スポーツ SPORTS

CYBER WHEEL Xの体験も!【BEYOND PARK秋葉原】レポート

Yuka Shingai

東京都が推進するパラスポーツ支援団体TEAM BEYONDが9月23日にベルサーレ秋葉原にて、イベント【BEYOND PARK秋葉原】を開催した。日本を代表する5人のパラアスリート×マンガで描いたPR動画の最新バージョンのお披露目から、車いすフェンシングやパラ卓球、ボッチャ、そしてRDSも開発に携わったCYBER WHEELの体験、ラジオの公開収録など、バラエティ豊かなコンテンツが楽しめる本イベントのレポートをお届けする。

パラアスリート×人気漫画家による
キャラクターが新ムービーに登場!

小池百合子東京都知事による挨拶で幕を開けた本イベントでは、TEAM BEYONDのPR動画「FIND YOUR HERO」が矢井田瞳さん提供の楽曲「Cheer for you」でお披露目された。

人気漫画家によるイラストと自転車競技、ボッチャ、卓球、パラ水泳、車いすフェンシングで活躍するアスリートの競技シーンをフィーチャーしたムービーは、矢井田さんのエネルギーに満ちた歌声とギターサウンドがマッチして、競技の躍動感や臨場感、迫力をより一層盛り立てる仕上がりになっている。

イラストを提供された漫画家の面々には、浦沢直樹氏、高橋陽一氏、ちばてつや氏など、漫画好きのみならず、誰もが知るビッグネームもラインアップされ、会場内に設置されたキャラクターのパネルに見入る漫画・アニメファンも散見された。

秋葉原という立地もあって、会場内には通りがかりや買い物中と思しき来場者も多く、親子3人でパラ卓球の試技を楽しんでいたファミリーに声をかけてみると、小学生の息子さんは夏休みに車いすバスケを観戦してからかなりパラスポーツに興味津々だそう。学校ではパラリンピックやパラスポーツについて学ぶ授業があったとのことで、オリパラ教育の浸透が感じられる。

また、友だちへのお土産を買いに秋葉原にやってきたという外国人男性二人組もパラ卓球をプレイしたあと、「特にパラスポーツのファンというわけではないのだけれどすごく面白かった。来年のTOKYO2020も楽しみにしてるよ!」と満面の笑みを浮かべていた。

パラスポーツ大好き芸人、みんなのたかみちが
車いすフェンシングに挑戦!

パラスポーツを実際に体験できるだけではなく、アスリートによるデモンストレーションも見どころのひとつ。車いすフェンシングのブースでは、NPO法人日本車いすフェンシング協会の小松眞一理事長により、競技のルール等インストラクションの時間も設けられた。

「ピスト」という台に車いすを固定し、上半身だけで戦うのが、オリンピック競技のフェンシングと車いすフェンシングの最大の違い。

「ルールを聞いていると、自分でもできるんじゃないかなって気がして、一番興味があった競技なんです。もしかすると僕でも勝てるんじゃないかな?」と乗り気になったMCのみんなのたかみちさんがアスリートと対決することに。

防具を装着して、小松さんの「Êtes-vous Prêts?(用意はいいか?)」「Allez!(はじめ)」の掛け声で対戦がスタート。最初は剣先が空振りして「あかん!」「難しい!」と地団駄を踏んでいたが、終盤には攻撃を成功させ、パラスポーツ大好き芸人の意地を見せつけた。

(右)NPO法人日本車いすフェンシング協会 小松眞一理事長

トークショーでは、小松さんが「車いすフェンシングは車いすが固定される分、6畳くらいあるスペースならどこでもできる、体育館が必要ないというのがメリット。車いすを利用している人と、健常者が一緒に対戦することもできるということをこれからもっと知ってもらいたいですね」と競技の楽しみ方についてもコメント。

まだ競技人口はそう多くないものの、パラリンピックでの車いすフェンシングには期待が集まりそうだ。

元パラリンピアンの車いすマラソンランナーが
「CYBER WHEEL X」に挑む

この日のハイライトとなったTBSラジオ 「アフター6ジャンクション」の公開収録ではTEAM BEYONDのメンバーでもある女優の篠田麻里子さんがメインMC、日本パラ陸連副理事長で車いす陸上競技アスリートの花岡伸和さんがゲストとして登壇。

二度のパラリンピックの出場経験をもつ、車いすマラソンの第1人者とも呼べる花岡さんは、17歳のときにバイク事故が原因で車いす生活をスタートさせた。「入院していた病院にあった車いすマラソン大会のパンフレットに載っていた選手の姿がすごくカッコよくて。当時住んでいた大阪市の障がい者のスポーツ支援センターで、みんな活き活きとスポーツを楽しんでいるのを見て、僕も走りたいんです!と輪に入っていきました」と競技を始めたきっかけについて語った。

アテネパラリンピックでは6位入賞、ロンドンパラリンピックでは5位入賞という偉業を達成したが、「自分としては好きなことに取り組んでいたので、悩み苦しんで努力した、という感じではないんです。右肩上がりばかりではなくて低迷している時期もあったけど、それも含めて自分の肥やしかな、と」と現役時代をさらりと振り返る。

小学校・中学校とテニスをしていて、スポーツ大好きという篠田さんは、観戦も含めるとボッチャ、車いすテニス、車いすバスケ、ブラインドサッカーなどパラスポーツ経験も豊富。

東京2020を楽しみにしているパラスポーツファンとして、「来年、パラリンピックが東京で開催されるにあたって、復帰を予定している選手もいますが、花岡さんは東京に出場したい!という気持ちはないんですか?」という質問が。

これに対し花岡さんは「僕はロンドンパラリンピックの時に、ここを最後にしようと決めていたんです。今は現役を引退したものの、コーチとして選手をサポートする立場なので、東京パラリンピックはあくまでも、いち大会として迎えたいなと思っています。あまり特別視しているとしんどいじゃないですか。AKBのじゃんけん大会もしんどかったでしょ?」と、現在のスタンスを語りつつ、会場の笑いを誘った。

(左から) みんなのたかみちさん / 篠田麻里子さん / 花岡伸和さん / HERO X 編集長・杉原行里

コーナーの終盤では花岡さんと、みんなのたかみちさんによる「CYBER WHEEL X」が行われることに。

株式会社ワントゥーテンとともに「CYBER WHEEL X」の開発を手掛けた株式会社RDS代表であり、HERO X編集長の杉原もステージに登場し、誰もが花岡さんの圧勝を予想するなか、なんと結果はたかみちさんの勝利!

僅差で敗れた花岡さんは「マシンが動き出すと、体をどう動かしたらいいか分からなくて、汗びっしょりになりました。いいトレーニングになるから、皆さんぜひ体験してみてほしい。実際、障がい者とか車いすっていう切り口だとハードルが高いから、ゲーム感覚で入っていけばパラリンピックがもっと身近になるんじゃないかな。これがゲームセンターに置いてあったらいいですよね。」とコメント。篠田さんも「これがジムやフィットネスにあったら楽しそう」と「CYBER WHEEL X」のコンセプトに関心を寄せた。

この後も、パラ卓球、パラテコンドーの試技やトークショーが続き、イベントは盛況のうちに幕を下ろした。

東京2020を控え、各地で関連イベントの開催が盛んに行われる予定だ。パラスポーツ体験や、最先端の技術を間近に感じられる各種イベントは、ぜひ公式サイトでチェックしてみてほしい。

(text: Yuka Shingai)

(photo: 増元幸司)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

RECOMMEND あなたへのおすすめ

スポーツ SPORTS

悲願の復活なるか!?「氷上の格闘技」で目指す世界の大舞台【須藤悟:2018年冬季パラリンピック注目選手】

岸 由利子 | Yuriko Kishi

“スレッジ”と呼ばれるスケートの刃が2枚付いた専用のソリに乗り、2本の短いスティックで操作しながら、スピード感あふれる体当たりでパックを奪い合う「パラアイスホッケー」。見る者の心を激しく揺さぶり、一瞬たりとも目が離せない、“氷上の格闘技”とも呼ばれるスリリングなパラ競技です。今回は、パラアイスホッケー日本代表チームのキャプテンを務める須藤悟選手に、ピョンチャンパラリンピック出場への最終予選に向けた意気込みや、今後の展望について伺いました。

足を伸ばした状態でプレー?それなら、僕にもできるかもしれない

須藤悟選手とパラアイスホッケーの出会いは、日本代表が初出場を果たした長野パラリンピックの前年、1997年のこと。「北海道にひとつだけあるパラアイスホッケーのクラブチームに、長野パラリンピック出場を目指している選手がいるーそんな新聞記事をたまたま見つけました。それまでの僕は、パラリンピックの存在も知らなかったし、パラアイスホッケーの存在を知ったのもこの時が初めてでした」

子供の頃から、体を動かすことは大好き。高校時代は、軟式野球に明け暮れる野球少年だった須藤選手。

「20歳の時に怪我をして両下肢を切断した後、数年が経ち、その生活にも慣れてきた頃、スポーツをやりたい気持ちが芽生えました。でも、できるものがなかったんですね。車いすマラソンや車いすバスケットボールなど、車いすを使う競技の場合、僕は足を曲げられないので、うまく座れない。断念していたところ、新聞記事に載っていた選手が、足を伸ばした状態でスレッジに乗っているのを見て、これなら僕にもできるかもしれないと思いました」

須藤選手が生まれ育ったのは、アイスホッケーとスケートがさかんな町、北海道苫小牧市。幼少の頃からスケートに親しんできたし、アイスホッケーの観戦にもよく出掛けていたから、ルールもすでに知っていた。部分的な変更はあっても、パラアイスホッケーのルールとほとんど同じ。両者の違いを挙げるとしたら、スケート靴を履く代わりにスレッジに乗ること、パックを操作するためのスティックが1本から2本に増えること。少し形は違うけれど、子供の頃に憧れたアイスホッケーに挑戦してみたい。ひとつの偶然が必然となり、須藤選手の心に火を付けたのです。

ピョンチャン最終予選への出場権利を獲得。「今が瀬戸際。みんな必死です」

日本代表監督を歴任した経験を持ち、苫小牧を中心に活躍するチーム「北海道ベアーズ」の大村博監督に直談判し、晴れてチームメンバーになった須藤選手。ソルトレークパラリンピックでDF(ディフェンス)として日本代表に選出されて以来、トリノ、バンクーバーと順調に出場を果たしてきましたが、チームにとって、風向きが大きく変わったのは、2014年ソチパラリンピックの時でした。

「パラアイスホッケーの世界選手権では、“Aプール”と“Bプール”といって、サッカーでいうところのJ1とJ2のグループに分けられます。パラリンピックの出場権利を与えられるのは、Aプールの上位国。バンクーバー大会までは、ずっとAプールに入っていたので、自動的と言うと語弊があるかもしれませんが、連続出場を果たしました。それが、ソチ大会の時に一度Bプールに落ちてしまって。今、そこから這い上がって、ピョンチャンパラリンピックの最終予選の権利を受けるところまでやっとたどり着けたところです」

サッカーと同じように、パラアイスホッケーも、AプールとBプールの入れ替え戦があります。昨年の秋に北海道苫小牧市の白鳥王子アイスアリーナで開かれた世界選手権Bプールでは、決勝でチェコに次ぐ2位でしたが、チェコと共に、日本は2018-2019の世界選手権Aプールへの昇格を決めました。ただ、Aプールに昇格したことは、ピョンチャンパラリンピックへの出場権が与えられることと同義ではないと言います。

「今年5月に行われた世界選手権Aプールで、上位5カ国はピョンチャンの出場権利を得ました。今秋ごろに開催される最終予選で、残り3つの枠を僕たち日本を含めて5カ国で争わなくてはなりません。今が瀬戸際ですね。皆がみな、必死です」

チーム強化&アイススレッジホッケー普及のために選んだ手段とは?

パラアイスホッケーは、北欧や北米のようにアイスホッケーのさかんな国では、メジャースポーツとして親しまれ、パラリンピック団体競技としても世界的に高い人気を誇ります。一方、日本では、ごく限られた地域で、わずか30人ほどの選手が活動している状態。日本代表チームが久しく抱える課題のひとつに、海外遠征や海外チームを日本に迎えての国際試合をするための活動資金の問題があります。

「周知の通り、国内でのパラアイスホッケーは、残念ながら、メジャースポーツとは言えません。スポンサー様がいることはいるのですが、決して多くはなく、正直言って、金銭的にかなり厳しい状況なんですね。例えば、イタリアで国際試合を行う場合、ヨーロッパ近隣のチームは陸続きなので、ほとんどが皆、車で容易に移動できます。ところが、日本で試合を行う場合、当然ながら、彼らは飛行機に乗らなれば移動できない。わざわざ遠い島国まで時間とお金をかけて移動し、試合をする必要性はありません。

逆に、彼らを日本に招致しようとした場合、選手全員分とスタッフの渡航費が、チームの数だけかかってきます。それらをまかなえる余裕はなく、近年は、なんとか資金を捻出して、僕たちが海外に出向いて試合を行う状況がずっと続いていました」

振り返れば、ソチパラリンピックの出場権を獲得できなかった一因は、費用の問題から、十分な国際試合と海外遠征ができず、実戦経験を積めなかったことにある。なんとかこの状況を打破しようと、2015年に「Ready For」でクラウドファンディングを立ち上げ、日本で大会を行うために、海外チームの渡航費を調達することに成功。

「経験値が上がるという意味では、海外のトーナメントに参加して試合を行うことも有用ですが、日本で試合を行えば、チームの強化に繋がると共に、パラアイスホッケーという競技をより多くの方に知っていただく機会にもなると考えた末、クラウドファンディングという手段を選びました。やっただけの価値は十分にありました」と須藤選手。イタリア、チェコ、韓国の3つの代表チームを日本に迎え、試合を行うことができたのです。


チーム最大の強みは、“あうんの呼吸”
最終予選突破できたら、ひとつでも多く勝って、上位を目指したい

他にも、選手の高齢化や練習場所の確保など、課題はさまざまにありますが、須藤選手は日本代表チームの強みについてこう語ります。

「選手の入れ替わりがほとんどないので、長い付き合いの人たちが多いんですね。世代交代が進まないと、チームが活性化しないのでは?という意見もありますが、“あうんの呼吸”じゃないですけれど、良くも悪くも、お互いに何を考えているかが、感覚的に分かるということは、プレーにも関わってくるところですし、僕は、チーム最大の強みだと思っています。今日は緊張しているなとか、いつもと何か違う様子に気づいたら、必ず声を掛けて、コミュニケーションを取るようにしています」

「最終予選突破という一番手前の目標に向かって、チーム一同力を合わせて頑張っています。その先のことはまだ考えていませんが、今回もし出場できたら、ひとつでも多く勝って、上位を目指していきたいと思います」

ピョンチャン出場の最終予選に向けて、強化合宿を行い、練習を積む多忙な日々の中、須藤選手がパラアイスホッケーにかける実直でひたむきな情熱を、垣間見た1時間でした。パラリンピックに3大会連続出場、バンクーバーで銀メダルを獲得した日本代表チーム、ピョンチャンで復活なるか!?熱い声援を送りつつ、須藤選手の今後の動向にも注目していきます。

須藤 悟(Satoru SUDO)
1970年北海道苫小牧市生まれ。1997年、北海道内で唯一のアイススレッジホッケー・チーム(現:パラアイスホッケー・チーム)「北海道ベアーズ」に加入し、パラアイスホッケーを始める。2002年、DF(ディフェンス)としてソルトレークパラリンピックの日本代表に選出されたのち、トリノパラリンピックへの出場を果たし、続くバンクーバーパラリンピックでは、銀メダルを獲得。現在、日本代表チームのキャプテンとして、ピョンチャンパラリンピックへの出場を目標に、日々練習に取り組んでいる。

写真提供協力:一般社団法人日本パラアイスホッケー協会(JPIHA)

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

PICK UP 注目記事

CATEGORY カテゴリー