対談 CONVERSATION

医療テックを取り入れた病院たち 医師とチャットができる心電図

HERO X 編集部

健康診断の定番検査の一つともなっている心電図。オランダの医師、アイントーベンによって考案されてから間もなく120年が経とうとする。心筋梗塞や狭心症発作など、私たちの命を支える心臓の疾患を見つける役割を果たしてくれているのだが、近年では体温計のように手軽に心電図を計測できるものが市場にも出回りはじめた。そんな中、ただ異常を知らせるだけでなく、データを基に医師とのコミュニケーションが図れるサービスに発展させた企業がある。いったいどのようなサービスなのか。実際に導入しているさいとう内科・循環器クリニック院長・齋藤 幹氏と、自宅で手軽に心電図データが取れる「心電くん」を開発したSIMPLEX QUANTUM株式会社 取締役・白土 稔氏に話を聞いた。

リアルタイムでクラウドにデータを保管。
医師側もアクセス可能

杉原:まずはこの「心電くん」というのはどんなプロダクトになるのでしょうか?

白土:我々の心電計測器は棒状になっていて、この棒を握ることで心電図が計測されるというものです。この中には携帯電話でも使われているSIMが入っていまして、取得した心電図データを、携帯回線を通してクラウドに保存することができます。クラウド上にはAIが動いており、計測した心電図をリアルタイムで解析し、その結果を計測器で表示するというところまで行なうようになっています。

杉原:つまり、計測して終わりではなく、結果がどうだったかという所まで教えてくれるということですか?

白土:そうです。

杉原:そもそも、こちらの会社は心電図の計測をすることを目的に立ち上がったのでしょうか? 少し成り立ちを教えていただけますか。

白土:当社は元々は、生体センサーや半導体チップを開発する会社としてスタートしました。そこから、ハードだけではなくソフトウェアへ進出するため生体センサーを軸にいくつか企画をし、心電図は電極から取れるという話になりました。生体センサーを活用して取れたデータからソフトウェア的に何かできるのではないかと思ったのがきっかけです。そこから、東京大学病院と心電図から心不全を検知するAIのプロトタイプ開発に成功しました。これを「心電くん」の開発に活かしたのです。医療AIを使った医療機器として活用していこうということではじめました。

杉原:今、さらっとAIができたと言われましたけれども、ここは相当難しかったのではないでしょうか?

白土:そうですね、センシティブな生体データを取り扱いますし、正しくアノテーションを付けられるのは医師しかいないんです。ですから、データ管理がとても難しいと思うのですが、私たちの場合は幸い東京大学病院との共同研究として開発したので、東京大学病院の膨大なデータにアクセスできたというのが大きかったと思います。

杉原:こちらは利用者が購入して、携帯電話のように1年契約や2年契約といった形で月々の利用料金を払っていくというものですか?

白土:そうです。今は、AIが心拍の乱れを検知したら、さいとう内科・循環器クリニックにアラートでお知らせし、齋藤先生に心電図を診ていただいた上で、アドバイスしていただく形をとっています。

医師がチャットでアドバイス

杉原:齋藤先生にお伺いしたいのですが、すでに心電図が家庭で取れるデバイスがいくつか出てきている中で、なぜ「心電くん」を使ってみようと思われたのでしょうか?

齋藤先生:私の専門は循環器でして、循環器というのは心臓と血管を見るのが専門で、心不全や心筋梗塞などの病気を抱える患者さんの治療を行なっています。こうした心臓の病気というのは、心電図の波形の乱れで検知できる病気です。元々は病院を受診したときに心電図を取るというのが一般的でしたが、病院での検査は日常の状態とは違いますし、短時間ですから、検査の時には異常な波形が表れないこともあります。そこから、24時間波形が取れるホルター心電計というものが開発されました。これは電極を身体に貼ることで測定してくれるものですが、一日中装着しなければならないため抵抗を感じる方もいらっしゃいます。

杉原:確かに、身体に貼り付け続けるのはちょっと面倒くさいですね。

齋藤先生:その後、小型で持ち運びも可能なものが開発され、動悸を感じた時など、測定したい時に身体に機器をあてるだけで測定できるというものができました。これはもう10年以上になると思います。

面倒な設定もいらないため、シニア世代も使いやすい。使い方が分かる動画説明も公開している。
動画:https://www.youtube.com/watch?v=qx-Tssiy1b8

杉原:小型で心電図が取れるといえば、Apple Watchが話題になりましたよね。気軽に計測できる小型化されたものはすでに出ていたことになりますが、今回の「心電くん」はどんなところが画期的なのでしょか?

齋藤先生:Apple Watchはどうしても利用者側で事前に設定や操作が必要ですよね。しかし、「心電くん」は非常にシンプルで、握るだけで計測でき、データがクラウドに飛んでいく。我々もクラウドにアクセスしてデータを見ることもできますし、「心電くん」を介してチャットで解析結果を直接お知らせすることができるのもいいなと思いました。

医療データ活用は進むのか

杉原:実際に使われる時は、クラウドを経由して先生たちの所に情報が行くというお話しでしたが、先生のところに情報が届くスピードはどのような感じなのでしょうか。

齋藤先生:そうですね、リアルタイムで情報は届きます。

握るだけで簡単に測定。測定中は画面に状況が表示される。

白土:先生側に通知が届くのはリアルタイムなのですが、それを基に先生が患者さんにコンタクトを取るタイミングはそれぞれの先生にお任せしています。

杉原:「心電くん」と契約をしている患者さんにとっては、自宅にいながらにしていつでもすぐに医師のアドバイスが受けられるということですか。
白土:そうなります。心不全というのは一度かかると治らない病気で、継続的な観察が必要になります。日常生活を送るうちに悪化してしまった場合、また病院に戻ってきて診察となるのですが、この診察のタイミングが遅くなると、手遅れになる可能性があります。医師の方からしてみれば、もう少し早く来てくれたら、こんなに大きな治療にならなくて済んだのにというケースもあるわけです。ですから、「心電くん」が異常を早く発見できる手段になればいいなと思っているところです。

齋藤先生:こうして日常から見守りが必要な疾患というのは心不全や不整脈に限らずいろいろとあります。たとえば、糖尿病の場合は血糖値をモニターしていることがあると思うのですが、機器でデータを計測はできても、その情報を見て患者さんの方で判断するというのはなかなか難しいです。数値が悪かった時に医師が判断して適切な指示をするという流れは遠くない将来、あるんだろうなという思いはありました。「心電くん」もその一つだと思います。

杉原:コロナ禍を経て、確かに世の中の潮流として、健康データの重要性や、健康にまつわるデータを集約していこうというものができてきた。例えば、体温を毎日測る習慣がついてきています。これだけ多くの人が毎日体温計で計ることを習慣化したことって、これまでになかったことですよね。

これまで、健康データはマッシュアップされていなかったイメージが強かった。研究レベルでは活用されていたとは思うのですが、一般の人が使えるように落とし込まれていなかった気がしています。「心電くん」は、一般の人がより身近に健康データを活用できる時代に入ったことを象徴する計測器になりそうですね。今日はありがとうございました。

齋藤 幹(さいとう・かん)
さいとう内科・循環器クリニック医院長。北海道大学医学部卒業。東京大学医学部付属病院にて内科研修医をした後、公立昭和病院救急救命センター、国立国際医療センター循環器科、東京大学医学部付属病院循環器内科助教、小平祈念東京日立病院内科主任医長、石川島記念病院循環器内科を経て開業。

白土 稔(しらつち・みのる)
SIMPLEX QUANTUM株式会社 取締役
シンプレクス株式会社で証券・銀行のフロントシステム開発の第一線で活躍した後、執行役員としてキャピタル・マーケッツ部門を統括。
その後、Fintech企業の立ち上げからサービスローンチなどを指揮したのち、SIMPLEX QUANTUMに参画。開発全体を統括し、大学とのAI共同開発、AMED研究プロジェクトを指揮している。

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(text: HERO X 編集部)

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対談 CONVERSATION

老舗でありながらパイオニア。睡眠科学と寝具を結び付けたIWATAの熱意 後編

宮本さおり

今でこそ、実験のデータをパンフレットで紹介し、これを売りにするメーカーも珍しくないが、こうしたエビデンスに基づいた寝具の研究がはじまったのはどうやら、最近のことのようだ。日本の寝具業界で、いち早く睡眠科学と寝具の結びつきに目をつけた京都の老舗寝具メーカーIWATA社長の岩田有史(いわた ありちか)氏と編集長・杉原行里(すぎはら あんり)の対談後編では、睡眠科学から生まれた寝具、そして、これからのオーダーメードについて語ってもらった。

杉原前回は主に、睡眠科学と寝具のリンク、良質な睡眠を得るために必要なことなどをお伺いしました。その基礎知識をふまえて、具体的なIWATAさんの商品開発について、お話を伺っていきたいと思うのですが。

岩田:質の高い睡眠には、寝床環境が大切だということをご紹介しましたが、では、その寝床環境を整えるのに最も適している素材は何かと探りましたところ、天然素材に優るものはないというのが結論として出ました。

杉原:天然素材、それはどのようなものでしょうか?

岩田:化学的につくられたものではなく、自然に存在するものです。夏に使うのは日本よりも暑いところで育った麻がいいですし、冬は、日本よりも寒い地域で生きているラクダなどです。これらをふんだんに使ってできたのが、当社が今販売している麻のパットや、ラークオールなどです。適材適所とでもいいましょうか、合った素材を使うことが一番快適な寝具をつくる近道だと分かりました。

日本ではその昔、畳がマットレスとしての役割を果たしていました。畳は蓆をつみ重ねて閉じたものでしたが、聖武天皇が使っていたベッドではヒノキの簀子状のものの上にこうした積層構造の畳を敷いていたことが分かっています。この積層構造を現代版に置きかえて、一番いい素材で作ってみようということでできたのがラークオールです。

杉原:なるほど。

岩田:ラークオールのマットレスの場合は繊維が細いものほど上に重ねていて、ぐっと圧縮して入れています。体から圧力が少ないところは細いものでよく、お尻みたいな部分は馬のような太い繊維でしっかり支える構造を作り出しています。

新宿のショールームには構造を見える化した展示がされている。

杉原:すごいですけど、これは作るのが大変そうですね。

岩田:うちは創業188年目なのですが、130年くらいは綿だけだった。そこに、羽毛という素材を持ち込み、今度はラクダというものを持ち込んだのですが、掛布団は、綿よりも羽毛の方が軽くて暖かくて使いやすいことに私の祖父が気づいていて、それを父が商品として実現化しました。敷布団で綿を超えるものを探していたのですが、ずっと出会わなかった。化繊の開発もありましたが、保温性や吸水性など、ピンポイントでいいものはありましたが、オールマイティーに優れたものというのはなかった。たまたま、1990年代、百貨店の方がモンゴルからいろいろな繊維をもってこられて、その説明をする場面に出くわしまして、IWATAさんで何か使えないかと言われたのです。当時、父と一緒に拝見したのですが、ラクダの毛というのは羊毛と違い、顕微鏡で見た時にスケールと呼ばれる角がないのです。角というのは、例えば、髪の毛を顕微鏡で見た時にキューティクルが整っているとツンツンしたものが出ておらず、滑らかに見えますが、これと同じで、表面に角がない。羊毛は角があるため、繊維が絡まって毛玉になりやすいのですが、ラクダの毛はそれがない。柔らかさがありつつ、もんでも毛玉になりにくい。面白い素材かもしれないと思いました。分析してみると、保温性はもちろんなのですが、乾くスピードが速いことも分かりました。

杉原:早く乾かないとラクダだって風邪をひいてしまいますよね、きっと。(笑)

岩田:そうなんです。だから、オールシーズンいけるのではないかと思いました。

羽毛で得たゴミをきちんと取る技術を活用して、ラクダの毛も同技術の駆使によって品質のよい製品を生み出すことを目指していました。ラクダの毛を製綿する機械の開発から入り、それを包む生地の開発に進みますが、綿ができても生地ができなくて、1年ほどキャメル毛のために作った綿の機械は遊んだままのような状態の時もありました。

杉原:岩田社長はどこか、パズルを組み合わせていくような感じですね。いろいろなパーツを組み上げていく理系的とでもいうのでしょうか。岩田さんのあくなき探究ですね。綿から羽毛へとバトンが渡され、今度はラクダと繋がれてきましたが、その次はなんだと思われますか。

岩田:これからはRDSさんがされているような計測が必要な時代になるかもしれないですね。

杉原:計測は面白いです。今、東京2020パラリンピックで優勝をめざしている車いすマラソンの伊藤智也選手の車いす開発に取り組んでいますが、車いすで走行している時の体の動きが計測できる機械を作り、そこから導き出された数値を彼のレース用車いすの開発に活かす方法を取り入れたところ、記録が伸びる可能性がでてきました。

岩田:ほう、それは素晴らしいですね。

杉原:僕はこれから、個人所有が注目される時代がくると思っています。特に福祉用具の部分でそれを感じています。伊藤選手をはじめとするアスリートの方々の車椅子開発から分かってきたことは、本当にその人の体に合った器具を使えば、もっと快適に日常を過ごせるということです。松葉づえにしても、車いすにしても、今の市場はレンタルが主流のビジネスモデルです。でも、福祉器具が必要な人は、一過性のケガや病気の人だけではない。生涯的に器具が必要という人もいるわけです。パーソナライズという視点で見た時に、計測を基にした寝具のパーソナライズというのは出てくると思われますか?

岩田:難しいところで、今一番信頼性のおけるものとしては、脳波を計測することだとされているのです。例えば、大脳が脳波の上では深い眠りについていたとなっていても、本人の感覚と一致しないことがあるのです。こうなると、計測でいい数値の方が快適な寝具の正解なのかというと、そうとは言い切れない。数値化か、感覚か、どちらがQOLを上げるのかは難しい問題です。

杉原:脳は解明されていない部分が多いですよね。

岩田:多分、一般の人は「脳波的によく眠れていますよ」と聞いても、実際の感覚と乖離していれば、満足はしないとも思うのです。

杉原:計測など、データを基にしたという部分では、最近は体圧分散を謳う寝具も増えていますが、こちらはどう思われますか。

岩田:姿勢と体圧分散は結構注目されるのですが、寝具で考えた場合、体と接している部分の温度と湿度をどうコントロールするかが、やはり一番大切なことだと考えます。体圧も面白い着眼ではありますが、これだけで寝床環境が良くなるかという点に私は疑問を持っています。

杉原:人間は自然と減圧をしていて、例えば、座った姿勢が長くなった時に、無意識のうちに少し体を動かしていることがありますが、あれは減圧するために体が動いているという説もありますよね。

岩田:なるほど。そのお話でいくと、興味があるのは車いすユーザーの方など、体に障がいをもった方はどのようにして寝返りを打つのかということです。人類進化ベッドを作った時に気付いたのですが、人類進化ベッドは腕が動くだけで、本体が心地よく揺れるため、もしかしたら、障がいをお持ちの方がスムーズに体位を変えられるのではないかと。

杉原:試してみてもいいですか?

岩田:ぜひどうぞ。

「人類進化ベッド」は世界で最も権威のある工業デザイン団体IDSAが主催するデザインコンテスト「IDEA」2018年のファイナリストにも選ばれた

杉原:これは確かに、腕を動かすだけで心地よい揺れがきますね。ゆりかごみたいです。

岩田:はい、構造を見ていただくと分かる通り、程よく揺れるようにしています。張り具合もお好みで調節できますから、ある意味、カスタマイズでしょうか。

杉原:寝心地も最高にいいですね。家に欲しいくらいです。確かに、障がい者の方に試していただくのは面白いかもしれません。

岩田:下半身が動かない方の寝返りの研究は、まだどこもやられていないことです。また、高齢者の方や、脳こうそくで半身不随になられる方など、どんな人も快適に寝られる寝具というものは今後、必要になると思います。

杉原:例えば、車いすユーザーの人に協力をお願いし、寝姿勢や寝返りを計測することができれば、そんな寝具の開発につながるデータが取れるかもしれませんよね。

岩田:計測は簡単にできるものなのですか?

杉原:解析には少し時間がかかりますが、計測だけならすぐにできると思いますから、是非やってみましょうか。バリアフリー寝具の開発、興味深いです。

前編はこちら

岩田 有史 (いわた ありちか)
株式会社イワタ 代表取締役社長。睡眠環境、睡眠習慣のコンサルティング、眠りに関する教育研修、睡眠関連商品の開発、寝具の開発、睡眠環境アドバイザーの育成などを行っている。睡眠研究機関と産業を繋ぐ橋渡し役として活躍する。著書に「なぜ一流のひとはみな『眠り』にこだわるのか?(すばる舎)、「疲れないカラダを手に入れる快眠のコツ」(日本文芸社)、「眠れてますか?」(幻冬舎)など。  

(text: 宮本さおり)

(photo: 増元幸司)

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