試乗体験も行われ、たくさんの来場者で活況を呈していたRDSブースをリポートする。

東京2020の正式種目として追加され、大きな注目を浴びるようになったスケートボードやBMXといったエクストリームスポーツ。とはいえ、野球やサッカーと比べれば、まだ認知度は低い。そうしたマイナースポーツの魅力を身近に感じてもらうために、音楽を含めたストリートカルチャーと融合させた、アーバンスポーツ・フェスティバルがCHIMERA GAMESだ。世界で一番、ボーダーレスなメディアを目指す” HERO X の本格参加によって、スケートボード、BMX、インラインスケートといった競技に、Wheel Style と名付けた車いす競技やパフォーマンスが加わることで、まさに垣根を超えたイベントへと進化。福祉関係やエンジニア向けイベントへの出展が多い RDS だが、HERO X ZONE での展示によって、普段は車いすに関心の薄い人も数多く訪れ、活況を呈していた。

バージョンアップした
CYBER WHEELに大興奮

今回の目玉となるのは、昨年11月に渋谷で行われた超福祉展で披露された CYBER WHEEL の進化版である CYBER WHEEL vol.21 to 10(ワン・トゥ・テン)と RDS で共同開発し、千葉工業大学の fuRo(未来ロボット技術研究センター)の協力も得た、いわばトリプルコラボとなるプロダクトのプロトタイプモデル。体験者は映画『トロン』を想起させる車いすに座り、VR モニタを装着。実際に車輪を操作し、身体を左右させることで、CYBER WHEEL を操縦する。3DCGで描かれた、2020の舞台でもある東京の名所を時速60kmもの猛スピードで駆け抜ける体験が可能に。

普段、車いすに馴染みのない人が、単純にかっこいい、乗ってみたい!と思わせる先鋭的なデザインと先端のVR技術が融合した新しいエンターテイメントとして人気を博していた。小さな子供はもちろんその親たちまでが、没入していた姿が印象的だった。

RDSブースを訪れていた、アルペンスキーのメダリストである村岡桃佳選手と森井大輝選手も CYBER WHEEL Vol.2を体験。1 to 10のメンバーもアテンドに当たり、障がいのある人もそうでない人も一緒になって、未来のモビリティを楽しんでいた。

レーシングチームのメンバーのように、揃いのポロシャツとキャップを着用した RDS の中村氏。同ブースで多くの来場者への説明とサポートを行っていた。同社代表でHERO X編集長の杉原行里が掲げる理念を、全社員がしっかり共有していることがその語り口からうかがえた。

奇想天外なプロダクトを
一堂に介したブース内

車いすに取り付けることで、車いす利用者もサイクリンが楽しめるのが、こちらの RDS Hand BikeWheel Styleで見事なパフォーマンスを披露した、松葉杖ダンサーのダージン・トマーク選手と森井選手が、興味深そうに体験していた。

従来の車いすの概念を覆す、RDSが誇る最新鋭モビリティWF01も展示。すでに数々の展示会やイベントで大きな反響を得ていたプロダクトだが、車いすに馴染みの薄いスポーツファンの目にも、スポーツカーを想起させるデザイン新鮮に映っていたようだ。

かつてない驚きと興奮をもたらした
電動式モビリティ

前述の WF 01 から派生した試作機である WF 01 mark4 は、なんと時速40km以上で走行可能。試乗した誰もが、予想外の速度とスムーズな動作に息を飲み、歓喜の雄叫びを上げていた。CYBER WHEEL Vol.2とともに大いに盛り上がっていた。

リチウム電池で駆動する電動モーターを備え、充電なしで半日以上動作するという。足に装着するコントローラーで、簡単に方向とスピードを調整できる。MEGABOTS社のマット氏も童心に返ったように、WF 01 mark4 でのドライブを楽しんでいた。

開かれたコミュニケーションで
“ワクワク”を共有

2020以後を見据えて、車いすのネガティブなイメージを払拭する先鋭的プロダクトを数多く開発していきた RDS。実用化や製品化に伴う様々な障壁は依然として高いものの、障がい者と健常者という垣根を取り払い、誰しもがワクワクして乗りたくなるモビリティを提示し続ける姿勢は少しもブレがない。CHIMERA GAMES という、エクストリームスポーツを主体としたイベントへの参加により、より開かれた形で、多くの来場者に未来のモビリティを訴求できたことは間違いない。

(text: 川瀬拓郎)

(photo: 増元幸司)

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