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人機一体が目指す未来のカタチ。人型重機が起こすパラダイムシフトとは!?

先端ロボット工学技術を駆使した人型重機が闊歩し、社会課題を鮮やかに解決する世界。株式会社人機一体の金岡博士は、そんな未来を目指し日々研究を続けている。前回の本誌編集長・杉原との対談(http://hero-x.jp/article/4026/)から3年。あれから、我々の日常はすっかり様変わりしてしまった。人機一体にはどのような変化が起きているのか?

「あまねく世界からフィジカルな苦役を無用とする」

先端ロボット工学技術が全くと言っていいほど社会で活用されていないという現状を打破すべく、人機一体が目指す目標のひとつに「先端ロボット工学技術の社会実装」がある。しかし、少し考えるとシンプルな疑問が浮かぶ。工場などで活用される産業用ロボットでは社会実装にはならないのか? ということ。ここには「力を操る技術」という、大きな壁が存在していると金岡博士は話す。

金岡博士と零一式人機 ver.1.0(人型重機の上半身試作機)

「高性能な力・トルク制御(※1)が容易にできる『力を操る技術』が、人機一体が考える社会実装には必要です。世の中で既存のロボットが上手く活躍できていないのは『力を自在に操れない』ということが大きな原因。ロボットが力を操ることは皆さんが想像するより難しい。今のロボットは、限定された動きであればある程度、力を操ることはできるのですが、これは人機一体が求める『力を操る』レベルには全く達していません」

(※1)トルクとは回転力のことで、トルク制御とは、モータの発生トルクがトルク指令値入力と一致するように、モータを制御すること。モータの電流と発生トルクはほぼ比例するため、一般にはモータの電流を制御することによってトルクを制御する

金岡博士が考える「力を操る」制御には、単純に一方通行で決められた力を出すだけではなく、予測できない外部からの力に対して適切に反応するということも含まれている。そこで、日常生活の中にある単純な動き、ドアの開閉で考えてみるとしよう。

ドアを開けるという作業はまず、ドアノブを持つ、次にドアノブを回す、そして蝶番を軸にドアを開くという三つの動作から構成されている。ご存知のようにこれは、力をコントロールできる人間にとって、何も考えずに行える造作もない作業だ。

しかしこの作業を産業用ロボットで行おうとするとそう簡単ではない。まずドアのサイズや蝶番位置、それからドアノブの形や動き方を事前に何らかの形で計測する必要がある。ドアノブを正確に掴み、回転軸を中心に正確に回す、それから蝶番を中心とする円弧に沿って動かすといったように、動きを一つひとつ分解し、一連の動きをロボットに落とし込まなくてはいけない。それがちょっとでもずれてしまうと、ドアを壊してしまうことにもなりかねない。これが今の産業用ロボットの限界であり、金岡博士がいう「力を操る」技術によって克服すべき壁ということになる。

大きな力から小さな力までを自在に操るロボットは現在、実用レベルでは存在していないという。それを唯一実現できるのが人機一体が持つテクノロジーであり、未知の環境に対応させる本当の意味での社会実装という目標に大きく関わってくるというわけだ。

圧倒的なインパクトで独自性と技術力を示す
“人機プラットフォーム”

この3年間で人機一体が最も大きく変わった点は「知識製造業」としてのビジネスのスタートだ。人機一体が持つ「力を操る」先端ロボット工学技術を、新しい産業を作るための体系化された知識、すなわち知的財産として世界に提供する。そしてそれを可能とするビジネスモデルの構築こそが、ロボットの社会実装に必要不可欠であるという判断からの方向転換だ。

「現在、人機一体は主幹事企業として、知的財産をマネタイズするビジネスモデルでありコンソーシアムでもある『人機プラットフォーム』を構築し運用しています。まず既にPoC(概念実証)が終わった人機一体の知的財産を、既存のロボット工学技術では解決できない『苦役』の類の課題を持っている『ユーザー企業』に対して提案します。ただしこの提案は、知的財産そのままではなく課題を解決する社会実装コンセプト、ソリューションとして為されます。つまり『このような形で人機一体の知的財産を活用すれば、貴社の課題を解決することができます』という提案です。これは、ベンチャービジネスの文脈ではPSF(問題解決に最適な方法)に相当します。

人機プラットフォーム概要(※2

そのフィット(PSF)が実現したら、人機プラットフォームは『活用企業』すなわちメーカーにお声がけをします。PoC済の人機一体の知的財産ポートフォリオと、ユーザー企業とのPSF済の社会実装コンセプトをセットにして、革新的技術の製品化におけるリスクを低減する。我々には革新的で有用な知的財産、活用企業にはメーカーとしての膨大なリソース、ユーザー企業には解決すべき喫緊の課題がある。ロボット分野であれば、この組み合わせは上手く行きます。なぜなら、不思議なくらい先端ロボット工学技術が活用されておらず、広大なフロンティア、ブルーオーシャン市場が広がっているからです。至る所で人が未だに苦役に従事していることがその証拠です」

もともと活用企業が持つメーカーとしてのリソース(人、知識、技術、生産設備、営業、販路等)を用いながら、さらに人機一体の革新的な知的財産を活用することで先端ロボット工学技術を社会実装できたら、活用企業は新規事業の開発費を削減して低リスクで革新的製品を開発でき、ユーザー企業は低コストで自社の課題を解決でき、さらに製造業としてのリソースを持たない人機一体にとっても、知的財産を活用した製品を世に出すことができる。

先端ロボット工学技術が社会課題に対して有用である限り、活用企業、ユーザー企業、人機一体のすべてにメリットしかないのが、人機プラットフォームなのである。互いがWin-Winの関係を構築できるのであれば、共通の目標である社会実装に向けスピード化を図ることができるというわけだ。

JR西日本との出会いで加速した
社会実装への道

では実際に、人機一体が持つこれらの知的財産はどのように使われるのだろうか。人機プラットフォームで初めてのユーザー企業として名乗りを上げたJR西日本を例に説明しよう。JR西日本が参加する「空間重作業人機社会実装プラットフォーム」(以下、空間重作業人機PF)では、深夜に行われる鉄道架線のメンテナンスに人機一体の先端ロボット工学技術を活用した高所重作業対応汎用人型重機「空間重作業人機」を社会実装して課題解決することを目標に、昨年からプロジェクトが進行している。現状、高所重作業を熟練作業者が行っているが、このような深夜の高所重作業が10年後にも果たして成り立つかどうかが、JR西日本の持つ課題であった。

「今はまだ、誰かがこの作業をやらなければならない。これが先程お話した『解決しなければならない課題』の一つです。ユーザー企業のJR西日本は、鉄道の安全運行に対する強い使命感と責任感を持つ一方で、強い危機感もお持ちでした。それに対して、先端ロボット工学技術を駆使しつつ、実現可能なソリューションを技術単体としてではなくビジネスとして提案するのが人機プラットフォームのやるべきこと、すなわち仕事となるわけです。

今回、人型上半身ロボットを大型のロボットアームの先端に装着し、空間を飛び回れるような感覚でロボットが自在に作業できる社会実装コンセプトを提案しました。このロボットを操作する人間はもちろん地上にいますが、まるで上空にいるロボットになったかのような感覚で作業ができるのです。もちろんこのロボットは大きな力も出せますし、緻密な作業も可能。人間が登るよりも作業効率も上がり、労働災害のリスクを排除でき、安全が確保されるというメリットもあります。もっと言えば、人間は安全で快適な環境からロボットを操作ができ、重労働から解放されるのです」

環境の整った離れた場所から人型重機を操縦できるということは、肉体の実質的な強さや弱さが意味をなさなくなってくることにも繋がると感じた。

そして人機プラットフォームとして次に重要となるのが、これを製品として販売する活用企業の存在。今回のプロジェクトでは、まさにベストフィットとも言うべき、鉄道・道路分野の信号トップメーカーである日本信号社と手を組み、製品化に向けて既に話を進めている段階に来ているという。さらに金岡博士はこう語る。

「人機プラットフォームの一つの特徴として、先端ロボット工学技術の汎用性の活用があります。単一機能ではなく、汎用であってこそロボットの価値がある。先の空間重作業人機PFでは、JR西日本をユーザー企業として『空間重作業人機』を開発していますが、特定のニーズに過剰に最適化するようなロボットではなく、汎用性を維持するように常に留意されています。

大企業とベンチャー企業の一般的なオープンイノベーションでは、多くの場合、大企業のニーズを満たしてしまえばそれで成功です。今回も空間重作業人機PFの重要なマイルストーンですが、過剰にフィットすることなく汎用性を維持しています。そうすることによって用途を拡大し、『空間重作業人機のベストプラクティス』をJR西日本で開発することができます。さらにJR西日本からJRグループ各社、もっといえば、私鉄や全世界の鉄道会社にも横展開ができるわけです。世界中の鉄道会社が同じ課題を抱えていますから、汎用性を維持できれば当然、広範な横展開ができないはずはありません。

鉄道という枠にさえ縛られる必要もありません。空間重作業人機のロボットとしての汎用性は道路インフラメンテナンスなど、高所作業車が使われるあらゆる場面で活用することができます。鉄道分野で開発した汎用ロボット部分はそのままに、ベースと手先のアタッチメントだけ変更すれば、すぐに多用途で使えるようになり、業種を超えた汎用高所作業ロボットという潜在市場を顕在化させることが可能です。

空間重作業人機は、昨年度はじめの段階ではCGの構想図だけでしたが、今は福島ロボットテストフィールドで開発した試作機があります。人機一体で開発したこの技術を、活用企業(メーカー)としての日本信号と人機一体が、これから数年で製品として完成させます」

零式人機 ver.1.0(高所重作業対応汎用人型重機PoC試作機)

巨大なブルーオーシャン市場を顕在化させる意味

前回の取材からたった3年で「人機プラットフォーム」という独自のビジネスモデルを構想し、実際に大企業と連携してビジネスモデルを具現化したことにはさすがと言わざるを得ない。しかしあくまでもこれは、空間重作業人機PF一つだけの話である。人機プラットフォームとしては現在、全7個のプラットフォームが構想されており、残り6個の人機プラットフォームの実装(※2画像:最下部のオレンジ部参照)が待たれる。

金岡博士によると、人機プラットフォーム内の比較的強固な連携だけではなく、人機プラットフォーム間での「緩い」連携も当初から構想されており、人機プラットフォームがこれらを繋ぎ合わせることで、プラットフォームの枠を超えて先端ロボット工学技術によって紡がれる新たな産業と、そのためのサプライチェーンを同時に構築することになる。そこから生まれる相互作用は無限大とも言えるのではなかろうか。知的財産の独占から共有へとパラダイムシフトしたことで、その視界は明らかに大きく開けたのだ。

「DX(デジタルトランスフォーメーション)は社会を変革するでしょう。しかし、それだけでは苦役はなくならない。DXはRX、すなわちロボティクストランスフォーメーションと対、ベターハーフです。両輪が揃ってこそ効果は最大になります。RXなしに我々の明るい未来はなく、人機一体の技術なしにRXはありません」。金岡博士が放った印象的な言葉が現実となる日は近いであろう。

金岡博士
博士(工学)。発明家、起業家、時に武道も嗜む。専門はパワー増幅ロボット、歩行ロボット、飛行ロボット等。ロボット研究開発の傍ら、辛口のロボット技術論を吼えることがある。マンマシンシナジーエフェクタ(人間機械相乗効果器)という概念を独自に提唱し、あまり相手にされないながら二十年来一貫してその実装技術を研究・蓄積してきた。2015年に株式会社人機一体を立ち上げ、ビジネスとしての先端ロボット工学技術の社会実装に挑む。

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孤独化する高齢者を救うのはテクノロジー「Future Care Lab in Japan」の提案

Yuka Shingai

マスク着用の必須化、外出は必要最低など、非日常が日常となりつつある日本。緊急事態宣言解除の地域も多くなり、ウイルスとの第一次決戦の出口は見え始めているとは言え、今後予想されている第2波の影響など、まだまだ油断できない状況が続く。だが、失われた日常を背景にテクノロジーへの期待は高まっている。もともと人手不足が問題となっていた介護業界、人とテクノロジーとの協同の必要性はますます高まっている。

コロナウイルスの蔓延を受け、私たちの日常は大きく変わった。人との接触を控え、外出が制限される日を、誰が予想していただろうか。だが、この映画のような状況が現実のものになっている。「With コロナ」という言葉が出てきているように、ウイルスとの共生が今後は必要になっていく。東京を省き、多くの地域で緊急事態宣言の解除となったわけだが、ウイルスとの戦いが終わったわけではない。特に高齢者のあつまる介護施設などでは、未だに面会の制限がかけられているところも多い。ゴールデンウィークには地方に住む両親の元を訪ねようとしていた人たちもいたはずなのだが、それもかなわなかった。未だ緊急事態宣言の続く都内から地方への訪問は感染リスクを伴う上に、人目も気になる。また、地方に住む両親だけではなく家族が近くに住んでいたとしても、病院では面会も制限されており、コロナというウイルスへの脅威だけでなく、孤独と戦う高齢者は多いだろう。

第2波がやってくるとのニュースも出回るなか、介護現場で働く職員は感染リスクと隣あわせの日々を過ごしている。長引くコロナの影響、接触を抑えつつ、手厚い介護をするための方法はあるのか。コロナ前に当取材班が訪れたFuture Care Lab in Japanで見た未来の介護プロダクトたちは、このコロナ禍にも活躍する素質を十分にもっていた。

厚労省の統計によると2025年時点での介護人材の需要見込みが253万人であるのに対し、介護人材の供給は215万人と、人材不足の解消を筆頭に加速する超高齢化社会における課題が山積みになっている。在宅介護から施設介護まで、フルラインの介護サービスを提供するSOMPOホールディングスが介護の現場にテクノロジーを届けるべく、IoT×介護を追求する場として立ち上げたのが未来の介護プロジェクト「Future Care Lab in Japan」だ。東京・品川の展示室には最先端の介護プロダクトが置かれている。

新しい介護のあり方として
「人間とテクノロジーの共生」を目指す

入り口にでまず出迎えてくれたのは以前HERO Xでも紹介した「LOVOT」(http://hero-x.jp/movie/8382/)。愛くるしい表情で私たちに近づいてきた。

「様々なコミュニケーションロボットがありますが、LOVOTはただ単に便利なロボットではありません。抱き上げてほしいという動作をしたり、じっと見つめ返してくれたり、『お世話したい欲』をくすぐるようで、導入している弊社の運営施設からも好評を得ています。こうしたコミュニケーションロボットにはより利便性を追求した製品もあるのですが、LOVOTは完璧ではなく人の手が必要になっています。高齢者とロボットがお互いの個性を活かしながら「共生」するという点が私たちの考え方にフィットしているので、現場で受け入れられているのかもしれません」
そう語るのはFuture Care Lab in Japanの所長を務める片岡眞一郎氏だ。

Future Care Lab in Japan所長 片岡眞一郎氏

労働人口の減少を受け、介護の質を落とすことなく、生産性を高めて運営できるサービスモデルを実現するためにはテクノロジーの力は不可欠というのは言うまでもないことだが、このコロナウイルスの出現で、テクノロジーの活用は利用者と介護者の命を守るという意味合いも持ち始めている。

実は、介護系ロボットやセンサーの製品数は著しく増加しているものの、実際に在宅介護や介護施設の現場で使ってみるとうまくいかない、効果が顕れないというケースも少なくのだという。介護事業会社であるSOMPOケアを傘下に持つSOMPOホールディングスは、2019年に「人間とテクノロジーの共生」をコンセプトにFuture Care Lab in Japanを開設。
「介護を受ける人」に対しては生活の質を維持・向上させながらと自立支援による尊厳ある暮らしを実現すること、「介護をする人」に対しては身体的・心理的負担を軽減し、働きやすい環境を構築すること、介護現場の生産性を向上し、介護職員の処遇を改善することを目指して動き始めた。

片岡氏は、元々SOMPOケアの職員。同ラボでは現場のオペレーションにおける幅広い知見と経験を活かし、ロボットをどのように使うのか、またどういう人をターゲットに使うと効果があるのかなど実証を行うほか、同業他社の見学やロボットの開発を行う企業、研究機関との共同研究からリサーチまで各種対応にあたっている。

ラボでは常時、約20~30社ほどの製品を展示し、およそ半分程度をすでに現場で導入している。SOMPOケアの施設のなかでも、フラッグシップホームと呼ばれるテクノロジーを活用した4施設で試験的に使用したのち、全国の施設での利用に移行していくという。

実証フィールドで評価を
重ねながら精度を高め、
現場での運用に繋げる

ラボを一巡してみると一口に介護・福祉関連のテクノロジーといっても、扱う製品は多岐に渡る。
排泄を匂いで知らせるセンサーや、体位変換を自動化するの自動寝返り支援ベッド、備品のストックが減ってきたら自動で発注してくれるスマートマット、画像認識で食事量を記録できるシステム、リクライニング式シャワー入浴装置など、衣食住のほぼ全てがテクノロジーで網羅できる印象を受ける。

介護版においソリューション「Swetty(スウェッティー)」

リクライニング式シャワー入浴装置「美浴(びあみ)」

「実証してみると、まだこれは実用レベルには達しない、というものも当然あるのですが、ラボでの失敗は臆せず、ここで精度を高めていけばいいと思っています。いざ現場に持っていって使えないよりは全然いいですから」(片岡氏)

製品の展示基準として、高齢者のQOL向上やADL維持、費用対効果に併せて、職員への効果も重視しているという。職員への効果はどの施設でも一様に得られるものではないため、定量的に評価することは難しい場合もあるが、超高齢社会を迎える我々にとって介護の効率化や負担の軽減は注目すべき点だろう。

その一例と言えるのがベッドに設置する睡眠センサー。呼吸と心拍を取得することができ、利用者が就寝しているのか、横にはなっているけれど起きている状態なのか、もしくは離床しているかを画面越しに確認することができる。それまで3名体制で行っていた夜勤を2名にできたという効率化だけでなく、たくさんの利用者がいるなか夜間に定期的に巡回すると、10㎞程度歩いていた距離が40%削減されたことで、介護職員の身体的な負担の軽減にも繋がったというフィードバックも得られた製品だ。また、利用者は夜間の巡回により起こされてしまうこともなく生活リズムが整いやすいという利点もある。

一方で、在宅介護向けで、非常に好評を博しているのが「HelloLight」という製品。LEDライトのON/OFFを通信で知らせることができるIoT電球だ。

IoT電球「HelloLight」

1日の間に点灯と消灯の動きがないと通知する期間検知機能を備えており、以前のように遠方に住む独居の家族を訪ねられない今、見守りができるのはありがたい。利用にあたって工事や電源、Wi-fiの設定も不要なため、届いたその日から気軽に使い始めることができる。テクノロジーの活用はあくまでも「さりげなく」やることがカギとなりそうだ。

職員のやりがいまでテクノロジーが
奪わない運用設計を意識

新たな技術を施設に導入する上で、片岡氏は職員への敬意を強く意識している。
「たとえば血圧や脈拍といったバイタル測定を自動化すると、記録の手間が省けて効率化できます。しかし、バイタル測定はただ数値を計測する作業ではありません。昨日と比べて表情が明るいな、今朝は何となく寝不足っぽいな、とか長年その人を見ているからこそ分かる観察の時間でもあります。観察という介護職員ならではの行為を残した上でバイタル測定を自動化していかないと、大事なことを失ってしまい、現場のモチベーションも下がってしまうかもしれません。新しいテクノロジーの運用を設計する際は、職員のやりがいについても細心の注意を払っています」

ラボの壁に貼られた「声の成る木」には見学に来た現場の職員からのリクエストが綴られている。

「職員からは、自動で体重を測定できるものが欲しいという声がこれまでに何度も出ているんです。体重の増減は健康管理の観点で重要な指標となるので、少なくとも月に1回程度は実施したいのですが、職員2人がかりで要介護者を起こして支えながら計測するのは非常に負荷の大きい仕事ですから、自動化したいというアイデアにはなるほど、と感じました。現場を知っている人たちだから出せる意見やアイデアを、ラボではできるだけ吸い上げていきたいですね」

コロナ禍では人間同士の接触を極力控える必要がある。しかし、要介護の人にとって、人の手を借りずに日常を過ごすことはほぼ難しいのだが、テクノロジーの力を使えば感染リスクを低くする努力をすることは可能だろう。「人間とテクノロジーの共生」が実現していく姿をこれからも見届けたい。

(text: Yuka Shingai)

(photo: 壬生マリコ)

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