対談 CONVERSATION

真の「超人スポーツ」実現は、もうすぐそこに! 前編

中村竜也 -R.G.C

「超人」と聞くと、子供の頃に胸を熱くして見入っていたあの漫画を思いだす。人間とは違う次元の能力を持った正義超人とを悪魔超人が戦うあれ。その「超人」は、現実味を帯びない架空の存在であった。しかし、現代の超人はそのイメージとは少し異なったアプローチ「超人スポーツ」という形で現実化してきている。今回はそんな夢物語を叶えるべく、東京大学・先端科学技術研究センター身体情報学教授という肩書を持ちながら、「超人スポーツ協会」の代表をつとめる稲見昌彦博士に、HERO X編集長・杉原行里(あんり)が、テクノロジーを通したスポーツの目指す未来像について話を伺った。

テクノロジーで引っ張る、
新しいスポーツの形とは?

人間の身体能力を補綴・拡張する人間拡張工学に基づき、本来持つ身体能力を超える力を身につけ「人を超える」、あるいは年齢や障がいなどの身体差により生じる「人と人のバリアを超える」。このような超人 (Superhuman) 同士がテクノロジーを自在に操り、競い合う「人機一体」の新たなスポーツを「超人スポーツ」という。

そして、誰でも等しくスポーツを楽しめる権利をさらに一歩推し進め、得意不得意、年齢、障碍、資格を問わず、誰もが楽しくスポーツをする未来を創造するのが「超人スポーツ協会」。稲見博士はそこで、超人スポーツの研究開発、コミュニティの育成、時代に対応したスポーツをデザインするなど、その分野の普及を目指す活動を行っている。

杉原行里(以下、杉原):同時進行で、たくさんのプロジェクトを抱えていると思うのですが、その中の1つである「超人スポーツ」について聞かせてください。そもそも、なぜ「超人スポーツ」なんですか?

稲見昌彦博士(以下、稲見):最初は、超人スポーツというコンセプトだけで集まったのですが、徐々に仲間が増えていくうちに、ちゃんと開発もしていこうということになりました。そこで、「標準的な人」というモデルがいたと仮定します。今の社会では標準人というのがなかなか定義しづらいのならば、むしろ身体性にダイバーシティー(多様性)がある状態をそのまま技術で拡張していくことによって、いろいろな事が得意な人が、新しい競技を競うという形が、我々の考える「超人スポーツ」かなと。

杉原補完ではなく拡張ということですね。

稲見そうですね。それと身体にダイバーシティーがあるということは、ある意味「分散」とも言えます。ですがそこで、分散を無くすのではなく、ダイバーシティーを大きくするためにテクノロジーを使っていこうと。私の研究のコンセプト自体が「人間拡張工学」というのがひとつあるので、超人スポーツという段階に至る前には、拡張スポーツという考え方でも取り組んでいました。VR(バーチャルリアリティー)も昔からやってはいるんですが、私の中ではただの道具なのでそれだけでは成り立ちません。なぜなら人間の身体なり感覚機能を増強するため、もしくは実験環境として便利な道具だからです。

杉原僕にとってのデザインと一緒ですね。



器具で人体を拡張した選手同士が激しくぶつかり合い、相手を先に倒すかエリアから出した方が勝ちとなる“バブルジャンパー”。

稲見:杉原さんは絵筆、私は検証する場所と置き換えればそうかもしれませんね。ただ正直なところを言うと、これぞThe超人というのは、まだ競技にはなっていません。なぜなら多くの人が簡単にイメージできる、空を飛びながらや、水の上で戦うというくらい分かりやすく超人的な競技が、本来あるべく超人像のひとつだと思うからです。

しかし現実的にはまだ厳しいかなということで、まずは東京2020を1つの目標とし、出来ることからやっていこうと。また、一方でエキシビション的な形で、超人というべく技術にはどういうものがあるかなどを、競技まではいかなかったとしても、みんなが体験できるような状況で可視化していくのが大切かなと思っています。

スポーツ競技としての課題とは?

杉原いまお話しいただいたようなことは、今後リーグやプロフェッショナル化させることを考えているのか、それともレクリエーション的な要素で触れ合いのツールとしてなのか、それとも両方掛け合わせたようなスポーツという定義でいくのか、どのようにお考えですか?

稲見やはりまずは、超人スポーツ内で競技の競い合いをしていき、その中で公式競技の入れ替え戦を行うなど、その輪が広がっていく働きかけをしないとプレイヤーは増えていかないと思っています。また時間が掛かるという意味で、ちょっと悩みでもあるのですが、超人化という技術を開発しようとすればできるかもしれない、でもスポーツを広めるとなると、道具が高額すぎないという条件が増えてくるんですね。すなわち、テクノロジーが入ると価格で普及しない、というのが難しいところなんです。ですから、スポーツ競技としての確立というよりかは、今あるテクノロジーをどう落とし込むかということが大きな課題となっています。

杉原例えばサッカーならば、道具すべてにではなく、ボールかスパイクかウェアに何か1つテクノロジーを入れ込むといったことでしょうか。

稲見そうなんです。まずボールにだけでもいいので何かを始めないと、結局広まっていかないんです。いくら理念が高くても、誰も関わることができなければ意味がなくなってしまう。そういう意味ではまだ、“ゆるスポーツ”の方が、価格面を含めやりやすい条件が揃っているかもしれませんね。

後編では、超人スポーツが目指す、今後のあるべき姿についてお話しいただいています。

後編につづく

(text: 中村竜也 -R.G.C)

(photo: 河村香奈子)

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対談 CONVERSATION

ペットにも救急医療を。パイオニア・中村篤史獣医師の挑戦

HERO X 編集部

いまや子どもの数より多いと言われているペット。家族の一員として、人間に癒しをもたらしてくれる大切な存在だ。しかし、日本の獣医業の世界には、長らく「緊急救命」という分野がなかった。その中で1人、動物の緊急専門医として立ち上がったのが、TRVA夜間救急動物医療センター院長の中村篤史獣医師。2021年10月には『情熱大陸』(毎日放送)にも登場し、話題を呼んだ。ペットの救急医療立ち上げの経緯は? そして、未来のペット医療の可能性は? 自らも犬や猫と家族として暮らしてきたHERO X編集長・杉原行里が鋭く切り込む。

動物病院にはERの概念がなかった

杉原:今回『情熱大陸』を見た方もいらっしゃると思うのですが、改めて中村さんのお仕事についてお話しいただけますか。

中村:一番大きな違いは、夜間であること、そして救急医療専門ということです。

杉原:一番大きな違いと言われますが、どんな風に違うのでしょうか?

中村:翌日まで待てずに我々のような夜間診療に来るというのは、よほどのことです。ですから、ある程度重症例だと思って対応するのが僕らの仕事です。

杉原:ノンバーバルの動物が急激に何かしらの異変をきたしている時って、もう飼い主はほぼパニック状態ですよね? 僕もずっと犬を飼っていたのでその気持ちが分かります。夜間だと特に心配になったりします。

中村:僕が夜間診療に携わるようになってから最初に思ったのは、夜間診療の時間帯は、日中より重症として来院する割合が多いなと感じました。これはもう日中診療の当番枠だけで上手くいくレベルではないし、短時間で原因を追究して、そこから生命を維持するところに引き戻すことが必要だと感じました。

そもそも人間でも救命救急科、ERってありますよね。僕らの業界のERが日中診療の延長線でいいのか?というところにまず疑問を感じたんです。

杉原:人間でいうと、緊急性があれば、CT、MRIの設備があって救命の医師が常駐する場所へ行くというERの文脈がありますよね?

中村:そう、その概念が動物にも必要だと。というのは、獣医には歯科や耳鼻科などがないので、街の動物病院は小さくても総合病院です。確かに救急も受けていたけれど、救急を分野として確立して、よりハードな症例に対して助けていく学問自体が存在するんじゃないかと。昼間の先生が代替で夜間に対応するのではなく、救命救急という分野を作らなくてはいけないと思いました。

杉原:いまペットは、家族としてよりインクルーシブになっている流れがある。ペットという言葉すらなくなってきていますよね。10年前にペットのためのERが必要だと思ったきっかけはあったんですか?

中村:僕は北里大学を出て、東京大学に行き、そこでたくさんの先生たちに揉まれて、色々なチャンスをもらいました。「もう一つほかの大学に行ってみたら?」といわれて、大学時代の恩師のいる北海道の大学に行って、さらに1年研修したんです。その後、埼玉県の動物病院で街の動物病院での診療を2年間体験しました。そのまま実家の獣医業を継ぐ選択もありましたが、これだけさせてもらった人間はそういない。だったら、日本の獣医療のために何かやらなきゃいけないという使命感にかってに駆り出されたんです。

そんなとき、ちょうどテレビで救急医療のドラマを見て。救急ってカッコいいんじゃない?と思ったのが最初のきっかけです(笑)。

これまでの診療現場で、なぜ動物は普通に酸素室の中で亡くなっていくのかなと思っていました。そもそも人だったらこれくらい苦しければ人工呼吸器を使われて、時間をかけながら医療を受けて助けてもらえる。亡くなる原因を突き詰めて、ちゃんと頭で考える現場に身を置きたいと思ったんです。

「カッコいい」で突き通して民間から変えたい

杉原:海外にはペットの救命はあるんですか?

中村:まさにそこで、アメリカでは、救命救急の教科書が存在しているんです。教科書が出ているということはそれを書いている大学の先生たちがいて、救命救急があり、学問自体が発生している。ヨーロッパにもあります。

杉原:学問としても日本にはなかったのですか?

中村:なかったんです。それには出来ない理由があって、日本の動物病院で、重症例で全額を請求するとすごい金額になってしまうし、それに対するニーズに応えられるのは東京くらいで、地方ではとてもできない。しかも、「やります」と言った瞬間、自分が寝ずに診療しなくちゃいけない。

アメリカの視察でERを見た時に、あんまり変わらないけどちょっと違うのかなと。何が違うのかを知りたくて、日本で出版されている人間用の救急の本を買って調べたら、ああ、これ全然アプローチが違うなと。例えばペットが下痢で来院すると、クリニックでは、「寄生虫ですかね」「変なの食べちゃったんですかね」って下痢の原因にアプローチします。でも、救命救急では下痢をしているその子の血圧や呼吸など、今この瞬間に、生命維持において異常があるかどうかという状況を把握するために最初にアプローチをかけるんです。

杉原:入口でなくて、出口を見る。そうすると現状把握の可視化を思い切りしていくわけですね。

中村:ノンバーバルな環境下で、動物のどういう仕草や心拍数の変化が本当に危ないかどうかを突き止める。そこに問題があれば、下痢の問題じゃなくて、そこから立て直していく。命という観点で見て、救えるとなったら最短距離でスピードをもって対処していく。それが緊急医療だということに気づいたんです。こんな学問は日本になかったから、誰も知らないし、教えられていない。それはまずいのではないかと思って、2018年に日本獣医救急集中治療学会という学会を設立しました。

獣医師業界をもっとハッピーに

杉原:獣医になりたい子たちにひとことお願いします。

中村:獣医師という仕事は、そこにいてくれるだけで僕たちに幸せを与え続けてくれる動物たちを助けるヒーローだと思っています。その動物たちを救ってあげることで、家族が幸せになり勇気づけられます。他の職業と同じで大変なことも多いですがやりがいのある素敵な仕事だと思っています。その反面、苦しんでいる動物たちを目の前に、飼い主を相手につらいことも話さなければいけないし、もちろん全てがうまくいくわけではありません。「先生がもっとこうしてくれればよかったのに」とか「なぜ助けられなかったんですか」みたいに言われながら、次の症例では笑顔で毅然と対応しなきゃいけないから、バーンアウトすることも多いんです。

今の土壌ってまだ獣医さん自身が「めっちゃイイよ」と言える状況ではないというのがあります。もっと獣医さんたちがいきいきと働き続けられるような状況を僕は作りたいなと思っています。これは救急をやりたいというより、もうひとつ上位の概念として持っています。

杉原:その意味でいうと、犬や猫を飼う僕たちも、リテラシーをもって成長しなきゃいけないでしょうね。ほとんどの飼い主の人達はある程度持っていると思いますが、やっぱりペットを介して人間にネガティブな言葉をぶつけるというのは、僕はNGだと思うから。

イノベーションの起点はいつも1人の誰か

杉原:このHERO Xというメディアを介していろんな方たちに会うと、分野は違っても、だいたいみなさん同じようなことを言っています。「未来のため」と「会ったことのない人のため」なんです。この方たちは世界の財産だなと思って聞いています。ペットERが最初はアメリカやヨーロッパで先行していたかもしれない。でも、中村篤史獣医師のもとに集まってきた、仕事に対して没入度が高い人たちがいれば、今度は逆に日本から世界に発信していって、世界のペットがどんどん幸せな環境になり、周囲の人間も含めて循環していくんだろうなと僕は思っています。10年後、20年後の獣医師って少し変わっていますか?

中村:変わっているでしょうね。原体験的に獣医学業界の変わる音を1つ聞けたと思っています。獣医業界に救急が生まれて、日本中の雑誌や教育、あるいは学術新聞が一時、全部「救急」になったんですよ。世の中が変わる音を聞く、すごい体験をさせてもらったと思っていて。でも、もっと大きな音が聞けるんじゃないかなと。

杉原:一回成功体験をすると、「できる」っていう感覚がわかりますよね。

中村:意外とやれそうだなというのはありますよね。学会を作ればなんとかなるかと思ったんですが、やっぱり大きなことをするには、まず先人をきる一人がいる。五郎丸が越えた瞬間に日本中がラグビーを観に行ったし、錦織圭がエアKをやったテニス界が変わったじゃないですか? 面で物事が変わるより、一人のスターがいたら物事が変わると信じていて、僕がとにかく出ていって「これが救急医療です」って押し出し続けたら、そこに同じ方向を生む仲間ができた。閾値っていうのを誰か一人が越えた瞬間に、ガーンと求心力をもってイノベーションが起こるという流れだと思います。

中村篤史 (なかむら・あつし)
北里大学を卒業し、東京大学、酪農学園大学で研修医を行う。その後、埼玉県にて勤務医を経験したのち、2011年に現職場であるTRVA夜間救急動物医療センターへ。同年院長となる。2018年には、日本獣医救急集中治療学会を立ち上げた。

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(text: HERO X 編集部)

(photo: 壬生マリコ)

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